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自分の立つ足元は 「ヤンクミ」 華奢な背がピタリと止まって ぎくしゃくとした動きで振り返った 大きく見開いた目 黒目が落っこちるんじゃないかというくらいだ そのビックリ顔がみるみるうちにくしゃりと歪んで (泣くのか?!) …と、何故だか焦ってしまった そんなうろたえた慎をよそに、泣きそうな顔が、ふうわりとした、花がほころぶような笑顔に変わった。 その、笑顔は、一瞬の内に瞼の裏に焼つく こんな笑顔をさせているのは自分だ 他の誰でもない”俺” 以前の沢田慎じゃない今の沢田慎だ この笑顔は俺のものだ 込み上げてくるこの例えようのない気持ちは… ふ・・・と、目を開ける。 そこにはいつもと何ら変わることのないベースキャンプのテント地が視界をうめつくしていた。 慎はそのままの姿勢で腕を持ち上げると両の目を覆った。 涙は出てこない じんと痺れたそこは、もう随分と昔に枯れてしまった。 それでも瞳の奥が痛いような感覚は消えない。 (…あれはたしか) 初めて彼女の事を皆と同じように”ヤンクミ”と呼んだ日の映像だ あの日のまま今も瞼の裏に焼き付いている 「…」 慎は腕を下ろすと、肘を付いて身体を起こした 今日も長い一日が始める 当たり前の、彼女のいない一日が… はじめに自分の気持ちに正直に向き合ったのは、意外にも土屋光だった。 学校見学会にやってきていた女子中学生をつれまわした、という理由で退学になりそうになった彼は、一途で真剣な担任教師の努力によって、退学を免れた。 もちろん勇気を出して黒銀までやってきて土屋の無罪を話した少女の勇気もあったのだが、誰もが担任が頭を下げる姿を胸に焼き付けていた。 クラスメートを失わずにすんだ3Dの教室、一息ついた生徒達がひやかす。 あの少女の事、好きなんじゃないのか、と囃し立てる声も聞こえた。 「オレの好みは年上の女だから」 何も考えないまま口にした言葉に、”あれ、そうだったっけ?”と驚いたのは実のところ言った本人だった。 そうして 「年上の女・・・あたしの事か」 目の前でにやりと冗談っぽく笑った担任教師に、クラス中が呆れたようにため息を吐いた。 「いや、あながち違うとも言えないかも」 放課後までなにやら一人考え込んでいた土屋がそう言った時、隼人も竜も、タケも日向もなにを言っているのか分からずに友人を振り返った。 帰り道、いつものように扇子で風をおこしながら 「オレ、山口久美子、わりと好きだわ」 なんぞとのたまう。 しん・・・と友人達が黙り込む。 それにも構わず 「んーーーーー、なんつーか、年上がタイプっつうよりあいつがいいなって」 ぽかんとしていた友人達の中で真っ先に口を開いたのは日向だった。 「ジョーダンきついって、あのヤンクミだよ?あの!」 声を裏返らせている。 その横で武田は指を添えて「ふーん」と頷いた。 「ちょっと、意外」 特に驚いた風もなく小首をかしげて笑っている。 そうして 竜と隼人は 何故か、あいも変わらず無言だった。 言うべき言葉が見つからないようにも、どうでもいいようにも見えたけれど どちらかと言えば、頭の中が空白になって思考が止まっていた、というのが正しいかもしれない。 友人達のそれぞれの反応をよそに、当の土屋は晴れがましい笑顔を見せる。 「結構いい女だと思うんだけどね、俺は。あ、お前ら協力しろよ」 人より頭ひとつ高い位置から皆にニコニコと笑いかけている。心なしか頬が赤い。 「もの好きだねー。で?何協力して欲しい?」日向は呆れたように笑った後、新しいゲームにでも飛びつくようにワクワクと瞳を輝かせた。 「んー、協力ったって、ヤンクミ相手に何か通じる?」武田はどことなく乗り気ではなかった。 そして やはり竜と隼人は何も言わなかった。 二人ともなんともいえない違和感を感じて眉間に皺を寄せる。 (なんだろうな、これ) ちくちくと胸を指すとがったものの正体を探すように自分の内に目を向ける。 土屋の笑顔を見るたび、何故か胸が騒いで どうとも言えない追い詰められるような感覚を味わったのだけは確かだった。 二人とも。 ...to be continued......? 2007.3.11 |