先日の衝撃事実発覚から数日後、竜の元に一通の手紙が届いた。

先ほど予備校から帰ってきたばかりの竜はその手紙を不思議そうに手にとって封筒の裏側を見た瞬間、目を点にした。

無理もない。

その手紙の差出人は何を隠そう彼女からだったから。

隼人と付き合っているという事実を知っても尚、諦めきれない元担任の直筆だったから。



















 『  憎さ故の焦がれるような執着心こそ愛に似て。  』
act.2























――――――――――――――――アイツ、何考えて俺に手紙なんか寄越してんだよ・・・。







雨にぬれてしまった為、手紙を開ける前にシャワーを浴びて着替えを済ませた竜は届いた手紙を手にしたままリビングのソファーで神妙な面持ちをしていた。

自分の住所を知っている事に関しては別になんとも思わないのだが、一体何のつもりでわざわざ直筆の手紙を送ってきたのかが気になるのだ。

ならば開けろという話かもしれないが、そんな簡単に読める筈もない。もしかしたらとんでもない事が書かれている可能性とてあるのだ。

彼女の発言に油断は禁物。

それは3D 全員が彼女と過ごした3ヶ月で認識した事でもある。

しかし、手紙一つに何時までも時間を割いてはいられない。それにもしかしたら急を要することかもしれないし、クラスの連中全員への手紙かもしれない。自分が彼女に恋愛感情を抱いていることは恐らく隼人以外誰も知らないだろうし、今回はそれは関係ないだろう。

ただでさえ予備校の課題が週末の連休によって普段の倍にされているのだから、時間は無駄に出来ない。大丈夫だと自分にしっかり言い聞かせてから、封筒の口を丁寧に破りきる。たかが手紙を読むだけで此処まで緊張を伴うのは久し振りだな、と思いながら中身を取り出した竜は、手紙を開く前に目を閉じて深呼吸を何度か繰り返す。

こんなことをするのも、差出人が彼女だからだろう。







覚悟を決めて開けた手紙には、相変わらず達筆な字が幾行も並んでいて少しだけ目を見張ることとなった。







『拝啓 小田切 竜様。



お久し振りです・・・って、敬語を使うのも妙な話かもしれませんね。最も、貴方に手紙を書くのは勿論初めての事になります。

卒業してから3ヶ月ほど経って、貴方と職場で再会することになるとは思いもしませんでした。クラス名簿を渡された時、お前と全く同じ名前があって目が点になったくらい。でも、全く変わっていないようで中身は少しずつ変わっていて安心しています。



さて、今回手紙を差し上げたのにはワケがあります。・・・いや、ない方が可笑しいんだけども。

先日飲みに行った際の出来事に関して、矢吹を問い詰めました。久し振りに真っ向からの怒鳴りあいを。

私と彼が付き合っている事を、貴方は知らないと聴きました。私はてっきり、矢吹ならちゃんと話を済ませていると。

そう思って告白を受けたのですが、どうやら思い込みだったようですね。お陰で小田切に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

そこで、そのお詫びに・・・と言うかこのままでは私の罪悪感が消えないので今度2人で飲みに行きませんか。

最近になって武田、日向、土屋の3人とも一対一で飲みに行ってきました。あぁ、勿論矢吹には話をつけてですが。

ただ、今回のことは話していません。携帯や実家の電話から連絡を入れると、あいつに発信履歴を見られたら一貫の終わりなので

こうして手紙で誘うことにしました。久し振りに2人でゆっくり話をしたいし、お前の卒業後の近況も聴きたいなと思っているので。



それじゃ、宜しければ連絡下さい。ゆっくりとお待ちしています。





                                                     山口 久美子 拝』













「・・・なんで俺に相談?相談する相手間違ってない??」

「・・・間違ってねぇと思ったからわざわざ電話して呼び出したんだけど」



相変わらずぶっきらぼうな冷めた言葉の返し方をする竜に、啓太は深く大きな溜息を吐き出した。これくらいは許される筈だろう。

竜宛に自分の恩師から手紙が届いたという話を聴いたのは電話でだったが、まさかその報告をされた後に呑みに行こうと誘われると誰が思っていたことか。隼人に似て稀に唐突なところがある竜には慣れていたが、今回の件に関してはどう返事を返すべきかが 分からない。自分や日向達の時は隼人にちゃんと知らせて出てきていた彼女が、罪悪感からと見て間違いないが手紙を送ってまで竜に逢おうとしている。彼女の罪悪感を肯定して会うべきだと言うのがいいか、万が一その密会を隼人に見られたときの事を危惧して逢わない方が良いと言うべきか。

しかし彼女の気持ちを踏み躙る方が可哀想な気もして、啓太は再度大袈裟とも言える溜息を漏らす。



「行ってあげなよ、その日の夜は俺達が隼人を連れまわして会わない様にするから」

「いや、そっちの心配はねぇよ。アイツ、来週の頭から東北の方まで荷物運ぶらしいから。免許取ったらしい」

「あ、そうなの?なら、何も心配要らないじゃん。遠慮せずに行って来るといいよ」



どうやら考えるまでもなかったらしい。無駄な心配をしてしまった自分が少し虚しく思えたが、竜のことを思えば当然先ほどの不安は誰しも脳裏を掠めるはずだ。

例え自分ではなく日向や土屋でも。

軽い笑みで背中を一押しする言葉を発したが、竜の表情は依然として冴えない。一体如何したと言うのだろう。やはり、隼人に気を使っている部分があるのだろうか?

或いは―――――――――――。













「・・・ねぇ、竜。隼人のこと、考えない方が良いよ?」

「・・・は?」

「・・・恋愛に友情絡めて考えてたら、絶対に勝てないって」

「・・・お前何の話してんだよ」

「しらばっくれるのは勝手だけど、後悔しても知らないから。今回はチャンスなんだよ?それを無駄にしないでって言ってるの」



俺はヤンクミの幸せを願ってるけど、それ以上に竜が幸せで居てくれることのが嬉しい。そう言って真っ直ぐ竜を見つめる啓太の目に迷いはなく、竜は一瞬その視線から逃れることが出来なくなったような錯覚を覚えた。啓太は偶にこうして痛い所を突いて来る。

隼人とはまた違った観点を指摘して反論を押さえ込もうとしてくる性質だ。その所為か、啓太には口で勝てないことも何度かあった。

今回もまた啓太の言っていることに間違いはない、ハッキリ言ってしまえば図星。けれど、それを簡単に認められるほど素直じゃない。

漸く自我を取り戻した竜は、ついっと啓太の視線から自分の視線を外した。すると、暫くして啓太の視線も竜から離れていく。



「別に隼人の事なんか考えてねぇよ」

「・・・竜、言っとくけど俺の目は誤魔化せないよ?何年一緒に居ると思ってるの」

「・・・分かってて言ってるつもりだけど。アイツの事気にしてたら、お前に堂々と相談なんか出来ねぇから」



相変わらず冷めた態度と言葉で本心を覆い隠そうとする幼馴染に、啓太はまた深い溜息を漏らしてコップのビールを仰ぎ飲む。

隠しきれているようで隠せていないと言うのは一番性質が悪い。久美子や隼人の場合は隠そうにも隠せない為、幾らでも指摘をして笑って流せるのだが竜はそう言う性質ではない。隠そうと必死になっている事が伝わることもあるが、何処か隠し切れていない事を全く自覚していないのが一番反応に困るものだ。久美子や隼人はそれを自覚しているからこそ扱いやすい。

とにかく自分の役目は身動きの取れない竜の背中をただ一押しするだけだ。他は何もしないでこれからの動向を見守るしかない。淡い恋心を押しつぶして。



「・・・なぁ、タケ。もしかしてお前も・・・」

「竜、ストップ。そこから先は聞いちゃいけないことだよ?」

「・・・けど」

「俺が良いって言ってるんだから。とにかく、頑張ってよ。・・・俺の気持ち汲んでくれるなら、可能性を信じてさ?」











店から最寄の駅で少し酒気に頬を赤く染めた啓太と別れた竜は、もう夜も深まった曇で覆われつつある漆黒の空に視線を上げながら少し溜息混じりに駅のホームへと足を急がせる。

終電間近とあって帰路に着くものは少なく、竜を含めて駅のホームには4,5人の人影がある程度だった。後数分で終電が駅のホームへと入って来ることを知っていた竜は、空いているベンチが目に留まってもそれには腰掛けず漆黒の空を見たまま、先ほどまで啓太と4時間近く話していた内容を振り返りつつ漸く気付いた彼の久美子に対する淡い思いについて暫くの間思考をめぐらせていた。



快く相談に乗ってくれた啓太には感謝する他ないということは分かっていたのだが、どうしても信じられなくて。自分が悩んでいたのと同じように、啓太自身もあきらめ切れない恋心を引き摺っていた事実を突きつけられてしまったのが痛かった。啓太も、隼人ほどではないが案外表情に何があったか出る性質だ。最近忙しく、2人だけで飲みに行けたのも声を聞いたのも今日が久し振りだったとは言えどうして自分は気付いてやれなかったのかと。

彼の心の中で小さく芽吹いた恋心と言う花は、つぼみを膨らませたところで無残にも自分の親友の手によって千切り取られてしまったのだ。



――――――――――――――――――俺が、何とかするしかねぇんだろうな。



そんな彼の心持を全く理解せずに相談を持ちかけてしまった事が、如何にも後味の悪さを物語っていた。この後味の悪さと何とも言えない罪悪感を断ち切る術はたった一つしかないと分かっていても、何だか気が進まない。だが啓太が先ほど言った様に、これは一種のチャンスでもあるのだ。留まる事を知らないこの恋心に決着を付けられるものだと思えばいい。見えないところで散っていった彼の花の為にした事だと思えばいいだろう。全ては自分と儚く笑った彼の為なのだ、悪いことではない。何度かそう言い聞かせて、竜はその場で目を閉じる。











入ってきた終電に乗り込む彼の表情は、今までとは別人の様に真剣なものだった―――――――――――――――――――――――。













 

NEXT...?
 











05/10/12








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