07










 久美子は以前に自分が持ち込んだマグカップをカバンの中に無造作につっこんだ。
 枕もとに置いてある目覚まし時計も、同じようにカバンの中へ

 そうしてもう一度、グルリと部屋の中をゆっくり見回してから、少しだけ唇の端を持ち上げて笑った
 そうしないと、また泣いてしまいそうだったから
 この部屋をしっかりと見たいと、目に焼き付けたいと、思ったから
 だから、形だけでも笑って。

 もう
 この部屋に来る事はない
 それは、沢田慎という生徒を投げ出したわけでも、教師として逃げ出したからでもない

 部屋を飛び出して言った”彼”は、もう、自分の求めている彼ではなくて
 でもそれは、彼が悪いのでも、そうして、以前の彼を求めてしまう自分が悪いワケでもなくて

 もう
 どうしようもないことなのだと

 今日、ようやく、認めたから

 これ以上の自分の行動は、沢田慎を追い詰めるだけだと


 そう、思ったから


「アタシも、たいがい、諦め・・・わるかったよな」

 生きていてくれただけで、嬉しいと思ったのに
 病院で目覚めた彼に、信じていない神に感謝したいくらい嬉しかったのに
 生きて触れて、そこにいるから
 つい、諦めも悪く
 求めてしまった

「ごめんな、沢田」

 必死で笑って、今はいない部屋の主に話かける

 そうして、ゆっくりと扉をあけて

 またゆっくりと扉を閉めて

 ポケットから取り出した鍵で、扉に施錠をする

 カチリ
 響いたその音は、終わりの音なんだと思った
 カチャン
 ポストから差し込んだそれが床にあたる音も、終わりの音

 この音を一生
 これからの一生の中
 ずっと忘れないと思った
 忘れられないと思った

 最後に手の平でそっと扉をなでて、久美子は踵を返した
 だまって、背を向け、振り返らずに歩く
 アパートのエントランスを抜けた所で、どうしようもなく、また涙が出たけれど
 もう、それは仕方のない事だから、拭いもせずに黙々と歩く


 この道は、いつも二人で歩いた道だった
 暗い帰り道はようやっと二人が外で手を繋げる時間帯で
 離れるのは寂しかったし
 帰るのも切なかったけど
 でも、大好きな時間だった。

 遠くでまたたく切れかけの道路脇の街灯も
 いつもガチャガチャと音楽の鳴り響く明かりのついた二階の窓も
 店じまいをするお惣菜やさんも
 通りがかる度きゃんきゃんと煩く吼える犬も

 全部、二人で手を繋ぎながら見た

 でも

 今は一人だ

 これからも、一人



 会えない
 会いたい

 恋人


 もう

 会えない
 いない

 恋人



 涙はまだまだ止まる所をしらなくて
 きっとトータルしたらペットボトルくらいはでてるんじゃないかとか、ボンヤリと思いながら歩く
 涙は止まらないのに、それでも、どこか、麻痺したように考えている自分もいた
 今は誰も繋ぐもののない手で、メガネを外しポケットにしまい込んだ
 涙は拭かない。

 蘇ってくるのは優しい思い出ばかり
 通り過ぎる人たちが泣きながら歩く久美子を不信そうに振り返っても、気にならなかった

 もう
 これで最後だから

 もう、これから先、泣いたりしないから

 今日だけは

 今だけは

 もういない恋人を思うために


 ただ泣いてもいいと思った






 慎




 私の


 たった一人の







 恋人













 いつもの様に騒がしい生徒たちに、いつものように元気に気をかけて、朝の号令。

「みんな、おっはよ〜♪」

 出席番号順に名を呼んでゆく
 もちろん一番後ろの席で寝こけてる生徒にも渇を飛ばす
「オラっ沢田!朝だぞ起きろ〜」
 ノッソリと嫌そうに起き上がった生徒にニカリと笑顔を見せて、そうして他の生徒にも笑顔で出席をとった。
「今日は藤山先生が午前中お休みだから1時限目は鷲尾先生とタッチ交替な!」
 途端に上がるブーイングにも笑顔で答える
「お?もしかしてアタシの数学じゃないのが悲しいのか?」
「んなわけないじゃん!静香ちゃんどーしたの!静香ちゃん!」
 もちろん野田のセリフだ
「午後から来るし、次回の鷲尾先生の時間と交替だから・・・を?って事は来学期だな。ま、気にすんな」
「気にするっつうの!」
「あ、アタシの数学はいつも通りあるから」
「聞いてねえだろ」
 南が苦笑混じりに突っ込めば
「おぉ?そんな事いっていいのかな?いつもと違って小テストにしちゃうよ?」
 今度は一斉に教室中からブーイング
 それにも関わらず久美子は笑っていた
 なんというか、擬音で言えば”ニッシッシ”・・・といったような、まるっきりガキ見たいな表情で
「と、言うわけで、変わってくれた鷲尾先生に失礼のないように、ちゃんと勉学に勤しめよ〜サボんなよ〜」
 じゃあな、と笑顔で出席簿を手に教室を出て行った。

 残されたのは、複雑そうな表情を浮かべた生徒たち。
 もちろん、内山、クマ、南と野田も
 そして、また眠りの体勢に入った

 沢田慎も。


「ヤンクミ、目、赤くなかった?」
 とても静香ちゃんはどうしたのだとダダを捏ねてたとは思えないほど気づかわし気な表情で野田がポツリと呟けば
「腫れぼったい感じだったよな」
 南も頷くように返した
「笑顔だったけどね」
 クマも返事を求めてない様に小声でポツリ

「・・・・俺、余計な事・・・・言った・・・よな・・・」
 内山が机に伏したままの友人にそっと声をかけた。
 彼自身も、昨日の自分の不用意に発した言葉が何をもたらしたのか、気が気ではなかったように表情には覇気がなく・・・また、目の下に隈ができている。

「なあ、慎・・・あの・・・俺も、本当のところは、本人たちに聞いたんじゃなくて・・・」
 内山の声はどんどんと尻すぼみ、表情には後悔の色がのぼっていた。
 何かがあったとしたら、自分が余計な事を言った、あの言動しかなかったからだ。

「・・・別に」
 ポツリと返した慎も、伏してはいたがやはり眠ってはおらず
 硬質な声を響かせた。
「ケド・・・」
「ウルセェよ」
 尚も続けようとした内山の言葉は、伏していた机から起き上がった慎が遮った。
 眉間に怒りを表すように皺が寄っている。
「お前らもっ!あの女が泣こうがなんだろうがどうでもいいだろうが」
 ガタンと音を立てて立ち上がり、そのまま教室内を見回す。
 集まる視線。
 瞳に浮かぶ色は、怒りのそれか・・・。
 怒鳴った勢い、そのまま出て行こうとするのを、それまで黙っていたクマがノンビリした声で止めた。
「慎ちゃん。サボるなってヤンクミ言ってたじゃん」
「・・・クマまで教師の言いなりかよ」
 二人の声は取り立ててでかい声ではなかったが、静まり返っていた教室内の空気を震わせ、皆の耳に届いた。
 いつもの教室とは打って変わった張り詰めるような静けさに支配されている空間。
 以前の彼らにはありえない、”仲間”に向けられる怒気。
「・・・そういう言い方はないんじゃねぇの?慎」
 いつも喧嘩っぱやい南がカタリと音を立てて立ち上がる
「俺も、そういうの、好きじゃない」
 野田も言うなり立ち上がった。
 他の生徒たちも、一人、また一人と立ち上がりだす。
 慎に向ける瞳に一様に怒りを込めて。

 それらの瞳をぐるりと見回した慎の双眸も怒りに満ちていた。



「きゃんゆ〜せれぶれ〜いとっ♪きゃんゆ〜き〜ぷ〜」

 場の空気にそぐわない呑気な歌声が廊下から聞こえてきて、カチャリと音を立てて鷲尾教諭が踊るように扉から滑りこんできた。
 そうして、ピタリと動きを止めて、立ち上がったまま後ろを向いている学生服の黒い固まりに背をのけぞらせる。
 3Dにはいじられ慣れている彼の感が、室内の異様な空気に敏感に反応して慌てて声をあげた。
「な・・・ななな、なんですか、どうしました?授業デスヨ授業!あ〜・・・せせせ、席につきなさ〜いっ!」
 チッと南が舌打ちをして席にドサリと座りこんだ
 皆もそれに倣って席につく。
 慎としてはそんな態度が益々腹だたしい。

 自分でもわかっている。
 自分だけが浮いている事もわかっている。
 でも、どんなにクラス中が山口久美子の言いなりだろうと、たとえそれに理由があったとしても
 自分にはないのだ

 その 記憶が ないのだ


 慎は舌打ちをして教室を出ようと歩き出す。
 今度はクマも止めなかった
 けれど

「慎ちゃん、俺ら別に教師の言いなりなわけじゃないから」

 背中にそんな言葉が飛んできた

「ヤンクミだから、だからな」

 バタンと、必要以上に大きな音を立てて慎は教室を出て行った。
 後には視線をうろうろと彷徨わせている鷲尾教諭と、気落ちした生徒たち。

「・・・慎が帰ったの知ったら・・・また、傷つくんだろうね・・・」

 ポツンと呟いた誰かの声に、また皆落ち込んだ。
 ”誰が”とは聞かない。

 次に担任がやってくる数学の時間の事を考えると気が重かった。


 また、あんな風に、無理やり笑うのだろうか・・・と。





 片や廊下を飛び出した生徒。
 慎だ。

 彼は自分よりも大人な態度をとる友人たちが、腹だたしかった
 だが
 それよりもなによりも

「っんで、覚えて、ねーんだよっ!」

 叫ぶなり、廊下の壁におもいっきり拳を打ちつける。
 皮膚が薄く破れ
 血が滲みだした

 けれど
 そんなことよりも

 胸が痛くてたまらなかった
 苦しくてしかたがなかった

 そして、胸を痛めている自分がなによりも理解できなかった


 泣きはらした目をした女よりも
 意を違えた同級生よりも
 なによりも

 自分自身が、一番腹だたしかった


「っくしょ・・・・・」


 誰にも、何処にも、自分も



 答えはない








 数学の授業は、生徒たちが思ったとおり。
 空元気です、と書いてあるような笑顔を貼り付けた担任を前に、やはり空元気です、という笑顔を浮かべた生徒たちによって静かに終わった。
 教室の一番後ろの席は、空席だ。
 笑顔を浮かべながらも、久美子がそちらへ視線を向けないでいることを、誰もが気がついていた。

 でも、どうする事も出来ない。

 笑顔でいられたら
 誰にもどうする事もできない。
 わかりやすく泣いてくれたら
 幾らでも救いの手を伸ばせるのに

 いつも元気な担任が悲しんでいるのを手をこまねいて見ているしかなかった。


 3年D組でいられるのは、あと少し。
 年があけたら、登校日は僅かしかない。

 このまま、終わってしまうのだろうか・・・。





 翌日の終業式。
 沢田慎も、一応出席してきていた。

 久美子は朝のホームルームを終え、どことなく違和感を覚える胃の辺りに手を当てながら廊下を歩いていた。
 生徒たちには体育館に集まるように言い置いてきた。
 自分も職員室に戻った後、体育館へ向かわなければならない。
 しくしくと、胃が痛む。
 気のせいかもしれない、でも、痛い。
 昨夜も眠れないのが辛くて、深酒をしてしまったのを思い出す。
 ベットに凭れるようにしながら、一升瓶からコップに酒を注ぎ、あおる様に呑んだ。
 何も考えないように、考えないように、と思うのに、学校での事が思い出されていたたまれず
 自分は普段どおり、ふるまえていなかったのだろうか、何故、沢田慎は帰ってしまったのだろうかと、そればかりが頭の中をグルグル回った。
 心配な気持ちと、不安な気持ち。
 忘れるのだと決めたのに、気持ちも、思考も、すべて沢田慎へと向いて、自制が出来ていなかったのかもしれない。
 自覚のないままに、沢田慎に媚びる様な視線でも送っていたのだろうか。
 それを不快に思われたのだろうか?
 だから帰ってしまったのだろうか・・・・。

 そんな事を延々考えていたため、寝不足でもあった。

 はぁ。とひとつため息をつく。
 誰もいない廊下にそれは思いのほか響いて、あわてて口元へ手を当てた。




 終業式は何の問題も起こらずに終了した。
 生徒たちが先を競うように教室へととって帰り、我先に帰ろうとしていた。
 1年生と2年生にしてみれば、楽しい冬休みに突入だ。
 どことなく空気が華やいでいる。
 その中を、久美子も歩く。
 相変らず胃の辺りをさする様にして。

「・・・・やんくみ」
 ふいに名を呼ばれて立ち止まる。
 振り返ると、すぐ後ろに内山春彦が立っていた。
 立ち止まる二人の脇を生徒たちが流れすぎてゆく。
「どうした?」
 見上げるようにしながら小首をかしげた久美子に、内山はうつむきがちなまま、話があるんだ、とボソリと言った。
「なんだ?」
 いつも明るい生徒の深刻な表情に自分の事にかまけてばかりいて、教師として話しかけられるまで気がつかないなんて、と、申し訳なく思った。
 うつむいた彼の目の下には隈ができている。
 何か悩みでもあるのだろうか?
 内山は年明けに就職先の面接があった筈だ。その事でなにか不安でもあるのだろうか・・・。
 教師の頭に切り替わり、久美子は色々と考えをめぐらせながら内山に聞いた。
 内山は話しずらそうにしながら立ち止まった渡り廊下から離れた位置に視線を向けて久美子をそちらに促すような態度に出た。
 不思議に思いながらも、背を向け歩き出した内山にならって生徒の流れから外れるように波を縫って渡り廊下を外れた外に、上履きのまま降り立った。
 すぐ近くに生徒たちの声は聞こえるのに、内山の後についていった久美子の位置からも、内山の位置からも、隔離されたように誰も見えない。
 久美子はそんなに人目をしのぶ話なのだろうかと、もしかして彼の母親に何かあったのではないかと思い至って表情を引き締めた。
「内山・・・」
「ごめん」
 問おうと名を呼んだ久美子の言葉を遮るように、唐突に内山が頭を下げ、謝る言葉を発する。
 何の事かわからない久美子がきょとんと見返していると、頭を下げたのと同じ勢いで顔を上げ、もう一度久美子に「ごめん」と謝った。
「内山、何を謝られてるのかわからないぞ、どうした?何かあったのか?」
 あくまで教師として気遣わしげな表情を浮かべる久美子を前に、内山はやはり暗い表情のまま、決意を決めていた。
 聞こえていた生徒たちの声がとおざかって、今は近くに人の気配は感じられなかった。
 今しか、言うチャンスはない、自分がしてしまった事を、きちんと謝って、笑顔を貼り付けたまま悲しみに耐えている担任を少しでも救えたら、と、内山は思っていた。
 あの時、慎に伝えてしまった事を・・・・慎と久美子のことを、自分が知っていた事を・・・。

「俺が、慎に言っちまったんだ・・・その、二人が、付き合ってた・・・事」
「え・・・」


 久美子の頭の中が一瞬で真っ白になった。



「二人が、夜、一緒にいるとこ、見たことがあったんだ、俺。・・・その頃から、慎の雰囲気が柔らかくなってきてて、ヤンクミも、なんか、幸せそうだったから・・・俺、二人はそれでいいと思ってたし、良かった、って・・・思ってたんだ・・・だから、黙って、見守ろうと、思ってた」
「う・・・うち、やま・・・?」
「慎が、事故にあって、ヤンクミの事忘れちまって、俺、すげえショックで・・・アイツの事だから、俺らの事は忘れちまっても、絶対、ヤンクミの事だけは忘れないって・・・それだけ大切にしてるって、思ってたから・・・勝手に、そう思ってたから、ヤンクミにきつく当たって、傷つけてる今の慎が許せなくて・・・前の慎に戻ったとき、きっと、ヤンクミの事傷つけてたって知ったら、慎が・・・傷つくと思って・・・俺、おれ・・・」
「・・・・・」
 久美子は内山が焦った様に早口で紡ぐ言葉をどこか呆然とした様子で聞いていた。
「おととい、慎に、ヤンクミにきつく当たるのはやめろって・・・お前たちは付き合ってたんだって・・・恋人同士だったんだって、はずみで・・・・・・・言っちまった・・・・・ごめん」

 久美子は黙って俯いた。
 そうする事しかできなかった。
 まさか、二人のことを知っている人間がいるなんて思ってもいなかった。それも、生徒に。
 そうだったのか・・・・と。
 思いもしなかった。
 めまぐるしく色々あったから・・・あの時、慎が部屋で自分を押し倒して、『恋人同士だったんだろ?』と聞いたとき、何故それを知っているのかとか、全然思い至らなかった。
 慎が・・・・・・・・思い出した筈も・・・・なかったんだ・・・・。
 そうだよな。

 また傷ついてる自分に呆れながら、久美子は、なおも俯く。

 それでも、見守ってくれていた人がいたのだという事には、純粋に驚いていた。

『俺らの関係のが冗談みてえじゃねえか』
『結局、お前だって同じじゃねえか、自分の教え子と乳繰り合ってる、ただの教師じゃねえか』

 あの日の怒声がよみがえる。
 そう、思われても、しかたのない、関係だと・・・・思っていたから・・・。

「ありがとう」

 ぽつりと、自然に言葉をついてでた。
「ヤンクミ?」
 久美子は俯いていたままだった顔を上げて、言葉と同じように自然にこぼれた笑みを浮かべた。
「・・・つき、あってた、こと・・・なんか、夢、だったんじゃないかなって、思う、時があって・・・そうじゃないって、知っててくれてる人がいたんだって、なんか、嬉しい・・・・ありがとうな、内山」

 真っ白な頭の中、それでも、純粋に感謝の気持ちがこみ上げてきて、久美子はそう言って、また笑った。
 だまってその表情を見ていた内山がまるでどこか痛むかのように顔をクシャリと歪めて、久美子の腕を強く握った。
 そうして、ぼうっとしたまま笑っている久美子を引き寄せ、後頭部に手を当て、自分の胸に顔を押し付けた。
 突然の事に身じろぐ久美子を更に強く胸に抱きこんで、内山は苦しそうに言葉を紡ぐ。

「なんで、そんな事言って、笑うんだよ・・・・笑いながら、泣くんだよ・・・・辛かったら、ちゃんと、そう言えよ、ヤンクミ・・・・」
「え?」
 言われて初めて、押し付けられた学生服の布地が濡れている事に気がついた。
 自分は・・・・また・・・・。
「な、泣かないって、決めたのに、アタシ、また、こんな、泣いて・・・みっともない・・・・」
 ずず、と鼻をすするような音の後に、やはり、久美子の声は笑っていた。
 内山は、腕の中の、思いのほか小さくて華奢な身体の中にある、大きな悲しみに、どうしていいか、わからなくなった。
 どうすれば、救えるのか。
 わかっている。
 慎しかいないのだ。
 この人を救えるのは、友人だけなのだ。
 大人びた視線で、冷めた表情を見せながら、本当はまっすぐな心を持った、以前の慎にしか、この人は救えないのだ・・・・。

「やんくみ・・・」
「へえ。」

 まとまらない考えをなんとか口に上らせようとした内山の言葉を遮る声が響いた。
 二人の身体がびくりと、同時に震えた。
 そうして、ゆっくり身を離したふたりの前には

 沢田慎が立っていた。
















...to be continued......? 2006.12.18

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