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何故、あの日の横顔が胸を締め付けるのでしょう 「・・・それでも、ダメだ」 力なく首を振った久美子を武田は突き放す。 「その理由も、返事も、オレじゃなく三人に言ってあげて」 ――――――三人とも、中途半端な気持ちじゃないんだよ それは、いくら鈍い自分でも薄々はわかっていた。 彼らが仕掛けるゲームにしては、瞳が真っ直ぐに久美子を射抜くようで、少し怖くすら感じたから。 「お前の事が好きだ」そう、矢吹は言った。 「ヤンクミにオレのカノジョになってほしいんだ」土屋はそう言って笑った。 「好きだ」小田切はそう言って背を向けた。 皆真剣な眼差しだった。 でも、自分には、その気持ちに答える事はできない。 理由なんか、ない。 教師と生徒とか、そういった事をとっぱらって、ただの男として三人を見ても、それでも、彼らをそういった対象に見る事は、久美子にはできなかった。 だから・・・。 「あれ。隼人、帰らないの?竜も?」 日向が放課後になっても席を立とうとしない二人に声をかける 「おう、ちょいヤボ用」 へらりと笑って隼人は応え、手を振ってさっさと帰れと友人を促す。 「そ?じゃぁ帰ろうぜ〜・・・つっちー?」 これまた動こうとしない長身の男に声をかけたが 「おれもちょっとな」 と笑って返された。 日向が訝しそう三人の顔を見比べる。 そうこうしているうちにクラスの生徒の大半は教室を後にしていた。 「日向!ほら!かえろっ!」 武田がポンと背中を押して、未だはてなマークを飛ばしている友人を教室の外へと押し出してゆく。 「じゃーね」 武田は首をひょい、と振り向かせ、訳知り顔の笑みのまま三人にバイバイと手を振った。 途端に静かになった教室。 「帰らねーのかよ」 不機嫌な声で隼人が言って 「お前こそ帰れよ」 そっけなく竜が応えた。 「・・・て、事は、三人とも呼ばれたってこと、か」 土屋が結論づけるように言って机に頬づえをついた。 三人はそれぞれ、担任に放課後教室で待ってて欲しいと告げられていた。 告白した後である。 自分だけが呼ばれたのかと浮かれていたのだが、蓋を開けてみたらばライバルも同じように呼び出されていたというわけだ。 「なんの話だと思う?」 隼人が土屋に向かって声をかける。 普段は仲のいい竜と隼人だが、こと勝負事になると、一番のライバルだと思いあって居るからこそ、こういう時はついつい距離をとってしまい、話しかけずらい。 そんな二人に気が付いているのかいないのか、土屋は優雅に扇子をふりながら「さぁね」と首を振った。 「たぶん・・・お断り、じゃねえの?」 事も無げに竜が呟くと、隼人と土屋もそう思っていたのか押し黙った。 その時 「いや、その、待たせたな」 がらりと扉を開けて、山口久美子が教室に入ってきた。 「だからな、アタシはお前らと恋愛するつもりはまったくないんだ。ごめん」 生徒としては好きだけれど、恋愛対象としては見れないと、久美子は勅裁に言った。 真っ直ぐな眼差しでで三人の目を順に見た。 けれど 「振るのがちょっと早いんじゃない?」 言われる事などわかっていたとばかりに隼人はそんな久美子の言葉を切り捨てる。 「まだ卒業までだって時間はあるし、それに、卒業したって、会おうと思えば会える。今すぐ決断するのは早いと思うんだけどね」 「でもなっ」 隼人の言葉に反論しようとした久美子を竜が遮る。 「オレも、はいそうですか、って諦めるつもりはねぇから」 「・・・・・」 思わず黙り込んだ久美子に、土屋が高い位置から声をかけた。 「ヤンクミ」 「・・・ん?」 「ヤンクミって今フリーなんだよな?」 「・・・うん」 「じゃぁさ、それこそすぐに断らなくたって、俺らの事キープしといて、その気になった時に選んでくれればいいじゃん。別に卒業した後生徒じゃなくなった俺らの事、見てくれればいいし」 「そ、そんなキープって・・・・えと」 断る!と決めていた久美子だったが、こういった返しがまっているとは思わなかったのでしどろもどろになってしまった。 そんな様子に竜が鋭く切り込んだ。 「好きな奴でもいるのか?」 本当であれば、好きな人など居なくとも、そう言って断る女は多い、だが、久美子にかぎってそういった言い訳は考えないだろうと思っての質問だった。 ここで「そうだ」といえば、それが真実なのである。 竜の質問に他の二人も久美子を凝視する。 「え・・・・と」 そう言ったまま俯いた久美子の態度に三人は顔を見合わせた。 「「「いるのかっ!?」」」 思わずハモる。 「あの、九条とかいう向かいのセンコーか?」 「え?九条先生・・・?・・・あ、そっか、ええと・・・九条先生、ウン。好きだな」 今思い出したと言うようにそう言った久美子に三人の瞼が半分落ちる。 「九条じゃねぇな」 「違うな」 「じゃあ誰だ」 「馬場か?」 「あんな筋肉バカはねえだろ」 「じゃあ誰だよ」 久美子はますます俯いてしまう。 好きな人、と問われてすぐに浮かんだ人物に、自分自身でも驚くほど動揺している。 まさか、そんな・・・・心の中で自分自身を問いただす久美子を、少年達は黙ってみていた。 「好きな人は・・・いないよ」 力なく俯いたままそう言った久美子の言葉を三人とも信じはしなかった。 だけれども 「じゃあ、何も問題ないじゃん」 隼人がそう言って久美子を追い詰める。 「で、でもな」 ますます下を向く久美子に三人が言う。 「俺はあきらめねぇぞ」 「俺だってだ」 「もちろん、俺も」 きっぱりと言い切られて、俯いた久美子が思わずといった風に顔を上げると、三人とも、不敵に笑っている。 「困る」 眉毛を情けなく下げてそれだけしか言えない久美子にはお構いなしで、三人は我先にと行動にうつす。 「な、山口、これからお茶しに行こうぜ」 「山口、うち来ないか?母さんとかきっと喜ぶし」 「ヤンクミ、映画とかどうだ?何か見たいのあるか?」 「・・・・・」 「「「俺だよな?」」」 「・・・・矢吹、アタシ、お茶の気分じゃない。小田切は、とりあえずお母さんとうまくいってるんだな、よかったよ。けど、行かないから。あと土屋、あたし映画は極妻しか見ないし、今やってないから」 ため息をついた後に一気にそれだけ言うと、久美子はクルリと背を向けた。 そのまま教室を出掛かって、背中を向けたままの姿勢でポツンと呟く。 「アタシな、誰とも、付き合いたくないんだ・・・ゴメン」 寂しげな響きの言葉を残して去っていった担任を、結局少年達は引き止められなかった。 「・・・・あれって、絶対好きな奴、いるな」 「ああ。なんか、訳アリっぽくねぇか?・・・熊井さんとか知ってねぇかな」 竜と隼人が互いを見合って言葉に出さないまま、この後熊井ラーメンによる事を確認しあう。 ただ、土屋だけは違った。 「俺、帰るわ」 「気になんないのかよ?」 「気にしたってしかたないじゃん。俺は俺なりにしかできないし。・・じゃあな」 ひらひらと後ろ手に手を振る土屋を見送った後、竜と隼人も入り口へと向かった。 熊井ラーメンに向かう為に。 店の扉を開けるなり開口一番、隼人は聞いた。 「熊井さん!山口って、好きな奴とかいるんすかね」 その後ろから入ってきた竜が、「いきなりすぎるだろ」と背を小突いた。 熊井ラーメンは、まだ夕飯時には早く、カウンターに男が一人座っているだけだった。 その男と話していたクマが突然入ってきたと思ったら変な事を効く後輩に目を向ける。 「はぁ?・・・お前ら学校帰りか?・・・てか、ヤンクミがなに?」 大きな身体をカウンターから乗り出すようにして声をかけてくる 挨拶が少しばかり前後したが 「ちわーっっす」と隼人が手を上げて 後ろでは「ウスッ」と頭を下げた竜 二人は迷わず空いているカウンターに座った。先にいた男からひとつ席を空けて。 そうして、期待の面持ちでクマを見ている二人に、いきなり横から声がかかった。 「なに?お前らヤンクミの今の教え子?」 カウンターに座っていた男である。 声をかけられてからよくよく見ると、随分と背が高く、すらりとした細身の男だった。 割と良い男の部類に入る。 「・・・・アンタは?」 竜の目が品定めするように細められ、油断なく相手の様子を見る。 隼人も一瞬同じような態度をみせたが、つい先日、ここで山口久美子と一緒に居るところを見たことを思い出す。あの時は確か、元教え子と言いながら、どことなく意味深に隼人の目には映ったのだ。 先輩だとはわかっていても、どこか腹が立つ。 そんな喧嘩腰の二人に、今度はその男は笑って見せた。 「うわっ!なんか懐かしいな、そういうのっ!」 無邪気な笑顔には人のよさそうな笑い皺ができる。 「だろ?俺もコイツら見てると昔を思い出すんだよ。なんか、似てるよな」 「うん、似てる似てる」 仲良さそうに笑い会っているクマに二人の視線が向くと、それに答えるようにして長身の男が自分から名乗った。 「俺、内山っつうんだ。・・・そっちの矢吹くん?にはこの間会ったよな。」 そう言って竜のほうを見ると、ニコリと笑った。 「俺、クマと同期、ヤンクミの元教え子だよ」 聞いた途端さっきまで剣呑な空気を帯びていた竜の背がしゃきんと伸びる。 「すんませんっ」 基本的に男の子というモノは縦社会に煩い。それが学生ならば尚の事だし、いつも世話になっているクマと友人な上に、同じく先輩だとわかって、竜は態度を改めたのだ。隣にいる友人の態度には気がついていない。 「いいっていいって」 内山はやはり人の良さそうな笑顔を向けて手を振った。 「で?さっき何かヤンクミがどうとか言ってなかった?」 当初の話に戻してくれた内山にもう一度頭を下げてから、隼人が切り出す。どことなく内山に好戦的な眼差しを向けて話した。 「えっと。熊井さんも、あと、内山さんも、山口の好きな人とかって、何か知ってますか?」 思わず内山とクマの視線がぶつかった。 「や、なんとなーく、訳アリっぽい雰囲気が出てたんで・・・」 「訳ありな雰囲気って、誰が?」 さっきまで笑っていた内山の声が硬質になり、そう問い返してきた。もう、顔も笑っていない。 何故か無表情になった内山に変わってクマが二人の質問に答える。 「ヤンクミの好きな人〜?今はなんとかって、向かいの女子高のセンコーに騒いでなかったか?」 「や、俺らもそう思ったんすけど、なんか違うみたいで」 「ん〜?俺らが学生だった頃は、刑事の男とよく合コン言ってたな。結構アッチもその気だったと俺は思ってるんだけど」 「ヤクザの娘が刑事の男と、ですか?」 驚いたようにそう言った竜に、相変らず無表情のままの内山が「へぇ、家のこと、知ってるんだ」と呟いた。 「刑事だから訳アリっぽく聞こえたのかな・・・」 内山の周りを取り巻く空気が低くなった気がして少し気にしながらも、隼人が口にする。 「なんで、お前らが、それを知りたいんだ?」 先ほどより更に低い声で、内山が二人の後輩を見つめながら問うた。 答えなど当にわかっているだろうにあえてそう聞いた内山に、隼人と竜の視線も先の剣呑なものに戻る。 「内山さんには、関係ないっす」 隼人がそう言ったが内山は引かなかった。 「言え」 有無を言わせない力のある声だった。 カウンターの中でクマが様子を伺うように黙っている。 「山口の事、好きだから知りたいんです」 答えたのは竜だった。 きっぱりと言い切って、内山の冷めた視線を真っ直ぐ見つめ返す。 「お前らそれ、ヤンクミに言ったのか?」 「「はい」」 間髪いれずにそう答えた二人に、内山は大きくため息をついて席を立ち上がった。 「クマ、勘定ここに置くから、ごっそさん。じゃあな」 二人など最初から居ないかのように無視して店を出ようとした内山に、互いに視線を合わせた竜と隼人も立ち上がる。 (この男が、何か知っている) 少年達の感がそう告げていた。 「熊井さん、すみません、俺らも帰ります」 「お?おう。気ぃつけてな」 音を立てて閉まった扉を勢い良く開いて、先に竜が店を出、次いで隼人が後を追った。 店の外に出ると、少し先に長身の男の後姿が見えた。 「内山さんっ」 二人は駆け寄って声をかけた。 ...to be continued......? 2007.4.13 |