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「俺はお前が好きだ」
「俺も、お前のこと、ずっと見てた」


卒業式はあっという間に来た。
大学の受験発表のほうが後なので、まだまだ卒業気分に浸れないながらも、久美子は式の終わった校舎の裏に居た。
目の前には友人が二人。
今まで見せたこともないような真剣な顔をして、思いもしなかったことを告げてきた。
「竜・・・隼人・・・」
告げられた順に名前を呼ぶ。
関東地方はここ数日急に温度を上げ、頭上の桜の木を芽吹かせ、薄桃色の花びらを見せていた。
久美子はもう一度友人達をゆっくりと見つめて、そうして口を開いた。
一年前の自分だったらわからなかっただろう事。
でも、今の自分には、明確な、拒絶の気持ちがある。
それが何故なのかは、まだ、誰にも、真実は言えない。

「ごめん。二人のことは、友達としてしか見れない」

キッパリとした口調。
友人はまるでそう言われるのをわかっていたように揃って頷いた。
「好きなヤツが、いるんだろ?」
断定的な問い。
久美子はそれに曖昧に頷く。
そのまま自分の足のつま先を見つめながら、ゆっくりと、口を開く。
「あたし・・・年上、好きなんだよな」
誰が、とは言わない。
「だから、同い年のお前らは範囲外だ」
わざとおちゃらけたような声を出した。
隼人がそれに乗ってくれる。
「うーーわーーー!!なんだよ、今後の未来への希望もぶった切りやがってーーーー!!」
頭を抱えて仰け反るようなオーバーリアクションが自分のためのものだと分かるから、久美子は声を出して笑った。
「ってか、年上好きって・・・テツさんにムゴイ・・・」
告いだ茶化すような竜の言葉は意味がわからなくて首を傾げる。
「テツ?」
「「なんでもないっ」」
もしこれであの強面の男の気持ちが大切な『お嬢』にバレでもしたら、自分達の明日はない。
久美子はまだ首を傾げて不思議そうな顔をしていた。
中学で出会って、次第に惹かれていったのは、ほぼ二人同時だった。
卒業と同時に伝えるはずだった想いは、予想外の久美子が同高校へ入学するという事実に延期された。
そしてこの春。
きっと、山口久美子は大学に合格するだろう。
そうなるべくずっと支えてきた男を知っている。
この後就職し働く二人とは、確実に道が別れ、住む世界が変わってしまう。もちろんだからといって友情が壊れるということはないだろう。
こうして想いを告げても、その関係が変わらないように。
「ヤンクミ・・・今までありがとうな」
「・・・なんだよ急に。永遠の別れじゃあるまいし」
「うん、そうだけど。・・・でも、大学いってまじめに勉強しろよ。お前が教師になったら、俺ら、すんげー嬉しいよ」
「隼人」
「頑張れな」
「竜」
「ぜってー俺をフッたこと後悔するくれーいい男になってもう一回アタックするから!」
「俺もだ」
久美子は笑ってしまった。
自分は本当に友人に恵まれている。
ここのいる二人を含め、武田、日向、土屋。・・・みんな、久美子の実家の事を知っても変わらぬ態度を貫いてくれた。
そして、自分を好きだとまで言ってくれる。
一年前の自分だったら、もしかしたら二人の事をそういう意味で好きではなくても、少しは気持ちがぐらついたかもしれない。
でも、自分の心の中には、もう、他の人が住んでいる。
この気持ちを伝えることは、きっと、一生ないだろう。
伝えても、相手にされないだろう。

それでもこの想いは、きっと、これからもきっと変わらない。
自分のこれからの生きる道。困難な事にぶつかっても、きっと大きな支えとなってゆくだろう。
そんな、身体の中に一本の芯が通ったような、確かな存在。

「楽しみに待ってる!」

久美子は笑顔でそう言って、三人連れ立って校門で待っているだろう友人の下へと歩いて行った。
卒業式の後のHRで沢田先生を見て以来どこにも姿が見えないのが寂しいと思ったけれど、合格発表の時にまた来るから。
今日の日が、最後じゃあないから。
だから、久美子は前を向いて笑った。

藤山静香が言っていた「全員卒業した伝説の3D」を目指したわけではないけれど、この年、二度目の、クラス全員卒業した3Dが出来た。





「よう」

合格発表の日。
寝不足の目を擦っていた久美子の前に、当たり前の顔をして元担任教師が顔を出した。
「・・・せんせ・・・」
大江戸一家の門にもたれるようにして立っていた男。
大学の掲示板を見に行ったらその足で会いに行こうと思っていた人。
「学校で連絡待ってるのは性にあわねぇ」
まるで、久美子よりも緊張しているようなその強張った表情で、いつもの何気ない口調を続けているその人が、どうしようもなく、愛おしいと思った。

『愛おしい』

その言葉の意味を、きちんと教えてくれた人。
久美子は、何度目にかなる、急に泣きたくなる気持ちを堪えるように一度俯いてからぎゅうと瞼を閉じて、次いで満面の笑顔で顔を上げた。
「大丈夫だよ!合格してるって!」
「お前、その台詞俺がお前に言うもんだろ」
呆れたような声に久美子は声を出して笑った。

この人が、自分の気持ちを受け入れてくれなくても。
ずっと変わらずに子ども扱いをされても。

それでもアタシはこの人が、好きだ。






「・・・・あ、った」

噛み締めるように途切れた声で顔を掲示板に向けたまま久美子は告げた。
同じように掲示板を見て固まっていた担任が横で声もなく頷いているのが気配で分かった。
ぐるん、と身体の向きを変えると、担任も同じように久美子のほうを向いた。
そして目と目を合わせて、それから笑いが込み上げてくる。
二人同時に声を出して笑いながら、さもあたりまえのようにハグをした。
胸に顔を押し付けながら、久美子はその熱に酔った。
きっとこんなことは一生ないだろう。
だから、大切な思い出だ。
当たり前のようにくっついた二人は当たり前のように身体を離した。
そのまま人の輪を抜けて、もうすっかり葉がついてしまっている桜の木の下に移動した。
改めて、久美子は真っ直ぐにこの一年半、勉強をみてくれた人を見つめた。
「先生。・・・ありがとう」
その言葉が身体中を駆け巡っている。
あふれ出しそうな感情。
頬を高潮させ、潤んだような瞳を向ける久美子に、慎は今まで見た中で一番優しい顔で微笑んだ。
「いや。俺のほうこそ、礼を言わなけりゃならねぇ・・・・ありがとう、山口。俺は、はじめて、教師になってよかったって、思えた。・・・本当に、ありがとう」
瞳を閉じて呟いた最後の『ありがとう』は、もしかしたら、もう随分と昔に自分に背中を向けた人にあてたものだったかもしれない。
この瞬間、沢田慎は今まで長年捕らえられていた呪縛から解き放たれたのだ。
そんな思いまではわからない久美子だったが、慎に言われた言葉に嬉しそうに微笑んだ。

「アタシ、先生が好きだよ」

伝える事はないと思っていた言葉が、なんでもないことのようにスルリと久美子の口から出ていた。
それでも、こんな時なのだ、きっと相手は「そういう好き」だとは思わないに違いないと思ってのことだった。
だからこそ伝えられた、熱い想い。


「先生に出会えて、よかった」










...to be continued......?

2009.4.24
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