設定の方が少々オリジナル的な要素を含んでいます><v; 竜は大学受験を控えて予備校に通っていて、隼人はお父さんの会社で採用されるようにと トラックの免許を取るべくお勉強中。そして久美子さんは竜の通う予備校の数学教師と。 隼人さん、普通車の免許を既に取得しているという設定ですのでご了承下さいませv; それは本当に突然の再会だった。 まさかアイツが、こんなトコで働いてるなんて思いもしなかったから。 『 憎さ故の焦がれるような執着心こそ愛に似て。 』 夜の街。この辺りは都会だからか、決して静まり返る事はない。何時の時間に大通りへ出向いたって人の波。 竜はこの人の波があまり好きではない。 しかし、その中を歩いてとある場所まで行かなければならない日々を相変わらず過ごしていた。とある場所と言うのは、予備校。黒銀をどうにか卒業した彼は父親と話し合いを重ね、カナダへ行く事を強く拒否した。 その代わり、日本の大学には通いたいと。だからこうして毎晩、予備校に足を運んでいた。 ――――――――――今日から数学の担当、代わるんだったか? 先週まで授業を行っていた数学の教師が身体を壊して入院したと、同じ予備校に通うクラスメイトから聴いていた気がする。 どうせ今までと変わりない予備校教師なのだろうと思っている。数学というと、高校時代のたった一人の恩師を思い出すけれど。 彼女は今、沖縄で教師を続けているはずだからソレは先ず有り得ない。溜息を漏らしていると、鞄の中で振動が起こっているのに気付いた。 「もしもし?・・・隼人?」 『おーっ、良かった。出た出た。もうすぐ授業始まるよな、用件だけ云っちゃうわ』 「あぁ、何だよ?こんな時間に」 『今日授業終わってから空いてるよな?呑みてぇんだけど、お前と』 相変わらず突然電話を掛けてきては強引に誘う親友だと思って、竜は思わず苦笑した。 しかも、何故か自分の予定は予備校の後は必ず暇だと彼の頭の中で決定されているらしい。実際今日は何も予定を入れていなかったが、昨日だったら即答で断っていただろうに。 この強引さは社会に出てからも相変わらずらしいが、彼も今はトラックの免許を取る為に勉強を続けている。 彼の父親が働いている会社で雇用してもらえる事が決まったと聴いたのも、つい最近の電話だった。祝勝でもあげてやろうと思っていた竜は、丁度いいかなと言葉を返す。 「・・・あぁ、分かった。授業終わるの、今からだと11時過ぎるけど平気か?」 『全然OKだっつーの。お前と呑みたいって云ってんのはオレだし?じゃ、車で迎えに行くわ』 さらっと付け加えられた言葉についつい返事を返そうと開いた口がそのまま固まってしまった。何時の間に普通車の免許を取ったのだろう。 聴きたかったが、講義開始のベルが鳴るのを耳に挟んだ竜は適当に返事をして電話を切った。が、時既に遅し。携帯を鞄にしまおうとした手が誰かに掴まれた。 やけに細くて色白の綺麗な手に眉を潜めつつ、新任の数学教師は女なのか。などと暢気に考えながら竜は視線を上げて相手の顔を確認しようとしたが、あまりの衝撃に固まった。久し振りに今自分の居る空間は夢の中ではないかと疑ってしまうくらいの衝撃を受けた。 「・・・や・・・山口・・・・?」 「あ、なんだ。やっぱり小田切だったのか。久し振りだな。ほら、携帯寄越せ。授業終わったら前まで取りに来いよ?」 あまりにも普通の反応を見せる久美子に竜は暫く呆然としていたが、此処が予備校の教室である事を思い出す。 親しいクラスメイト達が不思議そうに自分を見ているのに気付いて、仕方無しに鞄へ戻しかけていた携帯を久美子の手に置いた。 それににっこりと満面の笑みを浮かべた久美子が彼の携帯を手に教壇へと戻っていく姿を視界に挟む。何と云う事だろうか。まさか、数秒前まで有り得ないと思っていた事が起きるなんて。 視線を泳がせながら授業の教材を鞄から取り出していると、クラスメイトに肩を叩かれる。これから質問攻めにあうのかと思うと、竜の肩は重みを増した。 「お前、何で此処に居んだよ?沖縄じゃなかったのか?」 「あぁ、何か手違いだったらしくて。そしたら、此処の予備校から赴任してきてくれって教師センターに連絡があったんだ」 それで戻ってきた、と笑顔で云う久美子に竜は溜息を漏らす。先ほど今日の最終時間だった数学は無事に終わり、クラスメイト達からの質問攻撃をぎりぎりで防いだ竜は取り上げられた携帯を取りに講師専用の部屋に寄っていた。腕時計を見れば、時刻は夜の11時過ぎ。 そろそろ予備校の駐車場に隼人が自家用車で迎えに来ているはずだし、あまり長引かせるわけにはいかない。だけど、彼女と此れから数学の授業の度に顔を突き合せると言うのは正直嬉しかった。 何故って、彼女を諦めた覚えなど無いから。 例え彼女が、誰かのものでも。 「ほら、ちゃんと授業中は電源切っとけよ?ったく、黒銀に居た時は切ってたくせに」 「切ろうと思ったら隼人から電話掛かってきたんだよ。出ねぇ訳に行かねぇだろ、お前も知ってる通り」 「心配性の矢吹だから、か。まぁ、今回は多めに見てやるけど。次やったら課題二倍にするからな?」 久美子の最後の言葉に、竜は思わず顔を顰めた。なんと言うか、彼女は黒銀に居た時もそうだったのだが兎に角厳しい。 いや、正確に云えば竜に甘くする事はなかった。もっと細かく言えば、竜が勉強熱心なのを見抜いていて課題の提出期限を速めたりもしていた。な、だけに今回もまたそれが強行されるなんて事になったら、たまったもんじゃない。 一応起きるのは昼過ぎにしてみても、ただでさえ多い予備校の課題が二倍だなんて嫌気が差すというもの。と、返してもらったばかりの携帯が竜の手の中で振動した。背面ディスプレイを見ると、『隼人』の文字。 「・・・ほら見ろ。お前の所為で電話掛かって来たじゃねぇか」 「何だよ、何処か行くのか?そんなにしつこく電話鳴らすなんて珍しいな」 「・・・呑みに行くんだよ、アイツと。何なら一緒に行くか?」 「え、良いのか!?」 満面の笑みで云う久美子に、竜は素っ気無く。しかし優しげな笑みと共に返事を返した。 彼女の笑顔を見られる時間は、少しでも長く取りたいのが本音だ。決してこの手には入らない彼女だけれど、それでも傍に居られるだけで幸せなもの。 恋と言うのは、こんなにもその人を変えてしまうものなのだろうかと竜は思う。 電話を切って、メールで少し遅くなる。と送ったところで久美子が鞄を手に立ち上がった。 なんと言うか、まさか彼女の新しく決まった職場が竜の通う予備校だとは思いもしなかった。 隼人は煙草を蒸かしながら、ぼんやりとそんな事を考える。職場には絶対に顔を出すなと再三言いつけられていたのだが、彼の予備校では仕方がないものだ。 竜には今夜彼女と付き合いだしたと告げるつもりでいたというのに。もしかしたら、竜が彼女を誘っているかもしれない。自分と一緒に呑まないか、などと。 ―――――――――もしそうだったら、かーなーり気まずいんですけど。オレ。 多分久美子は、自分が隼人と付き合っていることを竜は知っているものだと勝手な確信をしているはずだ。 実はその事で口論になっていて。 今日電話を思い切って掛けて呑みに誘ったのは、謝って彼女と付き合っていることを竜に告げるためだったのに。 運命とは残酷なもので、隼人に謝罪の口実すら与えない情況を作り出してしまった。 もう言い逃れは出来ない。 いっそのこと、自分が打ち明ける前に彼が気付いてくれれば良いと隼人は思った。煙草の煙をゆったりと吐き出して、ふと窓の外に視線を向けると向かってくる人影が2つ。 「・・・おっせぇなー、相変わらず歩いてきてるし」 「仕方ねぇだろ、山口が書類片すの待ってたんだから」 「おー、何。久美子、今仕事上がり?」 「ばっ・・・!こら、矢吹!小田切が居る前で名前呼ぶんじゃないよ!」 極めて自然に名前を呼んだ隼人に、竜は顔を歪めた。それを視界に挟んだ久美子が首を傾げてから、ハッとする。 勿論2人の視線の先には少し遣る瀬無い表情の隼人が居て。久美子はそのまま何も言わずに彼の車の後部座席へと身を沈める。 竜もまた、沈黙を破らないままに助手席へと身を投げ入れてドアをバタンっと勢いよく閉めた。気まずい沈黙だけが3人の間を行ったり来たりする。 と、隼人が場にそぐわない苦笑いを漏らした。久美子は依然黙ったまま、後部座席で何も言わない。竜が深い溜息を漏らすと、隼人が無造作に車のエンジンを起こした。 「・・・何時から付き合ってんだよ、お前ら」 「・・・卒業して直ぐ、じゃねぇけど。2〜3週間くらい後からか。なぁ?」 「う・・・うん、まぁ・・・それくらいからだった気がするかな」 「・・・薄々女が出来たんじゃねぇかとは思ってたけど」 「・・・さっすが竜。よーくオレの事、理解してくれてんのな?」 突然隼人に答えを求められた久美子が動揺しながら返事を返すと、竜は俯いて額を組んだ両手に乗せて目を閉じた。 今日は夜だけで有り得ない事が二回も起きている。うち一つは自分にとって嬉しい事だったが、もう一つははっきり言ってしまえば最悪だ。 何時の間にか自分にとってもっとも大切な存在である親友の彼と、色んな事を教えてくれた1番愛しい彼女とが恋人同士になっていたなんて。誰が思っただろう。 深く重い溜息を漏らす。先ほどから溜息を漏らしてばかりで久美子に対して失礼極まりないのだが、もう何を如何すべきか分かりかねる状況だった。 「・・・俺、邪魔じゃん。帰るわ」 「イヤイヤイヤ、待って竜!御願いだから待て!」 「だって如何考えても邪魔だろ?」 「頼むから待てっつの!オレが今日お前に電話掛けたのは、この間の喧嘩と。山口と付き合ってるって伝える為だったんだって!」 あまりに大声で言うものだから、ビールを呑んでいた久美子が目を見開いて噎せこんだ。 席を立ちかけていた竜は、仕方なく隼人の横に座りなおす。自分に用事が在るのならさっさと済ませて欲しいとしか思えなかった。 未だ上手く心の整理が着かない。 ぐちゃぐちゃになってしまって頭が冷静な判断を示さない。今此処で言葉を発しようものなら、確実に彼女を。彼を突き放すような、失望させるようなものしか出てこないだろう。 それだけは絶対に防がなければならない。それを望んでいるわけではない。勿論諦めきれないけれど、彼女の事を。 「・・・だけど山口の職場が俺の通ってる予備校で驚いた、って事かよ」 「・・・全くもってソレ。隠してたことは馬路で謝るよ。けど、お前に早々には話せなかったんだ」 隼人の視線が自分に傾けられたのに気付いて、竜もそれに答えるべく視線を上げる。 ビール瓶の口を寄せてくるのが分かって、残っていた少量のビールを飲み干した。息を付く間もなく、隼人が空っぽになった竜のガラスのコップに真新しいビールを注ぎ込む。 コップとビール瓶がぶつかる音だけが静かに響いて沈黙を守り続ける。久美子はと言えば、隼人の隣でカウンターの店主と何やら楽しそうに話しこんでいた。 最もその方が有難い、と隼人は思っていた。今日は竜と二人だけで呑むつもりが、とんでもない事態を招いてしまったのだから。 「お前好きなんだろ、久美子のこと」 さも当然のように言い放つ隼人に、竜は目を丸くした。 バレていなかったとは思っていない。 この状況でぬけぬけとそれを言い切る隼人に驚きを隠せなかっただけなのだ。 何せ、彼の隣には彼女が。久美子本人が居るというのに。 案の定自分の名前が出た事に気付いた彼女が隼人の後ろからひょっこりと顔を覗かせた。何の話だ?と聴いてくる前に、竜は視線で何でもないと告げてやった。 今此処で隼人に余計な事を吹き込まれたらたまったものではない。きっと彼は、例え自分が相手でも久美子を守り抜く術を知っているのだ。 だからこそ、真っ向で言葉にした。 「・・・あぁ、諦めてねぇよ」 「やっぱりな。だから言えなかったんだよ。だってさぁ、考えてみろよ?」 そこで一度言葉を切った隼人は、もう既に呂律が回っていない久美子の額をコツンと小突いた。 そして耳元で彼女に何かを囁くと、見る見るうちに 久美子の表情が眠気に呑まれていくのが分かった。そのままカウンターのテーブルに頭を乗せて寝こけてしまった久美子に視線を落としていると隼人が席を立って自分の着ていた黒のジャケットを彼女の身体にそっと掛けてやった。 どうやら、彼女は疲れているときは何時もこうらしい。 隼人の手馴れた動作を見ていれば聞かずとも分かる。相変わらず自分達より子供のような久美子の寝顔に、思わず苦笑が漏れた。嫉妬心は隠せないけれど。 「お前が今まで一度でも本気で女を好きになった事なんてなかっただろ」 ――――――――――――――――だからさ、ずっと本気で居て欲しかったんだよ。誰かを好きになる感情を忘れて欲しくねぇなぁって。 そう言って笑う隼人に、竜は溜息を漏らした。そして隣に座った彼の額を、コツンと小突いてやる。 「そう云うトコ、お前の長所でも在るけど・・・恋に対しては短所だぜ?」 ―――――――――――――――――俺を本気にさせたら例え隼人が相手でも、容赦する気はねぇんだから。女が、山口久美子なら。
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