いつからだろう。

  気付けば一人の生徒のマンションを、意味もなく訪れる事が多くなっていたのは。

      

  ――――やっぱり夏休みかな。

      

      
  ほぼ無理やり押しかける状態で来ては作る料理。

  それと同時にアイツから必ず零れる溜息と、何時もの冷めた不満の声。

  でもその後は黙々とテーブルに並べられた、寧ろ料理とは言えないものを口に運ぶアイツの姿。

  そんなアイツの姿を満足そうに眺めては、自分も同じように口にする。

  コレと言って多くを話す訳ではない。

  話すと言っても一方的にあたしが喋るくらいで・・・・

      

  あ、でも任侠のビデオをだけは、さすがのアイツでも一緒に見てくれないなぁ。

      

  だけど必ず一定の距離の範囲で傍に居る―――静かに本を読むアイツの横顔。

  急に現れては急に帰るそんなあたしに、いつの間にか渡されていたアイツのマンションの鍵は、

  あたしん家の鍵と一緒のキーホールダーにぶらさがっていて――――。

  その渡された鍵を使った事は未だ一度もないけど、キーホルダーにぶらさがるそのキラキラ光る鍵は、不思議と違和感はなかった。 

      




      
      
  そんな夏休みも終盤を迎えた、ある日の夕方。

  「もうすぐ新学期か・・」 祖父の使いで出掛けた帰り道、悠長な事を考え歩いている最中に振り出したどしゃぶりの雨。

      
  そう―――雨だけなら良かったんだ。

  バケツをひっくり返したような雨でも、雨だけなら我慢が出来た。

  この世の終わりを感じさせられる程に恐ろしい、あの雷鳴と稲妻さえ遭わなかったのなら。

      
  この時期特有の夕立というヤツに襲われて何故か駆け込んだアイツのマンション。

  だけど初めて使った鍵で開いた扉の向こうには、いつもの見慣れた住人の姿が見当たらなくて――――――。

  薄暗い部屋に差し込む稲光に耐え切れない恐怖を覚えたあたしは、震える指先で携帯を鳴らした。

      
       
  「沢田、助けて。…怖い。」

      
      
  両手の平で耳を押さえながら半ば玄関先でうずくまる状態で言った言葉は、何とも情けない声だったと思う。

  数分後、荒々しく開いたドアの音に大きく身体を震わせて、恐る恐る見たもの。

  ソレはあたしに負けないくらいびしょ濡れで、息を切らしては帰って来たアイツの姿。

      

  訳も分からぬまま涙が頬を伝った。

      
      

  濡れた衣服でアイツの身体は酷く冷たかったケド、あたしの震える心に沁みこむように何か温かいものが流れた。

  その時初めて分かったんだ。

 

  あぁ、あたしコイツに抱きしめられてんのかって。

      
      

  「本屋で立ち読みしてたら、時間忘れてて……悪ィ。」

      
      
 
  それなのに何故アイツが謝って、言葉にならない感情に支配され、声にならない情けない自分からは、何度も頷く事しか出来なかった。


      

  トクン。トクン。トクン。トクン。

  思ったよりガッチリした胸から微かに耳に届く鼓動。

  優しくて、でも何処か激しく熱いその音は、自分の鼓動と重なり、なんだかとても心地の良い響き。

  眠たくなるような、心底落ち着くような―――そう、このままずっと聞いていたいような音。

      
      

  「お前の心臓も…あたしに負けないくらいに、うるさいぞ?」

      

  唐突のあたしからの問い。

  顔を胸に埋めたままだったからアイツの表情は見えなかったケド、少し驚いたように何処か言葉を探しているようだった。

      
      

  「この状況で当たり前だろ。」

  「何でだ?」

  「聞くか普通。」

  「…あ、もしかしてお前って…」

  「……。」

  「実は雷苦手だったりか?」

  「馬鹿かお前は。」  



   
      

  今でも考えさせられる時があるんだ。

  何であたしは、沢田に電話したんだろうって。

  何で家の連中に迎えに来させなかったか、子供の頃からそんな日は必ず電話したのに。

  今でもソレは分からない。

      
  でも一つだけ分かる事は。

  心から思う事は。

  あの時電話したのがアイツで良かった。

  
  人前では見せない涙を彼に知ってもらって、なんだか良かった。




          
          

         

   秋景の片隅で…。 その行方



              
         






         


  「今、ココに侵入者はなかったかー!?」

     
      






  突然の荒々しい招かざる客に教室内は一瞬嫌な空気が流れたが―――。

  第一声のその理解不能な言葉を受けて、呆れて気抜けしたように皆が言葉が上手く見つからない。

      
      

  「ハッ!?」

  「し、侵入者!?・・・・・ですか、教頭?」

  「一人の男を捜してるんですが・・ハァハァ。歳は山口先生くらいで・・ハァハァ。」

  「だ、誰もココには来てませんケド?」

  「いや、ココに来たはずだっ!」

  「な、何で言い切れるんですか!?」

  「ココが3Dだからだ!」


      
  意地でも「居る」と決め付けるその傲慢な男の態度に、治まった筈の苛立ちに似た感情がふつふつと

  教室内の彼方此方から沸き上がる。

      
      
  「しつけぇよ…居ネェつってんだろ。」

  「おっとと行きやがれぇ!」

  「授業の邪魔だっつのー!目障りー!」

  「そうだそうだー!」

  「幽霊でも見たんじゃねぇのー?」

      
  「ゆ、幽霊だとーーーー!?!!?」

  「ヤンクミ…そこビビんねぇで流せよ。」

  「…はい。(良かった;)」」

      
      
  「私の目に狂いはなーーーーい!」

     
      
  教室内に足を踏み入れ、机と机の隙間を縫って尚、眼光を輝かせては調べる男の背を

  担任である彼女が必死で追うようにして止めに入る。

      
      
  「ちょ、ちょっと教頭ー!今からウチのクラス授業なんですよっ!!」

  「今はそれどころじゃないんですよ!!」

  「そ、それどころじゃないって!?」

  「第一授業なんかしても、3Dは意味ないっしょ?」

     
       
  カチン。

  相変らずの挑発的な言葉に、生徒ばかりか担任が先頭になって戦闘態勢に入ったその時だった。

      
      

  「侵入者ならココにおんで。」
      
      
      


  聞き慣れた関西弁の女性の声が、危うく始まりそうになった乱闘騒ぎを何とか食い止めさせた。

  全員の視線が一気にドアの前で立つ白衣を着た保険医に集中する。

      
      
  「か、川島先生…今なんと?」

  「保健室で寛いでるトコロを発見したから、事情聞いてココに連れて来てん♪」

  「本当ですか!?川島先生!!」

  「で、奴は今何処に!?」

  「あんたや、ヤンクミに用があって来たんやって。 ホラお目当ての人物やったらココにおんでー。」

  「へ?」

      



  廊下を覗き込みながら手招きし、何処か楽しそうに侵入者とやらを保険医が呼ぶと、

  そこにヒョッコリ現れたのは、どう見てもガラが良いとは言えない身なりをした、体格のしっかりとした持ち主の一人の男の姿。

  少し恥ずかしそうに頭をポリポリと掻き毟りながら、一度教室内をグルリと見渡し、最後に一人の人間に視線を定めたのだ。

      
      
  「誰?」

   
  熊井が漏らした問いに、「さぁ?」と、側に居た仲間達が揃って首を同じ方向に傾げる。

     
      

  「…ヨウ!久美子。」

    
      

  ――――――久美子???

      
      

  聞き間違いでなければ、今、目の前に居るこの男は我等が担任のことを名前で呼んだ。

  しかも意味ありげな、呼び捨てで。久美子と。

     
      

  「んあぁぁぁああーーー!?」

  「でっけぇ声。」

  「な、な、な、何で、お前がっ。健一がココにーーっっ!?」

     
       

  ―――――――健一????

     
      

  聞き間違いでなければ、今、我等が担任は、この男の事を名前で呼んだ。

  いや、問題はそんな事よりも、この二人が知り合いだという事実は、免れない事のようだ。

  その事を確信した生徒達は、普段なら3Dをまとめるリーダの顔色を伺い事の進む道を決めるところなのだが、

  今回ばかりは後ろを振り向く事さえ恐ろしくて―――

  絶対に出来ない。

     
      

  「や、山口先生コイツと知り合いなんですかっ!?この問題児と!!」

  「えっ!?えぇっぇー!?」←パニック。

  「問題児はないんじゃね?仮にも一応卒業生なんだからよ、3Dの。」

  「そ、そ、そそ卒業生って!?お、お、おおおお前がココの、し、し、白金学院のかー!?」

  「そう♪」

  「そ、そうって!?んな簡単に・・!!」

  「驚くことか?俺がココの卒業生だってことに。」

  「・・・・・・・・!!!」

  「・・・・・・・・・・・」

  「冷静に考えると、お、驚くことでもねぇか。」

  「だろ?」

  「うん。」

      
      
  「山〜口〜先〜生・・・・・・・・・・・・(怒)」

  「な、納得してる場合ですかーー!!」

  「あぁ!す・・すみませぇん(汗)」

  「第一コイツとどういう関係なんですかっ!?」

  「ふ、古い友人です!お、お、おお幼馴染みたいなものです!!」

    
      
  「そんでもって、コイツの昔の男。」

      
      


  爆弾発言投下。
 
      


  ザワ。  

  最大級な爆弾発言投下によって、教室内が瞬時にどよめくが、 これと言った言葉を誰も吐こうとはしない。

  いや、吐けなかったのかもしれない―――。

  今までに感じた事のない程の険悪のオーラが、一番後ろの一人の生徒から放たれているだから。


      
      
  普段は中々当たらない予感というもの。

  昼休みに感じた直感的なモノ最悪な場で当たるのだから理不尽であると4人は心底思っただろう。

  今までにない教室の空気を察したのか、慌てふためく担任。


      
      
  「か、勘違いすんなぁー! 1ヶ月も付き合ってねぇのに男として見れねぇだろが、普通!」

  「でも1ヶ月は付き合ったんだ…。」

      
     

   ――バチン!!ボン!!ドコッ!!

   熊井がボソリと呟いた言葉に、周りに居た仲間達からの熱いツッコミが炸裂する。

     
      
  「酷っでぇ言い方。」

  「う、うるさい!お前がこんな所で変な事を言うからだ!ココでは誤解を招くことを言うんじゃねぇ!!」

  「あ、何だぁ♪ココじゃなかったら良かったってことかっ。」

  「…なっっっ///」 

      
      
  彼女を覗き込むようにして、からかい口調でソレを問う男。

  そんな余裕のある相手の態度に、耳まで真っ赤にさせた本人は言葉を詰まらせ動く事さえ出来ない。

      
      
  『ヤバイ・・』

  生徒の皆がそう感じた時だった。

      
      
  ガターン!!!!

  教室中を震えさせるその音は、机を蹴り上げて立ち上がった予想通りの一人の生徒から放たれたもの。

  その瞬間、生徒の全員が心で呟いただろう。 「キレタ」と。

      
      
  「さ…沢…」
      
  「あんたさ、コイツに用があって来たんなら他の時にしてくんね?」

  「へー。珍しく授業受けようとする奴がいるとわなぁ。」

  「……。」

  「何か俺、間違ってることでも言ったか?」

      

  「コイツの授業意外興味ねぇよ。」

      
  「あ…ははは。……なるほど。分かりやすい説明だことで。」」

     
      

  誰も口を挟めない二人の会話。

  寧ろ入り込もうとする人間は誰一人居ない。

     
      

  「け、健一、てことだから、あ、あたし授業中なんだ。悪いけど今日のところは帰ってくれないか?」

  「おう、分かったって。まぁでも噂では聞いてたケド、お前がマジでセンコーやってるとは正直驚いたわ。」

  「お、女、山口久美子に二言は無ぇ。」

  「じゃあ、簡単にはセンコーを辞めてもらえねぇかナ。」

  「当ったりめぇだ!誰がこんな天職…て。―――へ?」

      
      

  最悪の事態


      


  いくら鈍い彼女でも、ある程度の言葉意味は把握出来たようだ。昔の男なら尚更だろう。

  男のこのプロポーズまがいな言葉には、さすがに3Dの生徒も眉を過敏に顰めた。

  彼女は3Dになくてはならない存在なのだ。

  ソレを奪い取ろうとするヤツは誰であっても許す事は出来ない。

      
      

  「天職は教師だけじゃねぇよ、お前の場合もっと相応しい家業があんだろ。」

  「あ、あのぉ、そ、ソレって、もしかして…///////!!?!」

  「まっ、改めて大江戸一家にも申し込みに行くから、そん時は宜しく頼むわ。」

  「え、お、おい!?!」

      
      
  「じゃ」と軽く手を上げて教室を後にした男。

  最後に意味ありげに3D生徒達と、そして今のやり取りをズボンのポケットに手を仕舞ったまま一番後ろの席、

  未だ立ち上がったまま監視していた男に、自信あり気な嫌な笑みを見せた。


      
  「や、山口先生!!!何の話しですか、今のは!?第一家業って…あぁあ!もしかしてっ」

  「あ、はい; アイツんところも、あたしと同じ…そ、その・・家業で。」」  

  「・・・・・っっっっ」

     
      
  ―――――――――バタッ!!

      
  血相を変えた教頭が余程のショックだったのか、その事実を聞いて、ついにその場に倒れてしまった。

   
      
  「き、教頭ーー!?」

  「教頭先生ー!?」

  「あーあ、当分は立ち直られへんやろうなぁ、教頭。」

  「な、何でですか?とうにアイツ卒業してるんでしょ?」

  「教頭だったんですよ…。嘗てあの問題児を受け持った教師は;」

  「えぇ!?」

  「頑張って必死こいて卒業させた生徒が仮にも…あーあ、あたし知らんで;」

     
      


  パタン。
 
      
     
  鷲尾と保険医である川島が、教頭を抱えながら保健室へと去って行く際に閉めた扉の音が虚しく響く。

  教室内は静寂に包まれ、何とも気まずいよな空気が溢れんばかり満たしている。

      
  「コホン」と一つ小さく咳を吐いた担任が、ゆっくりと教卓に向かって自分を落ち着かせる為に小さく深呼吸をした。

      
      
  「あ…っと、え〜っと。」

  「おい。」

  「は、はい;」 

      
      
  どちらが生徒か本気で考えさせられるような、二人のやり取り。 

  何故かビクビク小動物のように怖がる担任の姿に、深い溜息を零した彼は椅子に腰を下ろす。 

      
      
  「さっさと授業始めろ。」

  「え?…あ、うん。」

  「出来ねぇかのよ?」

  「そっ、そんなんじゃ…ねぇよ。」

  
  「お前の頭の中はそれどころじゃねぇもんな、あの元彼の事で。  しかもこんな公衆の面前で、一生に関する事を言われたんだもんな?」

  「・・・・・っっ!///////」

      
      
  彼のズッシリと重い言葉に教室内に緊張が走る。

  こんな冷めた口調で担任に言葉を投げ掛ける彼の姿を見るのは、彼女がまだ教師になりたての頃だったように思う。

     
      
  「し、慎!!」

  「慎ちゃん、落ち着いて…」

  「冷静になれっ。」

  「そうだよ、そんなキツイ言い方しなくたって…」

      
      
  「お前ら全員補習な。」

      
      



  ―――へ?

   
      



  教室全体に伝えた彼からの静かな指示。

  その彼の一声は、理解するのに皆には少しの時間がかかったが―――。

  何処からともなく零れた笑い声は、除除に教室の嫌な空気を浄化するように回復し、

  次第に歓声となって教室を飲み込み、一転柔らかい空気へと変化する。

  その事に気付いていないのは、今の時点で教卓でこの笑い転げる面々を目の当たりにして、困惑を隠しきれてきれていない我等が担任だけであろう。


     
      

  「そういう事なら、任せろって」

  「行ってらっしゃい♪」

  「慎、頑張れよ!」

      
      

  静かに笑った彼が歓声の中、ゆっくりと立ち上がる。

  そして教室内の皆に視線で「頼むな」と一言伝えた後、最後に彼の視線が斜め前に座る親友に向けられた。

      
      
  「なるようになるんだろ?」

  「あぁ、派手にやるこったな。」

  「何だソレ。」

  「どう転ぶかだろ。」

  「何度でも転んでやるよ。」

  「そりゃ頼もしいことで。」

  「俺………行くわ。」

  「おう。」

 
      

  ゆっくりと教卓に居る彼女の元へと歩き出した彼は、もう何の迷いもない表情をしていた。

  ソレが普段の彼よりも悔しいことに、もっと格好良いと、皆が感じただろう。

  何が何だか分からないまま腕を引っ張られては、無理やり連れて行かれる担任のその姿を、皆が笑って手を振り見送った。

      
      



  2人を心から祝福してやれる日は―――。

  そう遠くはなさそうだ。

     

     

     

      

      



 ■■■










  きつく掴まれた腕を引っ張られて、連れて来られたのは体育館を過ぎた裏庭。

  無理やり放そうと思えば簡単に出来たけど、彼の横顔が今までにないくらいに、真剣で厳しい顔付きをしていたから、その手を放す事が出来なかった。

  いや、正直に言えば放してはならないような、そんな気が不思議としたのかもしれない。

      
      
      

  ガシャ、ガシャ、ガシャ


      
      


  「ちょっと!さ、沢田、何処行くんだよっ!?」

      
      



  やっと開放されたと思えば、裏庭に設置られた校内と外を仕切る柵を彼は登り、いとも簡単に向こう側へと渡りきったのだ。

      
      

  「…さぼり。」

  「さ、さぼりって!?」

      
      


  網越で交わされるやり取り。

  焦るあたしに対して、彼は今日も何を考えているのか分からない態度。

      
      
  「じ、冗談言ってねぇで戻れ!」

  「これが冗談に見えるカヨ。」  


     
  パニックを通り越し、ついに限界地点まで到達したのだろうか―――。

  今度は理解不能な苛立ちがフツフツと湧き上がってくる。


      

  「もう、訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇ!!」

  「お前さ。」

  「な、何だよ?…いきなり真剣な声だして。」

  「アイツと付き合ってたんだ。」

  「・・っ・・!/// んなことは今、か、関係ねぇだろっ///」

      
      


  ガシャン!!

  言葉が上手く見つからなくて、網の向こうに居る彼に詰め寄る。

      
      

  「否定しねぇのな。」

  「お、お前が聞くからだろ!そ、そ、それより早くコッチに戻れっ!!」

      
  「まじ…こたえた。ソレ。」

  「ふぇ?」

     
  「お前には、男とか今までいねぇとか思ってたから、油断してたのかもしんねぇ。」

  「あ、あたしだってなぁ、付き合ったヤツの一人や二人は―――。」

      
  「問題はソコじゃねぇだろ。」

  「う;」   

  「まじで惚れんのは俺くらいかと思ってたから。」

  「ば、バーカ。なめてもらちゃぁ困る!…て。えぇぇ!?//////」

  「遅せぇよ。」

  「…っ//」

  「何でこんな女に惚れたんだか。」

  「・・・むっ!!」

     

 
     

  コイツ―――。

  何なんだ、この余裕を思わせる態度と、人を馬鹿にしたような言い方は。



    

      

  「あの日さ。」

  「へ?」

  「俺の部屋でうずくまって泣いてるお前見た時、悔しいのと嬉しいのとで、自分でもよく分からなかったんだよ。」

  「…い、言ってることの意味が」

  「一人で泣かせたってのと、でも俺のトコロに電話してきてくれたってことと……お前は俺の感情乱すの得意だから。」

  「ど、どどど、どっちがだよっっ!!第一、ひ、人をそんなことで得意扱いするなぁっ!」

     
   
  「でもさ、お前の胸の音ずっと聞いときてぇって思ってた。」

  「…あ。」

  「何?」

      
      
  ―――――あたしと一緒だ。

      
      
  「な、何でもねぇよ。」

 
      

  網にしがみつくあたしにゆっくりと歩み寄って来た彼。

  その瞳は今までにないよな―――――何かを必死で訴えるような切ない瞳。

  吸い込まれるようにその瞳を見ていたら、網にしがみつくあたしの指を己の同じものとで絡める。

      
     
  「…///!?」 

  「前から言いたかったんだケド。」

  「へ?」

  「一言でいいから―――。 心に感じたことそのまま言葉にして欲しいんだけど。」


      

  網越しの真っ直ぐ過ぎる彼の視線を何故だか逸らす事が出来ない。

      
         


      
  「慰めも言い訳も、いらねぇ。」




        

      
  胸が痛い。

  この胸の痛みは今日に始まった痛みではない。

  何度も何度も、この理解不能な痛みに襲われて、心を迷わしたケド、振り返ってもソコに答えはなくて―――。

      
    
  

  あ。




      
  あたし泣いてるのか。

  今はじめて気付いた頬を伝う自分の涙。

  でも何故、こんなにもたくさんの涙が零れるのか―――。


  この涙は何の涙?

  悲しい涙?それとも―――。

      







      

  沢田、本当はもう分かってるよ。














     
      

  たった一言で二人の世界が変わる。 

      
      





      

  「あ、あたしは―――。」

  「………。」

      




      
      

  瞳を逸らすよな、やましい気持じゃない。 

  報われなくても、この気持だけは間違っていないと信じている。

  本当はずっとそう自分自身に言い聞かせてきたんだ。

  そしてソレを、忘れるようにしてきた。

  今までは。

      



      

  人前で見せない涙を彼に見てもらって良かったと感じたあの日から―――

  あたしの中では何かが変わり始めていたのかもしれない。






      
  行き場がなくて、溢れてくる自分の矛盾と、尽きない想い。

  そして何よりも踏み出す勇気がなかった、心にある想いを、今開放しもいいのだろうか。

      
      




  お前はもう解放してやったんだね。







     
  網と網の隙間から重なり合う二人の指は、次第にどちらからともなく強く握り返される。

  伝えたい言葉があるケド、涙がどうしようもなく溢れて―――。




      
  心に思った事 ――― 「ソッチに行きたい」

      
      


  「来いよ。」

  「…え? てか、聞こえてんのかよっ!?」

  「は?」

  「…何もありません。」


      
  「お前なら簡単に上れんだろ。」

  「あ、あたしは仮にも女だぞ!こんな柵上れる訳が…」

  「今更言うか普通。」

  「お前、嫌なヤツだな。」

   

      

  彼の言葉に自然と溢れた笑み。

  柵に足を掛け、ゆっくりと一番上まであがると風がやけにリアルに感じた。



      
      
  ポケットの手を仕舞ったまま、柵にいるあたしを見上げる彼の強い眼差と視線が絡み合う。






      
  「こ、これで断る理由出来たよ。」

  「……。」」

  「す、好きな奴が居るからって…その…言って…みたり。」



      
      

  最後は消えてなくなりそうな情けない声だったけど、それは精一杯の言葉。







  仕舞った手をポケットからゆっくりと出し、両腕を広げて待つ彼。

  その表情は溢れてくる涙のせいで視界が崩れたけど、きっと優しい顔して笑っているんだろうという確信があった。


      


      
  あの学ランの胸の中に飛び込むのか。

  そう考えると何だかくすぐったいような、ただ可笑しかった。






      
      

  フワッ。




  
      
  それはスローモーションみたいだった。

  彼に受け止められた胸の中は、やっぱり思ったより広く逞しいもので。

      
      





  「簡潔に、男が出来たに変えろ。」

 








      
  夕焼け色に染まった季節のはざまにあるオレンジ色した町並み。

  そんな枯れ葉散る夕暮れを二人で歩きたい。

      
  何気ない通学路の光景の中にある小さくて、見落としそうな月日の流れを寂しく思うような普段の町並みを

  いつもの調子で「幸せになろうな。」なんて言ったりして、彼と歩きたい。

      

      
  それが言える相手が、あたしにはすぐ目の前に居る事を忘れていた。 

 






      
      
  限りなく広がる秋景の片隅で、優しい風が吹く中、想いが通じ合い確かめ合うようして抱き合い

  そしてキスを交わす二人の姿がココには在った。

      

   



       


  END

                  

                

         







                                             

                                                       


  以前、運営していたpurelyから。
  はる様にキリリクして頂き、書いた慎久美ss。
  少し手直ししました。

   
  リク内容は、

  在学中、密かに想いあってる二人。
  でもお互い気持ちを伝え合ってはいなくて、そんなときに久美子の元彼登場。
  4人の愉快な仲間たちも巻き込んで一騒動あって、それをきっかけに付き合い始める二人。
  告白はどちらからでもお任せします。

  「元彼を登場させるーーー!!?」と、なんとも萌えなリク内容に意気込んで書いたのを覚えております; …出来はともかく。(笑泣)

  
  お笑い気味で進んでしまう癖は大阪人の血です。(違)