「バレンタインの話」
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バレンタインが近付くにつれ、商店街やデパートの食品売り場は味や見た目が華やかなチョコレートに彩られていった。 大仰にチョコレートが並んだショーウィンドウの前を通って今さらながら思う。 「バレンタインか・・・・」 売れ残るチョコレート達を少し気の毒に思って苦笑いが溢れた。 こんな事気にしてどうするんだよ。 ふっとため息をつく。 山口が受け持つ黒銀学園の3-Dの生徒達は、チョコを貰った貰わなかったと一日中騒いでいた。 帰りのHRで「まだ望みはある!」力んでいたのは誰だったろう? 山口も忘れていた訳では無かったが、今日がバレンタインデーだと言う事は彼等から鬱陶しいくらいに読み取れた。 男子校とは言え、近くに女子高があるのだ。彼等に取っては、望みを持つなと言う方が無理なのかも知れない。 可愛い奴らだな。 子供っぽくはしゃぐ様を思い出して笑う。 興味が無い、と言う様に1人だけ無表情だった生徒の顔が浮かんだ。 少し大げさな表現かも知れないが、彼の親友達は身体全体で喜んだり悔しがっていたりしたのに。 その対照的な彼らの様子に懐かしい影がだぶった。 どうしてあんな所ばかり似ているんだろう。 本当に、懐かしい。 10日程前から鞄の中に入っている小さな箱を思い出して、足早に商店街を抜けた。 そう、バレンタインを忘れていた訳では無かった。 いつの間にか走っていた。 公園に駆け込む。少し息が切れて顔が熱い。一番近く似合ったベンチに近付くと勢い良く座った。 いつもは気にならないのに両サイドで纏めた髪が鬱陶しく感じる。 息が落ち着いてくると髪を解いて少し手で梳いて後ろで1つに纏めた。ボサボサになってしまったかも知れなかったが、気にならなかった。 「バレンタインかー・・・・」 2月に入って少しして、チョコレートや手作り用品に群がる女の子を見てとても微笑ましく感じた。とても可愛い、と。 徐に鞄の中を探る。取り出したのは一辺が10センチにも満たない小さな正方形の箱。その箱には控えめにリボンが飾られている。 結局。 連絡をしないまま今日になってしまった。 彼は、誰か知らない女の子からチョコレートを貰ったかも知れない。 「まあ・・・・なんて言うか・・・・しょうがない、かな?」 800円の、4つしか入っていないチョコレートを渡すために時間取らせるのもね? 半年前に2。3回会っただけだし。 そう思って小さく笑った。 自分がしているのは逃げだと、言い訳だと解っている。 それでも一生懸命、自分の卑怯さを正当化させたがっている部分もある。 そして余りに確率の低い偶然の再会を望んで、其れに縋ってもいた。 小さな箱にかけられた細くて赤い紐を引っ張ると呆気無く解けた。そして包装紙を剥がしにかかろうとして気がついた。箱の角が少し擦れている。 「ずっと鞄の中に入れてたからな・・・・」 また、苦笑い。箱がコレじゃ、きっと中身のチョコレートも傷物になっているだろう。ディスプレイしてあった同じ形のチョコレートを思い出す。 包装紙の中から出て来た茶色い箱を開けると案の定、それぞれ違う飾りが施されたチョコレートの表面の色がほんの少し白くなっていた。 1つ摘んで口の中に放る。 「甘・・・」 甘いお菓子なんだから甘くて当然。それに山口は甘いものが大好きなのに。 「あまー」 思ったより苦く無い。 只ちょっと甘過ぎて、溶けそうになった。 「何やってんだ?」 顔を上げると、矢吹隼人が立っていた。 「お前も食べるか?」 矢吹の言葉には答えず、山口は笑って右手に持った小さな箱を掲げた。矢吹はゆっくり山口に近付くと少し離れて山口の隣に座った。 「はい」 山口は当たり前の様に箱を矢吹に差し出した。矢吹はソレを覗き込んで一瞬、眉をひそめてチョコレートを1つ取ると口に運んだ? 「美味いか?」 「甘い」 「矢吹。お前、甘いの、苦手だったか?」 「・・・そうじゃ無えけど」 「けど?なんだ」 「・・・・・」 矢吹は黙って口を動かす。山口は笑顔でその様を覗き込んでいる。 山口の右手の箱の中にはチョコレートが2つ。 山口が箱の中に手を伸ばした時、横から矢吹の手が邪魔をして山口が食べようとしたチョコレートを攫っていった。 「あ!それ私が・・・・・!!」 「お前の方が甘いもん苦手なんじゃねえの?」 「そんな事ないぞ?」 山口は首を傾げて笑った。 矢吹は山口から横取りしたチョコレートを口の中に放った。 「何で、自分で買ったチョコ自分で食っちゃってんだよ」 「何かさ、帰り道とか買い物の時とかさ、どうしても見ちゃうだろ?なんて言うか、買いたくなっちゃって・・・・」 「・・・ふーん・・・・」 照れくさそうに笑う山口から眼を逸らして最後の1つに手を伸ばした。山口は何も言わなかった。 矢吹は何となく、思う、 小さな箱の中の小さなチョコレートに箱の中で擦れた様な傷が無かったら。 綺麗なままのチョコレートが箱の中に入っているのを見たら山口の言葉を信じていただろう。 山口の嘘が、口の中に広がっているチョコレートよりも濃くて甘い。 「甘えー」 「そりゃ、チョコだからな」 空になった箱を鞄の中に入れる山口を見て思った。 溶けそう 「よっし!帰るか。じゃあな矢吹。明日、学校でな」 山口は立ち上がって矢吹を見下ろす。 「ああ」 矢吹も立ち上がると山口は満面の笑みを浮かべて手を振り、公園の出口に向かっていった。 何となく、その背中を見ていた。 矢吹がもう少し、早く公園に行っていたら。 あの傷だらけのチョコレートを4つ全部食べる事が出来たかも知れない。 誰か、矢吹の知らない男を思って買ったのだろう。 渡せないチョコレートをひとかけらでも山口が食べたのが悲しかった。 思ったよりも上手に笑った山口に好かれている見知らぬ男が堪らなく憎くて歯噛みした。 ズレた眼鏡を直して気が付いた。山口はまた走っていた。 慌てて立ち止まると周りを見渡す。家へと続く帰り道。 息を深く吸い込んで歩き出す。 すこし気持ちが軽くなっていた。 鞄の中の空っぽになった小さな箱。 「ありがと。矢吹」 涙が滲んだけれど白い頬を伝う事は無かった。 流れ落ちない様に少し上を向いてゆっくり歩いた。 言い訳も逃げるのも止めてしまおう。 電話をしてみよう。 来週の休みに会いに行こうか。 その時はバレンタインを過ぎてしまっているしチョコレートは無いけれど。 勇気を持って、電話をかけてみよう。 **********おわり************
■まぎょサマより後書きv 5話を見ていない時に妄想したものです。 書いてて楽しかったのを覚えています。 |
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