ビルの裏手のそれは、路地としては少し狭かったが、彼の願い通り人通りは皆無だった。

  少し出っ張っているビルの土台に腰を下ろし、野田は彼女にも座れよ、と声をかけて手を引っ張った。

  久美子は少し戸惑ったが、彼の言うとおり隣に腰を下ろす。



 
  「・・・・なんなんだよ」




  心底から疑問に言う久美子。

  しかも、連れ込まれた場所が場所だ。

  久美子の顔はやはりほんのり赤くて。



  それが自分が手を握ったせいかもしれないと思うと、野田は更ににんまりと笑う。

  そしておもむろに鞄から先程ゲームセンターでやったガチャガチャのボール形状のモノを取りだした。




  「・・・・ガチャガチャ・・・・?」




  久美子は更に意味が解らない、と言った声を出した。




  「そ。なんか目についてやってみたわけ」

  「お前、私を外で待たせて何してんだよ」




  思想の迷宮に入っていたとはいえ、久美子は腑に落ちない、と言うような表情をした。

  野田はそんな久美子を、まぁまぁ、と落ち着かせるように言った。

  カパッと音を立ててボール形状のモノを開ける。

  久美子の位置からは中身のシリーズが描いてある宣伝用紙しか見えなかったが、

  野田がそれを取りだし、ビニールから出した時点でようやくそれの正体が分かった。


 

  「・・・・オモチャの・・・・指輪・・・・?」




  眉をしかめて言う久美子。

  それの何が自分をここまで連れてきた言い分になるのだろうか?

  そう態度でありありと示して見せた。

  だけども野田は笑顔のままで。




  「そ。オモチャだけどな」




  言って、それを指で弾く。

  最近のガチャガチャは性能がいい商品が揃っているらしい。

  プラスチックのショボイものではなく、ちゃんと形が固定している鉄製。

  だけど銀色に光るそれは上から塗っているだけだろうと言うことが野田にも解った。

  ただ難を言えば、指輪のサイズが選べないことだろうか。

  未だ不可解な表情をしている久美子の手を、野田は握りなおす。




  ピクリ、と久美子の身体が反応した。

  先程のオモチャの指輪ですっかり顔から赤みが消えていたのに、それもむなしくまた彼女の頬に赤みが差した。




  野田は笑う。

  表面上。




  今から言おうとしている言葉は、野田から勇気という二文字を全力でかき集めさせた。

  ゆっくりと、彼は息を吸う。




  「の、だ・・・・・?」




  手を繋いだまま何も言わない野田に、久美子は思わず呟いた。

  顔が熱いと自分でも自覚できる。

  野田の手を離そうとして、もうこのまま逃げ出してしまおうかと久美子が思った瞬間、彼はゆっくりと口を開いた。







  「ここで野田君は我慢できずに目の前の女性に告白します」







  一瞬、久美子の時が止まった。

  彼の言葉が耳から脳に浸透するまで、かなりの時間を要した。




  目の前の女性・・・?




  久美子は自分以外に誰かいるのだろうかと、辺りを見回してしまった。

  だけど、野田が『目の前の女性』と称するモノは自分しかいない。

 




  「・・・・・・・・・・・は?」

 




  絞り出た言葉・・・否、声はかなり間の抜けたモノだった。

  眼が点になった久美子に、それでも野田はかまわず続ける。

  否、余裕がないのだ。

  ゲームセンターのときの期待があるとはいえ、それすらもうち消されるほどの緊張。

  こんな緊張感、それこそ試験の時すら経験したことはない。

  そこで、後悔とも言えない感情が押し寄せてくる。

  『早すぎた』『もっと慎重にしときゃよかった』と思う心がある。



 
  だけども、ガチャガチャで出た指輪。




  それは意味もない自信を彼に植え付けてしまったのだ。

  そう思えば行動は早い。

  行動力に関しては、自他共に認めるモノである。

  それは彼の昔の思い人『静ちゃん』に対しても同じだった。

  野田はもう一度息を吸い込んだ。




  「そのオンナはもう激鈍くて!あんだけ俺がアプローチしてんのに、気付きゃしねぇ」




  そう言って思い返す自分の日々。

  自分の苦労を思って、何故か目頭が熱くなりそうだった。



  久美子はと言うと、言葉にという以前に最早声にならないのか、無意味に口をパクパクと動かしていた。

  その様子に野田は笑う。



  ・・・・なんとか、この果てしなく鈍い久美子にも自分の言いたいことが分かったらしい。

  その事に少しだけ安堵を覚えた。

  これだけ力を入れている・・・・

  たぶん、今まで生きてきた中で一番真剣な告白を、それこそスルーされればさすがにキレていたかもしれない。




  「・・・『そのオンナ』っての、誰か分かるよな?」




  問いかける野田に、しかし久美子は微動だにしない。

  頭の中が真っ白で、反応すら出来ないのだ。



  久美子は思った。







  コレは夢か?

  まさか、白昼夢を見ているのだろうか?







  そんな疑問が頭に浮かぶ。

  だって、彼女が野田を好きだと思ったのは対先ほどで。

  それ以前にスキだったとしても、自覚したのはつい先ほどなのだ。

  それなのに、この素早い展開。




  あまりにも都合が良すぎるではないか。




  コレは本当は現実なんかじゃなく、自分の願望が見せている夢ではないのか。

  彼女は本気でそう思った。

  だけども。

  野田が自分の手を握る体温は、まぎれもなく現実で。

  あまりにも、と表現するしかない現状に、久美子の動作全てはストップしてしまった。

  野田がそんな久美子の心情を察したわけではないが、

  動揺している久美子の姿を見て、返事は期待せずに、そのまま『YES』の意味として話を進めた。




  「俺さぁ、ずっと・・・・ってか、結構前からお前のことしか見えなくてさ・・・・気付いたらお前に惚れてたわけよ」




  久美子の目を見、少し照れたように彼は笑った。




  「何か目がいって、気付いたらお前見てて・・・あぁ、スキなんだなぁって、さ」




  久美子はというと、やっとのこと脳味噌が回っていた。

  野田の告白に耳を傾け、その言葉は脳に浸透する。

  そして、彼女は生まれて初めての自分に対する告白に、これ以上ないという程顔を赤くした。




  「なっ!お、おまっ・・・・!う、ウソつけ!」




  舌の呂律が回らない。

  しかし、最後の言葉に野田の眉毛が微かに不機嫌そうにピクリと動いた。




  「・・・・お前なぁ・・・・人の渾身の告白をウソで片付けんなよ」

  「だ、だって、ウソだろう!?」




  未だ信じられないという久美子に、今度こそ野田は頬を引きつらせた。




  「ウソなんかでこんなこと言うわけネェだろうが馬鹿!」

  「ば、馬鹿って言うな!」

  「人の本気無視してウソだと片付けようとしてる人間が馬鹿以外なんて言うんだよ」

  「う゛っ」




  それを言われると辛い。

  だけども、やっぱりまだ信じられないのだ。

  まだ夢の中にいる気分。







  ──────だって・・・都合が良すぎるじゃないか。







  久美子は赤い顔のまま、すでに青筋を立てて先程の雰囲気を台無しにしている野田を見上げた。




  「だって・・・」




  そう、消え入りそうな声を出した途端、久美子は俯いた。

  野田はその久美子の様子に青筋を引っ込め、途端に真顔で久美子を見下ろした。




  「だってお前・・・藤山先生スキだったじゃねぇか」




  俯いたまま言う久美子。

  その久美子に、野田はさらりと、ああ、と言う。

  それがあまりに呆気なくて、久美子は思わず野田を見上げた。




  「スキっちゃぁ、スキだけどよ。なんか違うんだよなぁ・・・ほら、アイドルスキになるって感じなんだよ。お前とは全然違うわけ」

  「・・・なんだよ、私と違うって・・・」



  「静ちゃんの場合はさ、上辺だけだったんだよ。

  アイドルをテレビ画面でしか知らないのに、その上辺だけでスキんなったって感じ。だけどさ、お前は・・・」




  言って、野田は笑った。

  頭の中にこの目の前のオンナの奇行がよぎる。

  あんなモンをこの目で見てるのに、それでもスキだといえる『本気』。







  スキなんです。







  「お前の場合はメチャクチャで行動馬鹿で・・・

  あぁ、おとり捜査のあの服装はマジ笑ったし・・・なんかお前自体奇想天外?みたいなモンだし」



  「ケンカ売ってんのか!?」




  あまりと言えばあまりの言葉に、彼女は思わず腰を上げて野田の襟首を掴みそうになる。

  だけど、それを野田が寸でで止めた。


 
  久美子の手首を野田ががっちりと掴む。

  そして彼女を落ち着かせるようにまぁまぁ、と肩を叩いてまた大人しく隣に座らせた。



  そして笑う。

  久美子が思わず赤くなるほど、彼はニッコリと笑った。


 



  「そんなお前見てて、そんで思ったんだよ。スキだって」







  そう、スキなのだ。

  相手がどれだけ奇想天外としか言いようがなくても、何でも。







  「静ちゃんとは違って、俺はありのままのお前がスキなんだよ」

 




  そこまで言って、彼はまた笑った。

  久美子は声も出ない。

  否、出せない。



  彼の発言で、それがホントに告白か?と悩むしかないような事を言われても、だけど。

  そこまで見て、彼は言っているのだ。

  自分がスキだと。



  身体の奥底から熱くなっていく。

  もう顔が熱いどころじゃない。

  身体が・・・心臓が熱い。

 




  「ウソ・・・だろ」

 




  やっと出た言葉はそれ。

  それもあまりに乾いていて、間近にいる野田ですらやっと聞き取れるほど。

  野田は深い溜息をついて、次の瞬間、久美子の両頬を引っ張った。




  「いひゃっ!」




  そのせいで現実に引き戻される感覚を味わう。

  久美子の柔らかいほっぺたを、野田は容赦なく引っ張る。




  「まだ言うか、この口は。っつか、いい加減認めろよ、俺が本気だって」




  解ったかよ?



  念を押すように言う野田に、久美子は思わずコクコクと頷いた。
 
  よし、と彼は一言言うと、久美子の頬を解放する。

  まだヒリヒリと痛いそれを無意識のうちに撫で、久美子は野田を見た。

  だけども、視線は合わせられない。

  ・・・・恥ずかしくて。




  そんな久美子の頭を野田はポンポンと叩く。

  その様は何処か幼いコドモを落ち着かせるようなモノで。

  完全に教師と生徒の立場が逆転している。

  しかし、そのおかげで久美子は気持ちを落ち着かせる事が出来た。

  今度こそ、久美子は野田の目を見る。

  互いの視線が合わさった。




  「・・・・ホントに、私なんかがスキなのか?」




  そう問う久美子は何処か不安げで。

  しかし、野田はすぐさま頷く。




  「『なんか』とか言ってんじゃネェよ。俺が惚れたお前をお前自身が格下げすんなよ」

  「だ、だって、私だぞ!?」

  「そ。お前」

  「お前も言ってたじゃネェか、奇想天外だって!自分でそう思ってる相手に惚れるなんてマニアックだぞ!?」







  自分で言ってて悲しくなんネェか・・・・?







  内心突っ込んでしまうが、野田は言った。




  「しゃーネェじゃん。惚れちゃったし」

  「いや、でも!」
 
  「ってか、お前がそんなだから惚れたっつーの」

  「・・・?」



  「お前が後先考えずに俺らのことばっか考えてさ。

  なんか危なっかしいけど、馬鹿みたいにやること一途で・・・俺ら・・・ってか、今も俺を見捨てネェでいてくれんじゃん」




  そう『今』も。

  会えば会うほどスキになっていて・・・
 
  彼は笑う。




  しかし、久美子は野田の言葉に戸惑ったような表情を見せた。

  『奇想天外』にそんな意味が込められているとは。

  久美子は予想外の誉め言葉にたじろいだ。




  「スゲェと思うよ。他のヤツなら俺らみたいなのは速攻で切り捨ててんだろうと思うと」




  そう、見捨てられるはずだったのだ。

  なのに彼女はそうしなかった。

  危なっかしくも毅然とした態度は何処かキレイで。







  あぁ、体の自由がきかない。

  奪われる。









  ──────全部ひっくるめてお前がスキなんだ。









  「馬鹿正直で、裏表なくて。なんか俺ってばヤバイほどそんなお前のこと考えてて・・・・」




  何かもう病気って感じ?

  彼は戯けてそう言った。

  恋の病とはよく言ったモンだ。

  言い得て妙な気がするが、彼の今の状況には当てはまる。




  「・・・・山口久美子センセが俺はスキなんだよ」




  呟きとも取れるその告白に、彼女は言葉を忘れた。

  頭の中で今までの野田の言葉を反芻する。

  そんな風に見られているとは思わなかった。

  嬉しさと気恥ずかしさ。

  それを表すように、久美子の体温は上昇していく。

  夢かもしれない、と彼女はまた思った。




  だって。

  だって、こんな・・・・




  「・・・夢じゃ、ない・・・よな?」




  確かめるように、彼女は呟いた。

  それは野田に言うと言うよりも、自分に言い聞かせたという方が正しい。

  しかし、その呟きが聞こえたのか、野田はまた眉をひそめる。




  「・・・お前な、まだ言うか?・・・またほっぺた抓るぞ?」




  呆れたような物言いに、久美子は反射的に頬を抑えてガードした。

  先程容赦なく抓られた頬は、かなり痛かったらしい。



 
  久美子はそのまま目を伏せた。







  ・・・考える時間がいる。







  だって、自覚したのは先程のゲームセンターで。

  彼女の動揺をとってか、野田は笑って、また久美子の手を握った。




  「ま、考えといてよ。俺のこと」




  そう言う野田と目が合う。

  その眼が、何処か不安そうで。

  久美子は早く何か言わなければ、という衝動に駆られた。




  「い、いや、嬉しいぞ!?マジで!!」




  ・・・声が裏返った。

  しかし、そんなこと構ってられないと言うように久美子は言った。




  「嬉しいし・・・なんか・・・予想外の見られ方してたっての驚いたけど、ホントに嬉しいし・・・」




  必死に言葉を繰ろうとするが、口から出てくるのはありきたりな言葉。

  久美子は言葉を探ろうと思わず頭を振って、また野田を見た。




  彼女は少し眼を閉じた。



 
  野田はジッと、彼女の言葉を聞いている。

  野田は、彼はあそこまで正直に自分の気持ちを言ったのだ。

  真剣に久美子と向き合い、そして思っていることを言って彼女に告白したのだ。

  ならば、彼女もその誠意に応えなければいけないと思った。

  自分の気持ち、そして勿論、自分の考えを言葉で伝えなければいけない。



  久美子は息を大きく吸い込むと、ゆっくりと吐き出し、眼を開けた。

  そしてじっと野田の目を見る。







  「・・・・私も・・・・スキ、だと思う」







  そう、スキだ。

  自覚したんだ。

  何故彼のシャツを掴んだのか。

  何故照れるのか。

  何故このように体温が上昇し、心臓が破裂しそうなのか。







  ・・・彼の言うように、スキ、だから・・・?







  「・・・だから、時間が欲しい・・・」

  「・・・時間?」




  聞き役に徹していたが、思わず彼はオウム返しに問うた。




  「おう。・・・じ、実はだな、お、お前のことが・・・その・・・スキ・・・だって気付いたのはさっきのゲーセンでなんだ・・・っ」




  決死の言葉。

  そんな風に久美子は言った。

  しかし野田はその言葉に、やっぱりか、と胸の内で呟いた。

  やはり自分の直感は間違っていなかった、と。




  「だから・・・なんか、ホントいきなりだろ・・・?まだなんか正直実感わかないんだ・・・」

  「・・・また頬抓ってやろうか?」

  「や、それはもういい!」




  ホントに痛かったのだろう。

  久美子は思いきり首を振った。




  「何か、自分の願望が見せてる夢、って感じなんだよ・・・・」




  『願望』とはまた言ってくれる。

  その言葉に、野田は薄く笑う。

  期待以上ではないか。

  脹らむ自惚れに、しかしそれを彼は押し込める。

  まだ彼女の言葉は続いている。




  「嬉しいし・・・嬉しいけど・・・けど、こんな気持ちのままじゃ、お前に失礼だ」

  「いや、俺はそれでいいけど?」

  「いやダメだろ!お前は真剣に言ってくれたんだ!だから・・・」




  だから、こんな気持ちのまま、応えられない。

  だからこそ時間が欲しい。

  それは一日か。

  それとも一週間か。

  それ以上か。

  解らないけれども、今は時間が欲しい。

  それが正直な、そして彼女の真剣な言葉。



  ・・・・だからこそ重みがある。




  彼女には本当に裏表がなくて。

  だからこそ、今本当に余裕がないのだろうと伺える。
 
  野田は息をゆっくりと吐いた。




  「ん、サンキュな。真剣に言ってくれて」




  言って、彼は笑った。

  何処かそれは清々としていて。

  その笑みを見た途端、久美子の心臓はまた跳ね上がる。




  が、しかし。

  次の瞬間、彼は笑みのまま、また彼女の片頬を抓りあげた。




  「いへー!」

  「今ので解った。ってか、確信した。もうお前は俺に惚れかけだってぇのが!」




  得意げに、しかし久美子の頬を抓った手をそのままに彼は笑った。

  それは何処か、幼さが残るような笑み。




  「ひょ、ひょっほまへ!」




  今までの雰囲気は何処に行ったのだろうか?




  そう本気で疑問に思うと同時に、久美子は頬から伝わる痛さに思わず涙眼だ。

  彼女は勢いよく野田の手を振り払う。

  その際強く摘まれた感覚に、久美子はまた奇声をあげた。

  自分では解らないが、多分先程とは違う意味で赤くなった頬を片手で押さえつつ、久美子は野田を睨んだ。




  「い、イテェじゃねぇか!」

  「いいか、ヤンクミ。よ〜っく聞けよ?」




  久美子の抗議など何処吹く風。

  野田は突然勢いよく立ち上がり、そして久美子の真正面に立った。




  「ゼッテェ惚れさす。ってか、もう惚れてんだろうけど、また更に俺に惚れさせてやる」

  「なっ!」




  あまりのことに絶句する久美子。

  確かに、彼の言い分は間違ってはいない。

  ・・・だけど、そんな風に言われると思わず否定したくなるのは何故だろうか?



  彼は座っている久美子と視線を合わす為、前屈みになった。

  それでも少し野田の方が視線は高い。

  呆気にとられる久美子に、野田は更に言う。




  「見てろよ?時間が欲しいとか言ってらんネェくらいに口説いて骨抜きにしてやるからな」




  彼はまるで悪戯っ子のように笑う。









  期待以上。

  順風満帆。

  自惚れは確信に変わる。
 
  否、変えてみせる。









  絶対ェ手に入れてやらぁ。









  彼は彼女に手を差し出す。

  それは学校の玄関前でやって見せたように、自然に。



  戸惑う久美子の手を、それでもぎゅっと握って、彼は彼女を思いきり引っ張ってその場に立たせた。

  久美子はよろめきはしたものの、しっかりと地面に足を立てた。



 
  久美子が反射的に顔を上げた瞬間、掠めるそれ。




  一瞬、それが何か久美子には解らなかった。

  だけども唇に残る感触。







  これは・・・?

  何、を・・・されたのだ・・・?







  やっと理解した途端、久美子は顔を赤くさせた。




  「テメ!い、今・・・っ!」

  「口説くための行動その一」




  キス。

  掠めるように素早く、彼は久美子の唇を奪って見せたのだ。




  「手ェ早いぞお前!・・・人のファーストキス!!!」

  「ごちそうさん」




  言って、彼は自分の唇を舐めた。

  そこに視線が行き、その唇が今自分のそれに合わさったかと思うと、恥ずかしさよりも動揺が先に立つ。




  「そんじゃ、二度目のキスも頂きましょうか」




  言うが早いか、野田は久美子が反応するよりも早くまた唇を奪ってみせた。

  否、彼女はあまりのことに反応できない。

  野田はその上で、彼女が逃げないように久美子の頭を片手で押つつ身体を引き寄せた。




  「んっ」




  歯列をなぞり、唇を舐める。

  舌は彼女に浸食する。

  彼女の舌を無理矢理からませた。



  そのことでハッとしたのか、だけども、逃げられない。

  何故か力が抜けていくよう感覚を彼女は味わった。

  泳いでいた手は行方を探し、彼のシャツにしがみつく。

  でないと立っていられないように思ったのだ。




  「の・・・だ、ぁ」




  息を付いた途端、艶のある声。

  コレで天然なのだから、野田は内心溜息を抑えられない。

  チュッと音を出し、彼の唇は彼女から離れた。




  途端、脱力する久美子。

  しかし、それを彼は寸でで支えた。

  野田に少し体重を預けたまま彼女は項垂れながらも彼を見上げた。




  「お、お前・・・」



  悪態を付きたいのに言葉が出ない。

  そのかわり、荒い息が出てくる。




  「ってことで、初ディープも俺のモンってことで」




  ニヤリ、と笑って彼は彼女を見下ろした。




  「今度はベッドで初モンもらうから」




  彼女は先程『ファーストキス』と言っていたのだ。

  ならば、それ以上も経験ないはず。

  それこそ、他の誰にもやらない。

  自分がもらう。

  彼は誓いのように、自分勝手に決めた。




  「・・・・って、ベッド!?」




  ガバッと、彼から離れる久美子。

  押しのけるようなそれに、彼は少しだけ蹌踉めくが、それも一瞬。

  野田は更に笑って見せた。




  「まぁ、覚悟するこったな」




  それはさながら悪魔の笑み。

  彼女は本気でそう思った。

  冷や汗とも取れるモノが背中を這う。




  だけど・・・・




  だけども。

  そう思っても、やっぱり胸が高鳴って。

  顔が赤くて。

  野田の、彼の表情一つに体が熱くなって。

  いきなりすぎるキスという行動でも、だけど、やっぱり彼がスキだと思ってしまう自分がいて。

  だからその突然の行為にも、彼女が暴挙に出ることはなかった。

  そんな自分に、久美子は内心溜息を隠せない。




  「・・・・責任、とれよ?」

  「任せなさいって。それこそ願ってもないね」




  言って、彼は久美子の手を取った。

  彼女はそれに抵抗しないで、ただ彼に任せて手を預ける。

  そして、彼女の指先にあたる金属のものだろう感触。

  先程持っていた、彼の指輪。




  「お前はもう予約済みってことで」




  言って、彼はその指輪を彼女の小指にはめた。




  「さすがに薬指にはサイズ合わネェか・・・ま、子供用サイズなのかもな」




  ガチャガチャの種類をよく見ていなかったので、そこまではよく解らない。

  だけども、彼女の指に合う指輪で良かったと思う。

  どの指にも合わなかったら、さすがに落ち込んでいた。

  少しぶかぶかなそれを見て、久美子は顔を赤くしながらも笑う。

  なんとなく、彼女の指に指輪をはめていた野田が可愛かったのだ。




  「なくすなよ?」




  言う野田に、久美子は指輪をした左手をギュッと握り、そして笑った。




  「なくさねぇよ、バーカ!」




  野田の背中をバチン、と叩く。




  「ってぇな!」




  きっと今ので彼女の手形が野田の背中に刻まれたことだろう。

  手加減できなかったそれ。

  だけど、久美子は悪びれなく笑う。

  それにつられるように、彼も笑った。




  「しょうがないから、この指輪はもらっとく」

  「うわ、何、このかわいげのなさ」

  「でも、お前は私に惚れてんだろ?」




  してやったり。



  恥ずかしそうに言うが、でも何処か勝ち誇ったその表情。

  野田は思わず笑った。


 

  「言うじゃネェか」

  「なんかさっきから私、負けっぱなしだったからな」

  「勝ち負け基準かよ」




  苦笑する野田に、久美子は手を差しだした。




  「・・・繋ぐんだろ?」




  恥ずかしさを抑えるためか、ずいっと出される左手。

  野田は笑う。







  楽しくて。

  嬉しくて。

  ・・・可愛くて。

  でも、本当に彼女に惹かれて。

  ほら、今この瞬間も彼女に捕らわれる。







  彼は彼女の手を握った。

  しっかりと、ぎゅっと。

  互いの体温を感じて。




  「取り敢えず、このままどっか行くぞ。今日お前もう予定ネェんだろ?」




  野田は言った。

  『口説くための行動』バージョン3。

  さしずめデートのつもりである。

  学校から出てそのつもりだったが、今は状況が違う。

  その事に気付いたかどうか解らないが、久美子は少し考えて見せた。




  「あー・・・そうだな、何か喉乾いたし・・・」




  その発言に、彼等はハッとした。



  そうだ。

  自分たちはそのために出てきたのではないか。

  喉の渇きすら忘れるほど、彼等は真剣だった。

  そのことがあまりに可笑しくて、彼等はどちらともなく笑い出す。




  「は、はは!マジ忘れてた!」




  可笑しげに言う野田に、久美子も笑う。




  「まぁ、落ち着けるトコ、早く探そう」




  久美子が野田の手を引っ張り、二人は表通りへと足を運ばせた。




  「もうそこらの喫茶店でいいんじゃネェ?」

  「おう。もうドリンクバーとか言ってらんないからな。私も喉カラッカラだし」

  「ちょっと戻ったトコに、結構いい雰囲気の茶店があんだよ。俺お勧めの。行くか?」

  「安いか?」

  「いや、ちょっと値ェ張るな・・・ってか、まだ言うか、このケチ教師」

  「お前も教師んなったら解るぞ、あの安月給の苦しみ」

  「しょうがネェな・・・ま、今回は俺が奢ってやる」

  「へ!?な、なんでだ!?お、お前、あんだけ奢れって五月蝿かったじゃないか!」




  信じられない!

  そう意気込んで言う久美子に、野田は苦笑した。




  「まぁ、そういう気分なんだよ。それに言ってみれば初デートだし?」

  「へ?」

  「ちょっといいとこ見せたいじゃん?俺としては」




  久美子は赤くなりながらも、だけどもすぐにその眉根を寄せた。




  「・・・それはつまり、餌で釣るっつーことか?」

  「あったりー♪」

  「おまっ、人のことなんだと思ってんだ!」

  「俺が惚れたオンナだと思ってるけど?」




  さらり、と言う野田。

  そのことで、また久美子は顔を赤くし、絶句した。

  最早言い返せるモノではない。

  ストレートな表現に、久美子は案外弱かったのだと、野田は知る。

  久美子は赤い顔のまま唇をとがらし、拗ねたように押し黙った。

  それが何処か幼いようでいて、野田は内心笑ってしまう。



 
  形はどうあれ、この口論は野田の勝ち。




  そして二人は表通りへと出た。

  更に先に進もうとした久美子の手を引っ張り、野田は逆方向、とだけ言うとそのまま来た道を引き返す。

 

 

 

  夕刻の人通りは更に混んできた。




  裏通りとはいえ、先程彼等の居た道で人が通らなかったのは奇跡に近いのかもしれない。

  彼はある店を指さす。

  こじんまりとして、何処か古びた店である。

  だけども、その様が独特な雰囲気を醸し出していた。

  そして彼等はその店の扉を開き、店員に案内され、奥へと消えていった。

  少し薄暗い中、彼等は顔を見合わせるように座る。

  そしてメニューの中から野田はアイスコーヒー、久美子はカフェオレを頼んだ。

  渡されたお絞りで手を拭き、彼等はクーラーの利いた部屋で一息入れた。


 

  「明日から見てろよ?マジで口説くから」

  「あ、明日って・・・日曜じゃネェか!」

  「一浪生には関係ネェもんよ。バイトの日以外通い詰めるからヨロシク」

  「私の休日は!?」

  「あれ?久美子ちゃん、もしかしてもう一度受験頑張ろうとしてる元生徒を見捨てんのかよ?」

  「テメッ、ずるいそ・・・」




  それを言われると何も言えなくなるではないか。

  野田は笑う。



  一浪という特権。

  元生徒という特権。

  この特権、今使わずにいつ使う?



  久美子が言葉に詰まった様子に、野田は少し笑った。




  「学校じゃなくてお前ん家でもいいから」

  「・・・お前、私の家来る勇気あんのか?」




  問う久美子に、野田は少し考えた。

  そう言えば、忘れていたが彼女の家の家業は極道。

  しかし彼は思う。









  ・・・それがどうした。

  やってやろうじゃないか。

  このオンナを手に入れるためなら、なんだってやってやる。

  何処にでも行ってやる。




  嗚呼、俺ってばなんて馬鹿なほど一途なんでしょうね・・・?









  「いいじゃん、上等だよ。どうせお前ん家行くことんなるし、予行練習って事で」

  「へ?何で?」

  「『お嬢さんを僕に下さい』ってな」

  「なっ!」

  「見てろ。絶対やってやるから」




  言って笑う野田。

  久美子はまた更に赤い顔をしたが、それでも野田の言っていることはイヤじゃなかった。

  それどころか、また心臓が跳ね出す。

  久美子は笑った。




  「・・・それは、お前次第だな」

  「言ったなコラ。絶対ェやってやる」




  丁度その時店員がやってきて二人の前にアイスコーヒーとカフェオレを差し出す。

  待ってました、と彼等はストローを差し込み、喉を潤した。

  思ったよりもずっと冷たいそれに、二人は渇きを癒した。



 
  ふと視線が合う。



 
  彼等は笑い合う。

  久美子は何処か照れくさそうに。

  野田は嬉しそうに。
 










  「取り敢えず、指輪。すぐに本物買ってやっからな」

  「・・・おう」








  END

 

 

 

  ■BABY  GLOCK 管理人のアサミチエ様から、野田クミssですーー!!!!!

  ◎チエ様からのコメントです。

  ごめんなさいゴメンナサイごめんなさい!よぉ解らん話でゴメンナサイ!(土下座)
  み、皆様のステキ作品の中、このような阿呆丸出しのモノが混じっていいのか、心臓バクバクです・・・
  気を悪くされたらごめんなさい・・・・(気ィ小さっ)←いやでもホントに
  有希ちゃん、ごめんねぇ!参加させてもらったのに、こんなんで!
  張り切って書いたら長くなって、その上遅れて、しかもこんなんでゴメンなさい(平謝り)
  で、でも書いてて久しぶりに楽しかった(笑)
  ゆ、指輪・・・クリア・・・した、かな?(疑問形)

  ◎有希乱入コメント

  うぎゃーーーー!!!!!も、萌えーーー!!!!!野田クミ万歳、す、素敵〜〜!!
  ご存知、久美子総受けの鏡!チエちゃんの新作だぁぁぁぁ(大感動)><
  もう、どうやったらこんな風に書けるんですかねぇ、ホント溜息ばっかり出ちゃいます、ホゥv←幸せの絶頂
  可愛いんだけど、でも強引な野田っちに、萌えーーー!!キスシーンなんてっ、ホント・・・ぶぶぶ(鼻血)
  自覚する久美子姐さんも最高に可愛いくて、そりゃあ、野田っち我慢出来ないよ、ふへへへ。←壊れかけ
  読み応えタップリ、萌え所タップリ、胸キュンタップリ、私コメントどうしたらいいんですかぁぁーー??(聞くな)
  いやぁ、何気にワタクシ、チエちゃんは今回内クミで進めるのかなぁと予想していたんですよ、ふへへv
  野田クミssは最近拝める機会がグンと減りましたので、この企画で2作品も拝ませて頂いてホント感激です(涙)

   

  チエちゃんへv

  チーエーちゃーーーーーーん!!!!!なんて素敵な作品をまたこの世に生み出してくれたんですかぁぁ><
  ホント最高に感動しましたぁ、しかもpurelyの企画でお披露目させて頂けるなんて・・・・私もう死んでもいいです(ぉぃぉぃ)
  サイト持つずっっっっと以前からチエちゃん大ファンなワタクシ、こんな嬉しい事があってもいいのかしら・・・えぐえぐ。
  有希のチエちゃん好き、チエちゃんフェチ?は、ある意味ココでも有名なんですよね、おほほほv(変態)
  チエちゃんの小説&イラスト、本当に大好きだよ〜!愛してるの〜vいつもいつも告白ばかりで、ごめんなさい、うへへv
  てか!!「今度はベッドで初モンもらうから」←ココの一文。わたくし、見逃しませんよ。期待してもいい?@@ニヤリ。(殴)
  今では本当に数少ない久美子総受けサイトですが、大好きなチエちゃんが、OPEN当時から温かく見守って下さってるので
  ココまでやってこれましたv サイト持つ時も、凄く勇気とパワーも貰ったような気がします(勝手に吸引)笑
  どれだけ冷たい視線を浴びせられようと「久美子総受け好きで何が悪いんやー!」と、関西パワーで、これからも頑張りましょうネv
  これからもずっっっと、一生チエちゃんについて行きます〜〜vv しがみついてでも、ハイ(笑)
  この度は当サイト競作企画に参加して頂きまして本当に有難うゴザイマシタv 創作本当にお疲れ様です〜><v
  そして自分の順番が回ってくるのが心底怖い有希なのでした・・・・・;;(チエちゃんの反応怖いなー)笑

  

  

 

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