まさかココに帰ってくるとは…。
 


  
   見上げた先にあるのは、懐かしき白金学院高校。

   所謂母校というヤツ。

   校舎にはバレー部の全国大会出場を知らせる大きな垂れ幕。

   当時居た数人の先公の勝利の笑みが脳裏を過ぎり、思わず苦笑が零れた。

 
   
   諦めに似た溜息混じりの煙を最後に一つ吐いて、指にはさんでいたソレを足で踏み消し、登校中の生徒達に紛れて校門を潜る。

   今日から俺の職場となるソコは、緊張も興奮も何一つなかった。

   それはまるで、嘗て俺が白金に転入してきた時の、あの日ように。




  

    
  
  
不実、不確実。
  

  




     


   猿 「エー。沢田……コホン、先生は…先日結婚を機に退職された川島先生に変わって、保険室の先生として新しく赴任されて来られました……エー。」



  
   当時、教頭だった猿渡が、今では校長という地位になっていた。

   その猿渡の挨拶を横で適当に聞きながら、職員室内を改めて見渡せば、見覚えのある教師が数人。




  
   あ、アイツまだやめてねぇのか。確か現代社会の安藤だったけ。

   それに、生物の大山。

   猿渡の金魚のフンみてぇだった、体育の岩本に…

   へェ。国語の安藤なんて、今では教頭かよ。

   …にしても。

   揃いも揃って、俺を見るその目、何とかなんねぇのかよ。

 
 


     
   嘗ての俺の事を知る教師達は、まるで奇妙な物珍しい物を見るかのようで・・・
 
   その瞳は、動揺を隠せないでいるのは明らか。
  




     
   猿 「沢田…じゃなくて、沢田先生は…ココ白金の卒業生でもあり…エー。」




     
     
   コッチもまんざらじゃねぇ様子。

   急に赴任が決まった俺を紹介する、猿渡の困惑気味な態度。

   まぁ、『沢田先生』とは、さすがに呼びにくいか…。



  
   

     
   鷲 「しかも3D(さんでぇ)の」


  


     

     
   瞬間。ザワザワとした異様な空気が職員室全体を支配する。

   鷲尾の口からボソリと零れた、その何とも嫌味な響きは、職員室内にいる全ての人間を驚かせるには十分な言葉なわけで。


  
  


     
   「3Dの……」
  
   「あのクラスのだっぇ?!」

   「問題児ばかりの、あの…」

   「……卒業生……」


  
  
  

     
   何年経っても、時代が変わっても、センコウという生き物は変わらないモノなのか。

   そう思うと、自分が進んだ道についても改めて考えさせられ、嫌になってくる。

  


     
   コイツらと一緒の所で働く事になるとは…。


  



     
   白金の保険医になったのは、深い意味はない。

   たまたま大学で専攻し学んだのがソレだった。

   だが、まさか川島が俺を推薦するなんて思ってもみなかったから。



  



     
   『あんたを推薦したから。』




  


     
   お気楽な口調でそう電話してきたのは、在学当時保険医だった川島だった。

   高校生活の大半を保健室と屋上で過ごした俺。

   唯一、会話をする大人は保険医の川島だった。


  
  


     
   『…ハ?』

   『だーかーらー。』

   『……。』

   『白川委員長(前校長)には、もう話し進めといたからv』



  
 
     
   「あと宜しくな」と、有無さえ言わせないかのように最後に付け加えた川島に対して、俺は電話口で暫く呆然とするしか出来なかった。

   川島には在学中の小さな義理はあったし、就職先をまだ決めていなかった俺は仕方なく承諾したのだった。

   何故なら、保険の先生なんて、保健室でコーヒーでも飲みながら、好きな本でも優雅に楽しめると思ったから。

   事実それは川島を見て学んだ事。



  
  


     
   猿 「沢田先生のデスクは……と。 あ、あそこの一番端から二番目」

   慎 「…ハイ。」

  
   
   猿 「言っときますがっっっ!!!!!!!!」


  
  

     
   そう言ってから、クルリと今日初めて俺と面と向かった猿渡。

   相変らず気に入らない目をしてる奴。
  

  

     
   猿 「問題など、くれぐれも起こさないように!……沢田先生(ニヤリ)」

  
  
  

     
   人差し指をピンと俺に突き刺し、意味ありげに笑う今日から上司とやらになる相手に鼻で笑ってから、

   まるで「さぁね」とでも言うように一つ睨み、俺流の挨拶をプレゼント。

   そんな俺に対し、悔しそうに唇をきつく噛み締める猿渡は無視して、自分のデスクとやらへと向かう。

   背中には刺すように幾つかの視線を感じるか、構ってやれるほど俺は出来た人間ではない。

  
  
  
 


     
   端から二番目…二番目と、ココか。

   ん?誰だこの席?休みか?

   てか何だ、このエロ本とか漫画の山は…。

 


   
     
   主が見当たらないデスクの上には山のように積み上げられた、職員室内には相応しくない物が多々。


  

  


   静 「あ、あのーv」



  
  


     
   首だけ振り向くと、そこに立っていたのはミニスカートのスーツを身に纏った女の姿。

   ナチュラルに見えて、その顔にはバッチとリメイクが施され、ピアスやネックレス……ホステスの方が向いてんじゃねぇの?」と、

   思わずツッコミたくなる人間が、溢れんばかりの笑顔を向けている。
 
  



  
     
   静 「初めましてv 英語の藤山です、藤山静香です。3Cを受け持っていますv」

   慎 「あぁ……どうも。」

   静 「何か分らない事があったら、私にいつでも聞いて下さいネ」

  
  
  



     
   うふっ、と最後に笑って自分のデスクへと戻る。

   白金に川島以外の女教師が居たとは……顔もスタイルもそこそこ…てか、香水くせぇ。

   こんな教師よく採用したな…校長の趣味かよ;


  




     
   猿 「二学期も始まったばかりです!先生方、気を引き締めていって下さいよ!!!」

 
  
  
  

     
   俺には関係ねぇ話し。

   知ったことか。

   俺はとっとと保健室行って…と。






     
  
   猿 「…………て、山口先生!!」






     

   ヤマグチ??




  


     
   職員室内に響き渡るような、猿渡の大声。

   だが他の教師達は、呆れ笑いに近い笑みでコチラを見ている。



  

     
   ん?俺?

   皆の視線は確かにコッチを向いているような……え。

  
  
  
  

     
   ギョッとした。





  


     
   何処から現れたのか、隣の席には、今まで居なかったハズの小柄な人間が座っている。

   今時、教師としても珍しい、二つに結ばれた長い黒髪と、眼鏡。

   オマケに……ジャージ?

   ポリポリと頭をかきながら「へへへ」と苦笑いを零すその女は、どうやら不審人物ではなさそうだ。


  

  
     
   久 「……ハハハ; お、おはようございます校長。」



     
   猿 「3分ビハインドですよー♪」

   久 「うっ。」

   猿 「山口先生!いいですかっ!?教職者たる者……!」




     
   久 「あっ、あっ、校長先生ー! こ、この横のステキなお方はどちらの方でゴザイマスか?」



     
   猿 「えっ?…あぁ、コイツ…じゃなくて、この先生は…」

   久 「ハイ?」

   猿 「川島先生に変わって保健室の先生として来られた沢田先生です。」

   久 「へぇ。川島先生のぉv」

   猿 「そして、我が白金…3Dの卒業生でもあります。」

   久 「へぇ。3Dのv」

   猿 「はい、あのふきだまりクラスの。」

   久 「へぇ。」

   猿 「……。(ニヤリ)」←勝利の笑み。



 
     
   久 「……って! 狽ヲぇぇぇ!?さ、さ、さ、3Dのぉぉぉ!??!」




  

     
   また同じ反応かよ。

   どいつもコイツも…ったく。

  
  

 
   苛立ちを隠すために、左手で髪をクシャリと掻き毟しる。

   その時だった。



  
     

     
   ガシッ!!!!!!


  

  


     
   慎 「ハ。」



  


     
   気付けば隣の席から手を伸ばされ、右手をしかっかりと両手で握りしめられている。

   もちろん残った俺の左手は、髪に触れた体勢そのままだ。

   しかもレンズの奥の瞳は大きく開かれ、何故かうるうると涙が溜まっている。

  
  

     
   正直、この行動には困惑する。

   つか、意味がわかんねぇ。



  
 



     
   慎 「あ、あの;」

   久 「今の話し本当ですかぁぁぁぁ????(涙)」

   慎 「ハ?」

   久 「3Dの卒業生ってぇぇぇ??????」



  
  

     
   ハァ。

   3D3Dうっせぇな…。

   悪ぃかよ…。

  
  
     
   フツフツと苛立ちが身体の底からわいてくる。

  


  
   慎 「ひきましたか?」

   久 「へ?」



  

   我ながら嫌味な質問だと思った。

   案の定、目の前のその女は、言葉を失くしているかのようで。


  
  
  
     
   久 「ひ……く?」



     
   慎 「安心して下さい。自分のやるべき仕事だけしかしないつもりですから。」

   久 「ハァ」

   慎 「かかわるなんてゴメンです。」


  
  
  
     
   顔をゆっくり呆気にとらえる彼女の耳元へと運び、低い声で囁く。

   冷静に、確実に、その言葉の意味を植えつけるように。


  
  
     
   『 俺の一番嫌いな人種は、昔からセンコーなんで 』…と。


 
  
     

   それは忠告とも言える言葉。

   俺には拘るな。

   お前らと一緒にするなと。


 

  
     
   ニヤリと笑って彼女から手を離す。

   年の頃、俺より5〜6歳、年上といったところだろうか。

   未だ言葉を失くしたままの、隣の席の女教師。



  

    
   ―――女はこれだから面倒くせぇんだよ。


  

  


    
    慎 「で?アンタ…いえアナタは?」



  

     
   社交辞令に名前だけでも。

   初日早々、泣かれたりするのはごめんだから。




  
  

     
   久 「え?あ、ハイ、申し遅れました!!!!」




  

     
   ガタッ!!




     
   隣の席だというのに勢い良く立ち上がり、俺の前で姿勢をピンと伸ばす相手。

  ワケも分らず、座ったままポカンとその女をただ見上げた。



  

     
   久 「初めまして!私、数学の山口久美子と申します。」
   
   慎 「ハァ…」



  

     
   数学教師か…。

   さっきの英語教師とは天と地の差があるような女だな。



 
  


     
   だが、俺は次に発する彼女の言葉で、心底驚かされる事になるのだ。




  


     
   久 「3D担任の山口です!」

   慎 「……は。」



  

     
   さ。

   ……3Dの担任?


  
  

  
     
   久 「沢田先生。」

   慎 「?」


  

    

     
   彼女が中腰になり、俺の耳元で囁く。


     

   



   『あなたみたいな、目をした生徒どものクラスのね』

  

 
  


     
   そう。この自信み満ち溢れた言葉さえ、彼女の口から聞いていなければ、俺の人生、もっと普通にやっていけたかもしれない。


  
  
  

     
   ―――この女。




  


     
   室内に居る職員には分らぬよう、背を向けながら、まるで今、俺がしたようにソレを耳元で囁けば

   彼女は負け時とニヤリと笑ったのだ。


 
  
  
     
   その微かに動いた瞳が、「誰が引くかよ」と言ってるように。




  
    

      
   残暑が残る九月のとある日。

   それは不実でいて不確実のような朝から、俺の第二の白金生活が始まった。









      
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   パラレル万歳!(笑)
   さーて、どうしてくれよう…ふふv