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この空はアナタへとつながっていますか? 「「お嬢〜〜〜〜〜っ」」 穏やかな日差し、吹き抜ける風 何もかもが穏やかで平凡で、そうして単調な生活はテツとミノルの出現で終わりを告げた。 テツが手にしていたのは着任通知書。 話を聞けば高校教師。 以前勤めていた白金学院が理事長の一存で閉校になって随分たつ。 ただでさえ教職員の採用枠は少ない上になかなか人には言えないハンデをもった久美子には次の職探しは予想以上に困難だった。 なんとか食いつなぐように付いた”こやぎ保育園”の職だったが、人里離れた山奥、この半年、退屈で刺激のない大自然の中、年端もゆかぬ子供達を相手にするのは正直、久美子の性にあわなかった。 自分の天職は高校教師だと思っている久美子だったからこそ、その通知は嬉しい知らせだった。 一度は受け持ちの園児の為、保育園に留まろうと思った久美子であったが、こやぎ保育園の園長の後押しもあり(久美子的には後押しである)早々に荷物を纏め懐かしい我が家に帰る事になった。 今度はどんな学校だろう。 どんな生徒達が待っているのだろう。 期待に胸が膨らむ けれどひとつだけ願う どうか以前勤めていた白金学院に似ていない高校でありすように。 白金学院が嫌いだったわけではない。それどころか大切な仕事場だった。厳しいけれど物分りのいい同僚や上司。そして、可愛い生徒達。 大好きだったけれど、でも 幸せな記憶は思い出すたび胸を苦しくする。 幸せだったからこそ、思い出すのが辛い。 だからどうか 白金学院と重なるところのない学校であるように、と。久美子は祈る。 どうして人は幸せな記憶を幸せだったと気が付いた時から忘れるように願うのだろう。 きっと、”彼”が願ったからだ。 ”忘れてくれ”と願ったから だから自分も願うのだろう。 最愛の人と過ごした時間と 同じように 最愛の人を失った時間を 黒銀学院高等学校 「おはようございます」 通り過ぎる生徒達は皆礼儀正しく、通り過ぎるたび挨拶をくれた。 思わず久美子のテンションも上がる。 意気揚揚とその嬉しい現象の中を校舎に入ってゆく。 職員用玄関から、持参したおろしたての上履きを履いてすぐ横にある事務局に顔を出す。 「すみません、今日から新しく採用された山口と申しますが、職員室はどちらでしょうか?」 久美子の新スタートはそんな台詞から始まった。 ・・・・が。 何故か職員室で待ち受けていたのは以前勤めていた白金学院の猿渡教頭。 しかもしかも、自分が手配されたのが間違い、ときた。 「・・・・ご案内します。まずジャージに着替えてきてください」 忌々しそうにそう告げた猿渡に首をかしげる 「?」 「いざという時逃げられませんからね」 「・・・・」 このパターンは過去にもあったな、と思いながら久美子は言われた通りジャージに着替えた。 さらにさらに、新設された校舎での職務ではなく、取り潰し間近の旧校舎が久美子の受け持ちクラスだと聞かされた。 教頭の後に続いて一旦新校舎から外に出て、指し示さたれた通り旧校舎を見る。 「・・・・」 なんていったらいいだろう。そういう建物をなんかの・・・ドラマか映画で見たような気がした。 自分の父親世代の、あの、学生運動の映像。・・・校舎まえに積まれた机や椅子、その他ガラクタ達。 さらには壁に施された装飾、というか、落書き・・・というか・・・なんか・・・。 窓があるんだかなんだか判別できない黒く口を広げる入り口。 「スラムってこんな感じ?」 思わず呟いた久美子だったが気を取り直してその建物に近づく。 そろりと覗いた建物内は予想どうりこれまた酷い有様だった おろしたての上履きは必要ないかもしれない。 「まあ、考えてたって仕方ない、行きますか」 そうして 待ち構えていたのは、これまた予想通りの面々。 久美子は内心で小さく舌打ちをした。 これじゃあまるで あの頃の・・・ 再スタートは、まるで過去を模倣したかのように過ぎてゆく。 まとまりのない生徒達。数人で徒党を組むようにした荒くれども 信じた生徒の裏切り。 やるせなく 手をこまねいているしかない自分。 だいたいが、クラスがまた悪い。 3年で、しかもDクラスっていうのはどういう事か 運命に翻弄されている気さえしてくる。 疲れた身体で家路につき、着替える気力もないまま自分の部屋の床にヘタリ込んだ。 力を抜くように柱に背を預けると、自然と自分の目から涙が流れているのに気が付いた。 お金に困っていて、あまり素行の宜しくない集団とつるんでいる生徒の為に 学校帰りにバイトをして慌ててお金を工面した。 けれど、困っていたのは嘘で。 そのお金は遊興費に消えてしまった・・・。 頬を流れる涙は止まる事をしらなくて、自分のからだを丸めるようにして膝に額を押し付けた。 前の学校でももちろん色々あった。 けれど、こんな事位で諦める自分でも泣き出す自分でもない。 なのに、こんな事でへこたれて涙を流す自分はなんなのか 階段がぎしぎしと音を立て、祖父が部屋にやってきた。 慌てて涙を拭いたけれど、きっと祖父にはわかってしまっているだろう。 気まずい気持ちになる。 祖父の手には庭に咲いていた赤い牡丹の入った花瓶が握られていた。 「・・・何があったのかおじいちゃんにはわからねえし、お前が口にしない以上詮索はしねえ。だけど、忘れるな。お前にはおじいちゃんがついてる。テツたちもいる。 安心しておもいっきり泣けばいい。そうやって心の中のもの全部吐き出すんだ。・・・そうすりゃあまた明日、生徒さんがたとわたってあえるだろうよ」 ゆったりとそんな事を話して立ち上がると、祖父はまた階段へ向かった。 「おじいちゃん」 祖父の動きが止まる。 「・・・ありがとう」 それしか言える言葉がなかった。 また、ぎしぎしと音をさせながら祖父が階段を下りてゆく 涙がまた溢れ出す。 わかってしまった。 生徒に裏切られて泣いているのだと、自分でも思っていた。 けれど、これは違う。 だって、どんな生徒でもきちんと話をすれば、いずれは分かってくれる。 それは過去にも経験した。 祖父の言葉に、それを思い出す。 ならば、何故涙が止まらないのか この涙は、生徒に裏切られて傷ついて流す涙ではない。 思い出したからだ。 頑なだった”彼”を 「・・・・っ」 抑えられなかった嗚咽が唇からでる。 自分はまた、なぞっている。 過去をなぞらえている。 裏切られたのが悲しいんじゃない 忘れられない自分が、悲しくてしかたがなかった。 彼を ...to be continued......? 2007.2.28 |