言葉はどんどん無力になって

 しまいには音にさえならない


 握った手のひらから、せめてこの熱が伝わればいい 

 いつか溶けて消えてしまうものだと笑うきみに

 何度でも 何度でも

 

 

 小悪魔的彼女

 

 

 

 「ねぇ解ってる? そーゆーのが女のテよ」

 「ははぁ」

 「ははぁじゃないわよ。騙されちゃって」


 

 

 あの女が悪女だったら、この世の何を信じればいいんだ?

 そう言うお前は天使かよ。

 なんだその服。似合ってねぇよ。

 

 

 壊れたスピーカーのように同じ台詞を繰り返す、

 生まれてこの方妹同様の付き合いをしてきた少女にいいかげんウンザリした表情を向け、

 隼人は適当な相づちで会話を流した。

 言い返すのも虚しくなって、手元のコーラを一気に飲み干す。

 今日のエリの格好は、パステルブルーと白のシフォンワンピース。

 柔らかそうな生がフリルのように重なって、背中の、丁度肩甲骨辺りに付いたリボンが、羽のように揺れている。

 春を先取りしたような装いで現れた彼女に、デートにでも行くのかと軽口を叩いたのがそもそもの間違い。
 

 

 

 その予定だったけどさ。隼兄、このカッコ好き? そ? イイ? 

 ……じゃあOK。せっかくだから、今日は隼兄とデートしたげる!

 

 

 エリは隣人。築30年の歴史を持つ、ボロいアパートに引っ越して以来の。

 拓人と同じ学校に通い、今でも時々家を行き来する仲だ。

 隼人は高校に入って以来疎遠で、今では見かけるのも珍しくなっていた。

 健康的な小麦色の肌に、キャラメルブラウンのショートヘア。

 カラーコンタクトで目の色も髪と同じ明るさに変えている。

 流行りモノが大好きで、可愛いけれどちょっとワガママな所のあるこの幼なじみを

 年々苦手に思い始めていた隼人は、久々に顔を合わせた相手に何と言ってよいか判らず、

 適当な挨拶で逃げようとした。

 

 

 それがいけなかった。 

 

 

 無理やり押し切られ、仕方なく連れ立って街に出る。

 たまには一人で休日を過ごすのもいいかと、

 CDショップや本屋を巡るつもりだった予定はすっかり崩されてしまった。

 エリを連れて色々廻る気にもなれず、時間つぶしにと入ったのはファミレス。

 とりあえず付き合ってやればコイツの気も晴れるだろうと思って。

 

 

 「全然見かけないから、隼兄は家出しちゃったと思ってたよ。カブキ町あたりに身を沈めてさ」

 

 

 やたらクリームの量が多い苺のムースケーキを口に運びながら、エリが探るように言ってきた。

 メイクと服とキャラがちぐはぐだな、なんてこちらが思っているとも知らずに、無邪気な笑顔を張り付けて。

 

 

 「んなわけないじゃん」

 

 

 「ね。ガッコって黒銀でしょ? 名門らしいね。ウチと張るぐらい。

 インテリばっかで、合コンするには合わないカンジ?」

 

 

 でも、隼兄はそんなダサくないよね。

 ナチュラルに無神経な台詞を吐く。

 そう言えばコイツもいわゆる名門の“ハミダシ組”だったなと、いつか弟に聞いた話を思い出す。

 就職クラスを選択しているらしいエリは、その中でも大分浮いていると、拓人が心配げに言っていた。

 まあ私立のカタい学校で、こんなコギャルも珍しいだろう。

 

 

 「ダサいかどーかはともかく、俺は好きなようにしてるだけだっつの」

 

 「あたしだってそうだよー。なのにさ、ムカつくんだよね、あのセンコー。 あ、あたしの担任ね。

 本田っていうオヤジなんだけど、“スカート短い”なんてゆってジロジ>ロ人の脚見てさ。絶対エンコーとかしてるよ」 

 

 

 微妙に会話が噛み合わない。

 女の子と難しい話をするのは苦手だが、合わない相手と話すのはもっと苦手。

 こうして向かい合うとよく判る、できてしまった距離に、なんとなく切なくなった。

 昔から、うっとうしくもあったけど家族同様に接してきた、ある意味特別な女だから。エリは。

 

 

 「お前デートだったんじゃないの。ドタキャンなんてして、彼ピ泣いてんじゃね?」

 「いいの。同い年の男なんて子供でツマンナイもん。最近マンネリなんだよね。なんか冷めちゃって」

 

 

 お前に子供なんて言われちゃ、そいつも浮かばれないだろう。

 つーかマンネリってなんだよ。

 好きなやつといてそんなこと思うなんて、愛のナイ証拠じゃねぇの? 

 え、サムイ? ……悪かったな。

 

 

 「隼兄ってば、そんなこと言うタイプじゃなかったのに」

 

 

 あのね。お前と話すのどれぐらいぶりだと思ってんの。

 俺だって変わるんだよ。

 そりゃ俺も昔は恋とか愛とか軽く言ってたよ。

 適当に楽しくて適当に付き合って、お気軽なのが一番ってな。

 そういう風に考えてるうちは子供だましなんだよ。

 気でヒトを想うってのは、もっと。もっと。

 

 

 

 「……隼兄、ホンキの相手、いるんだ?」

 

 

 

 しまった余計なことを勘付かせたか。そう思っても後の祭り。

 どうも今日は失言が多いような気がして、いっそ無視して帰ろうかとも思ったが、

 エリの強い視線が逃がしてくれそうにない。    

 

 

 「どんな子?」

 

 

 きたよこの質問。

 あまりのしつこさに、教えてやるつもりもなかった事を洩らしてしまったのは自業自得。

 減るもんでもなし、と。どうせ相手の顔も知らないエリに、少しずつ情報を与えていった。

 

 

 

 えーと。見た目はおさげに眼鏡っつー時代錯誤で。

 服のセンス……も、微妙? 

 いっつもジャージ着てるしな。

 まぁハヤりの露出は無理だろ。

 胸ねーし。

  は? ……ヤってねぇよ。

 てかお前、女の子がそゆこと言うんじゃありません。

 

 

 「まだなの?! え、付き合ってもないの? マジ?!」

 

 

 アイタタタタタ。

 俺のグラスハートに連打撃はやめてくだパイ。

 付き合うも何も対象外みたいだから。俺。

 

 

  ……告白? 

 したよーなしないよーな。

 なんつうの? アイツ天然でさ。そんなのありかってくらい鈍いから。

 はぁ、まぁ、そーゆー女もいるかもね。計算天然の悪女ってやつ。

 手玉にとって喜んでる〜みたいな。

 

 

 最後に相手が年上であることを告げれば、笑い事じゃなく、

 「悪い女に引っ掛かったんじゃないの」なんて罵りだした。

 

 

 想い人を脳裏に浮かべて、絶対ありえないと頭を振る。

  嘘を知らない彼女だから。疑うことさえできないと隼人は笑う。

 

 

 「べっつにいーの。今んとこ俺、スキなだけで満足だったりすっから」

 「……なにソレ。マジでどうしちゃったの? 今更純愛系?」

 

 

 

 エリの顔から表情が消え、苛立つような声に変わる。

 似合わないと鼻で笑われ、不思議と腹は立たなかった。

 コイツはちょっと前の俺なんだ。

 そう思うとやるせないような、複雑な心境。

 

 純愛なんてどっかの映画から借りてきたような名前を付ける気はねぇよ。

 そんなにキレイなもんでも、甘ったるいもんでもないからな。

 ただ、そのひとりにだけじっくり時間をかけ、丁寧に愛おしみたいと願う心が思ったよりも深かったのと、

 不快ではなかったことから、隼人はこの恋を認めようと決めた。

 

 

 担任の、山口久美子への想いを。

 

 

 キャラじゃないのは百も承知。

 いつだって力任せに、勢いだけで突っ走ってきた自分だから、初めのうちは反発して。

 開き直ったら自分勝手に押し付けて。

 惚れた相手に気付かせられた、ってのも本当はカッコ悪いのだけれど、結局それが決定打。

 おまえだけみたいだから。

 いっつも。俺の目、覚まさせてくれんのは。

 

 

 

 『……おまえは自分のために恋をするのか。

 好きだ好きだ愛してる、なんて口先だけで、本当に相手のことを想って言ってんのかよ。

 あたしは愛情の押し売りなんて認めない。そんなこと絶対にしたくない。

 応えが欲しいんなら、まず相手の欲しがってるものを与えてやれ。

 欲しがるばっかで満足なら好きになる資格すらねぇぞ』

 

 

 

 好きな女が鈍くて仕方ないのだと本人に恋愛相談してみたところ、思い掛けないカウンターを喰らった。

 山口の言葉が正しいのかは解らない。

 欲しいならぶつかってくモンじゃねぇの?って思うのは変わんないから。

 それでも愛の言葉を気恥ずかしく感じ、

 行動だけで理解を求めているような俺はまだまだ駄目なんだと気付かされた。

 

 スキって。ただの単語を口に乗せただけじゃ、どれだけ言っても伝わらないんだ。

 お前が寄越した一言一言が、これまでの人生で受けたどんな愛の文句より響いたのと同じで。

 上っ面だけの告白で何かが変わると思った自分がひどく情けなかった。

 

 

 考えて、考えて、考えて。

 それでもやっぱりお前が好きだと思った。

 

 今となっては鈍くてよかった、と隼人は安堵する。

 悔しいが受け入れてもらえるはずがない事を、充分に理解したから。

 だからといって諦めるつもりは毛頭ない。

 時間は惜しいが、未来を賭ける価値があるのだ。

 気付いてしまえばやることは沢山あって、とりあえずの目標は、彼女の信頼を得ること。

 

 お前が俺に望んでいるのは、きちんと卒業することと、問題を起こさないこと。

 そして、将来を見据えること。 そうだろ? 

 

 親心にも近い、色もクソもねぇそれに、応えてやろうと腹を決めた。

 教師と生徒として出会ったのが幸か不幸か。そんなことはどうでもいい。

 お前と俺が出会って、俺がお前に惚れたってことだけ重要。

 

 答はいつだってシンプル。

 

 お前はこれで一応大人だったりするから、余計なモンを取っ払ったり、見ないフリはできないんだろう。

 それでいいよ。認めた時点で、覚悟はできてた。

 傍にいる今、俺ができることをするだけ。

 それは多分ちっぽけで、コドモのおつかいみたいなもんで。

 報酬は頭を撫でられる程度。

 

 だけど。じん、と心臓に沁みてくるカンジ、多分ずっと欲しかったものと同じなんだ。

 だからもう、手放せないんだ。 

 

 

 

 「俺、帰るわ」

 

 

 

 伝票を手に席を立つと、エリが無言で見上げてきた。

 何か言いたげに、だけど唇を噛みしめているその顔は、子供の時から変わらない。

 

  お前が何を言いたいのかわかる。

 深入りしないでオイシイとこだけもらえんなら楽だよ。でも、満たされないんだろ? 

 

 あのさ、本気になるのも悪くねぇぞ。全然みっともなくねぇよ。

 たったひとりに認めてもらうために、俺はいつだって全力を出す。

 本気で向かってくる人間なら、きっと真っ正面から受け止めてくれる。

 そういうやつなんだよ。……お前にもいつか見つかるといいな。

 

 

 

 そう告げて店を出る。

 

 

 

 

 なんだか無性に会いたくなっちまった。

 人込みを掻き分け、全力疾走。

 急げ。急げ。この熱が少しでも冷めるように。

 

 

 

 

 

 会える保証もないのに、とりあえず山口の家近所に足を運んだ。

 さすがに用もなしにあの門をくぐるのは腰が引ける。

 情けないが俺は一般人。

  秘密を知ったからといって簡単に踏み込めるテリトリーでもない。

 

 時刻はもう夕方で、今日は一日晴れていたから、夕焼け空が一面見事な茜色。

 見上げてしばし頭を空にしていたところで、

 

 

 

 「お? 矢吹じゃねぇか」

 

 

 

 数メートル先から聞きなれた声が。

 

  ……逢えたよ。ウソみてぇ。

 

 

 

 「なんだよ、どうしてこんなとこにいるんだ?」

 

 

 

 

 もしかしてあたしに会えなくて寂しかったか? 

 たった一日じゃねぇか、ん?

 

 

 

 休日でも色気のない格好をした件の相手。

 駆け寄ってきたかと思えば、肘でこちらの胸をつつきながらそんなことを言ってくる。

 

 そうだよ、とも馬鹿じゃねぇの、とも言えず、苦笑するしかなくて。

 不意にさっきまでのエリとの会話を思いだした。

 

 

 

   ……つーかこれが計算だったらやってらんねぇ。最低最悪じゃん。

 

 

 

  

 「ホントにどうした? おい。矢吹?」

 

 

 

 

 だけどこれだけは言っておく。

 

 

 お前がホントは悪女でもなんでも構わねぇよ。

 騙すんだったら最後まで騙すだろ、お前は。

 言い訳もしなきゃ善人ぶったりもしない。

 ぶっちゃけ、お前だったら何でもいいんだ。

 お前を含む大人たちが言うように、選択権は俺にあって 、

 この先たくさんのなにかから色んなものを掴めるのだとしても。

 お前といられる道を俺は選ぶ。

 

 

 

 

 細い指先を包むように、ちょっとだけ、握る。

 ああ。俺、本当にお前が好きだ。

 こんなの意思表示になるんだろうか。

 俺は段々怖くなってる。

 お前に触れる一瞬、わかってくれと叫び、一方で、まだ気付くなと願っている。 

 

 

 

 

 「……矢吹……?]

 

 

 

 

 どうした?と首を傾げる山口の顔は教師のそれで。 

 今はまだ、これくらいしか伝えられない限界を知る。

 その理由を尋ねないのが、お前の残酷なところ。

 

 

 

 この温度差が、俺たちの現状。

 少しだけ握る手に力を込めた。

 

 

 

 頼むから『離せ』って言わないでくれな。

 

 

 

 

 END

 

 

 

 ■遊佐サマよりコメント。

 < 反省文 >

 無駄に長く、微妙なオリキャラの出現。そしてラブ度の低さ。
 どうやら私は片思いだったり恋以前に重点を置いてるようです。
 両想い推奨派の方々すみません。そして全国のエリさんに御詫び申し上げます。
 ちょっと大人になろうとしてる隼人さんを書いたつもり。
 ドラマで見せてきたおバカな所が大好きですが、本当は頭イイと思います。


 

 

 

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