『ただ、見えるもんも、見ようとしねぇだけだろ?』
人の言葉に左右されたのは随分久しぶりの事だった。
もう少し第二の白金生活を味わってみるのも悪くないかもしれないと思ったのは
彼女に興味が沸いたとか、引かれたとか、そんな事じゃなくて。
――ただそこには本当に、光る星が存在したから。
あの時、何の躊躇いも恥じらいもなく、俺を希望の光だと指差して笑った彼女。
「まじ、バカじゃねぇの。」
だけど。
たまには、上を向いて歩いてみるのも悪くないかもしれない。
不覚にもそう思ってしまったのも事実なわけで。
頬にあたる夏の終わりを感じさせる夜風が、なんだかとても心地よかった。
不実、不確実 C
近い未来、白金学院に続くこの並木道をまた歩く事になるなんて思ってもみなかった。
第一、本来ならば通らなくてはいけないこの時間に、此処を歩く当時の自分の姿が想像できない。
白金学院の朝の光景とはこういうものだったのか。…と、この歳になって改めて
いや、今更になって知ったりで。
そこに通う自分自身に不思議な感覚に襲われ、不実でいて不確実のようなそんな朝に、彼は一人小さく笑う。
何故なら、そんな事を考えながらも進む歩は今日も確実に白金学院に向いているのだから。
2学期に入ってすぐに赴任してきた頃は、校内を夏服で行き交う生徒を多くみかけたものだが――――。
今ではすっかり黒の学ラン姿を見慣れていた自分。
少しは此処の生活にも慣れたということだろうか。
前を行く名前も知らぬ生徒達の背に思わず苦笑した。
バタバタバタバタ…!!
「さーわーだー先生ー!」
朝からバカがつくほどに大声で叫びながら、背後から忙しく駆け寄ってくる気配。
こんな人間は俺の周りには一人しか居ないわけで……
自分の名を呼ぶその声の主を、考える間もなく理解出来た。
――今日は遅刻じゃねぇじゃん。
進める歩はそのままで、心で相手に嫌味を言う。
久 「ハー。ハー。ハー。お、おはようございます!」
慎 「……。」
乱れた息を整えながら、当然のようにして隣に並んで歩き出す同僚。
いや先輩になるのか。思っちゃいねぇけど。
こんな朝にも違和感がなくなってきたのだから、いい加減俺もヤバイかも。
歩きながら見上げた木には、まだ染まりきっていない、もみじの葉が揺れていた。
その曖昧な色はまるで今の自分と似通うものを感じて。
………思わず出た溜息。
ソレに誘われかのように、一枚の葉がヒラヒラと彼女の肩へと舞い落ちてきた。
久 「ん?……あ。」
慎 「……。」
久 「もみじって、紅いものだとばかりと思ってた。」
慎 「……。」
久 「へへへ。何だか得した気分。ラッキー」
そう言いながら、指で摘んだもみじの葉を自慢げに歩きながら見せる。
そんな相手を横目に、俺はただ一言。
慎 「ガキレベル。」
久 「んなっ///!?…そっ、それより沢田先生!挨拶は基本ですよっ!生徒に示しがつかないじゃないですかっ!」
慎 「……。」
久 「朝は笑顔で元気よく……って、オイ、聞けよ!」
慎 「朝っぱらから、うるせぇんだよ。」
久 「ハァ…ったく。これじゃ、ウチのクラスの奴等の方が、よっぽと出………あっ!!!!!」
―――よっぽど「出来てる」とでも言いたいのだろうか。
いやいやいや…。
冗談だろ。
いくらなんでも笑えないその冗談は、彼女が受け持つ3D生徒数人の顔を
脳裏に浮かび上がらせるには十分なわけで、思わず首を横に振り払い消し去る。
こちらのそんな複雑な心境を無視するかのように、当の本人はと言うと、「噂をすれば」と付け加え、
笑顔に花を咲かせると少し前を行く、だらしなく着こなす制服姿の生徒達目がけて駆け出す始末。
それはまるで、子供が母親の背中を見つけた時のようで。
―――アイツらはアタシの夢だ。
ビシッと人差し指を俺に向けあの時、笑った山口。
慎 「夢ねェ……。やっぱガキ。」
保健医といっても、俺にとっては教師とは変わりないことで。
まして白金のなら尚更で。
センコウの仲間入りなんてやっぱり耐えられそうにない。教師なんて御免だって。
そう思ってたけど。
そう思ってたはずなのに。
でも――。
なんかわかんねぇけど。
慎 「おもしれぇんだよなぁ。」
立ち止まり誰に向けるわけでもなく、地面に向けてボソリと零れ落ちた言葉。
ソレが本音なのかと今更になって思い知らされ、自嘲の笑みを浮かべる。
――理由は多分――。
ポケットに仕舞った両手はそのままで、足元にあった視線だけをゆっくりとまた元に戻すと
両手を広げながら駆け出す彼女の背中が、朝の太陽と逆行して、眩しくて思わず目を細めた。
その瞬間、今脳裏に浮かび上がりそうになった言葉は、徐徐に慣れていく目のように消えてなくなり、現実の世界へと引き戻したのだった。
久 「お前ら、おっはよーーーーっっ!」
南 「うゲッ」
野 「朝っぱらからヤンクミかよ。」
久 「コラ!お前らは愛する担任の教師の顔見て、なんて顔すんだっ!?えっ、南―!?!」
南 「誰が愛するだよ!?誰がーっ?!」
熊 「ヤンクミ、おはよう。」
久 「おう、クマおはよ♪ ほらっ、オ・マ・エ・ら・も!」
南&野 「「 チーース 」」
内 「ウッス。」
慎 「ハ…。」
―――まじかよ。
3Dの奴等が挨拶?教師に?しかも担任に?
つか、ありえねぇだろ。
少なくとも、俺等の頃では全く考えられない……。
それから暫く満足そうに生徒達とスキンシップ……というよりは、
まるで生徒達の方から担任である彼女に触れていっているような気がするのは、俺の気のせいだろうか。
思わず頭を抱えて考えてしまいそうなその光景に眉を潜め、暫く呆然と眺めていた。
そんな俺の気配に気付いたのか。
それとも何かを勘違いしたのだろうか。
面白そうな笑みを浮かべる面々に気付いた時は既に遅くて。
南 「何、ナニー?ヤンクミ、今度は年下の保健医に目つけたとか??」
久 「は?」
熊 「え?!ヤンクミ、保健の沢田と出来てんのー!?」
久 「ばーか!あたしには心に決めた篠原さんという人が……って、オマエラ何言わすんだっ///」
野 「つか自分で勝手に言ってるだけじゃん。」
久 「う、ウルサイ//」
野 「ってぇ!!」
ポカリと野田の頭を叩き頬を染める彼女からは、あの日の夜に出会った人とは別人のようで。
どちらが本当の彼女なのか問いたくなる。
内 「おい、気つけろよ!」
久 「わっ!?」
当然、グイと彼女の腕を引っ張り声を張り上げたのは、内山だった。
しつこくからかう野田と南に、必死で抵抗する彼女が傍を通る自転車に気が付かなかったのだ。
でも何か――。
何処か今の言葉に違和感を感じる――。
「気つけろよ」と言ったのは、彼女に目がけてではなく、まるで友人の彼等に言ったようで。
慎 「まさかな。」
一瞬脳裏に浮かび上がりそうになった事を寸前で消し去り、
その小さく零れた言葉が誰にも聞こえていなかった事に安堵した。
久 「あ……悪ィ、悪ィ。」
内 「相変わらずどんくせぇからなー。ヤンクミは。」
久 「一言多いんだよっ、お前はっ」
内 「てか髪の毛、ボサボサ。何ソレ?」
久 「あ、朝、時間なかったんだよ!でも内山はホントいつもお洒落さんだなーっ」
内 「鷲尾みたいになってからじゃ、出来ないからなァ。」
久 「あはははは、言えてる…って、オイ、内山、失礼なこと言うんじゃないっ!」
内 「いってぇ!いちいち叩くなよっ」
南 「今、一番ウケてたよな?」
熊&野 「「 ウンウン 」」
内 「仕方ねぇからホームルームでやってやるよ。」
久 「ホント?助かるーーー!じゃ、後でな。」
内 「オウ。」
久 「お前ら、遅刻すんじゃねぇーぞ。」
「「「「 ヤ ン ク ミ も な 」」」」
久 「余計な事を言うんじゃなーい/// 返事ーっっ!!」
逃げるように「へーい」と声を揃えて学校に向かって走り出した生徒達。
だがその中の一人が、走り出した足を止めると、もう一度振り返ったのだ。
内 「あ、それから、そこの保健の先生ー。」
久 「ん?沢田先生の事かー?」
慎 「普通に名前で呼べよ。」
内 「じゃあ、コレからは慎ちゃんで。」
慎 「は?」
内 「名前、沢田慎ってんだろ。」
あぁ、あの時か。
額に貼られた冷えぴたを押さえながら、乱暴に記録帳にペンを走らせた時に俺の名前を見たのだろう。
内 「何?この呼び方気にいらねぇ?」
慎 「興味ねェから別に何でも構わねェよ。」
内 「てか、お前もホント変わったセンコウだよな。」
久 「ぷぷぷ。言えてる…。」
慎 「お前の事も言ってんのが分かんないのか?」
久 「狽ヲ!?」
慎 「で?何だよ」
内 「んー…まァ、さっきのことだけど。」
―――さっきの?
そう問いかけようとした時、彼は何を思ったのか笑顔でウィンクを作ってみせると唐突に言ったのだ。
その瞳の奥では確かに真剣で、熱いものが存在して。
内 「案外そうでもないかもよ?」
振り返り片手をヒラリと上げると、先を急ぐ三人を小走りで追いかける。
その背中を見つけながら一瞬思考回路が遮断されたが、正常に戻った俺は案外冷静にその言葉を受け入れられた。
どちらかというと、そっちの方に驚いたくらいだ。
慎 「へェ。」
久 「なんの話しだ?」
慎 「……。」
久 「おい?」
慎 「別に。」
何事もなかったようにまた歩き出すと、納得のいかない顔付きで相手も一応並んで歩き出す。
今まではこんな朝にも、変わった山口の行動にも、皆が合わせてやっているんだとばかり思っていた。
けど何故か……。
そんな彼女の傍は居心地が悪くないのだ。
生徒も教師も。
そして、俺も?
俺のペースではなく、彼女のペースに乗せられてここまでやってきたのかもしれない。
――今のアイツら(3D)のように。
その事実を、内山は気付いていたのだろうか。
慎 「俺、喧嘩売られたかも?」
久 「だ、誰に!?」
慎 「…なんとなく。」
久 「はぁ?何だソレ」
慎 「……。」
久 「でも、まァ、アレだ!売られた喧嘩は男なら買わねェと。」
なんかわかんねぇけど。
おもしれェ理由。
それは多分――。
久 「あっ、もうこんな時間!職員会議始まっちゃう!走れ!」
また太陽が逆行して眩しくて思わず目を細める。
細めた目の先で映った、必死になって駆け出す彼女の背中に向けて、諦めに近い笑みが静かに零れた。
そう。
―――眩しいのは太陽のせいだけではないようだ。
その光に向かって自分も走り出す。
そして追いついた山口の横で嫌味なくらいに、俺は一言。
慎 「望むところ。」
久 「そうこなくっちゃ。」
それがどういう意味で、何故そんな言葉を言ったのか、本人でさえも理解出来なかったけど
でもその言葉に、相手が意味を取り違えて、全く会話が成り立っていなかったけど。
―――何だかその時は、それでいいと思った。
何故なら。
彼女に初めて会った日を思い出させるような、相手のその自信に満ち溢れた笑みが
忘れかけていた感情を思い出させるように、ワクワクとしたような気持ちで一杯だったから。
二人が目指す直ぐそばで、朝の始まりのチャイムが鳴り響いていた。
NEXT
忘れられら頃に書いてみたり…(滝汗)
しかも、自覚したのか、していないのか、まだ微妙な段階です。素直にごめんなさい。
でもココからやっと書きやすく、なったかもだなァ★(どっちだ)
えへへへ; またウッチーかっこよくなっちゃったネ。ヒイキ万歳?←殴
でも、基本は慎久実で進めていくので安心して下さいね。笑
次回は、慎ちゃんを3Dの自習監督させるのが目標デス。
問題は……
つい名前を出してしまった、篠原さんをどーしてくれよう(爆)
お戻りはブラウザバックで;