もう、悲しい嘘で

 二人が離れることのないように。



 優しさの檻で

 互いを、閉じ込めることのないように。








  ふたり









 「有難うございました。」



 品を漂わせた店員の揃った声が響く。

 それを背に受け、慎は静かに店を出た。

 

 手には小さな箱を持って。











 こんな、小さなリングが、自分と久美子を繋ぐものの一つになるのだから、

 正直世の中はわからない。



 気持ちなんて、結局見えるものではなくて。

 身体なんて、四六時中繋いでおけるわけもなくて。

 言葉では、一番言いたいことなんて伝えようもなくて。




 それでもどうしても、この女が好きだと思う。

 そうして、いつの間にか慣れきった“独り”から、“ふたり”の感覚へと、変わっていった。

 心も、身体も、自分を形成するすべてが。











 慎は、小さな箱をじっと見つめた。

 揃いのリングが二つ。

 これを彼女に渡したら、何が変わるわけでもないだろう。

 結婚するから、これを渡すわけでもない。

 そもそも、結婚自体がまだ早い。

 それは久美子が、ではなく、自分が、だ。


 …なのに何故。

 今このリングを買ったのか。


 自分がしたことだけれど、慎は、正直わからないでいた。





 “不安か、恐れか…。情けねぇな…。”





 ふと、頭を過った暗い思想に名前をつける。

 馬鹿みたいに彼女を愛して。

 何があっても強気で。

 本当は情けない所だって、彼女にはもう見られているのだけれど。

 それでも、常に、一歩前にいようとした。




 “あぁ……”




 思い出された記憶は、ひどく最近のものだった。

 彼女に、自分は慎の隣に立てないのかと、そう問われたことがあった。

 その時は、意味がわからなくて、適当にはぐらかして。

 次の日、白金まで彼女を迎えにいって、彼女の隣を歩く生徒たちを見て気づいたことがあった。




 “そうだ…それからこの店に来て、予約したんだ。このリングを。”




 離れないように。

 …世の中の誰もが、こんな小さなリングにふたりのこれからを託すのなら、きっとこれは証だろう。

 

 ふたりでいることの証。


 だから、必要だと思った。

 そして、必要だと思った自分が、まだまだガキだな、とも思って。





 自分と、彼女以外の何かに、守って欲しかった。

 ふたりのこれからを。







 これが、弱さでも、きっと

 彼女はカッコワルイだなんていわないだろう。










 思い出したら、やけにすっきりと心が晴れて。

 慎は一歩踏み出した。

 プロポーズなんて、学生の自分には出来ないけれど。

 今日は夕食を用意して、久美子を待とうと思った。






















 午後七時を過ぎて、携帯に連絡が入った。

 

 “あと5分でつく。”

 

 入り口のドアの横に背を預けて、彼女が来るのを待った。

 今日は、きっと慣れないことをしたから。

 少し気持ちが高ぶっていて。

 夕食をふたり分、用意したけれど。

 それよりも早く。

 早く腕の中に、抱いてしまいたいと思った。












 「きちゃっ……えっ!」

 

 久美子はいまだに、慎の部屋に入るときは必ず「来ちゃった」というセリフを忘れない。

 それは照れ隠しなのだけれど。

 しかし、今日に限ってそれは最後まで発声されなかった。

 伸びてきた細くてでもどこか逞しい腕に一瞬にして抱きこまれ、

 壁に追い込まれるように強引に、キスを受ける。

 

 

 本来なら、きっと部屋で慎が雑誌を読んでいて、

 「お疲れ」なんていって、コーヒーを出してくれるはずだった。

 それが、まだ部屋にさえたどり着かない。

 

 “そんなに会うのが久しぶりなわけでもないのに…?”

 

 それでも、慎のキスは久美子には何よりも媚薬で。

 すぐに力が抜けた。




 「立てない…?」



 耳元で、少し掠れた慎の声がして。

 心臓が、大きく揺れた感じがした。

 

 答えの変わりに、ぎゅっと服を掴んだら、そのまま抱きかかえられてしまった。







 部屋には、ふたり分の夕食が並べられていた。

 けれど、あたしの口にそれらが運ばれることはなく、

 その横にあったワインが、少しだけ与えられた。

 唇から移されたそれは、知っているワインの味よりもほんの少しだけ甘かったけれど。

 きっとそれは、唇から伝わる熱のせいだと、思った。








 それから、ずっと、抱き合っていた。

 時折、降ってくる唇はどこへ落ちるかわからなくて。

 いつの間にか、抱き合ったままキスに溺れて。

 

 

 何故だか今日は、いつもよりずっと、慎を近くに感じた。
















 久美子は、自分が愛した女は、つくづく怖いと思った。

 超が付くくらい鈍感で、鈍いのに、

 へんなところは敏感で。


 自分がわからなかった俺自身のことに、気づいていて。

 きっと、一歩前に出ようとするのをやめたことにも、もう気づいているだろう。

 慎はキスを続けながら、ジーパンのポケットにつっこんだ小さな箱を探した。

 綺麗に渡すのなんか、二人には似合わない気がして。



 箱を開けて、中の小さなリングを、

 先ほどまで彼女の肌に滑らせていた唇でもって、外へ出した。

 

 そのまま、彼女の左手を取って。

 そっと、小指の隣の指へ、はめた。

 やけにゆっくりとやったから、途中から彼女の細い指が震えているのがわかった。

 そうして。

 口でリングをはめるという行為は、彼女の薬指を、まるで舐めるかのようで。

 自分がしたその光景に少しだけ煽られた。


 リングをはめる前、盗み見た彼女の目は大きく見開かれていて。

 はめた後に見たときも、同じだったから。

 慎は少しだけ笑って、まだ中に一つ残った箱を彼女へ差し出した。



 「これがさ、俺と、久美子を繋いでてくれるんだって。

 俺が、前に出過ぎないように、久美子が逃げ出さないように。

 “隣”にいられるように。…俺がまだ、ガキだからかもしんねぇけど、

 こんな小さなリングでお前を繋いでおけるなら。頼っちまおうとか、思うんだわ。」


 そう言ったら、

 やっぱり彼女は“かっこいいな”と言った。



 そうして、もう一つ残ったリングを先ほど慎がしたように、ゆっくりと慎の指へはめて。

 もう一度、深いキスを交わして。

 どちらともなく、また、抱き合った。







 指に光るリングを見て、慎は少しだけ世の中の条理がわかった気がした。









 きっといつか。

 このリングを外す時が来たら。

 その時は本当の証を

 貴方に。

 

 

 

 END






 

 ■BOND 管理人の睦月様から、慎クミssですー!!!

 ◎睦月様からのコメント

 意味が、解かりませんな…

 結婚か、指輪ということで、うっかり両方引っ掛けるつもりがどっちも
 微妙にひっかかりきれてないという悲惨な結果となりました(汗)
 考えていた出来事系の要素が結局入らず、非常に力不足でね…
 でもやっぱり、結婚も指輪も、いい意味で二人を繋ぐものとおもいます。
 永遠だとか、確かなものがなくても、大丈夫だよって、
 思いたくなるような、そんな力をもっているんじゃないかな、と。(語ってみたり。)

  ++
 有希さん、この度は企画第二弾の実施、おめでとうございます!!
 そしてそして、今回も参加させていただき嬉しい限りですv
 20名弱もの参加ということで、なんだか感動です。ごくせん!まだまだイケますわ!!v(笑)

 ◎有希乱入コメント

 ハァ。。。。。幸せの溜息連発です、私。
 慎ちゃん、語るねぇ〜〜クゥウ>< 凄っっく素敵&感動の一言!!
 そして睦月ちゃんのコメントに激しく共感。←頷いて。
 結婚も指輪も無くても愛する2人は幸せなのかもしれません、でも人それそれ違いますが
 それが一つのケジメだったり、二人のこれからの・・・そう、「繋ぐ」という力になってくれると、私は信じたいですねv
 その睦月ちゃんの気持がストレートに小説に活かされていて、一つの作品としてこの世に生まれた事に
 そして、この場でまた睦月ちゃん作品が、お披露目出来た事に何よりも嬉しく幸せに思いますv(感動)

 睦月ちゃんへv

 うにゃー!!まだまだイケますわよー!(笑) ごくせん万歳ですよv
 睦月ちゃんーー!!有希姉やっぱ睦月ワールド大好きっっ!!(今更)
 そしてこの度も当サイト競作企画に参加して頂きまして、本当に有難うゴザイマス!!!><
 何だかココ最近、「おめでとう」ばかり言ってもらっちゃって…恐縮です; いや、でも素直に嬉しいですv←殴
 どっちが姉だか分からないようなキャンキャンとうるさい私に、「有希姉ーさん」の睦月ちゃんの優しい響きが
 いつもいつも癒されていますv お互いサイトを持って1年ほど。これからもしつこくごくせん街道を一緒に走りましょうv(笑)
 ちなみにこの写真(素材)何処かのお部屋で見た事があるでしょう?@@ニヤリ。笑
 初めてこの素敵作品を読ませて貰った時から決めてたのvウフv ←妄想の固まり女
 

 

 

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