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胸の奥に罪がある

ああ

ほんの少しでも早く


この身を罰してほしいのに













「内山さんっ」

己が名を呼ぶ声が後ろから聞こえた。
だけれど、俺は歩みを止めはしなかった。

――――――罪が

――――――罪が追いかけてくる。








二人が一緒にいるのを見かけるなんて、それこそ日常茶飯事だった。
学校でも、放課後でも、まるで掛け合い漫才のようにボケとツッコミで、俺らを笑わせてくれた。
女は俺らと居る時よりも彼がいるほうが、より天然のボケをかまし
その男は淡々とそれを訂正という形でツッコミをいれていた。
毎日見かけるよくある光景
毎日が楽しかった。


その日、その二人を見かけたのは偶然だった。

夕日が沈んでしばらく後、もう明かりの灯る家々では食事も終えた頃だろう。
内山春彦はそんな中、コンビニで立ち読みをしていた。
母が仕事を変えて、夕飯時に居ない時が増え、そんな日は大抵コンビニのお世話になる。
籠の中に弁当とスナック菓子を居れ、窓際の雑誌コーナーにゆく
買うつもりもない本を数冊流し読みをして、さあ、会計へ行こう。そう思った時、その二人を見かけた。
大通りを挟んだ向こう側の歩道。
夜道を並んで歩く二人。
またた く街灯が照らしていた。

二人とも、初めて見せるような笑みを浮かべて。
時々じゃれるように立ち止まったり、片方が手を引いて歩き出したり
まるで、恋人同士のように・・・

(ああ、そうか)

すとんと、胸の中に落ちてきた事実。
内山はそれを黙って見つめて、思わず口元に笑みを浮かべた。

(そういうことだったのか)

妙に納得のいく光景だった。

友人は、見たこともないような幸せそうな笑みを浮かべ。
彼女は、安心しきったように、肩の力を抜いていた。

見ているだけで幸せな気持ちになれた。
自分にまで秘密にされていた事は少ししゃくだけれど、それでも、嬉しい気持ちのほうが先にたつ。

仲睦ましい姿が通りの向こうに消えて、内山も上機嫌で鼻歌を歌いながらレジへと向かった。
コンビニから出て、星の瞬く夜空を見上げる。
「よかったじゃねえか・・・」
独り言が口からついてでた。
あの、周りの大人たち全てが敵のように冷めた視線で世の中を眺めていた友人が、今はこの世の幸福を全て集めたように笑っていた。
誰よりも生徒のことを考えて、息つく暇もないかのようにがむしゃらに走っている彼女が、安心して安らぎ、頼れる場所を持てたこと。
二人とも、内山にとって、かけがえのない人たちだから。

純粋に、すごくすごく、嬉しくって。

スキップでもしたい気分だった。







世界が急転したかのように、状況がかわった。
それは、もう、どうしようもない事なのだけれど。
誰が悪いわけでもなかったけれど。

冷めた眼差しの友人が悲しかった
俯いてばかりいる担任が悲しかった

どこにぶつけて良いのかわからない怒りと、焦燥感と、そんなものがいっしょくたになって内山の胸を焼いた。

友人が、彼女の事を忘れた。

悲しかった。

自分の身の上の事のように悲しかった。



だから


いらぬおせっかいを焼いて



そうして、もう



元には戻れないほど、二人の関係を壊した。



自分が










「内山さんっ」

歩く自分に追いついて、左右から話しかけてくる学生服の少年達。
懐かしい、自分も少し前まではその服を身にまとっていたのだ。
まるでこうして歩いていると、懐かしい友人が隣に並んでいるような錯覚を内山に与えた。
だが、それはもう、はるか昔のことなのだ。
隣を歩くのは、見知らぬ少年達。

「ついてくるな」

押し殺した声でそう言って歩みを進めるが、二人の少年はいつまでも食い下がってくる。
思い込んだら梃子でも動かなかった・・・・まるで、彼の、ように・・・。

内山の足が急に止まった。
それにつられて二人の少年の足も止まる。
振り返り、足元から頭のてっぺんまで値踏みするように眺める。
よくよく見れば、似てはいない。
けれど、彼を連想させる何かが、この二人にはあった。

そして、そんな彼らが、あの人に、告白をしたと、言う。

どう思ったのだろう、彼女は。
今頃、また、泣いてやしないだろうか
それとも、また意地をはって、必死に笑って見せているのだろうか。

最悪だ。

最低な現状。


でも、それもまた・・・自分のせいでも、あるのだ。

内山は諦めたように一つ息をついてから
「お前らがヤンクミを好きだっていうなら、今すぐなにもなかったことにして、ただの生徒にもどれ。それが、一番ヤンクミの為だ。」
そう言った。
もちろん、そんな事で引き下がるとは思っていない。
短気そうな少年が何か口にしかけ、横に並んだ冷静そうな少年が肩を掴んで止めた。
「内山さん、俺らも冗談や軽い気持ちなわけじゃないんです。あなたが何を知っていてそう言うのかはわからないけど、俺達はアイツを諦めるつもりはありません」
「そうだ。半端な気持ちで好きになったんじゃねぇんだ。何も言うことがないって言うなら、それでもいい、アイツの何を知ってるのか、言う気がないならそれでもいい、俺達は俺達で動くだけだ。・・・竜、行こう」
竜と呼ばれた少年も頷いて、二人とも内山に背を向けた。

―――――似ている

―――――似すぎている

―――――二人とも

―――――まるで足して2で割ったら、本人になるのではないか、と馬鹿な事を考える位、”彼”に似ている。

―――――そんな二人が、彼女にこれからも好きだと伝えたら・・・。


「・・・待てよ」
少年達の足が止まる。


「場所変えて話そうぜ」











「初めに言っておく、俺が言う事は聞いたらすぐ忘れろ。単なる忠告だが、アイツには・・・ヤンクミには絶対言うな。」

内山が二人を連れてきたのは、昔・・・そう、学生だった頃、よく来た川べりだった。足元で冬枯れた雑草が音をたてる。
授業をサボるとき等はよくここで、”彼”と寝転んでくだらない話をした。

「忘れるって約束はできないけど、絶対山口には言わねぇ。」
「ああ、それは約束する」
内山はそれに頷いた。

「アンタ・・・内山さんは・・・」
「別にアンタでかまわねぇよ。敬語もやめろ。お前らに似合ってねぇ」
直截な言葉に二人の態度も変わった。
「じゃあ、そうさせてもらうけど、アンタ、山口の好きな奴知ってるのか?」
内山は初めて視線をそらせて、苦しそうに眉をしかめた。
そうして、搾り出すように声をだした。
「・・・ああ、知ってるよ」
「俺らが知らない奴だよな?・・・んで、付き合ってた男って、事だよな?」
「・・・ああ。」
「山口が未だに好きで、今、付き合ってないって事は振られたのか?」
竜の質問に内山は力なく首を振った。
もし、そうであったなら、どれだけ簡単な事だっただろうか、そう思いながら。
「振ったわけじゃない。・・・・もう・・・この世には、いないんだ」
竜と隼人が息を呑む音が聞こえた。
「死んだって事か?」
勢い込んで隼人が聞く。
これにも内山は首を振って、二人を見つめた。
「・・・そうじゃないけど、似たようなもの・・・かな」
竜が眉間に皺を寄せる。
「からかうんじゃねぇよ」
隼人は皮肉気に唇を片方上げた。
「まさが、あんたが、その想い人ってこたぁねえよな」
隼人のその言葉に目を眇める内山。
口元が自嘲気味に歪んだ。
「・・・だったらどれだけよかったか。俺じゃない。・・・ヤンクミの好きな奴は、もう居ないんだよ」
「だから!死んだってことじゃねぇのかよ!?」
「違う!・・・けど、似たようなもんなんだよ」
「アンタ俺達を馬鹿にしてんのか」
「そんなんじゃないっ!・・・ただ、会えないだけだ!・・・多分、これからも、会えないっ」
内山は伝わらない事に、隼人と竜ははぐらかされているような会話に、互いに苛つき始める。
「じゃあなんだってんだよっ」
「っ!」
内山の目元が泣く一歩手前のようにくしゃりと皺を刻む。
その様子に二人は威勢をそがれた。
「・・・内山・・・さん?」
静かに問う声。だが、高まってしまった内山の感情は静まらない。
唇が開いて、わななくように震えた
そうして
「・・・・っ!俺のせいだよ!!俺さえいなきゃあいつらは・・・」
叫ぶようにしてそう口にして、少し長めの黒髪を掻き毟るように両の手で掴んだ。

川辺がシン・・・と息を詰めるように静寂を広める。川が水を流す音すら聞こえなかった。




それからしばらくして、内山は激してしまったのが嘘のようにのろのろと手を下ろし
力なく、竜と隼人を、遠くを眺めるような目で見た。
「し・・・いや、アイツは、お前らに似てるよ、どことなく・・・だから。お前らじゃダメなんだ」
「似てるって・・・何が、ダメだってんだ」
「ヤンクミは、その事を今も、隠してるけど・・・引きずってるし、傷ついてる」
「・・・・それで?」
未だ遠くを見るような目の内山は、そっと囁くように言った。
「いつでも冷静でクールな仮面を被ってた。でも、本当は誰よりも優しい奴で、熱いモノを胸に秘めてた・・・誰よりもヤンクミの事を理解してたし。ヤンクミも、アイツにだけは、頼って、何でも相談してた。」
竜と隼人は、自分達の担任が誰かに寄り添い、頼っている姿が想像できなかった。
「お前」
内山が隼人を指差した。
「お前、あれだろ、クラス纏めてるだろ。リーダー格って奴?・・・違うか」
「・・・だからなんだよ」
内山は小さく笑った。
「そしてお前。竜とか言ったか?」
内山の指が竜を指す。
「感情を面に出さないほうだろ。・・・身に付けてるもん見ても分かるけど、結構いいとこのおぼっちゃんだったりしねぇか?」
その観察力に竜は押し黙った。
「お前ら、何度も言うようだが、アイツに、似てる。・・・つぅか、アイツを思い出させる。・・・そんなお前らがヤンクミの事を好きだって?告白したって?」
竜も隼人も口をつぐんだ。
「苦しむに決まってるじゃねぇか!・・・ヤンクミが、傷つかない筈ねぇじゃねえかっ」

「・・・似てるってんなら、そいつの変わりになれるかも知れねぇじゃねぇか」
隼人が睨みつけるように内山を見た。
竜は何も言わなかった。
内山は、今度は声に出して笑った、気がふれたような、そんな笑い声だった。
「お前らじゃ代わりにはなれねぇぞ」
笑い終わると同時に、唾棄するように、そう言いきった。

「お前らじゃ、アイツの代わりにはなれない。・・・結局、所詮は紛い物だ」


内山は決め付けるようにそう言って、本当は自分こそがそれを望んでいる事に、思い至った。


今も思い出す、楽しそうだった二人。
いつか、もしかしたら、いつの日か、また、あの二人が見られるかもしれない。

ずっと、それを望んでいた自分。


久美子と慎の絆を、今でも、信じ続けていたいのだ。


自分の罪に目をつぶって。



一日も、忘れた事がない。

ずっと一人で悩んでいた事。

何度も
何度も

繰り返し
繰り返し

考えていた事

もし自分が、この何も知らないがゆえの残酷さを持った少年たちのように、彼女を恋愛対象として好きになれていれば、ここまで悩まずにいられただろう。
自分こそが彼女を幸せにするのだと、がむしゃらにもなれただろう。
だけれど自分は
あの二人が一緒に居る姿を愛した
一度だけ見た、寄り添うように夜道を歩いていた二人
学校でもみんなの前でも、そっと気がつかれないように互いを想いあっていた
あの絵のように美しい二人を大切にしていた
一対の彼らを愛した

きっと慎は記憶をなくしたって、いずれは、また、同じように彼女に恋をしただろう。愛しただろう。
ヤンクミも、そんな慎を大切にしただろう。


だが

そんな可能性を壊したのは自分だ

自分が余計な事をしなければ、二人は今も一緒にいたかもしれないのに

『俺のせいだよ!』

血がしたたるような慟哭だった

『お前らじゃ、アイツの代わりにはなれない。・・・結局、所詮は紛い物だ』

それを望んでいるのは、自分






胸の奥に罪がある

ああ

ほんの少しでも早く


この身を罰してほしいのに・・・・。



二人は自分を責める事すらしてくれない













翌日。竜も隼人も久美子に声をかけつつも、いつもより幾分静かだった。
武田はそんな幼馴染二人を怪訝そうに眺めた。
日向は何も気が付いていなかった。
土屋は気にかけもせず、英語の授業をサボっていた。


山口久美子の好きだった男に似ているという男がふたり。
山口久美子を好きだというふたりの男。
それが彼女自身を傷つけている、と、あの男は言った。

では、どうしろというのだ。
半端な気持ちで好きになったわけじゃない
自分達を引っ張って、あるべき未来への扉を開いてくれた彼女
そんな彼女に出会って、惚れないでいられるわけがない

惚れないはずがないじゃないか


けれど、自分達は紛い物だと、男は言う


これから、どうやって彼女に接すればいいのか、二人にはわからなかった。


屋上で、久美子がフルーツミックスオレを啜っている丁度その時。


竜と隼人は、授業中、同じ事を思い悩んでいた。




















...to be continued......? 2007.4.15



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