時の轍


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「まったく、ヤンクミの奴何やってんだよ。」

「おい、野田、お前ヤンクミが何処に居るのか知ってるのか?」

元3Dの教室は、ザワザワと騒がしくなっていた。

業を煮やした野田が見に行こうと、教壇を下りかけた時、

「待たせたか?ゴメンゴメン!」

と言って入ってきた久美子を見た3Dメンバーの視線が固まる。

あまりにも、自分たちの知っている久美子とかけ離れていたために、掛ける言葉を無くしていたのだ。

それほど、今日の久美子は綺麗で、『女』で・・。





一番初めに声を出したのは野田だった。

「ヤンクミ?どしたの?なんか今日はすごく綺麗なんだけど・・・。」

その声に、他のメンバーもやっと声を出す。

「えー、ヤンクミそんな恰好してると結構良い女じゃん。」

「知らなかったー、ヤンクミって色気もちゃんとあるじゃんよぉ。」

内山も、クマもほとんど全員が久美子を取り囲み、言いたい放題である。

もちろん、今日の場合は褒め言葉ばかりだ。

「ヤンクミって実は美人だったんだ・・。」

「なぁ、ヤンクミ、俺と付き合ってくんねぇか?」

「えぇ、俺も。俺も恋人に立候補する!」

司会の野田も、進行を忘れて壇上からみんなの言動をぼんやり眺めているだけで・・・。




「お前ら、ちょっと何言ってんだよ、クラス会するんだろーが!私のことより・・・あー野田!司会はどうなってんだよ!全くもう!」

久美子に怒鳴られて、やっと我に返り、本来の役目を思い出した野田が、

「では、改めまして。只今より3Dクラス会を始めます。各々席に着いてください。」


久美子の後から、南と共に教室に戻ってきて複雑な表情で仲間たちと久美子を見ていた慎は、野田の言葉に何も言わずに久美子の肩を抱くと、自分の隣に強制的に座らせる。

と同時に、周りに居る元クラスメイトたちをものすごい視線で睨みつけるようにしている。

彼を取り巻く空気が一瞬にして冷え冷えとしたものに変わり、すぐ傍にいた者は何故か身震いまでしている。

だが、慎に久美子を独り占めされているのは不満だとばかりに

「慎、それどういうことだよ!?」

「ヤンクミ独り占めしようだなんて、そりゃないんじゃね!?」

「ヤンクミは俺たちみんなの担任じゃねぇかよー。」

さすが強面の男たち、慎の視線を撥ね退けて久美子に近付こうとする者は一人や二人ではない。

クラス会を進行させようとしていた野田も、お手上げだといった感じで、南と顔を見合わせている。



(仕方ない、先に重大発表をかましますか?)

(その方が、この場は早く収まるかも・・・)

南と野田は、目配せで相談すると、声を張り上げ叫ぶように言った。

「皆さん、ここで重大な発表があります。落ち着いて聞いてください。」

「実は、慎とヤンクミはすでに付き合っているのであります。」

「「ヤンクミに手ぇ出したら、慎に殺されるぞーー!」」



その一言で、一気に教室の空気が冷えていく。

久美子を中心にヒートアップしていた男たちは、慎と久美子の回りから確実に3歩は下がった感じだ。

(みんなに言ってなかったのか?)

慎が目線で南と野田に問いかける。

「爆弾発言は、大勢の前でかました方が、インパクトあるじゃん!」

「そういうこと。」

二人は、してやったりといった顔でニヤニヤしている。

慎は反対に苦い顔をしていたが、久美子の周りに群がっていた男たちが退いたので、ほっとしてもいるといった風だ。

久美子はといえば、真っ赤になって下を向いたままで・・・その姿はやはり周りの男たちに改めて彼女を可愛いと感じさせていた。





「では、皆さん落ち着かれましたところで、始めさせていただきます。3Dクラス会、卒業してから初めてということなので、各々近況を語っていただきたいと思います。その前に、我らが恩師ヤンクミからご挨拶をいただきます。」

指名を受けて久美子が前に出ようとすると、あちこちからヒューヒューと口笛が鳴り、からかうように野次が飛ぶ。

いつもの生徒からのものならば、叱り飛ばして平気でいられるのだが、今日は勝手が違って自分と慎のことを言われている為に、うまく言葉が繋げない。

見かねた慎が、久美子を守るように黙って彼女の斜め後ろに立った。

それだけで騒がしかった教室は静まり、久美子も落ち着きを取り戻した。





「みんな・・、久しぶりだな。それぞれの場所でしっかり自分のやりたいことをやってるんだろうな。みんな、いい顔をしてる。」

周りを見回し、一人一人に視線を合わせ、久美子が話し出す。

「当然かもしれないが、卒業した時よりも大人で、逞しくなってて・・・すごく嬉しいよ。私は変わらずにここで先生をやってるけど、今の生徒達に胸を張って対峙出来るのもお前らと過ごした1年間が、自信をくれるからだ・・・お前らは私にとって忘れられない、本当に大切な生徒だ。この場を借りて改めて礼を言うよ。ありがとう。」

そんな彼女の言葉にうんうんと嬉しそうに頷く元3Dのメンバーたち。

「それと、今日は全員集まってくれてすごく嬉しいよ。この教室で出会って・巣立っていった・・お前らが、またここに・・・来てくれて・・・・・あり・・・が・と。」

最後は大粒の涙が頬を伝って、久美子の語尾を震わせる。

涙を拭きながら教室のみんなを見渡す久美子。

「ヤンクミ、俺らのほうこそ礼を言わなきゃ。ヤンクミのおかげで全員揃って卒業できたし、なんつぅか、人生捨てたモンじゃねぇって、大人になっても良いかなって、そう思えるようになったのもヤンクミのおかげだしな。」

内山の言葉にみんなが久美子を見て頷く。

「お前ら・・・・。」

久美子は幸せそうな顔で微笑み返すのだった。





南の音頭で乾杯をし、雑談に話を咲かせつつ、みんな良く食べよく飲んだ。

クマの苦心の料理も評判が良く、みんなに褒められ、つつかれて随分と嬉しそうだ。

そうしながらも順番に近況報告をするのだった。

浪人を経て大学に進学したという者や、就職先で責任ある仕事を任せてもらえるようになった者、将来なりたい職業の為に専門の勉強を始めた者等、それぞれが自分の人生設計を立てつつあった。

もちろん、まだまだ目標の定まらぬ者も多かったけれど、久美子にとっては今を懸命に生きる彼らが輝いて見え、自分が彼らの人生に関わることが出来た喜びに浸っていた。

教師になって良かったと改めて実感した至福の時でもあった。



順番が来て、慎が壇上に立つ。

ここぞとばかりにからかいとやっかみの野次が飛ぶが、慎は眉一つ動かさずに自分の近況を語って見せた。

そして最後に、と前置きして久美子を無理やり壇上に引っ張り上げると

「さっき、南と野田にばらされちまったけど・・久美子は俺のモンだから、手ぇ出すなよ。」

そう言って後ろから久美子を抱きしめ首筋に一つキスを落とした。

真っ赤になった久美子に

「人前でそういう恥ずかしいことをするなー!」

と、肘鉄を食らわされたのは言うまでもない。



慎の後、南と野田が近況を報告して、その後は無礼講となった。

とはいっても、アルコールが入っているわけでもないので至って暢気な仲間たちである。


随分久しぶりに会った者も多いというのに、気分は高校当時のままのようだ。

自分たちがここで共有した懐かしい時間を、簡単に今と重ねることが出来る。

もちろん、慎と久美子が付き合っているとみんなにばれたことで、二人が質問とからかいと・・・やっかみやら嫉妬やら・・・いろんな嵐にさらされたのはいうまでもない。

中には、『ヤンクミ、今からでも遅くないぞ。俺に乗り換えろよ。』などという強者もいて・・・それも一人や二人じゃなく・・・その度に慎に引き寄せられ、しっかり肩を抱かれていた久美子なのだった。

その日・・全員が今日ここに集まれたことを幸せに思えたクラス会になったのだ。





あっという間に時間は過ぎ、午後6時、お開きとなった。

教室を借りている関係上、それ以上は延長できなかったのだ。

久美子は、校長との約束で掃除をし、机などを元通りにしておかねばならず二次会の誘いは断ることにした。

それに朝からいろいろと忙しく動いていた南や野田も、解放してやりたいとも考えたのだ。

気を遣って粗方は全員で片付けていってくれたので、今日の嬉しい気持ちを噛み締めながら、一人掃除に精を出していた。



窓の戸締りを確認し、教室のドアを施錠したところで、不意に後ろから誰かに抱きしめられた。

「お疲れさん。」

驚く間も無く慎の声が耳元でする。

「?・・・慎。二次会はどうしたんだ?お前も参加したはずじゃ・・・?」

「いや、あいつ等みんなして、俺のこと追い出したんだ。お前を迎えにいってやれってな。それに初めから顔だけ出してふけてくるつもりだったし・・・久美子一人放っとける訳ねぇだろ。」

久美子は何も言わず慎のほうへ向き直ると、彼の首に腕を回した。

慎も黙って久美子を抱きしめる。

暫くそのままで互いの鼓動を聞いていた。





慎と久美子は二次会には合流せず、そのまま慎の部屋へ戻ってきていた。

いつものように、慎がコーヒーを淹れ二人で並んで座っている。



「久美子、今日みたいな格好、もうすんな。」

「へ?おかしかった?もしかして、慎に恥ずかしい思いさせたのか?」

間の抜けた返事しか返せない久美子に、

「バカ、違ぇよ。その逆だ。お前、あいつ等のセリフがけなしてるように聞こえたのかよ?」

「いや、そうは聞こえなかったけど・・・でも、慎に嫌がられたら何の意味もないし・・・。」

それを聞いた慎は口元に笑みを浮かべると、

「教師のお前はみんなのモンだけど、『女』のお前は俺だけのモンだ。他の奴らには見せなくていい。」

そう言って久美子の胸元に赤い痕を残した。

その頭を、久美子がいつものようにクシャクシャッとかき混ぜる。

「慎・・・どんな格好してたって私は私だ、他の誰でもない。慎を想う気持ちも変わらない。きっと、ずっとな。」

「俺もだ。俺の気持ちも変わらない。」

そう言って久美子を抱きしめ、深いキスを交わす。



「俺、久美子に出会えてよかった。うっちぃの言葉じゃねぇけど、自分や仲間を信じる気持ちを持てて、自分の人生を大事にしたいってそう思えて・・・そして、お前を愛することが出来て・・・。

守りたいものがあるってことは、すごく大切なことなんだな。・・・俺、大人になるよ。お前をちゃんと包んでやれるような大人に。だから、お前はそこで待ってろ、俺が追いつくまで・・・。」

「う・・ん・・。きっと慎は直ぐ追いつくよ。その時が来たら今度はいっしょに歩いていこう。」



未来のことは誰にも分からないけれど、今のこの気持ちはきっと永遠に続いていく・・・そんな事を思いながら指切りをする二人。

どんな約束だったのかは、二人だけの秘密。







                                   End