「またな」
彼が切なく笑った顔だけは、脳裏に焼きついていて・・・。
今日は日曜日。
部屋に閉じこもって色んな事を考え、そして色んな事を思い出していた。
そして気付けば、アソコへと足が進んでいた、あたし。
見上げると、今日の夕焼け空は、一段と切ない色で。
―神サマ、繋がっていることは、幸福なのですか?
溜息を一つ深く零す。
今日も夕暮れの風は、こんな自分を隠していくのだ。
今までだってこれでやってきたじゃないか。
こんな二人の関係でずっと上手くやってきたじゃないか。
なぁ、内山。
―だから 私の中ではずっと笑っていてよ。
そんなにも切ない顔をして笑わないで。
ヤ 「・・・・・っ」
何でこんなにも夕焼けが眩しいんだろう。
目頭と鼻先がツンと熱くなり、それは溢れ出てくる。
慌ててゴシゴシと手の甲で涙を拭い、一人呟く。
「ばかみたい」と。
ヤ 「・・・・・・・・・・ぁ」
―なんで。
ココはサクラの以前の住処。
木の下に背を任せるようにして座る、アイツとサクラの姿。
立ちすくむあたしの存在にサクラが気付き、陽気に「ワン」と一つ吠え尻尾を振る。
―なんでだよ。
内 「ヨウ」
ヤ 「な、なんで、いる訳?」
内 「んー?なんとなく」
ヤ 「なんで、いつも・・・そうな訳?」
内 「・・・・・。」
ヤ 「なんで、いつもいる訳?なんで・・・・っ。・・・・・あたし・・・・お前の気持・・」
なんで、なんで・・・という気持が身体の底から湧き出てくる。
内 「なんでって、そりゃあ、お前・・」
ヤ 「え」
内 「俺がいつも会いたいと思ってるからだろうなー。」
・・・だから・・・
―何でお前はそんな言葉をくれるんだよ。
頼むから、これ以上惨めな・・・
小さい自分を、思い知らせないで欲しい。
「よっ」と立ち上がり、あたしと面と向かい、何やら手に持っていた紙で丸めた筒をあたしに見せる。
正直意味が分からなくて、困惑する。
そんな彼とあたしの間に、夕暮れの風が虚しく吹き抜けた。
彼が大きく深呼吸する。
そして、その丸めていた筒を解き、あたしの前に広げ、紙に書かれた内容を見せる。
―え。
ヤ 「こ、これって・・・・」
内 「コレが、俺の今の夢」
題して、「夢」と大きく一文字書かれた、手書きの図。
そこに書かれていたのは、一件の家の間取り図。
―未来の内山家、完成図?
大きな庭にはガレージ。
トイレは2個で。
お風呂は大きくて。
リビングは広くて。
畳の部屋があって。
プールがって。
カラオケルームには、バーカウンターもあって。
あ、サクラの小屋も・・・。
内 「お前サ、昔、俺に言ったじゃん」
ヤ 「・・・・・」
内 「幸せだって」
それは、初めて受け持った生徒達の卒業式を、明後日に控えた、この場所でのこと。
記憶に残ってるよ。
男の胸で泣いたのは、お前が初めてだったから。
おぼろげにきこえる聞こえる彼のあの一言が いつもあたしを振り返させたのだから。
―これからも宜しく。
生徒からのその一言がずっと欲しかった。
ありがとうよりも、これからもよろしく。
情けないほどに、みんなと離れるのか寂しくて・・・
いつかただの思い出と片付けられるような気がして。
教師だったらこれから幾つもある別れなのに、分かっていても寂しくて。
内 「こんなにも哀しいのに、この夕焼けが綺麗に見えるから、幸せなんだって」
ヤ 「うっ・・わ、忘れたよ。そんな昔の事」
内 「俺も一緒なんだ」
ヤ 「へ?」
内 「だから、いつか大人になった時、
この空を思い出せればいいカナって、いつもずっとそんな風に思ってたんだー。」
彼の笑う顔が、夕焼けの逆行になって眩しい。
忘れてないよ。忘れれる訳ないじゃんか。
―だから あたしの中では笑っていてよ。
もう、そんなにも切ない顔して笑わないで。
そう言いたいケド、もう言葉が続かなくて。
内 「でもよく考えたらさー」
ヤ 「・・・・。」
内 「例えばこの恋が、終わりから始めた恋とするんだったら・・・・・」
・・・・だったら・・・・・・?
彼の一言が世界を変えてくれるような気がした。
神サマ、これは夢ですか?
内 「これ以上の終わりなんてものは、ないんじゃねぇかって思ってサ。」
彼の言葉が胸にズシンと響く。
内 「いつか、こんなありえねぇ家に俺と一緒に住んでみねぇ?」
ヤ 「・・・・・・・・。」
内 「結婚を前提に付き合って欲しいって、一応頼んでるつもりなんだけど?」
ヤ 「ハハ・・・夢みたい」
現実に戻っていく。
夢なら、どうか醒めないで。
内 「夢なんかじゃねぇよ」
ヤ 「・・・・・」
内 「夢なんかで、終らせてたまるかヨ」
力強い視線。
響き。
身体が動かない。
内 「だってさー。心にさからって生きるのって、面倒くせぇじゃん」
ヤ 「・・・・・・・っ」
内 「お前があの日俺に言った台詞なんだけど?」
ニィ、と、昔から変わらぬ笑みでソレを言った彼。
その言葉に溜まっていたものが全て涙となって、瞳に溢れる。
堪えても、堪えても、止まる事を知らずに。
ヤ 「・・・笑って言う台詞かよ」
何とか相手に向けて言った言葉は、
何とも情けない、震えた臆病な声だっただろう。
一歩、二歩、そしてコツン。
彼の胸板に額を当てた。
優しい音がする。
言いたい事がある。
言わなくちゃいけない事があるけど、上手く言葉に出来ない。
でもこうやる事で、全てをコイツが理解してくれるような、そんな気がした。
内 「この状況は・・・」
ヤ 「・・・・・・・・・。」
内 「当然手とか回してちゃったりしてもいいワケ?」
―イチイチ聞くな・・馬鹿っ。
小さく胸の中で言うと、少し高い位置で彼が優しく笑ったのが伝わった。
内 「無理って言っても、却下だけんどな」
きつく抱きしめられた胸の中。
卒業を控えたあの日の夕焼け中で、コイツの胸で泣いた日の事を思い出していた。
寂しくて、哀しくて、声も気持も全てを押し殺して泣いた日のこと。
確か、風が冷たかった。
ヤ 「お前・・震えてる?」
内 「んー。なんつーか・・」
ヤ 「?」
内 「夢みてぇだから」
ヤ 「・・・・。」
内 「覚めねぇか、心配で怖いの」
ヤ 「・・・。」
内 「ハハ、かっこワル。 お前に言ってる事と矛盾してるよな」
違う。
違うよ、内山。
この夕焼けの色も、今の二人も、お前の胸の温もりも…全部全部
ヤ 「嘘じゃないよ」
内 「・・・」
ヤ 「だから覚めないよ。全部夢じゃないから」
上手く笑えたかな。
涙で滲んだ瞳には、見上げた彼の顔を上手く映してはくれなかったケド。
内山・・・
アナタの瞳から見るあたしも
歪んでいるの?
溢れた涙はやがて耐え切れなくなり、頬を伝う。
それを優しく拭うように、彼からの唇が落ちてきた。
例えば。
あの日に戻って全てやり直せるのなら・・・
何をしようか、何処に行こうか。
だけど、一つ言えることは。
泣き疲れた子供のように、規則正しい寝息を立てる、二人分の優しい重みを身体で受け止めながら、
頭上にただ悠然と、静かに広がるオレンジ色した空を見上げて、
俺は小さく笑って、誰に向けてるでもなく呟いた。
内 「気長に心次第っつー人生も、悪くねぇかもよ」
言える事、それは。
空を流れる雲のように、目まぐるしい季節が流れようとも
それでも俺は・・・・
きっとココに
この場所へと戻ってくる。
今日初めて、彼女があの日言った「幸せ」の意味が解ったような気がしたから。
心の向くまま・・・
心まかせに・・・
これからも、そんな二人で
そんな人生であり続けたい。
そう、全ては心次第に・・・。
誰よりも輝いた明日を、二人で掴むためにも。