「凍える夜の隙間」
「かーーーっぷるなんか!!この世から消えてしまえばいい!!絶滅だ絶滅ぅーーーー!!!」
寒風吹きすさぶ路地裏で、声高に叫んだ山口久美子の横、呆れたようなため息がふたつ。
久美子が初めてついた職場でお世話になった同僚、兼、オトモダチ。川嶋菊乃と藤山静香。
季節は冬。
三人がたたずんでいる路地から一歩大通りに出れば、街路樹にはイルミネーションが瞬く幻想的な景色が広がる。
クリスマスは一日過ぎてしまったが、その分赤や緑の色を抜いた白一色の照明は、冬の寒さを際立たせるとともに、とても幻想的で綺麗だった。
このまま新年のカウントダウンまで人々の目を、心を楽しませるのだろう。
と、いっても、今の久美子にとっては、それすらも、呪いたくなる光景のひとつだった。
いまだクリスマスを引きずっているのが、その最たる理由。
一緒にいる菊乃と静香には悪いが、正直、何が悲しくて独身女三人が鄙びた串焼き屋の暖簾を潜らねばならぬのか。
・・・と、いうか、昨日、さらに一昨日なんか、一人酒だったのだ。なお最悪。
そんなわけで、席についてから前日の勢いのままに急ピッチで酒をあおった久美子は、酒が強いにもかかわらず悪酔いし、べらんめい口調で、降り出しそうでおとなしやかな冬の空に向かって叫んだ。
「クリスマスはなぁ!!聖なる宗教の日なんだよ!!恋人たちのためじゃないっつーの!!」
はぁはぁはぁ。
「ホワイトクリスマスじゃなくってざまぁみろーーーーー!!!」
「山口先生・・・ちょっと!!もうちょっとでいいから、声、落としてもらえません?」
うらびれた路地裏に居るにしては華やかな女が、ため息混じりに米神を抑えて絶えかねたようにつぶやいた。
横に居る茶髪でやたら明るい表情の女も笑いながらうなずく。
「今日はピッチ早すぎや。さっさと潰れておもろないわー」
何の縁か、つぶれた職場のラストメンバーとして、その後再就職や移動などを経験しつつも、季節の節目節目に連絡を取り合っては会っている女三人は、タイプの違いはあれど、気兼ねなく心の内を語れる友人として長くその関係が続いていた。
建前や世辞の横行する社会人生活の中で、貴重な仲間で同士な彼女たちをつなぎとめた理由のひとつに、アイドル的に夢中になった男性の結婚を臍をかんで見守った失恋が大きく作用していたりする。
川嶋菊乃いわく。
「けっきょく、藤山先生がもっていくと思ってたんやけどなぁ」
「アタシはなんだかんだいって、山口先生に負けそうだと思ってましたよ」
「そうですかぁ?川嶋せんせいなんて、ユウタと一緒に親子みたいに仲良くしてたじゃないですかぁ!!」
酒の席で毎度毎度、必ず出てくる話題。
彼女たちが勤めていた白金学院の近くにあった警察署に勤務していた二枚目刑事は、三人の思惑をよそに学院存亡のあれやこれやでバタバタしている間に見合いをして、そしてそのままアッサリ結婚をしてしまった。
結婚式の招待状を渡されたのは三人同時で、受け取ったにぎにぎしい白い封筒に、絶句したのは、今もって記憶に新しい。
それから数年。昨年の年賀状には可愛らしいベビィを抱きしめ並び立つ美男美女の写真が映っており、思わず破り捨てたくなったほどだ。
そうして、今夜。
「っていうか、アタシはちゃんと、イブも当日も男性とデートしましたよ!デエト!」
「アタシもなぁ、今、在籍してる病院のわりとイケメンのお医者さん、3人ばかり、キープしてるわ。イブを誰と過ごすか迷ったでぇ・・・・あ、ちょお待って」
川嶋はポケットから携帯電話を取り出し、通話ボタンを押して、二人から少し離れた。
「去年までは!!25日の当日に飲んでたのに!!そういう理由で今年はアタシ一人だったんですね!!!!アタシだけが結局さびしんぼじゃないですかーーー!!!」
さっき叫んだ声のでかさもそのままに、地面につっぷしそうな勢いで訴える山口久美子に、藤山静香はまあまあと左手を差し出した。
突き出すその手に、きらきらと、路地裏の少ない照明でも輝きをかもしだすそれは・・・・。
「あああああああ!!!なんですか、その指輪!!最初っからしてました!!???」
久美子の悲鳴のような問いに、静香はにんまりと笑った。
「昨日もらったの〜v・・・まあ、別に、本命ってわけじゃないんだけどね〜」
きらきら眩い石を前に、久美子は叫んだまま固まっている。
「・・・ほな、すぐ行くし」
携帯電話の通話を切った菊乃が振り返り、固まったままの久美子を指差してゲラゲラと笑った。
「あーーー!!もしかして、今頃指輪に気がついたといかゆう?」
「そうなんですよーーもう、ほんとう、にぶいですよねー」
けたけたと、女の笑い声がふたつ。
「ひどすぎる〜〜〜〜〜〜!!!!」
久美子の悲痛な叫びは夜の空に上ってゆくばかり。
友人は二人とも腹をかかえて笑った。
「まあまあ、山口センセ。男だけが人生じゃないですよ」
「そうやで。アンタには可愛い教え子がおるやんか。アタシに可愛いユウタが居るみたいに、な?」
「・・・・でも、川嶋先生はユウタの他にキープが3人居るって・・・ぐす」
寒さからなのか、現状に対する憤りなのか、鼻を啜った久美子の肩を菊乃がやさしく撫でた。
「そらしょーがないやろ。アタシの場合、周りがほっとかんのやもん」
態度と裏腹に言ってることは結構酷い。
こんなカンジで、会えば必ず久美子をからかって遊ぶ二人だが、気兼ねなく意地悪トークができる関係というのはとても貴重だ。
なんだかんだいって、親父たちが犇くひなびた居酒屋に入って、誰の目も気にせずに、第一声から「生中3つ」といえる女友達は貴重だ。
「アタシビール飲めなーい」だの「オシャレなお店がいいーー」だの「ここワイン置いてないの?」だの同性から見ても面倒な女は多い。
長年社会人をやっているだけに、気のおけない関係がどれだけ得がたいものかも知っている。
だからこそ。
「まあ、そう言ってもさ。アンタはなー」
「そうですよ。ボヤく前に、することあるって、もう、何年も言い続けてるのに、聞かないし」
「・・・・なんのことですか」
一瞬で酔いがさめたように、久美子の声が小さくなる。
「もうな、いいかげん、悪あがきはやめたらどうや」
「そうですよ。もう、年貢の納め時だとおもいます」
「・・・なんのことですか」
同じ言葉を繰り返してしまうのは、動揺の現われだ。
「アンタも相手もいつまでも大人と子供のまんまじゃないってこと!」
「そうそう。もう、出会ったころの山口センセ越えてるじゃないですか」
その言葉には、久美子は黙って応えなかった。
「ま、ええけど?・・・あ、ヤンクミ、これからユウタ迎えに行くから付き合うて」
「・・・いいですけど?」
「じゃあ、アタシは先に帰りますね〜」
にこやかに微笑んだ藤山静香が意味有り気に川嶋菊乃に目配せをしたけれど、久美子はまったく気がつかなかった。
タクシーを二台止め、先に静香が帰り、その後、川嶋と二人タクシーに乗り込んだ久美子は、友人が運転手に継げた行き先に首をかしげた。
「・・・先生、そっちに、ユウタ預けるような知り合い居ましたっけ?」
なんとなく、声が小さいのは、嫌な予感がするからだ。
「うん。今日暇だってゆうし、ちょうどいいから預かってもらったんや。昔っからユウタもよう懐いとるし、助かるわ」
「・・・キープ君のうちの三人とか?」
「んふふ。ヤンクミはぁ、なーんでそんなに、可能性を潰してゆくんばっかりうまくなってしまったんかなー」
久美子が一人だけ酔っ払っているはずもなく、ほんのり頬を赤くした菊乃はまるで歌うような口調で、意味不明の事を言った。
「はじめて会ったときは、もっと、当たって砕けろみたいな、がむしゃらな子やったんにー」
「あの、川嶋せんせ・・・?」
久美子がぎこちなく声をかけるも、視線は流れる車窓の風景に釘付けだ。
「あ、運転手さん、そこの信号曲がって、真っ直ぐ進んで、行き当たりを左に進んでください、その突き当りのマンションなんで」
陽気に運転手に声をかけた菊乃に、久美子が慌てたように腰を浮かせた。もちろん、走る車から逃げられるわけもない。
「え?あの、ちょっと!?」
そうこうしているうちに、目的のマンションの前で、タクシーは止まった。
「えと、その、あ!アタシ用事を思い・・・」
鞄を手に今にも車から出ようとする久美子の手を、菊乃の常より温度の高い手が上から押さえるように握った。
「運転手さん、ちょっと待っててもらえます?ここで一人拾って帰るんで」
言いながら、久美子を掴んだのとは別の手で携帯電話を操作している。
「あの、先生、アタシ」
「あ!今着いた。下におるから連れて来て。うん。悪いわー・・・今、来るて」
前半は電話の相手に、後半は、逃がさないように手を掴んだ久美子に。
掴まれていないほうの腕で鞄を抱き込むようにして俯いた久美子が、ビクンと肩を震わせる。
コンコン、と、窓がノックされた音に驚いたからだ。
「あ。来たか。・・・運転手さん。開けてもらえます?」
扉が開いたと同時に、強制的に車から降ろされた。
そして代わりに待っていたユウタが、先ほどまで久美子が座っていた席に座る。
「ほな。・・・・次は来年かな?よいお年をー」
「よいお年を!!」
母親を真似て元気に挨拶をした少年に何も言えない内に、車は走って行ってしまった。
「あ・・・と、じゃあ、アタシも、その、帰るから」
地面をじっと睨んだままでいた久美子が歩き出すと、後ろから手首を掴まれた。
先ほどの菊乃とは違う、さらりと冷たい手。
そして、節だって、男らしい感触。
「逃げるなよ、ヤンクミ」
「・・・逃げてない」
顔を上げもしないで呟く久美子の肩に手が乗って、強制的に振り向かされた。
ドサリ、と、力の入らなくなった手から、鞄が落ち、地面とぶつかる音。
イルミネーションのない、閑静な住宅街で、街灯の明かりだけが、久美子と、そうして、久美子の両肩を掴んでいる男とを照らしている。
「お前さ、もう、いいかげん、あきらめろよ。」
言われた瞬間、ふるりと身体を震わせた久美子は、次の瞬間、弾かれたように首を左右に振った。
そんな久美子など意に介さないように、優しい仕草で、肩の手が背に回り、細い身体を抱きしめる。
振っていた頭は、いつの間にか記憶の中よりも男らしくなった肩口に、押し付けられて止まった。
「オレにしとけ」
静かな声。
暖かな抱擁。
この温もりの中から抜け出すのは、今まで教えてきたどんな悪ガキ共と仲良くなるよりも、もっとずっとずっと難しい。
一人で過ごしたクリスマスイブも、クリスマスも。
ずっとずっと言われた言葉が頭の中を巡っていた。
一緒に過ごそうと言われた言葉に素直に頷けなかった自分に、肯定も否定もできなかった。
一年に一度のイベントだからって、恋人になりたいわけでも、なれるわけでもなかった。
そんな、当たり前みたいな理由で恋人になれるような、簡単な出会いじゃなかった。
出会った頃は子供だった少年は、今はもう、自分を包み込むだけの力を持った男だったけれど。
それでも、素直に頷くには、クリスマスは、怖かった。
「ヤンクミ・・・・好きなんだ」
もう、何度も言われた言葉。
何度も、頷けなかった言葉。
「だから、オレにしろよ」
久美子は、また、今日も頷けなかった。
それでも、抱きしめられたまま、手を挙げ、自分を包み込む暖かいぬくもりにすがるように、そっと手を回した。
きっと、それだけで、伝わるものがあるはずだと、もう、随分と短くない彼との付き合いでわかっている。
きっと、自分の素直じゃない気持ちも、わかられてしまっている。
「・・・カップルなんか、この世から、消えてしまえばいいんだ・・・絶滅だ絶滅・・・」
久美子は、強がるように、路地裏で叫んだ言葉をもう一度呟いた。
抱きしめる腕が、それに呼応するように、笑いをこらえて震える。
「来年のクリスマスは、そう言われる側に、なってようぜ」
くすくすと、しのび笑う声が、静かな夜に響いてゆく。
師走の寒さは、抱きしめあう身体と身体の間に、入り込むこともできない。
end
なんだかもう、わかりずらくてすみません。
雪乃
えーと、絵を加えさせていただきました☆
気持ちはお互いに通じているはずなのに、どうにも向き合えてない・・・みたいなイメージで・・・
・・・イメージに・・・なっているのかどうか。
後付の上にこんなんで申し訳ない;;
がんばったんだけどなー。
すみ