夜明け前に夢から覚めて、煙草に火を点けた。

  銜えた煙草から立ち昇る煙の向こうには、壁に貼られた一枚の写真。

  皆の中心で花の様に優しく、柔らかく微笑む彼女の存在は、いつからか皆にとって癒しとも言える存在に近いだろう。
        
        
  だけど俺にとっては……

  頭を思わず抱え込む。

        

  今日もまた、彼女は俺の心を締め付けては揺らすのだろう。

  どれだけ望んでも、願っても、彼女は俺の欲しい言葉を決してくれない。

  どんなに難しい問題より簡単なその答えを、誰よりも一番理解出来ているはずなのに、出るのは重い溜息ばかり。
        
       
        

  彼女の恋の噂を聞く度、たまらなく胸が痛くて苦しい日々。

  生徒を愛しく見つめるその真っ直ぐな瞳は、俺には罪で

  それでも近くに、傍に居たいと思う自分は、強くない心を隠して、静かに微笑を返す。
  
        
        

  彼女を想う溢れんばかりの儚い想いは、いつかは飾れない恋の思い出に変わるのだろうけど

  向けられる笑顔も、言葉も全部、何よりも失う事が

  今の俺には一番の恐れだから、傍に居たいんだ…。

  
  儚い想いは、君を想う度にまた一つそんな言い訳が増えていく。

        
     





   儚い恋

       

        








    
  あれは、先週の日曜日。
        
  昼過ぎに俺のマンションに現われた普段より―――――

  いかにもお洒落をした仲間達。
        
        


  嫌な予感がし非難しようと体は自然とベットに向かったが、その行動は遮られる事となった。

  勿論、そのいかにもお洒落をして来た仲間達に。
        
        
  俺の返事の有無に拘らず、略、無理やり連れて行かれた合コン。

  それは、想像以上に酷くつまらない場で、元々は顔を出すだけで良いと何度も言った仲間達の約束を果たした俺は

  今度はその仲間達の返事の有無を聞かずその場を後にした。
     
        
        


  冷たい風が吹く夕暮れの川沿い。

  普段に無い様な体に感じる疲労感は、心寂しさと変化し愛しい彼女の事で頭はいっぱいになる。

  だから土手の下でしゃがみ込み、一人川の流れを眺めては溜息を零す

  そのよく知る人物が目に留まった時は胸が高鳴りを覚えた。


        

  でも。

        


  その横顔に一瞬戸惑い、声を掛けるかを正直迷う。

  風が彼女の長い髪を乱し、普段は決して見せない大人の――――――そう、女の顔。

        

  彼女にこんな顔をさせる悩み事。

  それは考えれば大体想像が出来た。

  背後で立ちすくむ俺の気配に気付いたのか、彼女が振り返り――――――笑顔で手を振る。
        
  一転していつもの笑みに変わる彼女にまたチクリと胸が痛くなった。

        

  「どっか行ってたのかぁーー?」

  「…まぁ。ヤボ用。」

  「ふーん。今帰り?」
        
  「……何で?」

  「あたしが質問してんだよっ。」

        


  土手の下で言葉を投げ掛ける彼女が、子供の様に少し膨れながら睨む。

        


  「…何かあった?」
        
  「えっ…な、なな何で?」

  「俺が質問してんだけど。」

        



  明らかに動揺を見せる彼女の相変わらずな口ぶりや仕草に溜息が一つ零れた。
        
  土手をゆっくりと降りて彼女の傍に歩み寄る。

        

  「ココ…お前も気に入ったのかよ。」

        

  静かに微笑んでから彼女の隣に腰を下ろし、そのまま横になった。
        
  目を閉じたから彼女の表情は分からなかったけど、多分すごく優しい顔で笑った様な気がした。

        


  「沢田もココ好きだもんなー。」
        
  「静かだからな。…今日は違ったけど」

  「お前は一言多いんだよっ!」

        


  相変らずの二人らしい会話のやり取りだけど、安堵に似た感情が胸を支配した。

  それからの時間は、たくさんの会話をする訳でもなく、ゆっくりと流れる川のせせらぎを聞きながら
        
  彼女が話す一つ一つの他愛も無い会話に、俺は短く答えを返して、彼女の空気を感じていた。

        
  彼女が傍にいるだけで、吹く風や周りの空気が柔らかで優しいものに変化するから不思議だ。
        
  休みの日に妙な姿で現われた、仲間達に今は心から感謝したくなるのだから
        
  
  俺も案外、単純な奴だと思う。

        
        


  「沢田ってさー…好きな子とか居ないのか?」

        

  突然の彼女からの予想も出来なかった質問に、眉がピクリと無意識に動いた。

        


  「…何だよ。いきなり。」

  「いやぁ、沢田ってさ、そう言う話ししないじゃん。だからどうなのかなぁて思って?」

  「……お前に言っても仕方ねぇじゃん。」
        
  「むぅ…。そりゃそうかもしんねぇけど…。…可愛くねー奴だなぁ。」


        

  それが事実だから仕方が無い。
        
  今、現にすぐ傍でブツブツとスネル彼女を抱きしめたい衝動に駆られている事など
        
  本人はこれっぽっちも知らないのだから。
        

        

  「篠原さんてさぁー…。」
        
  「………。」
        
  「好きな人、いるんだってぇ…。」

        

  ゆっくりと開けた瞳に映ったのは、彼女の酷く落ちこんだ横顔。
        
  彼女にこんな顔をさせるのは、やっぱりあの男せいかと、普通にまた胸が痛みを覚えた。
        
        
        
  「…で、ココで一人浸ってた訳?」

        

  手を頭の下に組んで、夕暮れの空を見上げながら、分かりきっている質問を彼女にする。

        

  「…うっ。お前には、この切ない恋心が分かんねぇんだよっ!」
        
  「例えば?」

  「えっ?例えば!?」

  「・・・・。」

  「うーん、例えばだなぁ…。こう、消えそうな…、儚いって言うか…。」

        

  「儚い…ね…。」
        
  「そう!そうなんだよ!儚いんだよっ!お前に分かるかっ!?えぇ??」

        


  横で力説する彼女にたまらなくなって、無意識に伸びた手は彼女の細い手首をきつく掴んでいた。
        
  今思うと、それは俺の心の悲鳴の声でもあるかの様に―――
        
  もう何も言わないでくれと、願うように掴んだのかもしれない。

        


  「……さ…沢田…?」

  「儚い恋なら、俺もしてる。」

        
  「………へ?」

        

  ゆっくりと体を起こして彼女の手首から頭へと手を運び、ポンと優しく触れる。
        
  風でみだれた髪を優しく直して、耳に髪を掛けると整った彼女の顔立ちが、またハッキリと姿を表す。
        
  キョトンとした大きく開かれた濁りの知らないその瞳と視線を合わせて、彼女に精一杯の言葉を言ってやる。
     
        

  「お前は、儚い恋で終わったりなんかしねーよ。」

           

  俺とは違って―――。



        
        
  彼女への俺なりの精一杯のエールの言葉と、俺自身に向けての、自分に言い聞かす心の言葉。
        
  だけど、やっぱり悲しい微笑が零れた。

        
        

  「んじゃ、また学校で。」
       
  
        


  彼女が何かを言いかけたけど、立ち上がりそのまま振り返らずにその場を離れた。
        
  その場にあと少しでも居たら、溢れそうな感情と理性には、絶対勝てない自信があったから。

       
  ―――それが、先週の日曜日の出来事。
       
        

        




  俺はその日から彼女と視線を合わす事が無意識に出来なくなっていた。
        
  どうにかしなくてはと、もがけばもがく程、溺れそうな心と体。

        
        
  昨日の帰りのHRの時もそうだった。

  普段の皆とアイツの日常会話。
        
  いつもの席、いつもの様に机の上で体を倒し、腕の中で耳に届いた一つの会話。

        


  「ヤンクミってさぁ、いつから髪の毛伸ばしてんのー?」
        
  「え? もう随分前だなぁ、子供の頃からだぞ。」
        
  「ヤンクミ、髪だけは綺麗だもんなぁー♪」

        

  そう…ソコまでは良かったんだ。
        
  ソコまでは許せたんだ。

  同感だったし。
        
  俺も彼女の長い透き通る様な、自然な髪は大好きだから。

        



  「髪だけはって…(怒) でも、切ろうかなって思ってるんだけどなぁ…。」
        
  「なっ…また何で?」

        

  「か、髪の毛が、み、みみ短い方が好きだって言う人もいんだよっ!//」

        



  今までに無い程の嫉妬に心が壊れそうになる。

  彼女の言葉に一瞬教室が静寂に包まれた中、発してしまった言葉。


        

  「…趣味悪ィ。」

        


  静寂に包まれた教室は、嫌な緊張感が包まれた空気へと変化する。

        



  「なっ、何だよ、沢田!?ね、寝てると思ったら人をバカにする事言いやがって!」

        



  当たる所の無い俺は体を起こし机を蹴り上げて立ち上がる。
        
  3Dの皆も一瞬体を震わせたのが伝わった。

  だがその事が俺に少しだけ落ち着きを取り戻させた。
        
        
  小さな深呼吸をして、出かけた言葉を飲み込んでから、教卓に居る彼女に鋭い視線と、一言。

        

  「うっせーよ。」

        
  そのまま後ろの扉から学校を後にした。

        


  「な…何だぁ?アイツ何か腹の虫でも悪ぃのかぁ?」

  「かなり…悪いでしょうね。」
        
  「今のは、かなりだな…。俺マジ怖かったもん。」
        
  「俺も…。あんな慎、初めてたぜ。」
        
  「慎ちゃん…俺、心配。」

       

        




  そして今に至る。

        
        




  「何やってんだか…。」

        




  一人思い出しては髪をクシャリと掻き毟る。
        
  授業にも出る気がしなくて、彷徨う様にやって来たのは屋上。
        
  朝方に夢から目が覚めて、それから一睡も出来なかった。

  いつまでこんな日が続くのか―――考えただけで酷い頭痛に襲われる。


        
  一人ベンチに横になった体に纏わりつく柔らかい風が彼女の事だけじゃなくて、余計な昔の記憶までもを思い出させる。

         
        
        
  幼い頃は、傍に居る全ての人に愛しい感情を抱いていたと思う。
        
  だけどいつからか、大人を見つめる瞳が冷めていた自分。

        
  大嫌いな大人達。
        
  その中でもセンコーの事だけは、誰よりも憎んでいた自分。
        
  汚くて、身勝手で、裏切りは当たり前。
        
  体裁ばかりを頑なに守る生き物。
        
       
        
  だけど、その大嫌いな大人と言う名の生き物に、日々近付く現実。
        
  信頼する仲間達も、俺自身さえも。
        
  考えただけで言いようの無い矛盾が体を支配し、心は益々枯れて行ったあの頃。

  そんな乾いた心に、命の水を注いだ人物が彼女だった。
        
  彼女には本当に感謝している。

  尊敬も。
        
        
 
  でもまさか、その救われた人物に心全てが支配されるなんて―――。

  今でも大人やセンコーは好きじゃない。
        
  一人の女を除いては――――。

  出るのは今日何度目か分からない程の重い溜息。
        

        
  



  吹く風に紛れて、遠くから足音が近付いてくる。

  この足音は――――――。間違いない。
        
        

  「…何で来んだよ。」
        
  呟く様に小さく発した声を掻き消す様に、荒々しく開いた屋上のドア。

        


  「あぁー!やっぱりココに居たぁ!!」

        
  確か今の授業時間・・・・コイツは3Bだった様な。

        
  「沢田ー!!起きろっ!!」

        

  ココで目を開けるのは簡単だけど、今コイツの説教聞く気分でも無い。
        
  朝方に目が覚めて結局は眠る事が出来なかったのは……

        

  「さーわーだー!起きろって」

        

  そう、ギャーギャー目の前で騒ぐこの女のせいな訳で。
        
  このまま寝た振りして場を流そうか。

  そんな考えが頭を掠める。

        


  「……慎。」

         



  …パチ。
        
  思わず開いてしまった瞳。

        

  「おっ?やっぱり起きてるじゃーん。 しかも名前で呼んだら起きるなんて…お前って実は結構単純な奴なんだなぁー♪」

        

  俺の顔を覗き込んでは何処か満足そうにケラケラ笑う彼女。
        
  その笑顔が、俺にはまた溜息に変わる事をコイツは知らない。

        

  「…何だよ?」

        

  開いた瞳に移る、真っ青の透き通った空と彼女の顔が眩しくて―――目を細める。

        

  「何って、お前授業中だろうがっ!!」
        
  「…お前もだろ。」
        
  「あたしの今の受け持つクラスは、自習時間にあててんだよっ!!」
        
  「俺も自習…。」
        
  「3Dは今の時間、現代社会だろうがっ!」
        
  「安藤の授業なんて、自習と変わんねぇだろ。」

  「何をー!?お前、あたしに喧嘩売ってんのかっ!?ええっ!?」
        
  「…まさか。」
        ヤ
  「そ〜だろ!分かれば――― 」
        
  「そんな命惜しい真似するかよ。」
        
  「うっ…!」

        

  サラリと言った俺の言葉に、言葉を詰まらせ不愉快な面持ちで俺を見下ろす彼女は
        
  何処か諦めたのかの様に一つ溜息を零す。

        

  「お前さぁー…。何か怒ってんのか?」
        
  「…は?」

  「いや、最近…あたしに冷たい様な…避けてる様な…昨日のHRも変だったし…。」

        



  避けてる…か。
        
  彼女からすればそんな風に取れる行動なのだろう。
        
        
  ただ傍に居過ぎると触れたくなって…

  抱きしめたくなる衝動に駆られるだけ。
        
  その事を言葉にすれば彼女はどんな反応をするのだろう。

       
  だけど一つだけ分かる事は―――彼女は俺の欲しい言葉はくれない。

        


  「当たり。」

        



  ゆっくりと体を起こして、キョトンとした眼差しで俺を見下ろす彼女と本日初めて視線を合わせてやる。
        
        

  「…えっ。」
        
  「避けてんの。お前の事。」
        
  
  「なっ、何で?あ、あたし、お前を怒らす様な事したかよ?」

  「…別に。」
       
  「じゃ、じゃあ!何でだよっ!?」

        

  お前の事がたまらなく好きだから。
        
  惚れてるんだって言葉を、何度飲み込んだ事か…。

        


  「お前は俺が欲しい言葉は絶対に言わないから。」
        
  「…は? どう言う…ちょ…沢田っ!!何処行くんだよ!?」

        
  「教室。…お前ココに何しに来た訳?俺に授業戻れって言いに来たんだろ?」
        
  「…うっ。…そうだけど。」

        

  「じゃあな」と振り返りそのまま屋上を後にする。
        
  屋上に続く階段を降りようとした時、後ろから彼女が慌てて走り寄ってくる足音が慌しく聞こえた。

        
        

  「言うよっ!!お前の欲しい言葉を必ず言うからっ…だからっ!」

  「だから?」

  「そんな顔すんなよ。…お前にそんな顔されたら、あたし…。」

        

  「何んにも知らねぇくせに、うるせーんだよ!」
        
  「う、うるさいって事ないだろっ!そ、そんな、大事な生徒の顔を見たらほっとけ…」

        

  ――バン!!

        


  彼女の肩を壁に押し当て、言いかけた言葉を止める。
        
  今は生徒だとか、教師だとか、一番聞きたくない言葉なのだ。

        


  「い…痛ったっ…」

        


  一度火が点いてしまった俺の体は、止める術を知らない。
        
  そのまま、きつく彼女を抱きしめていた自分。

        

  「お前が…好きなんだよ。たまんねぇくらい」
        
  「///…なっ!?えぇ?ちょ…///」

        

  きつく抱きしめた腕を解き、彼女が叫ぶ事が出来ない様に深いキスを落とす。
        
  彼女の手が俺の肩を強く押して引き離そうとすればする程、益々熱が入る。

        
 
  どれくらいの時間熱いキスを落としてたのか―――。
        
  合わせた唇を離した瞬間、彼女が壁に背を任せたままズルズルと力なくその場にしゃがみ込んだ。 

        

  「儚い恋なんかで…終わらせたくねぇんだよ」     

        


  俺を見上げる潤んだ瞳を刹那に見下ろしながら静かに伝えた言葉は、初めての本音―――儚い想い。

  言葉を失くす彼女を一人残して、校内へと続く階段を下りた。



        
        






  「あれぇ…?珍しいじゃーん。お昼寝タイムから、お帰りなんてさっ。何かあったー?」
        
  「…別に。うるさいのが来ただけ。…俺、帰るわぁ。」

        
  「ふーん」
        
  「何だよ?」

        
  「なら、余計にお帰りはありえねぇのにと思ってさー。」
      
  「これからは、ありえる事かもな…。」

        



  彼が去った後、3D皆が揃って重い溜息を零したのは言うまでもない。

  それから30分後…。

  ダダダダッ―――バッタン!!
        
  勢いある足音が聞こえた瞬間、授業中3Dのドアが荒々しく開く。

        
        
  「な…何事です…か?や、山口先生??」      
  
  「ヤンクミ…何、泣いてんの?」

        

  息を切らしドアの前で立つ、真っ赤な瞳をした彼女に、教室に居る全員が声を失くして固まる。

        

  「…もう、あたしにも何が何だか分かんねぇんだよっ!! うっ…ヒック…ヒック…何で、何で居ないんだよぉ…。」

        

  その場にいた生徒は皆が心で呟いた。

  『なるほど』 と。

        

  「ヤンクミー♪」

        

  俯き子供の様に泣きじゃくる彼女が、ゆっくりと顔を上げる。

  「アイツのお気に入りの場所、知ってる??」
        
  3D皆がニヤニヤと意味有り気に期待に溢れた、何とも嬉しそうな悪戯な笑みをした顔を彼女に向けている。

        

  「し、知ってるに決まってんじゃんかっ!!」

       


  嵐の様に現われた、皆が心から愛する担任は、嵐の様に3Dを走り去ったのだった。

        

        

      

        










  ココはやっぱり落ち着く。
        
  吹く風も何処よりも気持く感じて、そして何よりもこの静けさが――――――。

        

  「沢田のバカヤローーー!!」

        

  キーン。
        
  耳に痛い位の甲高い声に現実に一気に呼び戻される。

  眉間に皺を寄せ、瞳を開けるとソコには想像もつかない程の顔をした女。

        

  「…何、泣いてんの?お前。」
        
  「南にも同じ事…言われたよぉ…沢田のバカ…ヒック…ヒック。」

        

  泣かせたのは…事実。
        
  こんな顔をさせたかったんじゃないんだ。

        

  「…悪かったよ…」

  「違うっ!!謝って欲しいから来た訳じゃねぇ!!」

        


  怒っているのか、泣いているのか…正直困惑する。

        


  「お前の気持を知っても…今日が…明日が変わる訳でもねぇ…ツ。」

        


  ほら…。

  やっぱり彼女は俺の欲しい言葉はくれない。
        
  そんな切ない考えが頭を過ぎった時――――――。

        

  唇に優しい感触が触れ、体に微かな重みが寄りかかる。
        
  それは紛れもなく寝そべる俺に彼女がキスを落とし、学ランをギュウと握り締め抱きつく華奢な体なわけで。

        

  
  「今までで一番…訳、分かんねぇ行動なんだけど?」

        

  何とか冷静さを保っているが、言い様の無い程

  鼓動は酷く激しい。

        
        

  「自分に必死で問いかけても…何が正しくて、何が間違ってるのかも…もう、分かんなくて…ヒック。」

  「・・・うん」

  「でも…今なら…お前が答えをくれる様な気がしたんだ…。」

        
  「…答え?」

  「自分の気持に正直に生きろって…ヒック…お前が言った…ヒック。」

  「・・あぁ。お前が教えたからな、俺に。」

  「だから…言うけど・・・」

  「…ん。」

        


  「心の奥で気付きたくない事、本当は気付いてる…ヒック。  でも心に感じてしまったこの想いを…大事に…したいんだ…ヒック。」

        




  これは夢でも、幻でも、幻聴でもないんだよな

  そんな考えと一緒に目頭が熱くなってくる。

        


  「…ん。…それで?」

  「あたしも…儚い想いで…儚い二人でなんて終わらせたくねぇよ。」

        



  彼女の体に腕をゆっくりと絡め、震えそうな声を落ちるかせるため一つ深呼吸をする。

        




  「終わらせねぇよ。」

        





  ―――それが答え。

  言葉を詰まらせながら、胸で泣きじゃくる彼女をきつく抱きしめて、強く答えを告げる。
        
  それと同時に俺の瞳からも優しい涙が一滴零れた。

        

        



  移り行く季節を感じながら、この汚れない微笑を守って行きたい。
        
  つのる想いは昔も、今も、これからも、止まる事を知らなくて―――。
        
  だけど今はその事が、幸せに感じる。

        

  まだまだ、壊れやすくて、消えてなくなりそうな、そんな儚い二人だけど、終わらせたりなんて絶対しない。
        
  見知らない未来に脅えていた、心を枯らしていた時の自分ではないのだから。
        
        
  彼女が安心するなら、何度でも恥ずかしい、ありふれた言葉をたくさん伝えよう。
      

        






  ココは時を刻む安らぎの場所。
        
  会話さえ途切れたままの二人に、優しい川のせせらぎが、これからの二人にエールを与える様に柔らかい音を奏でていた。  

        

        

  夕暮れの風に変わったそんな頃

  花の様な優しい眼差しで、彼女はその手を俺に確かめる様に差し伸べた。   

        


  儚い恋は、終わりのない恋へと―――。
        
  切れる事のない、二人の堅い絆へと今変わった。

         
        



  END


   



  以前運営していたpurelyから。

  睦月様にキリリクで書かせて頂いた作品。