しょうがないだろ



 

 


 ありえねー、絶対にありえねー。

 何だよ。一体何がどうやってこうなるんだ?

 ないない。ありえねえっつーの!

 

 

 場所は3Dの教室、ただいま休み時間中・・・。

 隼人は、不機嫌そうに、でも困った顔をして、さっきから同じことをぐるぐると考えている。

 

 

 (そんなの悔しすぎだ。認めたくねー)

 
 

 

 「つーか、マジでありえないから」

 

 

 思わず出たつぶやき。
 

 

 

 

 「え、何々?何がありえないって?」

 

 でかい目をさらにでかくして、金髪サルみたいな武田が聞いてくる。
 

 

 

 「はーやーと。何だよ悩み事?むかつくことでもあったか?」

 

 

 土屋も同じような反応で、すぐ前の席から、首だけ向ける。

 いつもならあと二人つるんでる奴らがからんでくるんだけど、今日はサボりか来てねー。
 

 

 

 「別に、何でもないって」

 

 

 投げやりな気持ちで軽く答え、小さくため息。

 

 ったく、コイツらに相談なんかできるかよ。

 だってなー、言えねーよ。絶対。

 俺だってアホくさいと思ってんのにさ、今の気持ちコイツらに言ったら、

 当分の間話のネタにされて、いい笑いものになるに決まってる。
 

 

 

 「ハーッ・・・・」
 

 

 ため息ってやつは、どうやら無意識に自然とでるものらしい。
 

 

 

 

 「隼人、何だよー、隠し事か?」

 「つっちー、そんなんじゃねーよ」

 「じゃあさじゃあさ、もしかして恋の悩みとか?」

 「うるさい」

 

 武田の発言にドッキリしながらも、ぴしゃりとガードする。

 

 

 「あれ、隼人マジかよ。好きな女の子でもできた?」

 「つっちー、だから違うって・・・」

 

 

 好きな女の子?女の子?

 いや、アイツは絶対女の子じゃねーだろ。

 うでっぷし強いし、口悪いし、なんつったって、ジャージだぜ。

 いまどきありえねーよ。ないないない!!

 

 

 って、なんでここで俺はアイツなんかの顔思い出してんだ?

 おかしいだろー。馬鹿か俺は。頭どうかしちゃったんじゃないのか?

 俺のタイプは隣の桃女にいるみたいな、かわいくて清楚でお洒落で制服の似合う、女の子だろーが。

 こんなの、まるっきり路線はずれまくりじゃねーかよ・・・。

 

 

  「「おーい、隼人?大丈夫か?」」

 

 

 

 だいたい、男より強い女なんてかわいくも何ともないだろ普通・・・。
 

 

 

 「隼人?聞いてる」

 

 

 それにさ、アイツなんか絶対ヤバイ秘密持ってるぜ。

 時々見せるただならぬ雰囲気は、どう考えても高校教師のそれじゃないし・・・。
 

 

 

 「はーやーと!」

 

 

 俺とタイマンはったときだってさ、強すぎんだろ。

 俺こう見えても、喧嘩強いの自慢だったってーのにさ・・・。

 

 

 

 (だから、なんでアイツのことばっか馬鹿みたいに考えてんだよ俺は)

 

 もはや、土屋と武田の声はまったく頭に届いてなかった。

 

 

 

 

 

 「・・・・・」

 「つっちー」

 「タケ」

 

 

 二人は顔をあわせて首をかしげる。お手上げ状態である。

 何事か考えているらしい隼人だが、こんな姿を見るのは初めてだ。

 

 

 (はっ!馬鹿か俺。ガラじゃねーだろ)

 

 

 

 

 「矢吹、矢吹・・・!おい、おいって。おーい」

 

 

 思い切り体を揺さぶられて、耳元で大きな声で呼ばれる。
 

 

 

 

 「おい!矢吹!しっかりしろ!」

 「うるせーな!何・・・・っ」


 

 

 うるさい、何だよ黙ってろ!と言いかけて、隼人は絶句する。

 いつの間にか来ていたらしい担任山口が、自分の両肩に手を置き、思い切り顔を近づけている。
 

 

 

 「・・・・」

 

 

 あまりのフイの登場に、心臓が大きく跳ねた。

 山口は真っ直ぐ俺を見て、めがね越しに視線を送ってくる。

 そういえば次は数学だったか。
 

 

 

 「ヤンクミー、隼人さ、好きな女の子できたんだって」

 「何?本当か武田!矢吹、相手は誰だ?」

 「・・・っ違うって。そんなんじゃねーよ」

 

 

 「照れるな照れるな!ほら、先生に話してみろ!

 この私が恋のキューピッドになって、お前に春を迎えさせてあげようじゃないか!」

 

 

 山口久美子は面白がって話にのってくる。

 ったく・・・。
 

 

 

 「言え!矢吹」

 

 


 

 言えるかよ。

 今の今までお前のこと考えてたなんて、アホらしい。

 

 

 てか、顔近づけるな!
 

 

 

 

 「相手は桃女の子か?どうなんだ?」

 「・・・・」


 

 

 だから・・・・!
 

 

 

 「うるせえよ!顔近づけんな。馬鹿じゃねーの。早く授業始めろ」

 

 

 わすかに赤くなってるだろう顔を悟られたくなくて、普段なら言わない催促をし、顔を背ける。
 

 

 

 「隼人?何言ってるんだよ。らしくねー。てか顔赤くない?」

 「つっちーも思う?俺もさ、今思ってた。隼人、熱あんじゃない?」

 

 

 

 お前ら黙れ!俺は心の中で舌打ちする。

 普段はいい仲間だが、今このときばかりは憎らしい。

 それ以上余計なこと言うな!
 

 

 

 

 「何?矢吹体調悪いのか」


 

 

 ほら、山口が心配そうに俺を見るだろ。
 

 

 

 

 「違うって」

 

 一瞬で否定する。
 

 

 

 

 「んーー、言われて見れば赤いなー」

 

 


 

 ばか!お前が顔近づけすぎるからだろ!

 あー、もう馬鹿は俺かよ。しっかりしろ!俺。

 相手はセンコーじゃねーか。

 しかも色気も何もない山口だぞ。

 ありえねーだろ。血迷うなっての!

 こころの中での葛藤は、俺の中でぐるぐるまわる。

 くっそ!



 

 

 (らしくねー)

 

 

 

 「あ!」

 

 

 とっさに間抜けな声を出したのは俺。

 だって、山口がごく当たり前のように俺の額に手を当ててきたから・・・。

 

 

 (やばい)
 

 

 

 「んー、熱はないみたいだな」

 

 

 

 ばか!手離せよ。

 ますます俺との距離を詰めて顔を近づけてくる担任・・・。

 あ、おい。やめろって!
 

 

 

 「・・・・っ!」

 

 

 山口が子供の熱測るみたいに、俺の額に自分の額をあてたきやがった!

 っく・・・!その瞬間、馬鹿みたいに赤面してしまったわけで・・・。

 

 

 うわー!俺、しっかりしろよ。

 その反応はヤバイだろ。

 クラス中のみんながヘンな目で見てるじゃねーか。

 でも、あまりの出来事に身動きがとれない。

 かたまったままの俺、矢吹隼人。
 

 

 

 「んー、やっぱ熱はないな」

 

 顔のすぐそばに山口の息がかかって、ますます固まる。

 

 

 

 (ありえねー、俺のガラかー!!)
 

 

 

 

 

 「お、俺、ちょっと保健室!」

 「「隼人?」」

 「おい矢吹?先生も一緒に・・・・」
 

 

 

 「・・・来るんじゃねー」



 

 

 (まったくどうかしてる。俺としたことが、何照れてるんだよ。ありえねー)

 

 

 

 隼人はばたばたと足音を立てながら、逃げるように教室をあとにする。

 クラスメイトと担任の声を背に受けながら・・・。
 

 

 

 

 「隼人の奴何?どうしたわけ?」

 「さあ。つっちー、俺もお手上げ」

 「何だ?矢吹。やっぱ体調悪かったのか?」

 

 

 久美子はわけがわからないまま立ち尽くす。

 そしてしばらく考えると、
 

 

 

 「みんなー、ちょっと自習しててー。あたし矢吹の様子見てくるから」
 

 

 

 

 「「「やりーっ!」」

 

 

 男子生徒たちの声が教室に響き渡る。

 

 

 

 

 

 (自習であろうとなかろうと、その一時間にする事に大差はないだろうが!まったく・・・)

 

 

 久美子は心の中でぼやきながら、がっくり肩を落として教室をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (あー、俺、何やってんだよ〜)

 

 

 場所は変わって、ここは屋上。

 せめてもの救いが、先客がいないことだ。

 もう一つオマケが、気持ちいいくらいの晴天であることだろう・・・。

 

 隼人は、まだ早い鼓動を刻む心臓を必死に落ち着かせようとして、

 お気に入りの日陰ができる壁側に寝転がった。

 そして目をつぶって冷静さを取り戻そうと努力する。

 

 

 (だいたい、アイツおかしいぜ!俺はそのへんの幼稚園児かって・・・!)

 

 

 自分の記憶が正しければ、額をくっつけて熱がないかの確認!

 なんて、幼いころ母親にされていらいのはずだ。

 いや、何も俺じゃなくたって、なかなか女からされる機会もそうそうないだろう?

 この年になると親からだってありえないし、ましてやセンコーからなんて・・・。まずないだろう。

 

 

 「ハーッ・・・・」

 

 

 激しく落ち込むな・・・。

 だってさ、ありえないことされて、ありえない態度とった俺は、結局一番ありえない奴で・・・。

 

 

 (げげーっ!キャラ変わってない。俺?)

 

 

 ・・・山口って、近くて見ると、結構細いんだなー。

 顔もわりと小さいし、ジャージでごまかしてるけど、意外とナイスバディ?

 でも、胸はなさそうな・・・。あんだけ強いわりには、手足華奢だよなー。

 

 隼人は寝転がったまま、激しく自分の世界に入り始める。

 あのタイマン勝負の時は、腹に思い切りパンチくらったけど、あれも本気じゃなかったんだろうな。

 と今さら思ったりして・・・。

 

 

 「・・・・」

 

 

 額に手を触れると、さっきの感触がまだ残ってる気がして、俺はただ複雑な気持ちでいた

 にしても、絶対クラスの奴ら(特にタケとつっちー)には変に思われたよなー。

 どうすんだよ、俺。どうごまかすよ?てか・・・、ごまかすって、何だそれ?

 何をごまかすって言うんだよ。アホくさ。

 ただ、朝から熱がちょっとあって、風ぎみだっただけだ!

 それで、山口の馬鹿が妙な事するから、

 びっくりして赤くなって不自然な態度とっちまったってだけの話だろー。

 

 なんともおかしな言い分だが、隼人は自分の気持ちをここで完結させたいらしい。

 自分の奥深くの気持ちが、言葉としてでてきてもらっては困るのだ。

 一人でゆっくりといろんなことを考えてたせいか、気持ちはだいぶ落ち着いている。

 乱れた少し長めの髪を整えるように撫でて、自分に言い聞かせる。

 

 

 (なんでもないなんでもない。今日は厄日だっただけだ)

 

 

 他人が聞いたら笑って突っ込みそうなことを、何度も心でとなえる。

 ようは、気づかないフリをしているのだ。

 自分で認めてしまったら、それこそ突っ込むどころではすまない。

 

 

 (山口が気になる・・・)

 

 ない!それはない。

 

 

 (山口が最近かわいく見える)

 

 ない!これもない。

 

 

 (気がつけば、山口を目で追ってる)

 

 ないない!これもなしだ!

 

 

 (山口に恋愛感情がある)

 

 だーっ!ないないない!これが一番ねーだろ。

 

 

 

 「ハーッ・・・、疲れた」

 

 

 一人で漫才でもやってんのか俺は!自分自身にお手上げだな、こりゃ。

 ヒュー・・・ッと隼人の体を風が吹き抜ける。

 

 

 

 「寒い・・・」

 

 

 

 10月にしては冷たい風だ。

 制服の下に薄いシャツ一枚だったことを今になって悔やむ。

 寒さ予防に制服の襟をつめようとした時、ふっとある考えがよぎる。

 そういえば、山口の馬鹿、一緒に行こうか?なんて行ってたなー。

 

 

 「・・・」

 

 

 まさか、具合が悪いなんて本当に思って、

 自分の後を追って保健室に行ってたりしないだろうか?突然そんなことを考える。

 

 

 (まさかな・・・)

 

 

 すぐ自分で否定したものの、なぜか気になって・・・。

 いや、アイツのことだからあり得るかも。

 普段からおせっかいな奴だし、変に面倒見のいいセンコーだしな。

 

 あれだな。俺、

 

 一応保健室行くっつって教室出てきたわけだから、とりあえず行くだけ行った方がいいよな。

 もしここに、隼人の友人であるクールガイの小田切なんかがいたりしたら、呆れて何も言わないだろう。

 そう、この男子学生はなにぶん矛盾しすぎている。

 相手のことを考えて行動することこそ、それほどに気になっているということなのに・・・。

 まったくじれったい。

 

 

 (山口が待ってるかもしんないから、行ってやるか。後で文句言われるのも嫌だしな)

 

 

 

 

 

 

 ・・・20分前。

 

 

 

 

 「矢吹ー、お前やっぱ体調悪かったんじゃないか?そういう時はだな、早めに先生に報告を・・・、ってあれ?」

 

 

 この学校の保健医が不在がちなのは知っていたので、いきなりガラッとドアを開けるなり声をかける。

 当然カーテンの閉まっているベッドに寝ているだろうと思っていたのだが・・・。

 

 

 

 「先生うるさいです」

 「お、君、確か二年生の・・・」

 

 

 

 予想外の人物が現れて、久美子は目をパチパチさせる。そこに寝ていたのは、

 顔と学年だけは知っていた男子学生で、矢吹ではなかった。

 あらららら・・・。

 

 

 「あ、悪かったな。人違い。ごめんねー」

 

 あわてて謝る。

 

 (しまったー。あたしは何てことを!気分が悪くて休んでる学生の邪魔をするなんて!)

 

 

 「あれ、君もう行くの?」

 

 

 人違いされた学生は、ベッドから降り、制服のジャケットをハンガーからむしりとる。

 その顔は不機嫌そのもの。

 

 

 「ごめん!先生行くから休んでて!邪魔して悪かったな」

 「もういいです。戻ろうと思ってたんで」

 

 

 そう言うと、久美子が止める間もなく、保健室のドアを開けて出て行ってしまった・・・。

 沈黙・・・。

 

 

 「・・・てことは、何だ?矢吹の奴騙しやがったなー。どこ行きやがったー!」

 

 答えてくれる人がいるはずもない。

 

 

 (眠い・・・)

 

 

 連日睡眠不足だったこともあり、ベッドを見た瞬間急に睡魔がおそってきた。

 クラクラと眩暈のような感じを覚え、そこで意識は途切れる・・・・。

 

 

 

 

 

 

 (・・・・・は?)

 

 

 保健室のドアを開けた瞬間、すぐ飛び込んできた光景に、息をのむ。

 おいおいおいおい。何だこりゃ。

 ベッドには、赤いジャージの山口がすやすやと寝息をたてて爆睡している。

 もちろん寝たフリなんかじゃなくて、深い眠りに落ちているようにしか見えなかった。

 

 

 お前、センコーだろ?

 生徒探しに来て、自分が寝てしまうセンコーがどこにいるんだよ。

 

 

 「・・・・・・」

 

 

 よっぽど疲れてたってことか?

 そんな素振り見せなかったくせにさ。

 

 

 隼人は、そっと足音をたてないように担任に近づき、

 距離1メートル以内というところまで来て、上から見下ろす。

 普段強い明るい姿とは違う、無防備な山口。

 こうやって見ると、普通の女なわけで・・・。

 

 

 

 (山口が気になる)

 

 少しな・・・。

 

 

 (山口が最近かわいく見える)

 

 これも少し。

 

 

 (気がつけば山口を目で追ってる)

 

 たまにな。

 

 

 (山口に恋愛感情がある)

 

 まいった・・・。マジで降参。

 

 

 

 センコーだけど、ジャージだけど、おさげだけど、喧嘩俺より強いけど、

 

 

 

 

 

 「しょうがないだろ?気づいたら好きだったんだから・・・」

 

 

 

 

 

 静かな部屋にポツリとつぶやいた隼人の声が、

 誰に聞きとめられることもなく空気に溶けた・・・。 

 

 

 

 END

 

 

 

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