夕暮れの太陽と、放課後の教室を吹き抜ける風。
そして――――――逆光。
揺れるカーテンの向こうで見え隠れする、解かれて自由になった髪をなびかせる、彼女の後姿。
窓の外には果てしなく広がるオレンジ色した街並み。
教室を出ようとした俺に、背を向けたままの彼女が落ち着いた声で言った。
「大人は汚いことをするかもしれない。」
知ってる。そんな事は。
もう騙されないと、誓ったから。
「でも大人は汚いんじゃねぇ。」
言い切るようにして少し強くなった口調に、あの時、何故彼女の言葉の続きを待ちたくなったのかは、分からない。
ドアに背を任せる形で、もう一度窓際に立つ彼女の背中を見つめた。
・・・・眩しい・・・・
そして、彼女が言う。
「ただ…世の中の事を知りすぎただけ。」
まだ無知に近いガキの頃。
例えば海の青。
例えば空の青。
その先には何があるのか―――――。
俺達の知らない無限の世界が広がっていると、馬鹿正直なほどに信じていた。
明日だけしか見えなかったあの頃が、時々妙に懐かしい。
何か大きな忘れ物を思い出すかのように、そのしなやかな背中と、その言葉に目を細めた。
「あたしはそう思う。」
逆光の先でくるりと振り返っては、揺れるカーテンの中でただ真っ直ぐに、ただ悠然と微笑む彼女に
俺の中で、不確かに証明された、彼女への想い。
「同じだな。」
「え?」
「俺も今日から、そうやって思うように決めたから。」
その言葉に彼女は大人の顔で微笑んで、また背を向けると、
「アイツラ待ってんだろ」 揺れるカーテンの中で、手をヒラヒラと振った。
―――不確かに証明された想い。
それは、とても心地が良かった。
だから、それが俺なりの精一杯の答えであり
その時の精一杯の表現だったのかもしれない。
不確かと確かな日常
あの日の放課後、不確かに証明された彼女への想いが、やがて鮮明になることは、俺の中では時間の問題だった。
宣戦布告とも取れる、彼女に想いを寄せる大人達へ向けた言葉に嘘や偽りはなかったが、
勿論映画のようなハッピーエンドが待っている訳でもなく――――――。
俺は彼女にとって大事な大事な一生徒に過ぎない
それ以上にも、それ以下になることさえも許されない
そんな笑えない現実が待っているだけだった。
だけど、それは冷静に考えれば解ける、簡単な答えだったわけで―――――。
彼女をよく知る者、彼女にひかれ、惚れた男なら、
ましてそれが彼女の生徒なら、簡単過ぎて―――――――・笑えない答え。
このどうにもならない、遠く果てしない彼女との距離を、それでも必死でもがく自分。
「好きだ。」と呟いても、彼女の心をかすりもせず、ただそれは流れて――そう、それはただの独り言。
それを もどかしく感じたり、そんな時間を愛惜しく感じたり、昨日よりもまた彼女を好きになったり
けど、ただ そんな時間を大切に感じる俺は――甘い夢を見ているのだろうか。
あの日、不確かに証明された想いは、今日も行き場をなくして
零れ落ちる静かな溜息だけが、その笑えない事実を確かに物語っている。
それは不確かで、でも確かな日常。
「慎」
「……。」
「し〜んってば。」
「…ん?」
「最近溜息多くねぇ?」
「そうなのか?」
「…別に。」
「別にじゃねぇよ、さっきからずっと窓の外みて上の空だし。なぁクロ?」
「まぁ慎が一人で物思いにふけるのは、今に始まったことじゃねぇからな。」
「確かに」と傍らで苦笑する学ランに袖を通した金髪の友と、
その向かいに座る、少しは落ち着いた髪色に戻した友が、レンズの奥で呆れたように笑う。
「そう言えば…」
「ん?」
「あの女。名前何だっけ?」
「ハ?」
―――――あのオンナ。
「……………ヤンクミ。」
少し間を置いてから、うっちーの変わりに返答した俺に対し、向かいに座る友は意味ありげな視線を向けた。
「何だよ?」と言葉に出すわけでもなく、レンズの奥の瞳にソレを問う。
「つーか、そこらへんのガキより元気なんじゃねぇの。なぁ、慎?」
「…あぁ、そうかもな。」
「ふーん」
「何でだよ?」
言葉に出さない俺の問いを、せっかちな彼が変わりに聞き出す。
その興味有り気な顔を向ける友に対し黒崎は静かに笑うと、サングラスを外してテーブルに置き
視線を窓の外の夕焼けに、眩しそうに移した。
それにつられるようにして、俺とウッチーも夕焼け空に視線を移す。
意味のない少しの沈黙。
「こんな夕暮れだったよなぁ…。アイツに思いっきりココ殴られた日ってサ。」
苦笑いしながら右の頬を人差し指でさす彼に、つられて俺達も懐かしげに笑う。
確かにこんな色した夕暮れの日だったように思う。
そして、あの日の放課後―――――――
忘れ物を取りに言った教室。
揺れるカーテンの中で、大人の顔して微笑んだ担任の顔が同時に脳裏を翳めた。
「そんでもって…」
「ん?」
「慎がらしくねぇ事言ったのも、あの日。」
「らしくねぇ?慎が?」
「…………。」
「…と言うと?」
「厄介なオンナだぜ。」
「ハ?それが?」
「…ふっ。」
理解不能な顔付きでテーブルを乗り出してまで問う、うっちーの行動に、黒崎がクククと可笑しそうに笑う。
その曖昧な行動は、ウッチーの機嫌を損ねるには十分だったようで
慌てて、「ワリィワリィ」と謝罪するも、その堪えきれなく零れる彼の笑みは、ウッチーの眉を更に過敏に顰めさせた。
暫しの時間が流れた後、落ち着きを漸く取り戻した黒崎が一つ大きく深呼吸する。
「何かサ、印象深いっつーか。」
「いや、だから、意味わかんえぇし。」
「クロ…言いたいことあんならハッキリ言えよ。」
「じゃ、言わせてもらうケド」
「?」
「・・・・・・・・・・・。」
「センコーでも、教師でも、アイツでも、なかったじゃん。 お前が言った言葉は、厄介な―――。」
――――――オンナ。
「……。」
「アイツの事をオンナって言うヤツは、3Dの中で慎だけなんじゃねぇの?」
俺にとっては十分過ぎる彼のその説明は、 ウッチーにはイマイチ話の筋が読めないモノなわけで。
俺はポケットに手を突っ込み、沈む夕日に視線を戻して、今日何度目かの溜息を深く零した。
「そうかもな。」
「お?認めるんだ。」
「あん時から・・・・・・・・・オンナとして見てるから。 アイツの事。」
腕を組み首を傾げていた隣に座る友は、やっと事の状況を把握し
大口を開けたまま驚きを隠せず、言葉に詰まったまま俺を凝視し固まる。
――――――無理もねぇか。
「コレで満足か?」
「大満足。」
「ちょ、ちょっ―――。何2人で話し進めてんだよ?!」
「たまには、こういう話しも悪くねぇんじゃね? 少しはそのウゼェ溜息も減るかもしんねぇし。」
「なぁ、ウッチー」と、悪戯な満面の笑みでそれを問う彼に、何処か気抜けしたウッチーも心底呆れたように笑ってから一つ頷き
「お前は唐突過ぎんだよっ!」と、黒崎の頭を一発叩いて、また大声で笑った。
店内には、決してガラの良く見えない青年達の笑い声が、暫く響いていたことは言うまでもない。
「つーか。」
「あ?」
「みんな暗黙の了解だし。」
―――ハ?
その言葉にアイスコーヒーのストローを銜えたまま一瞬思考が止まる。
「普通わかんだろ。」
「まぁ当然だわな。」
「わかってねぇのは、本人と相手のヤンクミくらいだろ。」
「見るからに鈍そうだもんなぁ」
「お前がいきなりソレを口にするから、俺マジびびったし」
「そりゃあ、ワリィことしたなぁ」
「まったくだぜ。」
―――2人のやり取りに思わず頭を抱え、出た言葉。 それは。
「つーか、話しが読めネェ。」
「読めネェのは、コッチだっつうの。」
「ハ?」
「何で今日登校日なのに来なかったんだよ?」
「…………。」
「何があったか知らねぇけど、らしくねぇことしてんじゃねぇよ。」
真っ直ぐな瞳。
それでいて、心配と、少し怒りが篭った瞳。
言葉は不器用で荒いかもしれないが、その真っ直ぐな瞳を向けられると、自分の落ち度を感じさせられる。
「…ホントらしくねぇよな。」
夕暮れの町並みに視線を戻し、独り言のように呟いた俺の言葉に、
「あぁ」と、2人の親友は苦笑いをして小さく頷く。
「何やってんだか。」
「あぁ」 2人は、心底脱力感を感じさせられる同じ返事を繰り返した。
――――それは明日から夏休みに入るという、終業式の日のこと。
「…わだ!沢田!!こら起きろ!!」
まだ曖昧な思考の中を、ものすごい剣幕で身体を揺らす人物。
声の主は深く考えなくとも、理解出来た。
机の上に突っ伏した身体をダルそうに起こし、視線だけを彼女に向ける。
「…なんだよ。」
「何だよじゃねぇよ!」
腕を組み何故だか不機嫌さ丸出しのその姿に、溜息一つ。
「何やってんだよ、お前?」
「ソレはコッチの台詞だ!!」
「放課後の教室で昼寝をするなとか、規則があんのカヨ。 つーかワリィ?」
「悪くねぇよ!!!!」
「…お前さぁ、言ってる意味が全然分かんねぇ。」
「あたしが言ってるのは―――!」
「…?」
「お前プールの授業に一回も出てなかったんだってなぁ―――!?」
「ハ?」
言葉の途中で、それを打ち消すのように大声で怒鳴る彼女。
この女は、馬鹿か?
「…あのさぁ。」
「な、何だよ?急に真剣な声出しやがって…!」
「俺が楽しそうにプールの授業受けるヤツだと、オマエ本気で思ってんのか?」
「―――っ!」
「…。」
「…それはだなぁ。」
「…・。」
「…ありえねぇ。」
「んじゃ、そういうことで。」
立ち上がりその場を立ち去ろうとした瞬間、ガシッと腕を掴まれ睨み上げる相手。
今更ではあるが、その教師らしくない行動を取る目の前の女には心底呆れて、溜息を深く零してから
もう片方の手で髪をかクシャリと掻き毟った。
「つーか何、この手?」
「何処行くんだよ?」
「帰るに決まってんだろ。」
「違う!あたしが聞いてんのは、お前はココで何してたんだよ!?」
ココで寝てれば、お前に会える気がした。
会いたかったのだと言えば、コイツはどんな顔をするのだろう。
「別に…寝てた。暇つぶし」
「ったく、明日から夏休みだってのに…お前は相変らずだなぁ。」
―――だから、待ってたんだよ。 このアホ。
二人だけの教室と、会えた嬉しさと、左腕の柔らかく温かい重みにどれだけ動揺しているか―――。
平常さを失わないように、どれだけ心がけているか―――。
いい加減気付けよという気持と、いい加減やめたいという気持。
簡潔に「好きだ。」の一言を伝える手段も思い浮かばない、そんな事さえ分からない
ただ囚われた心を、静かに見つめる毎日。
―――情けねぇ。
少し前まで、全ての大人や教師の言葉を認めたくなくて、耳を塞いでいたのに
今では彼女の声が聴きたくて、傍に居たくて、愛しくて。
狂ってる。
「…あ。」
「?」
「今、沢田暇なんだよな?」
「暇じゃなくなった。」
「何でそうなる?」
「ただ、何となく。」
「却下。」
「今、選択権があんのは俺だろうが、普通。」
「お前の選択権は、全部あたしにあんだよっ」
「・・・無茶苦茶。」
チャプン。
そして連れて来られたのは、校内にあるプール。
プールサイドの掃除を無理やり教頭に任せられ、一人困っていた――――らしい。
それの矛先が、俺かよ。
プールサイドに腰を下ろし、ジャージの裾をたくしあげて足を浸からせては波打つ水面を、柔らかい笑みで一人喜ぶ彼女の横顔。
何が楽しいんだか。
そう思いながらも自分まで微かに微笑んでる。
掃除も適当に済ませ、陽気にケラケラ笑う彼女は、水面を子供のようにただただ蹴って遊ぶ。
「お前さー…。」
いつにない彼女からの真剣な声に、意味なく鼓動が早く鳴ったのが分かった。
言葉を探しているのか、それとも選んでいるのか
見下ろす彼女の横顔が少し曇ったように感じ、傍らに静かに腰掛けた。
「明日から夏休みはどうすんだ?実家帰んのか?」
「帰らねぇ。」
「……そうか。」
「けど、顔見せに帰るくらいのことはするつもり」
「えっ―――!?」
「…なんだよ?」
「い、いや、・・・あぁ、そうかー!そうかぁー沢田ー!」
心底安心したように微笑む横顔は、胸に響くほどに和みを与えてくれた。
早く鳴った鼓動はやはり意味がなかったが、この微笑みを独り占め出来るのは悪くない、と
それからの時間は一方的に喋る彼女に対し、俺は小さく相槌を打ちながら、幸せの一時を噛み締めていた。
「沢田と、こうやって2人でゆっくり喋るのって、あの日の放課後以来だな―――。」
まさか、彼女からあの日の事を、会話に持ち出すなんで思ってもみなかった。
だから、なんとなくあの日の事を聞いてみたくなったんだ。
「大人は汚いんじゃねぇ。ただ、世の中の事を知りすぎただけ…て」」
「え?」
「クロの事があったあの日、お前が言ったアレってサ―――。」」
「…。」
「お前自身はどうなわけ?」
コレは汚い質問なのだろうか。
沈黙に耐えられなくなって、「やっぱりいい」と付け加えようとしたその時、彼女が口を開いた。
「あの日の夕焼けの色は忘れないと思う。」
今の答えは、質問と答えが違っているように感じるのは気のせいか?
「沢田もそんな難しい顔すんだなー。」
言葉に詰まった俺に彼女が嬉しそうに笑う。
そんな彼女に一言「うっせぇよ」と付け加えると、舌打ち一つに、睨み一つが返ってきた。
「世の中の事を知りすぎただけって言うか―――。」」
「?」
「子供の頃に見えた夢とか希望みたいなものが、ただのガラクタみたいに見えたりさ、
そんな大人が増えたことは現実だし、事実なのかもしれねぇ…。」
「…で?」」
「あたしは、そんな大人にお前達にはなってほしくねぇ。」
「……。」
「それだけ。」
「……。」
「今が辛くても嫌いでも、今のこの時間は一生戻ってこないんだから…サ。」
今のこの時間は一生戻ってこねぇ…か。
それは一時の衝動に駆られたと言えば、説明はつく。
「…ヤンクミ。」
「ん?」
彼女が振り向いた瞬間、唇を寄せていた自分。
解かれた彼女の長い髪の毛から香る、甘く切ない香りに胸は一杯一杯だった。
理性なんてものは何処かへと飛んでいた。
「…ワリィ。」
震える彼女の肩が指先から伝わり、彼女の表情を確認する事が出来なかった。
普段「好きだ」と呟いても、彼女の心をかすりもせず、ただそれは流れて ――そう、それはただの独り言。
その大事な独り言さえも、伝えることも、呟くことさえも出来なかった。
俺は何をやっているのだろう。
それから彼女には夏休み一度も会っていない。
「ガキの頃ってさ馬鹿みたいに何も考えないで楽だったよなぁ―――。」」
窓の外をぼんやりと眺めていた俺に、黒崎が言う。
それに便乗するように、うっちーが言った。
「明日だけしか見えなかったなー。 つーか時々そんな昔の自分が妙に懐かしいカモ。」
――――思い出した。
あの日の放課後、彼女の背中と、あの言葉に目を細めた理由。
それは、ガキの頃みた夢のような、何か大きな忘れ物を思い出したかのようで―――。
「そういやぁ、アイツ。」
「……。」
「今日プール掃除させれられるみたいだぜ。」
「マジ!?だっせぇ」
「大石とかがまた窓ガラス割って、それの罰だとかなんだとか、教頭の野郎が言ってたなぁ。」
「変わんねぇなー。てか、どっちもどっちか。」
「つーか、アイツラみんな逃げたし。」
「その場に居たら俺も逃げるな。」
「だろ?」
「当然だろ。」
「今頃、一人でやってんじゃねぇの?」
「…最悪。」
「何で沢田は来てねぇんだー!って、関係ねぇ慎の名前叫んでたし。 そりゃあ、みんな大爆笑。」
―――ガタン!
「つうか、ソレを早く言えよ。」
ニシシと笑ったウッチーと、意味ありげに笑ってサングラスをかけなおした黒崎。
財布から適当に掴み出した札をテールブルに置いて、小さく息を吐いた。
「俺決めたから。」
「おせぇよ。」
「過去とか未来とかじゃなくて、今を大事にしてみることに、決めた。」
「それこそガキの頃みてぇ。」
「そうだな」と笑った俺に、2人もつられて笑うと手をヒラヒラと振る。
その仕草はまたもや、あの日の彼女を連想させた。
店を後にした俺が向かう先は一つ。
「何て言おうか」 そんなちっぽけな考えなどはもう無かった。
とりあえず彼女に会いたい、今なら、会えばきっと答えが見える気がした。
陽もすっかり暮れプールサイドには灯りが照らされている。
グッタリと腰ける彼女は、足音に気付き俺の姿を確認すと睨みつける。
それは、まるで俺が来ることを分かっていたみたいに。
とりあえず彼女の傍に歩み寄ると、彼女は立ち上がり俺と面と向かった。
夏の終わりを感じさせられる夜風が2人の間を吹き抜ける。
少し焼けたか。
「薄情モノ〜〜。手伝えよぉ!」
「いや俺関係ねぇし。」
「でもちゃんと来たじゃん。」
「……。」
「……沢田。」
「?」
ドン!!!
―――ザッブーン。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
気付けばプールサイドには仁王立ちの彼女の姿が居て
俺は何故かプールの水の中に蹴り落とされている始末。
「あ、明日から遅刻したり、休んだりしたら、口聞いてやんねぇからなっ―――!」
「……。」
久々の彼女の声が心に沁みる。
「お前が休んだら、あ、あ、あたしは、色々と、その―――ややこしい!!調子がでねぇっ!」
「教師の言う台詞かよ。」
「へんだ、ザマーミロ。」
「でも」
「あ?」
「それは困るカモ。」
「?」
「口聞いてくれねぇのは困る。」
「そ、そうだろー! そうだろぉ、沢田ー。聞き分けがいい子になったなぁ―――。」」
「ヤンクミ」
「あ?な、な、何だよ?」
「この間―――。」
「あ、謝るなら、ああういう事は、すんじゃねぇぇ―――!!!」
一人悩み考えていたのは、俺だけではなさそうだ。
見上げるその彼女の瞳には薄っすらと涙が溜まっていて。
この1ヶ月、俺は彼女にどんな想いをさせていたのかと考えると、胸が痛い。
「悪かったよ。」
「うっ。何で、あ、あ、あんな事―――!」
「……。」
「お、お前は馬鹿だっ。」
「そうだな。」
「へ?」
「もう引かねぇから。」
「ちょ、ちょ、こらこら、一人で話しを進めるなっ。」
「あ、ヤンクミちょっと。」
「ん?何だ―――?」
グィッ!!
――ザッブーン。
水面に近付いた彼女の隙をついて、腕を引き寄せた。
「な、な、何するんだよーっ!?あ〜あ〜びしょ濡れ…」
「ザマーミロ。」
「なっ―――!」
まだ無知に近いガキの頃。
例えば海の青。
例えば空の青。
その先には何があるのか。
俺達の知らない無限の世界が広がっている…と、馬鹿正直なほどに信じていた。
「ガキの頃さー。」
「へ?」
「何んにも考えないで、ただ真っ直ぐに生きてた自分が居たんだよな。 あの頃は、毎日が明日だけしか見えてなかったように思う。」
水の中で彼女が薄く目を細めて小さく頷く。
「馬鹿みてぇに真っ直ぐだけど、あの頃の自分が最近羨ましく感じる時があってサ。」
「…うん。」
「お前見てると―――。」」
「ん?」
「何かスゲェ大きな忘れ物を思い出した時みてぇに、あの頃の事をよく思い出す。」
過去よりも、未来よりも
俺は現在を、大切にしたい。
「俺、この間、ココで言ってないことがある。」
「ななな???駄目〜〜!言うな!ぜ、ぜぜ、絶対後悔するぞ!」
そう。彼女はもう気付いている。
不確かではなくて、コレは確か。
後悔なんて―――。
「しねぇよ。」
するワケがない。
そんな、ちっぽけな想いなら、こんなにも胸が苦しくないハズ。
「お、お前はやっぱり馬鹿だ―――。」
「そうだな。」
「………。」
「だから、そんな馬鹿にはいい加減ウンザリなんだよ。」
今伝えないで、いつ伝えるのだ。
この想いは、止まることの知らないものだということは、とっくの昔に気付いていた筈。
「お前が好きだ。」
「そ、そんなハッキリと//」
「それだけは、確かなんだよ。」
不確かな日常の中にある、確かな事。
確かな想い。
「お前が確かでも、あ、あたしは、不確かなんだよ。」
「それでいい。」
「確かなことになるのかも…ヒック、分かんねぇんだよ。」
「…泣くなよ。」
涙がポロポロ零れ落ちる彼女の傍に、水面の中ゆっくりと歩み寄る。
「誕生日おめでとうの電話も出来なかった。」
それは反則の言葉だろ。
キュウと胸がまた嫌になるほどに締め付けられる。
「胸が苦しくて、息が詰まりそうだった。」
「…。」
「生徒なのに…。」
「…。」
「不確かなことだらけなのは、あたしの方じゃんよ…ヒック。」」
俺の誕生日の、その日を彼女は覚えていてくれたなんて。
両手で顔を覆い泣きじゃくる彼女に、腕を伸ばし抱き寄せた。
この腕の中に居るのは、確かに彼女。
「今言ってくれるんなら問題ねぇじゃん。」
今はまだ男とか、恋人かとかの甘い響きではない二人でも
彼女の傍にいる権利を、彼女が俺に与えてくれるなら――――――俺は。
「18才おめでと…沢田。」」
「…サンキュ。」
加速する季節。
偶然なんてものを期待したりする毎日なのかもしれない。
でも、だけど、だからって。
不確かな日常の中にある確かな事を、諦めようともこれっぽっちとも思わない。
ただ
彼女の不安や迷いを、少しずつ埋めていけたら―――と、今はそればかりを思う。
今の一瞬一瞬をを大切にするような、そんな生き方をしたいと思う。
その先は、またそれから考えればいい。
今はただその瞳が離れてしまわないように―――。
時に不器用で、意地っ張りで、愛なんて言葉を知らないような二人だけど
1歩進んで止まって、また1歩進んで止まるような、そんな二人でもいいから、ゆっくりと、そう、アナタの時間が許す限り。
俺は彼女の傍に居る。
END
以前、運営していたpurelyから。
お世話になっている、エス様に書かせて頂いた、慎久美SSです。
リク内容は、「苦悩する慎」と、切ない「片思い」だったような・・・。汗
しかも某焼酎に書いてあった言葉を軽く参考にさせて貰った作品です;
焼酎好きな方には分かるかも;← パクんな。
B−PEAでの公開を機会に少し手直してみました;
成長しなくてすみませんー。(泣逃)