空色の下






 
 「何でこんな寒いトコで寝てんの?」

 

 言ってみた所で返事なんか無い。

 屋上に居るのは、風が当たらない様になのか、

 壁に背をつけて小さく丸まって寝転がっている山口と、彼女を呆れて見下ろしている武田だけ。

 

 山口は、本当に小さく丸まって眠っていた。

 いくら今日の天気が良いと言っても、屋上で寝るには寒いだろう。


 

 「・・・・っん〜・・・・」

 

 武田は伸びをすると壁にもたれて山口の直ぐ側に寄り添う様に座った。

 

 「ヤンクミいたけど、どーするよ・・・」

 小さく呟く。

 

 その声音はあまり困っている様では無かった。

 山口が居たからといって、何時ものメンバーが困る事はないだろう。

 口では何と言ったとしても。





 「何か買ってくる」

 「あ、俺も」

 「俺も−」

 「腹へったー」

 「じゃー俺、先行ってる」

 

 昼休みになって、屋上に行く事になって。

 矢吹、小田切、武田、土屋、日向が教室の出口に向かいながらの会話。

 武田は一人、屋上へ。その他の4人は反対方向に歩いて行った。

 

 彼等が屋上に来るまで少し時間がかかるかもしれない。

 きっと5限目の授業開始時間を気にしてはいないだろうから。

 ゆっくりと屋上に向かうと、彼女がいた。


 山口の寝顔をじっと見る。

 


 「案外、キレーな顔してんだよね」

 

 案外と言うのは失礼だろうか。でもしょうがないだろう。

 いつもは髪型と服装と言動に隠れてしまう。

 別に普段の山口を否定する訳ではないけれど。寧ろ、好ましいと思っている。

 生徒のために必死になる姿を見て、何となく思う様になっていた。


 無理をしている時もあるかも知れない。

 辛い時が無い訳ない。

 山口が行き詰まった時は支えたい。

 大した事は出来ないけど、頼って欲しい。

 一緒に笑ってたい。

 けれど何故か、生徒と言う立場は酷く非力に感じる。






 眠っている山口の顔に眼鏡が無い。

 ポケット中にでもしまっているのだろうか。

 


 「何か、小さく見える」

 

 武田より小さな身長だが普段の山口は存在感が強くて。



 「俺も眠たくなってきた・・・・」

 

 欠伸をひとつ。

 そして眼を閉じた。

 

 

 






 

 「・・・・・えっ」

 

 眼を開いて驚いた。

 一瞬、自分がどういう状況に居るのか分からなくなった。

 

 「・・・・ああ、屋上で寝ちゃったんだっけ・・・・?」

 

 思い出した所で、平常心が戻ってくる事は無い。

 目の前に眠る彼女の顔。

 長いまつげ、白い顔が目の前にあって微かに息がかかる。

 何時のかにか、何があったのか・・・・

 武田は山口に向かい合う様に寝転んでいた。

 少し動けばキスが出来る。

 

 「・・・や〜ば〜・・・」

 


 武田は、動けない。

 どれだけ混乱してても離れたく無かったから。

 心臓が壊れそうだったけれど。

 「・・・・ん・・・・ぅ・・・・」

 

 山口が小さく身じろぎした。

 そこで武田は初めて気が付いた。

 山口は、武田にしがみついている。

 

 
 「ああもう・・・・・!!」


 

 可愛い。

 きっと寒かったんだろう。

 小さくなってしがみついてる担任教師が堪らなく可愛い。

 抱き返したい。

 もう、心臓壊れた。

 

 腕を伸ばした時だった。


 

 「タ〜ケちゃん?」


 

 武田が首だけで振り向くと

 矢吹、小田切、土屋、日向の4人がたっていた。

 

 「にゃーにやってんの?」

 「何でここに山口がいんだよ」

 

 矢吹と土屋、日向は笑っていた。

 小田切は表面上、いつもの無表情。

 けれど4人が怒っているのが武田には判った。

 

 「で、何やっちゃってんの?」

 

 矢吹が首を傾げた。

 武田が上半身を起こすと、武田の制服を掴んでいた山口の両手がするりと解けた。

 

 「俺が来た時はもうヤンクミいてさ。見てたら眠くなっちゃって」

 「そんで、一緒に寝てたのか?」

 「そう」

 

 武田に悪びれた様子は無い。


 

 「理由になんねーな」

 

 溜め息まじりに言われた言葉ににやりと笑った。

 

 「羨ましい?」

 

 「なっ!?」

 「・・・・ばっ・・・ちが・・・」

 「っ・・・・んなわけねーだろ」

 「うん」

 4人、ほぼ同時に発した声。

 ひとり肯定した日向に視線が集まった。

 日向は少し、面白がっている様な顔をしている。



 「・・・・おい?」


 微妙な顔をして矢吹が呟いた時。



 「・・・ん・・・・ん〜・・・・・?」

 

 眠ったままの山口が少し眉をひそめて右手を彷徨わせている。

 寒いのだろう、さっきよりも小さくなって手探りで何かを探している。

 その何か、は明らかで。


 5人は山口のその様子を見て固まった。

 

 普段見せない、教師ではない姿。

 その場に居る青少年達には、「女」にしか見えなかった。


 動いたのは、武田。

 彷徨っている山口の手に触れた。

 

 山口の右手は武田の左手を捕まえると引っ張った。

 さっきまで有った暖かさを取り戻そうと両腕で武田の左腕を抱え込む。

 それはあっという間の出来事だった。

 武田は山口にされるが侭になった所為で仰向けになってしまう。

 けれど本当に嬉しそうに山口を見ている。

 「っタケ!!」

 「・・・・・・・・・」

 「もう、起こしちまえよ!」

 「・・・・たーけにゃん・・・?」

 4人が2人に近付こうとした時だった。

 「っんー・・・・あれ?」

 山口が眼をさました。

 

 「オハヨ。やんくみ」

 「・・・・っ!!武田!?」

 山口は驚いて武田の腕を放し、勢いよく起き上がった。

 

 「たっ・・・・たけだっ・・・?え・・・お前等・・・・??」

 

 壁にぴったり背中をつけて5人の顔を忙しなく見ている。

 武田が起き上がりながら言った。


 

 「さっき俺1人で屋上来たんだけどさ。ヤンクミ寝てて。ソレ見てたら俺も眠くなっちゃって」

 「・・・え?あ・・・そうなのか・・・・?」


 

 少し不安そうな山口の眼が武田を覗き込んだ後、武田の向こうの4人を見上げた。

 日向が口を開く。

 

 「俺等はさっき来たんだよ。なーにしてんのかと思ったぜ?」

 「・・・う」

 山口は視線を落として自分の両手を見た。

 「どうかした?」

 山口を覗き込んだ武田を眼だけで見上げる。

 「ごめん。武田・・・なんか、引っ張った様な気がする」

 気まずそうに、そう呟いた。








 これ以上壊れようが無いって言うのに。

 バキバキと音がする。

 ネジが飛ぶ。1つ、2つなんて数じゃない。

 俺、このまま壊れて動かなくなるかも。

 年上の担任の女つかまえてこんなの思うの何なんだけど。

 

 可愛すぎ。








 「いーよ。俺も眠かったし。ヤンクミ、温かかったよ」

 笑ってそう言うと山口も少し笑った。

 

 「そか?でも本当、ごめんな」

 「いいよ。気になんかしないでよ」



 山口は立ち上がってジャージを軽く叩くと武田以外の4人に眼をやった。

 そして首を傾げる。

 

 「お前等は・・・・なんでそんなに苛ついてんだ?」





 そんなとこばっか何で鋭いんだよ。

 山口以外の5人が同時に思った。





 「別に・・・なんでもねーよ・・・・」

 

 ぶっきらぼうに小田切が言った。

 少しムッとした様に山口が小田切を見る。

 

 「そんな事無いだろ?私でよかったら聞くからさ・・・・」

 「大した事じゃないって。ソレよりほら、もう授業始まんじゃないの?」

 山口の言葉を遮ったのは日向だった。

 山口は慌てて時計に目をやる。

 

 「・・・あっ。そうだな。でも・・・」

 「いいから!」

 「って、おい!お前らも教室戻れよ!?」

 「わーかったから!」

 「絶対だぞ!?お前ら」

 「「はーい」」

 

 日向と武田の声が重なって返事を返した。

 山口は屋上の出口に向かって走りながら背中で返事を受けた。











 「みんな、ライバルって事で」

 嬉しそうに、楽しそうに武田が笑った。。

 「おー!負けねーぞ」

 日向が食い付く。

 「俺だって・・・!」

 土屋は噛み付く様に言った。

 

 小田切と矢吹は複雑な顔をして見合わせた。











 「そんじゃー俺、戻ろ」

 元気良く立ち上がって制服を叩く。

 歩き出した武田の後を土屋と日向が追いかけていく。




 五人組の中で一番背が低くて気が弱くて優しい彼は、

 見た目に反して本気になると実は手強い。

 彼自身が思っているよりもずっと。

 ずっと。








 「ありえねぇ・・・・」

 「まーじで?」

 

 小田切と矢吹は小さく呟いて屋上の出口に向かって歩き始めた。









 「腹減ってんのに・・・・メシ抜きかよ」

 「・・・・・・・・アイツ等、食うの忘れてね?」








 五人全員恋敵なんて有り得ない。

 けれど、目の前にあるのは現実。

 本当に
           

 

 「「ありえねー」」







 けれど恋敵がどれだけ手強いか解っていても負ける気は、しない。







 昼休みの短い間の出来事。

 



 

 

 

 END