おまけ
古今東西、物語のラストはハッピーエンド。はい、サヨウナラ。 熊井ラーメンに集った面々。 クマはもちろん当然居るし。 クマに懐きまくっている隼人、それにつられてきた竜と武田、それに、久々に南と野田も来ていた。 お客、と呼べるかどうかはわからないが、現在熊井ラーメンの決して多くない席を占めているのは、元山口久美子の教え子ばかりだった。 季節は春。 風に乗せられて散ってゆく桜の花弁が、熊井ラーメンの扉が開くと同時に入ってきた。 「よ、ひさしぶり」 そう言って片手を挙げたのは、内山春彦だった。 彼が店内に入ると、こまっしゃくれた笑顔を貼り付けた隼人が 「あ、結婚式に花嫁に逃げられた男だ」 と、指をさしながら言った。 とても辛らつな言葉なのに、言い方ゆえか、本人に悲壮感がないからか、店内にどっと笑いが巻き起こる。 言われた内山も笑って返し、そして 「あ、お前らそういう態度なんだ。へーいいけどねー・・」 そらっとぼけた顔をして、ジーンズの後ろポケットから四角い封筒を取り出した。 「そんな事言う奴らには見せてやんねぇ」 ニマリと笑って封筒をヒラヒラ振ると、そのまま元のポケットへと仕舞い込んでしまう。 「あ!なになに!内山さんっ!それってもしかして・・・」 武田が、もう少しで24歳になるとは思えない幼い表情で、内山の近くに寄ってくる。 彼の幼馴染たち同様、なんとなく、この小さくてどんぐり 皆の視線が一気にあつまる。 エヘン。と小さく咳をしてから、内山はもったいぶってその薄い封筒の中から一枚、紙を取り出した。 手の中のそれは、一枚の写真。 青い空を背景に、中央で二人並んで笑っている日本人と、その周りを囲むようにして笑っている異国の子供達。 写真の裏側には短く走り書きで 「元気か?」 とだけ書かれていた。 「しん・・・」 「ヤンクミも」 内山を囲むようにして集まっていた男達から、小さな、吐息がもれる。 店内は急に静かになった。 集まった皆がそれぞれに思い思いの表情を浮かべ、今は遠く旅立った二人の人物を思いうかべる。 結婚式から4ヶ月が過ぎていた。 慎と、そして久美子が日本を旅立ったのは、その結婚式のすぐ後だった。 慎がさらって行ったといった方がしっくりくる。 そんなわけで、結婚式の招待客に頭を下げたり、色々キャンセルしたりという面倒な作業を、内山は全部一人でこなした。 だけれど、その顔には、どうしても隠しようのない笑顔がのっていたけれど。 慎と久美子の二人は、慎が6年近く生活していたアフリカにいる。 ボランティア団体の仕組みはいまいちよくわからないが、久美子もその団体に入ったようだった。 慎が建てた学校で、久美子が数学を教える。 そんな生活 二人には、とても似合っている、と、皆が思っていた。 「元気か?じゃねえよなぁ!お前らはどうなんだよっつうの!」 野田が茶化したようにそう言って、赤い目を擦る。 「幸せそうじゃん」 竜が写真を覗き込んで、少し日焼けした顔で満面の笑顔を浮かべている、かつて愛した女の顔を見た。 それは、竜が言うように、本当に本当に幸せそうな笑顔で この同じ地球の上で、二人は今も一緒なのだろうと、皆が感慨深く思った。 花嫁に逃げられた男は、その写真を大切そうにそっと封筒の中に戻した。 皆がそれにつられて内山が入ってきた時の定位置に戻る。 内山は封筒を、そっとポケットにしまう。 共犯者に、なれなかった・・・ならなくてよかった、男。 こうして今二人がどこかで笑っているのなら、あの数ヶ月前の結婚式も、無駄な事ではなかったのだ。 「クマ!俺、ミソ大盛り!」 言いながら、内山晴彦も、写真の中の二人に負けないような幸せな笑みを浮かべた。
物語は終わったわけではない。 end 2007.4.20 *ラストコメント* |