空の彼方ほど遠くて、見えなくて、掴めないようなモノが自分にあるのだとしたら

  それはそれで、幸せなのかもしれない。

  広い広い空の中を、ゆっくりだけど、確実に流れる雲のような生き方も

  何だかそれはそれで、いいんじゃないかって。


  それをアイツの胸で言ったら、この空のように晴れた、とても穏やかな顔で微笑したんだ。

  その顔が、今は心から愛しいと想うよ。





  ・・・・沢田。

  今日の空は、凄く近いね。



   

 

   空の彼方にあるモノ 後編

     

     

      

  夕暮れの空はいつもと違う匂いがする。

  放課後の誰も居なくなった教室の窓から差し込むオレンジ色した光が目に沁みた。

  あの日の屋上で見た夕暮れの空も、こんな風に感じて目頭が熱かった。



  キレイ…。


     

  ヤ 「でも、何だか、痛いんだよなぁ…。」

     
     

      

  こんな風に胸の痛みを覚えたのも、あの日から。

  教卓に肘をつきながら、窓の向こうの夕焼け雲の空を一人眺めては呟いても、胸に出来たわだかまりが解ける事は無くて。

  あの男に食らった額を、顔を歪ませながら撫でてみた。

     
     

  ヤ 「不意打ちかよ…デコピン。」
   

     

  あの日、良く晴れた青い空の下で、きつく掴まれた腕の痛みとぶつかった切なげな瞳と、重い重い言葉が、あたしを酷く苦しめる。

  どうあがいたって、決して届かない恋。 

  遥か遠い想い人。

  そんな風に思わせられるような、あの女の子の走り去って行く、涙色した小さな背中が切なくて、痛くて…

  言葉に出来ない気持で押し潰されそうになった自分。
     
     

      

  その理由は多分――

  何だか自分の姿を見ているような気がした……

  …から?

     
     

  ヤ 「だぁあぁぁぁー!!分かんねェ!何でそうなるんだぁ!?」

     
     

  解いた長い髪の毛を掻き毟りながら悲痛な声で叫んでも、誰も居ない教室には虚しく響き渡るだけで。

  一番後ろの彼の席、相手が居ないその席を軽く睨んだ。

  既に分かっている答えを、分からない振りしているような…

  脅えて、見えるモノを、見えない振りしてる臆病な子供と、まるで一緒の気分。

  それでも最後にクエスチョンマークがつくところなんかが、白々しいような、見え透いているような…何とも嫌な自分。

     

  そんな卑怯な自分が見え隠れするからか、今日は屋上に上がる気は全くしない。

  今日みたいな空の日こそ、その見えてはいけないモノが見えそうな気がして…。

  絶対に認めてはいけない事を、認めてしまうような気がするから。

     
     

  ヤ 「帰るかァ…。」

     

      
  教卓に手を付きながらゆっくりと立ち上がり何気なく振り返れば、相変らずの黒板に書かれた他愛も無い落書き。

  「いい加減学習しろ」と、間違えた漢字を苦笑しながら消すのは…もう何度目の事か。

  服に付いたチョークの粉を、手の平で掃って取り除いても、無論、心の中までは綺麗に取り除けるハズもなく…

  出たのは重い溜息だった。     
     
     
       
     

  あの日の晩は、いつもより鍋が豪華だったような気がする。 

  祖父も家の連中も、久しぶりに顔を見せた彼に、とても嬉しそうで。

  それに答えるように嫌な顔一つせずウチに来ては、まして学校では見せないくらいに、よく笑う彼。

  家族は彼があたしの生徒だという事実を忘れているかのように、違う意味で特別扱いしている。

  任侠の家に高校生が出入りするのは普通じゃない。

  普通では許されない事なのに、家の連中でさえも彼を特別に思い、慕っている。

     
     

  ヤ 「特別…かァ」

     


  そんな今更の事を、何を気にして

  あたしは、何を考えているのだろう。

     

      
  ヤ 「そっかァ…。」
    
     
     

      
  特別扱いしているのは、あたしの方なのかもしれない。

  変に大人びてる、そんな彼に普通のように頼って甘えて、当たり前のように隣に居る彼の存在そのモノを、普通に思い感じていたのかも。

  だから、彼が好きな子がいると知った時は、正直動揺した。 

  気持が落ち着かなくて、不安に襲われるような…胸が締め付けられるような変な感覚。
     

     

  だから女の子が去った背中は痛かったケド…。



      
  本当は、彼がその告白を断った事実と

  その後に向けられた、いつものぶっきら棒な言葉と優しい微笑に

  ほっとしていた?

     

      

  慎 「珍しいじゃん。」

  ヤ 「ウギャアーー!?!」

     
     

      
  背後から突然かけられた声に、体を震わせ声をも張り上げた。

  無意識に身構えた体勢で振り向くと、そこに立って居た人物は先ほど睨んだ席の主。 

  そう。近頃、あたしの頭の中を一杯にさせては、混乱を招いているとも言える厄介な存在。

    
     

  ヤ 「さ、沢田ァ!?び、ビビらせんなよーーッッ!!」

  慎 「お前の声の方がよっぽど怖ェんだけど。」

  ヤ 「うっ。」

     

  元はと言えばお前のせいだと本人に言えれば、どれだけ楽だろう。

  あたしは心底そう思い、今度こそ睨む相手がいるのを救いとばかりに彼を睨んだ。

     


  慎 「睨まれるような事した覚えねぇけど?」


     

  ごもっともな意見。

  そんな言葉が、今この場に一番相応しいから、悔し過ぎる。

     

      
  ヤ 「な、なな何でっ? お前帰ったんじゃねェのかよ?」

  慎 「携帯忘れた。」

  ヤ 「あぁっ?それって携帯中毒ってヤツだなァ?何かのテレビで見たぞ。確かぁ――。」

  慎 「お前バカじゃねェの。」

  ヤ 「ムッ。何をー!(怒) あたしはだなァ、人間には何が大切で何を必要として生きて行くのか…て。オイ。聞いてんのかよ!?」

     
     

  力説するあたしの傍をスルリと通り抜けて、窓際の最前列の生徒の椅子に外を眺めるようにして腰を下ろす。

  開けっぱなしの窓から入る、夕暮れのひんやりとした風が彼の髪の毛を優しく揺らしている…。

  何だか急に居心地が悪い空間に変化した教室。

  その場に立ちすくみ言葉に詰まるあたしに、チラリと戻した彼の視線が、「少し話そうか」

  そんな誘いにも感じとれ、一度立ち上がった教卓の椅子に無言で座り直した。

    
       

  慎 「で?」

  ヤ 「へ?」

  慎 「だから、珍しいじゃん。」

  ヤ 「何が?」

  慎 「足音にも気付かねェくらい、深刻そうな顔させてるなんて」

   
     

  心臓が飛び出しそうになったくらい驚かされた、今、目の前に居る本人の事を考えていたなんて

  死んでも言えない。

     

      
  ヤ 「べ、別に。」

  慎 「そういう風は見えなかったケド。」

  ヤ 「そ、そうかなァ…そんな事は全然、全くもってねェよ。」

  慎 「特別って何?」

  ヤ 「き、ききき、聞いてんじゃねェよー!!」

     

  焦って大声を出したあたしに、「うっせェ」と、相変わらず冷静な言葉が、頭を余計に混乱させる。

     

  
  ヤ 「うっ。…あ、あたしだってなァ!た、たまには考え事とかすんだよっ…。」

  慎 「ふーん。」

  ヤ 「な、何だよっ?」

  慎 「知ってる」

  ヤ 「…は?」

  慎 「お前が何でも一人で勝手に考えたり、落ち込んだりすんのくらい…知ってる。」

  ヤ 「え?…あ。…うん」




  あたしが学校辞めさせられそうになった時も、コイツは一人であたし家に来たんだよなァ。

  その事もいつの間にか、当たり前のようになっていたのかも。

  沢田らしい行動。そんな風に片付けていたのかもしれない。

  変に大人びていて。変によく気が利いて。変に優しくって…。

     

  じわっ。

     

  何を泣きそうになってんだか…。

  最近のあたしはやっぱり変だ。

  涙腺がどうも緩い。



     
  慎 「お前さァ…」

  ヤ 「んー?」

     

  至って普段と何ら変わらぬ声で返事をする。

  彼が窓の外の景色を眺めながら話すからか、あたしも、つられてその景色を何の意味もなくぼんやりと眺めていた。

     
     

  慎 「前から聞こうと思ってたんだけど。」

  ヤ 「うん?」

  慎 「何で聞かねェの?」

  ヤ 「何がー?」

  慎 「俺が惚れてる女の話し。」

     

  予期しなかった質問に驚き、目を見開いて、窓の外の景色から彼に視線を戻した。

  それでも彼は何処か遠くの空を眺めたまま、あたしと視線を合わせようとはしない。

  その事が、あたしにとってはまだ救いだったのかもしれないが。

     
     

  ヤ 「えっ…な、なな!? な、何で、そんな事をあたしが…!」

  慎 「他のヤツの話しなら、無理やりにでも聞き出すじゃん。」

  ヤ 「そっ…それは…!」

     
     

  図星を突かれて痛かったのは、正直な気持だった。  

  他の生徒なら間違いなく相手を聞き出し、そして、どんな子なのか顔まで確実に拝みに行くだろう。

  と、自分で断言して言えるから我ながら感心する。
     
     

  だけど、コイツの恋の話しだけは…

  相手は勿論、どんな子なのかさえも、生徒にも、本人にも、不思議と全くと言って良いほど聞く気はしない。

     

  関心が無い訳じゃない。

  寧ろ―――。

      

  慎 「俺の話しは興味無ぇってヤツ?」

  ヤ 「ち、違うぞー!!」



  ガタンッ!!

     

  思わず立ち上がり大声で否定しまった…

  そう後悔しても既に遅い。
     
     

  彼もこの行動には少し驚いたように、視線だけを教卓のあたしに向けた。



  だって。

  窓の景色を眺めながらクスリと笑って、その言葉を言った彼の横顔が何だかとても

  とても悲しそうに見えたから。

     
     

  ヤ 「あたしは、べ、別にだなぁっ…!だ、だだ、第一聞きたい事は、ほ、他にもあんだぞっ…!」

  慎 「…何?」

  ヤ 「お、おおおお前って、空が好きなのか?」

  慎 「は?」

  ヤ 「い、いや、だから、その…。お、お前ってほら!よく空ばっか見てる変な行動をしてるか………ら?」

     

  最後の方は聞き取りにくい位に小さくなった声。

  それと同時に、言い終えてからの自分に後悔の波が襲う。

  あたしは一体何を言ってんだか…。←恥

  いきなりこんな質問をされた相手も驚いたかもしれないが、そんな事を質問してまった自分自身に一番驚いたのだから、本当に情けない。

     

  なのに。

     

  慎 「…ふっ。」



  予想外にも彼が笑ったのだ。

  そして

  ほら、また。

  何処か遠くの空を見るその瞳は何だか切なくて

  今日が夕暮れの空だからか、余計にそんな風に感じてしまう。

     
     

  慎 「聞きたい?」

  ヤ 「え?」

     

  驚いた。

  その奇妙な問いに答えてくれる気でいるようだ。

     

  ヤ 「お、おう!聞きたい!聞きたいぞっ」

     

  首を縦に大きく振りながら強く言い切った言葉は本心。

  ずっとずっと、気になって、聞きたくて、知りたかった事。

  ストンと椅子にもう一度座り直し、子供のように瞳を輝かせながら、窓際に居る彼を見直したそんな単純なあたしの行動に

  彼は小さく笑って、小さく深呼吸をした。

     
    

  慎 「何かの本で読んだんだけどさァ、空は果てしなく遠いじゃん」

  ヤ 「ん?…おう。空は高くて遠いぞ。そんでもって大きくて、青いよなァ、うん♪」

     
     

  彼がする話しは、当たり前の事でも難しい事を言っているような気がするから不思議だ。

  そんな風に簡単に答えるあたしの言葉に、「ガキかよ」と呆れ口調で言う彼だけど、何処か楽しそうなのは

  あたしの気のせいだろうか。

     

  慎 「例えば、『空夢』の意味…分かる?」

  ヤ 「え?うーん。何となくだけど…。」

  慎 「見もしねェのに、見たように作り上げる夢。…簡単に言えば、嘘の夢。」

  ヤ 「う〜ん。それで?」

  慎 「分かってんのかよ?」

  ヤ 「ムッ。い、いいから続けろよっ!」

     
     

  ムキになって言うあたしに、彼が苦笑しながら視線をまた夕焼けの空へと戻す。

     
     

  慎 「空が果てしなくて遠いから、そんな言葉も生まれんのかもなァって…」

  ヤ 「変な事を考える作者なんだな」

  慎 「そうだな」

  ヤ 「そうなのかよっ!?」


  慎 「けど、空は果てしなく遠くて、届かないかもしんねェけど、夢をも連想させる空は凄げェ…みたいな事が書いててさ。」

    

  今コイツあたしの事を軽く無視したな…。

  てか、流された?←怒

 

  ―――だけど―――。
     

     

      
  ヤ 「何だか分かるような気は……一応するカモ。」

     

  窓の外の夕焼けの空に視線をやりながら、小さく言ったあたしの言葉に、彼の横顔が切ない程に優しかった。

  そんな彼の横顔が一つまた小さな深呼吸をする。

  その直後の表情が、微かに真剣で厳しいモノに変化したのが伝わったから、落ち着いていた胸がドクンとまた鳴り出す。

     
     

  慎 「その本読んでから、何でか知んねェけど、いつか絶対に手に入れてぇって」

  ヤ 「…え?」

  慎 「空みてェに果てしなく、遠いけどな。」

     

  彼の横顔がゆっくりと教卓のあたしに振り向き、自然に重なった放課後の2人だけの視線。

  彼の背から差し込むオレンジ色の光が眩しくて、思わず目を細めてしまう。

     

      
  慎 「その女を」

     

      
  オレンジの中に居る彼の瞳があまりにも真っ直ぐで、逸らす事が出来ないのは何故なんだろう。

  逸らさなきゃいけない気がするのに、逸らす事が出来ない――。

     
     

  慎 「誰の事言ってんのか分かってんだろ?」 

  ヤ 「あ、あの、言ってる事が…」

  慎 「お前って鈍いように見えて、案外そうでもなさそうだから?」

  ヤ 「な、何言って…だから!そ、その」

  慎 「じゃなきゃ俺が普段、空見てる事なんて分かんねぇハズだから」

     
     

  意味ありげに笑った彼は、最後の最後に、一言あたしに言ったんだ。

     
     



  慎 「俺にも限界ってもんがあるから。」

     
     
    

  

      
  「空の彼方にあるような果てしない遠いモノ。」それを彼はいつも愛しく見上げていた。

  それが何かを、あたしは本当は知っていたのかもしれない。

  いや違う。

  知っていたんだ。

     

  知っているのに、知らない振りをして。

  見えているモノを、見えない振りをして。

  脅えて振り向く事をしなかった。
     
     

  振り向けば、絶対に認めてはいけない…

  彼が抱く感情と同じモノが、あたしの中にも有るというその事実を認めなくてはいけなくなるから。



  特別だと感じている彼を都合の良いように傍に置いておきたくて

  彼の気持と自分の気持には、気付かない振りをしていた。

     

  その事をアイツは、あたしよりずっと

  ずっと前から。

  知ってい……た?


     

      

  体が小刻みに震える。

  彼が立ち上がり目の前を「じゃぁな」と通り過ぎて行ったケド、あたしの身体は直ぐに立ち上がる事が出来なかった。

  一瞬、教卓の前で立ち止まった彼が、「チョークの粉…。」そう言って、髪に優しく触れていったケド声を出す事も忘れていた。

      

  こんなオレンジ色した空の日は、見えないモノが見えるかもしれない。

  認めなくてはいけない事を、認めてしまいそうな気がする。

  そんな風に感じた夕暮れのある日、それは見事に的中したのだった。

    

     



     

      

  ■■■

     



     

      

  高い高い空を見上げれば、今日も果てしなく広くて。

  土曜日の午後とは思えない程、空だけはいつもと変わらず静かで。

  生徒に「空」について勉強しろと言いたくなる程に落ち着いた、その色。

     

      
  ヤ 「あーあー。…あたし何やってんだろ…。」

     

    

      
  あの日の放課後。

  空の彼方にあるような果てしなく遠いモノを、手に入れたいと言った彼。

  あたしの中に眠っていた、卑怯で脅えた心、全てを理解して、それでもあの言葉を伝えた彼の気持が…



      
  ヤ 「……痛いよぉ」



      
  思い出しては目頭が自然と熱くなる。    

  この空の色のようにスッキリしたくてココへとやって来たが、波打つように衝撃を与える胸の痛みで、涙が溢れては零れそうになる。

  柵に背を任せながら、その涙が零れないように、空をまた一人見上げた。

     
     

  慎 「ガキみてェ。顔だけ真っ黒になんぞ、お前」

  ヤ 「…え?」
      
     

      
  この声。



     
  見上げる顔を元に戻して、声の主に振り向くとアイツが屋上の扉の前で立っていた。

  お互いを見つめる距離の間に吹く風が…とても柔らかい。



  二人で話をするのはあの日以来だからか、何だか彼の声が凄く懐かしい気がする。

  普段の何気ない毎日は、彼が必ず傍に居たし、必ず隣に居てくれたし…

  あたしと違って、とくに多くは話さない彼だが、話さなくても会話をしているような、そんな毎日。
   
     

  そんな事にも気付かなかった…。

  たったの3日しか経っていないのに。



  涙がまた込み上げてきそうな自分を何とか抑えて、代わりに拳にキュと力を入れる。
     
     
     
     

      
  ヤ 「か、帰ったんじゃねぇのか?」

     

      
  教師振った白々しい問いを…

  これから先、あたしは何度コイツにするのだろう。
  
     
     

      
  慎 「天気いいし寝ようかと思って。………お前がココに来ると思ったし。」

  ヤ 「ココはお前の寝床じゃないんだっつーの!」

  慎 「いいじゃん別に。土曜日なんだし」

  ヤ 「そういう問題じゃなくて!健全な男子高校生が何が悲しくて土曜日の昼にココで昼寝とか…!」

  慎 「んなの、俺の勝手じゃん」

  ヤ 「ま、まぁ、そうなんだけ…。あ、あたしが言いたいのはだなぁ!」

     

  慎 「なァ」

     

  ヤ 「ひ、人の話しは最後まで聞くもんだぞっ!」

  慎 「聞いてねぇのは、お前じゃん。」

  ヤ 「だから!あ、あたしが言ってるのは…!」

     

  慎 「お前がココに来ると思ったから、来たっつてんだけど」

  ヤ 「……っ///」

  慎 「何で目合わせねぇ訳? ついでに、そんな顔してる理由も聞きてェ。」

     

      

  うっ。

     

      

  無意識にコイツを避けていた、この3日間。

  あの日があっても彼は普段と何ら変わらなくて…気付けばあたしを助けてくれて。

  その事が、余計にあたしにとっては苦しくて。

  いっその事、「卑怯」だと言われた方が楽だった。

  自分だけが苦しいんじゃないって分かってるのに。考えれば考える程に、コイツの気持が痛くって。

  何だか、余裕を感じさせられるコイツを見てると、一人考え悩んでいるのは自分だけなのか?そんな事さえ思って…
     
     

      
  自分にも限界がきたのだろうか。

  理解不能な苛立ちに似た感情がふつふつと沸いてくる。
    
     
     

      
  ヤ 「だっ、だって…。お、お前が悪いんじゃねぇかァー!そ、そうだ、お前が悪い!」

  慎 「言ってる意味が全然分かんねェ…。落ち着け。」

  ヤ 「これが落ち着いてられるかぁっ!えぇえっっ!?お前が…その、だなァ…」

  慎 「……。」

  ヤ 「空がどうとか、果てしないだの…あ、あたしに教えるからじゃねぇかぁー!!お蔭でコッチは気付きたくなかった事も気付い……」

     
     

      
  ぶちまけるように言葉を吐き出すあたしに

  彼が一歩一歩近付いて来るその姿が、取り乱した自分に冷静さを取り戻させるには十分だった。


     

      
  ヤ 「な…なななな、何だよ?」

  慎 「じゃあ。お前にそんな顔させてんのは俺のせいって訳なんだ?」

     

      
  違う。

  そうじゃなくて。

     

      
  ヤ 「お、おう!そ、そうだよ!責任取りやがれって、も…ん…だ…?」

     
     

      
  言葉の途中でフワリと引き寄せられた彼の学ラン胸の中。

  黒色のソレからは、普段仄かに香る彼の香水の匂いがリアルにして―――

  冷静を取り戻したハズの頭の中を、今度は真っ白にさせる。

     

      
  ヤ 「//!!?//」

  慎 「頼む…。このまま何も言わないでくれ。」

     

      
  抱きしめられた腕の中、彼の静かな言葉に突き放す事も忘れていたが、

  何故だか蘇った過去のあの日のシーン。

     

      
  ヤ 「その…言葉。」

  慎 「………。」

  ヤ 「け、警察に、お前に会いに行った時も同じ事…言ってたぞ。」

  慎 「そうだったけ?」

  ヤ 「そうだよっ!あの時、あたしは胸が痛くて潰れそうだったんだからっ!第一あの時…!」

  慎 「今まで忘れてたくせに喚くな。」

  ヤ 「うっ」

     
     

  慎 「あの日みたたいに、少し黙ってろ。」

     
     

     

  覚えてるんじゃんか。
     
     

      

  彼の言葉に、嘘の様に穏やかになっていく胸の鼓動が

  素直な気持を言葉に出せない、そんな不器用な自分の気持を表しているようで――。

     
     
     

  慎 「俺、お前より頭はいいけど、喧嘩は負けるし。」

  ヤ 「…は」

  慎 「お前の料理最悪だけど、必死こいて作る姿は面白れェし。」

  ヤ 「沢田。お前…あたしに喧嘩売ってんのか?」

  慎 「そんな口悪ィところも、全部ひっくるめてお前が好きだし。」

  ヤ 「…へ」

     

  慎 「お前って空みたいに遠くて、手に入れんのは夢みたいなもんかもしれねェけど…」

  ヤ 「……。」

  慎 「その夢叶えるためなら、何でもやってやる覚悟は出来てるから。…だから」

     

      
  きつく抱きしめた腕を緩め、あたしと視線を合わせる彼の瞳が、自信に満ち溢れているような

  そんな強い瞳なのは、気のせいだろうか。

     
     

      
  慎 「だから、お前ももうさァ、決めたら?」  

     

      

  見上げた彼と、彼の頭上にある空の色が、今度こそあたしに答えを求める。

     
     

      

  空の彼方にあるような、果てしなく遠いモノは…

  お前からすれば、あたしなのかもしれない。

  …だけど。

  あたしからすれば、お前なんだよ…。    
     

     
     

      
  ヤ 「あ、あたしは…」

  慎 「……。」

  ヤ 「この空より遠いぞ。」

  慎 「…かもなァ。」



  ヤ 「空の向こうに、お前が期待するようなモノがあるのかも……保障はねェ!」

  慎 「…だよなァ。」

  ヤ 「ひ、人事みたいに言うなぁっ!」

     

  慎 「…けど。」

  ヤ 「…?」

     

  慎 「お前が心配するモノも、何もねェ」

     
     

      

  彼の言葉一つ一つがあたしを変えていく――。

  この止めどなく流れる涙はその証を現していると、もう認めても良いだろうか。

     

  だって…だって。

  彼の言葉が、こんなにも嬉しいんだから。

     

     

  慎 「とりあえず…。もうちょっとだけ、このままで居させろ。」

     
     

 「命令してんじゃねェ」と胸の中で言ったけど、説得力は全く無かったように思う。



  彼からすれば、果てしなく遠い空のように、あたしが遠いのかもしれないけど

  反対にそれは、あたしからしても、彼が果てしなく遠いという事が、事実であり現実。

     

  その事実をも彼はずっと前から知っていた。

     
     

      

  ヤ 「もうちょっとでも…このままで居たら…決まっちまうじゃねぇか…」

  慎 「んじゃ、尚更。」

     
     

      

  信じる、信じないとかじゃなくて。

  彼を信じていない訳でもなくて。

  ただ今は、この空の下……このままで。

  もう少しこの胸の中に居たい。

  2人が空に少しでも近付いた事を、真実だと思いたい。

     

      
  それが、あたしの答え。

     

     

     

      
  彼が言う、その果てしない空の向こうで待ってみようか。

  ずっとずっと、長い道のりかもしれない。
     
     

  でも、何だかそれはそれで、いいかって。

  そんな人生もいいかなって、今ならこの空に誓って思えるんだ。

     

      
  何故なら

      

  彼の肩越しから見える涙で潤んだ青い空が…

  いつもよりも…

  こんなにも…

  すぐ傍に感じるんだから。







  END

     
     



   

  いやァ、切ないねー、しかし。←殴
  この当時から切ないものしか書けなかったのか?(知らん)汗
  
  空をイメージして書くssが多い私です。汗
  閉鎖しちゃったけど、purelyを運営して、すぐくらいに…書いたssだったと思います;
  これUPする時、苦情沢山こないか心配だったんだよね;懐かしいざんす。

  慎ちゃんと久美子姐さんが、在学中にくっつくのはアリえないだろうと思っている、そんな私が
  コレ(在学中ss)を書いたのは非常に珍しい。←読むのは大スキだけど、自分が書くとなると別
  
  だから、こんな微妙な終わり方になっちゃったのかもだね;
  けど個人的には、今まで書いたssの中で、まだ気に入ってたりする一つだったりします;
  切なくてごめんネ;

  いつか、続編で。
  卒業後のこの二人を書きたいな。

                         息子@有希