二人は歩みを来す。

  学校から出て少し歩けば、そこはビルを連ねた店並が揃っている。

  何処に行くかなど話し合いながらも、目に止まる店の端々に指を差していた。



 
  勿論、手を繋いだままで。



 
  自然とした二人の態度。

  それはさながら恋人同士のようにも見えて。

  どちらも、互いの手を離そうとしなかった。

  どちらも、その繋いだ手のことについて何も言わなかった。

  繋いだ手から互いの体温が伺える。

  この熱気の中、少し汗ばんだ手でも、それでも二人は相手の手を離さない。



  そのことが野田には不思議でしょうがなかったが、だけども・・・この恩恵に自分から疑問を出すことはあまりにも愚かだ。

  折角久美子が何も言わず手を繋いでいるというのに。

  彼女のことだ、言ってしまえば恥ずかしがって手を離すことは目に見えている。

  ならば深く考えず、この恩恵を授かろう。

  野田はこの考えに、内心深く頷いた。




  「何処行く?」




  問う野田に、久美子は考え深げにうーん、と唸った。




  「ドリンクバーがあるファミレスがいいんだけどなぁ・・・」

  「うわケチくせっ」

  「しょ、しょうがないだろ!私も安月給なんだから!」

  「あー、はいはい。ワカリマシタよ」

  「棒読みだぞテメェ」

  「んでもさぁ、ドリンクバーあるファミレスっつったらここから遠いけど?」

  「げっ、マジ?うわぁ・・・っつか私、そういや学校の近場ってあんまし来たことないんだよなぁ・・・」

  「マジで?学校の奴等と飲みに行くときはどうしてんだよ」

  「いやそりゃお前、近場だといろいろマズイじゃねぇか。生徒とかいたらヤバイだろ?」

  「それこそあり得ねぇよ」

  「なんでだよ」

  「俺らも馬鹿じゃネェんだし、ここら辺で夜中にたむろするわけネェじゃん。サツも結構見回ってるし」

  「・・・・」

  「・・・・そこまで頭回んなかったのか?」




  呆れるように、しかもわざとらしく溜息をつく。




  「う、五月蝿ェな!いいだろ別に!」

  「まぁでも、ここら辺はゲーセンとかカラオケもあるし、学校帰りとかでは結構遊んだかな・・・」

  「・・・ふーん。なんか定番な遊びだな」




  未だふてくされて言う久美子。

  この見え見えの挑発に、しかし野田は笑う。




  「仕返しかよ?」




  挑発に乗ってやっても良いが、それではあまりにお粗末ではないか。

  野田は笑って余裕を漂わせた。

  それが久美子には更に面白くない。

  野田ならこの挑発に乗ってくるだろうと思っていたのに、あっさりと返されたのだ。




  「そうだよチクショウ。お前もオトコなら、か弱き乙女の話の切り替えに着いてこい!」




  最早意味が解らない。

  彼ははぁ、と息を吐いた。




  「話の切り替えじゃなくて話の流れの誤魔化しだろうが。それにお前、か弱くもネェし乙女でもネェし」



  「な・・・っ!メチャクチャ乙女じゃねぇか、私は!私はアレだぞ?

  『何座ですか?』と聞かれれば『乙女座です』と応えかねないほどの乙女なんだぞ!?」



  「いやいやいやいや、意味解んねェし!しかもそれだと星座誤魔化してんじゃネェか!お前絶対乙女座じゃネェだろ!」




  勢い撒く二人に、通行人が不思議そうな、そして笑いを含んだ目で彼等を可笑しそうに見ていた。

  が、そんなことお構いなしに二人は口論する。




  「私が乙女だと言うことが分かればいいんだ!」

  「メチャクチャじゃねぇか!・・・・と、あ」




  ふと、野田が歩みを止める。

  久美子も口を開きかけていたが、野田につられて歩みを止め、その視線の先に目を止める。




  「・・・ゲーセン?」




  久美子の呟きは、野田の視線の先と自分の視線の先が合っているかどうか確かめたという風な響きだった。




  「おう。さっき言っただろ?ここで結構遊んでたんだよな」




  そう言えば、卒業してから来ては居なかった。

  学校近くでみんなと会う機会なんてない。

  なんせ彼の友達で野田のように一浪しているものや、学生といったものがいなかったので、

  必然的にみんなの家の中心部であるクマの店にたむろすることが多かった。


 

  「あ!!」




  いきなりの大声。

  野田は思わず目を見張って久美子を見た。




  「な、なんだよ」

  「あれ可愛くネェか?」

  「あぁ・・・?」




  久美子が指さす方向。

  それは店の外に宣伝のように連ねてあるUFOキャッチャーを差していた。

  彼女は野田の手を引っ張って、これだよ、とガラス越しに指さした。

  そこには何とも微妙としか言いようのない猫のぬいぐるみ。




  「・・・可愛いか?」




  思わず口に出してしまった。

  久美子はと言うと、心外だと言わんばかりだ。




  「可愛いじゃないか。なんとなく」




  何となくとは何だ。

  更に野田は疑問に思うが、それは口に出さずに置いた。




  「ほらな?ぬいぐるみも可愛いと思っちゃうほどに乙女なんだぞ、私は」









  まだそれ引きずってたのかよ。









  得意になったように言う久美子に、野田は内心突っ込む。

  野田は久美子に気付かれないように気を付けながら、喉の奥で笑った。




  「取ってやろうか?」

  「え!?マジでか!?」




  喜々として言う久美子。

  本当に嬉しそうで、思わず彼の顔も綻んでしまう。

  尻尾があれば、きっとはち切れんばかりに振っていることだろう。




  「こんだけ山積みしてあるし、取れネェ位置でもねぇしな」




  言って、彼は鞄に入れてあった財布をとりだそうとした。

  ・・・そこで気付いた。









  手を、離さなければいけないことに。









  今まで自然すぎて忘れていたが、ずっと手を繋いでいたのだ。

  しかし、やはりここは離さなければ不自然だろう。

  だけども離したくなくて。

  ゲーセンなんか無視して、お茶を飲むところを探していれば、もっと手を繋げていただろうか。

  その事に野田は後悔したが、久美子の「どうした」と問いかけるような視線を前に何も言えない。

  息を吐き出し、野田は久美子から手を離す。




  「あ・・・」




  気の抜けた声を出したのは野田ではなく久美子。

 



  彼女も最初は躊躇したが、今となっては自然と手を繋いでいたのだ。

  いきなり離れる手。

  離れる体温が名残惜しかった。

  そう思う自分が居ることに、久美子は何故だか恥ずかしくて、一瞬だけ俯いた。



  野田がその事に感づいたわけではないが、彼なりの願望で、

  彼女も自分と同じく名残惜しいと思ってくれればいいと思った。







  んなわけネェか・・・・







  はぁ、と深い息を吐き出す。

  あまりにも思考が純情な自分。







  なんっかもう情けネェなぁ、おい。







  だけどもそんなことを微塵も態度に見せず、野田はとりだした財布から小銭を探した。




  「・・・2百円ないや」




  2百円どころか銀色に光るそれは一枚もない。




  「あ、私は・・・・」




  そう言って、久美子も鞄の中から財布を出す。

  ジャラリ、とかなりの音がしたが、その中に百円玉が入っていないのは彼女のしかめた表情から伺えた。




  「俺、札崩してくるわ」




  言うと、野田は歩きだそうとした。







  が、それを久美子が野田の服の裾を掴んで止める。







  いきなり引き止められ、野田は少し体勢を崩したが、すぐに持ち直す。




  「・・・何?」




  何かマズイ事でもしたのだろうか?



  問う野田に、久美子は間の抜けた声を出して彼を見上げた。
 
  そして、彼女はやっと自分がしていることに気が付いたのだった。




  「っ!?い、いやこれは・・・っ!」




  パッと手を離し、久美子はまた顔を赤らめる。

  自分のした行動を全く自覚していなかったのだ、彼女は。







  ただ自然と手を伸ばしてしまった。

  ただ自然と彼を引き止めたくなったのだ。







  そんな自分が解らず、彼女は彼を引き止めた自分の手をまじまじと見た。

  何処も変わった風には見えない。

  だけども、先程は本当に無意識に手が出て。

  野田はこの予測できなかった久美子の行動に少し呆気にとられたが、すぐに笑みを取り戻した。

  そして二回ほどポンポンと軽く久美子の頭を叩く。




  「何?俺に行ってほしくなかったの?」




  そう、彼女の顔を覗き込むように言う。

  そのことで、更に彼女は顔を赤くした。

  その反応は野田の態度でなのか、それとも言われた言葉のせいなのかは、久美子自信判断しかねた。




  「い、いや・・・・っ!ちがっ・・・ほ、ほら、さっさと両替してこい!」




  言って、久美子は野田の背中を押して店に押し込めようとする。

  動揺していること以上に、何故か野田が今目の前にいることが恥ずかしかったのだ。




  「はいはい、解ったよ。・・・久美子ちゃんが寂しがらないように、さっさと両替してくるよ」




  あくまで戯けながら言う彼に、久美子の顔はまるでリンゴと言っても過言ではないほど顔を赤くした。




  「違ぇよ!いいからさっさと行け!」




  静かな音を出して自動扉が開くと同時に肌に触れる冷気。

  だけどもその程度じゃ久美子の頬の赤みは引きそうにない。

  彼女はぐいぐいと野田を扉の向こうに押し込めた。




  野田は久美子に軽く手を振ると、両替機のある店の奥へと歩いていく。

 



  彼は思わず自分の口元を手で隠していた。

  知らず零れる笑み。

  否、笑みと言うよりはにやけた顔、というほうが表現的に正しい。

  先程は思わず戯けてしまったが、次第に赤くなってしまう頬。







  まさか。







  そんな思いが胸を突く。

  自分で期待するのは止めようと思っていた。

  その方が感情的に平常を保てるから。



  だけど。



  だけども、あの久美子の反応。

  あれは本当に、野田を引き止めたのではないだろうか?

  それも、あの反応からして無意識に。

  その無意識的に、久美子は野田を引き止めるために手を伸ばしたではないのか。











  行って欲しくないと。











  だからこそ手を繋いでも拒まなかったし、そのまま受け入れてくれたのだろうか。

  思えば思うほど野田の思考は止まらない。

  そう言えば、今日だけじゃない。

  手を繋いだこと自体は初めてだが、それ以前からも彼女は彼を見て顔を赤くすることもあった。

  自分の久美子に対する思いでいっぱいいっぱいだった彼は、

  その事について深く考える余裕もなかったが、今思えば符号は一致する。




  『まさか』と思う心が止められない。

  期待しないと自分で言い聞かせてきたのに、それすらも軽く打ち破られる。







  ・・・期待、してしまう。







  だが、このまま期待していても良いのだろうか?

  あの元担任教師は破天荒で、いつも自分の予想を上回る。

  そう思ったが、だけども思いは止められなくて。

  『もしかして』とそう思ってしまう。

  すでに彼は両替機の前に立っていたが、財布から札を取り出す気力もない。

  もう少しだけでいいから、この期待に浸っていたかった。

  彼は両替機にもたれかかった。



  ・・・・・頬の筋肉が緩む。


  「ヤベ・・・」




  口元の手は少しの間放せそうもない。

  ふと視線をあげ、彼は前にあるガチャガチャに目を止める。

  その時はただ視線を向けただけだったが、なんとなく、やってみようと言う気になった。




  気分転換には丁度いいと思ったのだ。




  他のゲームをするにしても、外で待たせている久美子を思うと時間をあまりとれない。

  ガチャガチャなら、すぐに終わるだろう。

  なんせ百円玉を入れて回すだけなのだから。

  それで気分が落ち着くかどうかは解らなかったが、思いついてしまったのだから、やってみるしかない。



 
  モノは試しだ。


 

  彼はまだ頬が緩んでいたが、気を引き締めて立ち上がり、もたれ掛かっていた両替機に千円札を入れて両替をした。

  じゃらじゃらと金属音を出して出てくる百円玉。

  その百円玉を二枚だけ手に残し、数枚を財布に入れて残りはポケットに入れた。

  ガチャガチャは数台列をなして並んでいる。

  が、別にコレクターでもないので、迷う必要もないと思い、彼は手近なガチャガチャに二百円玉を入れる。

  回すと、不快な音を出してそれは出てきた。

  ボール形状のモノを取り出し、何が出てきたかを目を細めて確認する。




 
  「あ」



  その出てきたモノに、彼は思わず声を漏らした。

 

 

 

 

 

 

  一方、野田見送る久美子は、激しい運動をしたわけでもないのに肩を揺らして荒い息を吐き出していた。

  野田の姿が見えなくなると同時に訪れた脱力感。

  すぐに自動扉はすぅっと閉まった。

  久美子は思わずその場にへたり込みそうになったが、それをぐっと堪える。




  「・・・・疲れた・・・・」




  それは心底から出た言葉。

  彼女は近場のUFOキャッチャーにもたれかかり、少し乱れた髪を整えるように頭をなでつけた。

  そして自分の手を見る。







  ・・・・なんでだろう・・・・







  心の奥底からわき出る疑問。

  何故自分は野田の服を引っ張ってまで彼を引き止めたかったのだろう。

  それが自分自身不思議でしょうがない。



  そう言えば、と彼女は思った。



  学校でもそうだった。

  彼女が着替え、用意を終えて廊下で待つ彼に声をかけようとした時も。

  その時も、何故か声がかけられなくて。

  あまつさえ、野田が自分の存在に気付くまでずっと彼を見ていたのだ。

  時間にすればどのくらいだろうか?

  一瞬のようでもあったし、長かったような気もした。







  そう、まるで見とれているみたいに。







  その考えに行き着いた途端、彼女は目に見えて顔を赤くした。

  じっと自分の手を見る。

  だけども、繋がれていた手が離れるときの虚無感。

  そのことに関しても、自分の感情、そして行動が不可解で。




  「・・・・」




  彼女は深い溜息をつくと同時に、先程野田を掴んだ手で自分胸に手を当て、シャツを握りしめる。

  ・・・・鼓動が早い。

  久美子には自分が解らない。

  あれは、あのオトコは自分の元生徒。

  なのに何故、こんなにも動悸が激しくなるのだろうか。

  何故手が出てしまったのだろうか。

  あれではまるで行って欲しくないみたいではないか。




  「・・・あー」




  意味のない声をあげてしまう。

  そういえば、と彼女は思う。

  これだけ顔を赤くしたのは今日が初めてだが、だけども。

  野田を見て顔を赤くしたのは今日が初めてではない。

  何十回と放課後、更には夏休みまで何日か潰して会っていくうちに、何故か顔が赤くなる回数が増えていっているような気がする。

  他の生徒では・・・まして、たまにくる彼女の元生徒の前ではあり得ないほどに。



  彼女は項垂れた。











  ──────この感情は覚えがある。











  一瞬で電撃が走り抜けた経験。

  その後の経過によく似ているではないか!!

  久美子は赤い顔から、今度は目に見えるほど顔を青くした。

  そう、身に覚えがある。




  この動機。

  この感情。

  この想い。

  ゆっくりと育まれていくこの感覚。

  そう、これは。

  これではまるで・・・・・












  恋を、した感覚ではないか・・・・?













  「・・・・ウソだろオイ・・・・」

 




  知らず、彼女は呟いていた。

  顔はまだ青いままだ。

  さっと血の気が引いたような気がした。

  そんなこととは裏腹に、動機は益々激しくなる。

  久美子は力一杯シャツを握った。
 
  自分の心臓の音がリアルに聞こえ出す。







  まさか。

  まさか自分は、自分の元生徒に引かれているのだろうか?







  自答するが、彼女が頭で考えるよりも早く心臓が脈打つ。

  それはさながら『YES』と言っているように。

 




   「・・・・・・・ウソだろ」

 




  額に汗して彼女はもう一度呟いた。

  だけども、脈打つ心臓。

  この感情。



  彼女は思いきり頭を降った。
 
  元、とはいえ、自分の受け持った生徒に対する感情ではないのではないか。

  深呼吸すると同時に、彼女はシャツを握っていた手を緩ませた。







  一度好きだと思えばアウト。







  それは体中に・・・否、波紋のように心に広がっていく。

  彼女は彼を脳内に思い描いた。

  また、心臓が跳ね出す。



  そうだ、と彼女は、思いついたように顔を上げた。



  そうだ、自分には思い人の篠原さんがいるではないか。

  微かに育んできたあの恋心を思い出そうした。

  だけども思い浮かぶのは野田のことばかりで。

  まるで今まで篠原さん、と思っていたこと自体を否定されるように、心は蝕まれる。

  ほとんど、二月に一度しか呑みに行かない篠原よりも、毎日のように会っている野田の方が思い浮かぶ表情は鮮明で。

  ましてや、さっきまで一緒にいたのだ。

  手を繋いでまで。




  彼女はハッとした。







  手・・・を・・・・?







  そう思い、彼女はまた手を開いて自分の手を凝視した。

  握りしめていたせいで、それは少し湿り気を帯びている。

  そう、彼女はずっと手を繋いでいた。

  手を繋ぐこと自体野田とは初めてだったが、それを振り払う気にもなれなかった。

  それどころか、心地よくて。



  ・・・・今なら自覚できる。



  野田のシャツを掴んだのも、ただ少しの距離でさえ行ってほしくなくて。



  離したく・・・なくて・・・?




  そう考えると、彼女の顔はまた青から赤に変わる。

  もしかしたら、もっとずっと前から彼を気にしていたのかもしれない。

  スキ、だと思っていたのかもしれない。

  それなら、もっと前からの自分の不可解な感情が明確に説明できる。

  だけど、彼女はまた少しだけ俯いた。

  手をだらりと下に下ろす。







  この恋心を自覚した途端、失恋決定だろう。

  悲しすぎるほど明確な答えに、溜息が漏れる。







  ──────だって・・・・こんなの言えないじゃないか。







  自分は年上で。

  そして彼は元生徒。

  彼はきっと、自分をそれ以上に見てはいない。

  あれだけのことを彼女は彼が在校中にしたのだ。

  それで恋愛感情を持ってくれと言う方がオカシイ。

  それに野田は確か藤山先生が好きだったはず。
 
  久美子なんて端から眼中にないだろう。

  そう思うと、彼女は落胆を覆い隠せない。




  溜息と同時に、彼女のすぐ隣から自動扉が開く音がした。

  反射的に眼を向ける。

  すると、そこには今まで思い浮かべていた野田の姿があった。


 

  「っ!」




  まだ心の準備が出来ていなかった久美子は、思い切り反応して後ずさった。

  まるでゴキブリでも見つけた女のような反応。

  この様子では、悲鳴を上げられなかっただけマシかもしれない。




  「・・・何逃げてんだよ」




  思わず頬を引きつらせ、野田は言う。




  「べ、別に逃げてなんか・・・っ!!」




  久美子は一応反論してみるが、自分でも逃げ腰なのは自覚していた。

  それ以上言葉が出てこない。

  野田は久美子にそれ以上何も言わず、UFOキャッチャーの中のぬいぐるみを指さした。




  「あれでいいんだよな?」




  久美子は赤い顔を隠すように野田から表情が見えない隣の位置に立つ。




  「・・・・おう」




  鼓動が激しい。

  この心臓の音が、どうか野田には聞こえないで欲しいと彼女は神にでも祈りそうなほど切実に願った。

 


 
  野田は久美子の反応が怒っているのか照れているのか判断しかねたが、先程の期待もあって彼の心情は後者を選んだ。

  ここで、彼女がカワイイと言ったぬいぐるみでも取れば株も上がるだろう。

  そう思い、野田はコインを二枚ポケットから取りだし、入れる。

  チャリン、と乾いた音を出した後、UFOキャッチャーのアームが準備が出来たというように動き始め、止まった。




  「まぁ見てろって」




  彼は久美子に笑いかける。

  久美子は言葉少なめにコクン、とだけ頷くと、目的のぬいぐるみを見つめた。

  野田は軽く下唇を舐めボタンを押す。

  アームが目標に近づき、その真上で止まった。

  その様を久美子は先程の緊張感など消え失せたかのように興奮いっぱいで見つめていた。

  この感情論を見ていると、やはり彼女への一言は『単純』で片づいてしまうかもしれない。

  徐々にアームがぬいぐるみに向かって降りてくる。

  野田も心なしか緊張していた。

  アームがしっかりと目標である奇妙な猫(野田命名)を掴んだ。




  「お!」




  最早久美子はガラスに張り付かんばかりである。

  が、その時そのぬいぐるみがずれ落ちた。




  「げっ!」




  ウソだろう!?

  野田は思わず冷や汗をかいた。

  それは久美子も同じである。

 
  だけども、そのまま落ちていくと思われたぬいぐるみは、商品タグの着いているビニール糸にかろうじて引っかかる。

  その事を確認した途端、野田と久美子から安堵の息が聞こえた。

  アームは元位置に戻り、ぬいぐるみを引きずってその腕を開いた。

  引っかかっているのだから、店員を呼ばないと穴に落ちないだろうと思っていたそれは、

  以外にもすんなりと取り出し口に直結している穴に落ちた。

  久美子はそれを興奮止まぬ調子で取り上げる。




  「スッゲェじゃん!一発だぞ!」




  凄いスゴイと賞賛の声を惜しみなく捧げる久美子に、野田は得意げに笑った。




  「ま、こんなモンよ」




  言って、久美子の胸に抱かれている奇妙な猫のぬいぐるみをポン、と叩く。




  「マジ凄ェよお前!なんか見直した!」

 


  ・・・・ぬいぐるみ一つを取っただけで見直されるとはどういうことなのか。

  しかしその疑問は野田の喉奥で止まる。

  こんなにも嬉しそうにしてる久美子を見るだけで、その価値はあったのだから。




  「ホントにくれるのか?」

  「おうよ。まぁ、そのために取ったし。お前が喜べば俺はそれでいいんだよ」




  今までよりも直接的な言葉。

  野田のほのかな期待は、気を大きくさせた。

  久美子の顔が一瞬で赤くなる。

  UFOキャッチャーのせいで忘れていたが、彼女は彼が好きだと自覚してしまっていたのだ。
 
  そんな風に言われれば、いくら鈍い久美子でも勘違いしてしまう。

  今更ながらに、恥ずかしくなってしまう。

  それが行動に出て、彼女は少しだけ後ずさった。

  しかし彼はそのことに気付かず、UFOキャッチャーを指さした。




  「もういいのか?」




  欲しいのはないのか?

  そう問う野田に、久美子は大げさに頷いた。




  「い、いや、もういい!ありがとな!」




  ハハハ、と空笑いし、久美子は後ろ手で頭をかく。

  そこで、野田は久美子の様子があまりにもおかしいことに気付いた。




  「・・・・なんかあった?」

  「い、いや、なんでもない!!!ホントだぞ!?なんでもないからな!」




  あくまで念を押す久美子。

  そこまで言えば、怪しんで下さいと言っているようなモノだということに彼女は気づいていない。

  しかし野田は、まぁいいや、と彼女の手を掴んだ。




  「ひぇ!?」




  思わず久美子はそれを払いのけようとするが、それを見越してか、強く握った野田の手は離せない。

  野田のシャツを掴んで、それを指摘されて恥ずかしそうにしていた彼女だ。

  彼にはこの反応は予測できた。




  「いいから。他にちょっとお前にやりたいモンがあんだよ」




  言って笑うと、久美子の手首を掴んで歩き出す。

  久美子はというと、変な叫び声をあげたことに思わず自分の口元を手で覆っていたが、

  野田に引っ張られて大人しく着いてくる。



  次第に自分の体温があがってきて。

  野田にその事を悟られないようにと、彼女はまた願った。




  というか、手を離したい。




  自覚した彼女には、先程のように手を繋ぐことさえ出来ない。

  恥ずかしいという以前に、少しだけ胸が重くなってしまって。

  そして、野田に対してこんな感情を抱いてしまった自分自身を少し嫌悪した。

 



 
  野田は辺りを見回していた。

 



 
  人通りの少ないところに行きたいが、行き交う人々がそれをさせてくれない。

  ここには落ち着く場所もなければ、都合良く公園などもない。

 



 
  仕方なく、彼は裏通りに彼女を連れ込んだ。

 

 

 

 

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  [憶測と調和B]に続く 


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