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認めたくない




認めざるを得ない













三人の少年達はそれぞれに、それぞれのやり方で山口久美子にアプローチをかけた。
土屋は相変らず飄々として、さりげなく優しさを混ぜ込んだ、そんな行動だった。
隼人はつい先日までが嘘のように、言葉で、行動でガンガンに攻め込んできた。
竜もやはり数日間が嘘だったみたいに、クールに、しかし真っ直ぐに愛を告げた。

そして、当のアプローチされる山口久美子のほうは・・・。
やはり、少年達と恋愛をする気にはなれなかった。

学生服を着ているというだけで、ダメだった。
3年D組というだけで、及び腰になった。
18歳、という年齢に、その身が竦んだ。

放課後、小田切、矢吹、武田の幼馴染達が話していた言葉が矢のように胸にささって抜けずにいたのだ。

自分は、気がつかないうちに、もしかして・・・そう、彼らが心配したように、沢田慎と少年達を比べていたりはしなかったか?
白金学院を彷彿とさせるこの学院で懐かしさを感じたように、彼らにも、郷愁にも似た思いをもってはいなかったか?

確かに、似ていると思った事はあった。
たくさん、あった。

けれど、沢田慎を彼らに求めたことはなかった筈だ。・・・・そう信じている。
自分は一教師として、真摯に彼らに向き合っていた筈だ。

けれど、明確に、他人が言葉にして紡いだ状況が、思いのほか久美子を動揺させたのだ。

そう。

彼らは高校三年生で、18歳で、3Dの生徒なのだ。
沢田慎と同じように。

くるくると自分の感情の中で木の葉が舞うように揺れる思い。

自分が何をしていたのか、何をしたいのかが、わからなくなる。
その場にしゃがみこんで大声で叫びだしたいような、そんな不安定感。
自分がここに居ることを、こんな人間なのだと大声で訴えたいような・・・そんな衝動。

土屋が優しくしてくれるたび、矢吹が笑顔で話しかけてくるとき、小田切がそっと気遣ってくれたとき。

自分でもわからない、そんな衝動にかられる。


・・・・教師である自分を引いたら、その後にはいったい、何が残るのだろう?
少年達が好きだといってくれるような要素など、まったく残っていないのではないか?
むしろ、最後の最後に残った、素の山口久美子は
ただ、居なくなった人を好きだと叫びたいだけの、泣きたいだけの、そんなどうしようもない誰も望んでいないものしか残らないのではないか・・・。

だから、教師であることに、必死でしがみついているのではないか・・・。






そんな中、卒業式まで残すところ4日という日、不穏な空気が流れた。

警察が、脱走したという工藤の居所を知らないかとやってきた。
クラスの5人の生徒が本人に会ったという。
そして、自分も含めて逆恨みされているという、危険な状況。

大変なことなのに、久美子は心のどこかでホッとしている自分を感じていた。

これで、教師でいられる。・・・と。

余計な事に気をとられないですむ・・・と。


そうして

卒業式前日に、3D全員が退学だと理事長に宣告された。
自分は迷わず退職願を書いた。

これで、自分は、ただの教師として、彼らと離れる事ができる。

卒業式に出られないのはすごく悲しくて残念だったけれど、教師としての仕事を全うしたという、自己満足のようなものが胸の中にあった。












結局、生徒達の卒業式ボイコットのいう事態に駈けずりまわり、教頭の指名により、最後まで生徒達の卒業を見守って、言いたい事を言って、そうして、黒銀学院での自分の仕事は全て終わった。
この数日は、恋愛どころではない状況だったから、3人からのアプローチはなく、正直ホッとしていた。
このままいければいい・・・卑怯なことを考えながら、久美子は、職場ではなくなった黒銀学院を後にした。


生徒達と公園まで歩いた。
これが最後の別れではないけれど、やはり寂しい気持ちが胸に迫る。

生徒達は思い思いに自分へ言葉をかけ、去ってゆく、そうして最後に残ったのは、いつもの5人だった。

土屋が「世話んなったな」と言い。
日向が「ありがとな」と笑った。
武田が「これからもよろしく」と彼らしい事を言って。
矢吹は「会えて良かったって、マジで思ってるから」なんて、らしくないしんみりした言葉を言った。
そして、小田切が
「ヤンクミは、俺達の自慢のセンコーだよ。これからもずーっとだ」

ああ・・・と、久美子は思った。
その言葉は過去にも聞いた事があった。

あれもやはり卒業式の日だった。

よく晴れた空の下そう言って去って行ったのは・・・・。

ぐぅ、と胸に競りあがってくる悲しさ。
最後まで教師でいたいと思ったのに、どうしようもなく、今胸を締め付けているのは、別の感情だった。

「じゃあな、お前ら、元気でな」

大きく手を振った。
そうしていないと、生徒の前で泣いてしまいそうだった。
大声で、彼の名を叫びながら泣いてしまいそうだった。

少年達が去ってゆく。

土屋と矢吹と小田切はそんな久美子に意味深な視線を送ってその場から去っていった。


みんなの姿が見えなくなって、初めて、久美子は涙を流す。

これはきっと、彼らと離れるのが寂しいから泣いているのだと自分に言い訳をして・・・そんな自分を恥じながら、一歩踏み出す。

また、明日から新しい一日が始まる。

「オシッ!ファイトーオー!」

自分で自分に活を入れて、歩き出した。






電話があったのは翌日だった。
まるで申し合わせたように、三人からの呼び出し。
久美子は三人に同じ場所。同じ時間で会うと約束をした。
あの日、教室でそうしたように、きちんと断ろうと決めて。

そして、今度こそは、正直な自分の気持ちを話そうと思った。

時間を巻き戻したい自分は、沢田慎に酷い事を言った時間に戻ってやり直したいと思っている。


それは

今も好きだと言うことだから・・・。


涙の理由をみんなの卒業のせいにして逃げた久美子だったけれど


本気で好きだと言ってくれるのならば、もう自分の生徒ではなくなった彼らに、本気で答えを返そうと思った。


きっと、辛い、確認作業になるだろうけれど。













久美子が待ち合わせ場所に着いたときには、もう三人とも来ていた。

呼び出したのは、昔、一人の男と離れると決まった川辺。

そこに、三人は思い思いの格好で座っていた。自分を見ながら。

久美子は言った。

「アタシ、好きな人がいるんだ」



「もう、一生会えない人かもしれないんだけど、その人だけが大好きで、その人だけを想って生きていこうと思ってる。だから、これからもずっと、お前らのこと、好きになったりはない」

と。

「ごめんな」

きちんと頭を下げた。
言葉にして人に言うのは初めてだった。

自分の、沢田慎に対する想いを。

辛い確認作業だったけれど、それでも、きちんと認めた自分の想いに、真っ直ぐ向き合った。


自分は今も彼が帰ってくる事を望んでいる。待っている。

あの日の自分を謝りたいから待ってるんじゃない

あの日の自分の間違いを後悔していたから
あの日を取り戻したかった
時間を巻き戻すせるのなら、あの日に戻って伝えたかった
「お前が必要なんだと!」
「お前じゃなきゃだめなんだと!」

記憶など、戻っても戻らなくても
お前が好きなんだと

離れたくないのだ、と

・・・離れてから気が付いた自分はなんて愚かだったのだろう

どんなに似てる人がいても駄目なのだ
沢田慎ではないからダメなのだ

でも、時間は巻き戻らない……

だから、伝える事もできない想い。


だけれども、ただ、想っているだけならば、いいじゃないか、と開き直る。
ただ一人、彼を想って生きてゆければ、それでいい。と。
人に向かって、初めて言った。
まだ、沢田慎の事が好きなのだと・・・。





久美子の気持ちを聞いた三人の反応は結局同じようなものだった。
断られたからといって、すぐに好きじゃなくなるわけではない。
いくらでも会いに行くし、会って欲しいし、ヤンクミの気持ちが変わるのを待つ
そんな言葉だった。

けれども彼らは気がついていないのだ。

教師じゃない自分は、教師を引いた自分は

ただ、沢田慎が好きなだけの女だという事を













「よ、ヤンクミ」

三人が帰った後、なんだか話を聞いて欲しくて、内山を呼んだ。

この世で、アタシと沢田慎が付き合ってたことを知っている、唯一の人。

内山は軽く笑って「どうした」そう言って隣に座った。
そんな内山に、アタシは、沢田慎を今も好きなのだと、そう認めたのだと、話した。










「・・・べつにいいんだ」
久美子は微かに笑って自分の膝を引き寄せるようにして俯いた。
すぐ近くを流れる川は凪、時折吹く風は土手っぺりの草を揺らす
「あれが、アタシの最初で最後の恋でも、いいんだ」
隣に座った内山はそれへ返す言葉がみつけられず押し黙った。

最初で最後の恋人

まがい物の恋では打ち破れない
奇跡のように幸せだった数カ月
その思い出があればいい
それさえあれば、これから長く続く一人の時間を生きていける
幸いなことに、自分には教師という天職がある
それに一途に向かってゆけばいい

「…それで寂しくはないのか」
「全然!」
静かに問い掛けた内山に久美子は笑ってみせた。
どこか達観したような、神職についた者のような笑みだった。


そうして、その笑顔のまま「ああ、でも困ったな」と首を傾げた。

「・・・それだと、アイツ・・・帰ってこれないんだよな」
唐突にポツンと、子供の他愛のない独り言のようにそう言った久美子に、内山は改めて視線を向けた。
その視線に気が付いたように、傍らの久美子も内山を見た。
笑っていた。少し困ったように眉を八の事にまげて、ちょっと困ったぞ、とでも言うよなそんな気軽な表情だった。
けれど、言っている事の意味は重い。
「アイツな、アタシが幸せになったら・・・アイツのこと、忘れられたら、帰ってくるって、そう言ったんだ」
内山は久美子を見たまま何も言えずにいる。
そんな内山に、久美子は笑顔のまま言葉を続ける。
「って事はさ、アタシが結婚とかして、それを、あっちにいる、アイツに、アピールとかさ、しないとダメって事じゃんか。そうなると困るんだよな〜・・・どうしよっかな。忘れられないのに、他の人と結婚しないとダメかな」
別に内山に聞いている声ではなかった。自分自身に向かって語りかけるような、そんな声だった。
「でも、忘れたって事を伝える為には、やっぱ、なんかアクションが必要だしな・・・。」
ぽつぽつとそんな事を言いながら、自分でも自覚のないままに親指の爪を軽く噛んだ。
親に置いてきぼりにされた幼い子供のような仕草だった。
本当は怖くてたまらないのに、どうしていいかわからなすぎて、声が平坦で、大人しく見えるのだ。
昔、自分が迷子になって、母親に見つけてもらった時も、きっとこんなだっただろうと、内山は思った。
そして
「ヤンクミ・・・。やっぱ、慎に帰って来て欲しいか?」
愚問な事だとは思いつつも問うた。

「・・・うん。帰ってきたからってアタシを好きになってもらおう・・・て、わけでは全然ないんだ。ホントに、会えなくてもいい。・・・けど、やっぱり・・・同じ日本で、同じように日が暮れて、同じ時間に夕日を見つめられる・・・そんなのがいいな。・・・って!ヤダな!アタシ何乙女な事言ってんだか、うわ、恥ずかしいなオイ。」

最後のほうは笑いで誤魔化してしまった久美子だけれど、内山にその心は伝わった。
例えば、帰って来て、山口久美子の事を好きになってくれなくても、きっと彼女はいいのだろう。
それこそ、他に恋人ができて、幸せになってくれても、傷つきはするだろうけれど、きっと、受け入れるのだ。
遠い未来のそんな傷よりも、今・・・ただ、自分の存在が慎を日本から遠ざけている、その事実がつらいのだろう。

「もしさ、いつかアイツが帰ってきたらさ。アタシは会えないけど、内山、たまに様子とか、教えてくれな」
先ほどのテレ笑いを引きずったような笑みのままだったけれど、その言葉に、不覚にも内山は泣きそうになってしまった。
目頭がジン、と熱くなる。
このまま大声で叫んで、泣き出してしまえたらどんなに楽だろう。
けれど、それは出来ない。
久美子の為にも、そして、自分自身を許せない内山の心が、それを認めない。

「アタシ、あの恋が最初で最後の恋だっていうのは、変えられないけど、それでも、ちゃんと、アイツの事、慎の事、忘れるように、努力する。他力本願で内山には迷惑ばっかりかけるけど、あたしが忘れられたら、その事、慎に・・・・沢田に、伝えてもらえるか?アタシじゃ、なんか、それも変てゆうか・・・可笑しいな、アタシ、アイツのセンセーだったのに・・・。」

くすくすと、小さな笑い声を、内山は止めた。

「・・・ヤンクミ」
「んー?」
夕日が地平線にかかる。
眩しさに目を細めた。
「忘れなくっていいよ」
「・・・けど」

「ヤンクミ」





「俺と、結婚しないか?」







「・・・え?」




















...to be continued......? 2007.4.18



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