胸に残る愛の言葉は消えないもの。

   雨の降る夜に痛いほど感じた愛・・。

   「愛してる」と何度も耳元で優しく囁いた彼の言葉に、答える事の出来ない自分から幾度も涙は頬を伝った。



   いつからだろう。
          
           


   いつも気が付けば側に居る彼の存在が、特別の様に胸の中で大きくなっていたのは・・。

   

   あの頃、今までがむしゃらに走って来た教師生活と自分の夢。
  「全員揃って卒業!」

   心に決めた夢が現実に叶うその日が近付くにつれ、寂しくて苦しくて心細くて・・

   そんな矛盾だらけの自分が嫌いだった。

   誰にも言えない、誰にも決して見せたくない自分。弱い自分。


           

   なのに、三日三晩降り続く雨の夜、どうして彼のマンション近くまで足を運んだのか・・

   公園前で立ち止まり帰ろうと振り返ると、ボロボロに傷ついた彼と出会ってしまった。

   いつも強くて真っ直ぐな彼の瞳は、何処か弱くて切なくて・・それは何だか今の自分の瞳を見ているようで。

           

   だから・・あの暗い部屋で抱きしめられた時、突き放せなかったのかもしれない。




           
   彼の優しさが沁みた夜、彼の熱い胸に甘えた。




           

   朝の柔らかい光を受けて、彼の胸で目が覚めた時、隣で眠る彼は大人に近付く青年の優しい寝顔。

   目頭がまた熱くなって気付かれぬようにそっと拭い、彼の寝顔を眺めながら自分に答えを求めた。



           

   深く悩みもせず結論・・答えを出すのは早かったと思う。

   置手紙に一文字一文字思いを込め、震えた指先で文字を並べた。

   余計な言葉は決して書かずに。


           

   彼の待ち受ける光り輝く未来、あの時に出した答えは正解だったと信じたい・・信じてる。

   部屋を出る前、眠る彼の唇に触れるだけのキスを落とすと一滴の涙も一緒に零れ落ちた。

          
          

 

           

   人気もまだ無い慣れた通学路を、涙が零れない様に上を向いて歩く。

   潤んだ視界の中に、色を付けていない寂しい桜の木々が映っていた。



           

   その日からの彼らしい行動。

   何も聞かず、触れず、普段と変わらず何かとあたしを助けてくれた。

   彼が残した日に日に淡く消え行く痕を、一人鏡に映しては声を出さずに泣いた。


           

   卒業式のあの日、去って行く彼の背中が、あたしに向けて優しく笑ったように感じた。

   その時に初めて、出した答えは正しかったのだと思えたんだ。


           

   どうしようもなく悲しい時、つらい時。 

   あの日、近付いた肩で彼が言ってくれた・・「分かるよ」



   どうしようもなく欲しかった言葉を優しく与えたくれた事を思い出す。

   彼はいつも、あたしの欲しい言葉を必ずくれた。

   桜が咲く季節の事だってそう・・「見ような・・桜」

          

           

   寂しいあたしの嘘に、彼の見え透いた嘘が重なって・・・

   吐く息は白かったけど、心はとても暖かかった。




           
   『 彼があの日、あの時代に思い描いた未来に、今立てていますように・・。』



          
           

   桜が咲く頃いつも思い出すのは彼の存在。

   散り行く花びらを見ては何度も願った。

   それは多分これからもずっと・・あたしの願い。





           



   優優。 後編・恋桜





          



   休みの期間中は鳴り響かなかった携帯電話に、今年初めての出動命令が出され、

   受け持つ生徒が起こした喧嘩騒動の仲裁に入るため大急ぎで出かけたのは、

   正月番組にも、おせち料理にもそろそろ飽きてきた・・1月4日の事。

   卒業を前にして大きな問題にならなかったのは本当に幸いで・・

   あたしは安堵感とソコか来る疲労感を抱き家路を急いだ。


           

   白金学院を行き来する道中にある、ごく普通の並木道。 

   4月になればココは鮮やかな桃色の桜並木と化する。

   次に受け持つ生徒を迎える頃、それは見事に色を付ける・・それは年に一度のお化粧みたいに。


           

   (今年で3度目か・・。)


          

    初めての生徒を受け持った・・期待を胸いっぱい膨らませ見上げた桜がとても綺麗で

   今もその優しい色が鮮明に記憶に残っている。




           

   ヤ 「嘘つきやがって・・。」



           

   白い息を冷えた手のひらに吐きながら一本の木を見上げ、懐かしい顔を思い浮かべ一人呟く。



   アイツがあたしに付いた初めての嘘。

   アイツがあたしのために付いてくれた嘘。

   けど、あたしもあの時、嘘を付いたんだっけ?



           
   まだ蕾も付けていない寂しげな桜の木を見上げ、一人の男を思い描き悲しい微笑が零れた。





           



           





   ヤ 「またかよ・・」




           

   外まで響く賑やかな男達の威勢の良い笑い声に、思わず零れた深い溜息は虚しく消えて行った。

   祖父を訪ねてまた誰か新年の挨拶に来ているのだろうと確信した。

   正月の派手な酒盛りは毎年の事・・客が来れば尚更。

   そしてそんな訪れた客一人一人に、あたしが挨拶をするのも毎年の事で、正月の絶対的な行事の一つになっている。



           
           
   ヤ (何度目だっつーの。・・・・・たく)



           
           

   座敷の大広間の前で肩を落とした後、眼鏡は外し服と髪を軽く整て、笑顔を作り直してから部屋に足を踏み入れる。

   瞬間。あたしは、頭の思考回路が完璧に遮断される事になる。

   何の前触れも無く現われたのだ・・・桜の木を見ては嘘つきと呟いたあの男が。




           

   慎 「・・よう。」




           

   酒盛りしながら祖父や家の連中と親しげに喋り、笑い、大盛り上がりするその光景に、

   思考回路が完璧に遮断されたあたしの頭は全然付いて行かなくて・・力を失くした体は、その場にペタンとしゃがみ込むしかなかった。




           

   慎 「忘れた訳?俺の事。」




           

   少しの沈黙の後、意地悪な笑みを向ける彼を力なく見る。

   癖であったその髪を掻き毟る仕草を見て、やっと幻や幽霊では無い事が理解出来たのだった。




           
   ヤ 「わ、わ、忘れる訳ねぇじゃん!・・で、でも!な、なな何で!?」

   慎 「帰って来たら一番に顔見せに来いって言ったのは、オマエ。」

   ヤ 「か・・・・・帰ったァ?」



           
   祖 「わざわざ挨拶に来てくれてなァ、せっかくだからコッチからお誘いしたんだ!許される歳になったんだもんなッ!」

           
           

           
   オチョコ片手にご機嫌そうに言う祖父に笑う余裕なんて全然無くて

   自分でも理解出来ないような気持が体全身を支配され、膝の上で拳を握り締める。




           
   ヤ 「ふ、ふざけんなーー!!何だよ・・いつもいきなり現われて・・。

     いきなり遠くに行くし・・いつも、いつもビックリさせやがって・・。それに・・」




           

   「嘘つきだし・・」とは、さすがに言葉をグッと押し込んで胸の中で小さく呟いた。




           

   テ 「お、お嬢!な、何も怒らなくても・・」

   実 「そうですよー!せっかく顔見せに来て下すったのに・・」

   ヤ 「・・・・・・・・・・・・チクショウ。」



     「「 え っ ! ? 」」



           

   ヤ 「・・・嬉しいじゃんか。沢田のバカ。」

   慎 「帰って来て、早速バカ呼ばわりかよ。」




           

   驚いたと思ったら怒って、怒ったと思ったら泣いて、泣いたと思ったら嬉泣きに変わって、そんな自分が情けなくて。

   だけど正直泣けるくらい嬉しくて、一度溢れた涙は止まる事を知らない。。

   彼に言ってあげたい言葉があるのに声が出なくて・・。

   「おかえり」の4文字がどうしても出てこない。

           
           

   そんな俯いたままのあたしの前に歩み寄りしゃがみ込んだと思ったら、彼からは頭をポンと優しく撫でられる。

   伸びた手に少し驚き、ゆっくりと顔を上げると、あたしを見つめる瞳は真っ直ぐで優しくて暖かい。

   吸い込まれる様に見つめていたら、胸に張り詰めた気持や

   うるさいぐらいの鼓動が、嘘のように落ち着きを取り戻し、穏やかな気持になって行く・・・。




           

   ・・不思議・・。

   前にもこんな事があった様ような。

   俯いたまま声が出なかったあたし・・・

   アレは卒業式・・?




           
   頬に触れる風は冷たかったけど、良く晴れた澄み切った青空の下・・・

   彼の真っ直ぐな瞳と言葉・・

   それと・・白金学院を去って行った学生服の背中が頭を掠めた。




           
   慎 「言ってくれねぇの?」




           

   彼の言葉に現実に呼び戻され、真っ先に思った事と言えば・・・「何で分かんだよ?」

   彼は昔から心の中が読めるんじゃないのか・・そう思う時がよくあった。

   いつも周りの空気を読むのがいち早くて気転が良く利く彼は、何かとあたしを助けてくれた。

   胸に手をあて一つ深呼吸をした後、潤んだ視界の中に居る彼をもう一度確かめる様に見直す。




           
   ヤ 「・・う。お、おかえり。・・おかえり、沢田。」

   慎 「ん。・・ただいま。」 

   ヤ 「一番に・・・・会いに来てくれて・・」

   慎 「バーカ。いいよ。」

              

           
   ( 帰って来て早速あたしもバカ呼ばわりかよ・・。)




           
   少し口を膨らませ睨むと、彼には小さく「ガキ」と言われた。

   その口ぶりが、またあたしを落ち着かせるには十分だった。




           
   ヤ 「・・・それと。」

   慎 「ん?」

   ヤ 「・・あ、あけましておめでと。」

   慎 「・・・ん。おめでと。・・今年もよろしくな。」

   ヤ 「こ、今年も?」

   慎 「嫌なのかよ。」

   ヤ「いや、だって・・」

   慎 「またコッチで暮すから。当分は実家で世話になる予定。・・仕事も決まったしナ。」



            
   ( 実家・・?仕事・・?)




           
   彼の言葉にまたあたしは泣いた。

   頭を撫でる手が暖かくて優しくて、それがまた余計にあたしを泣かせた。

   家族の皆は、そんなあたし達のやり取りを見守ってくれてるいように、黙って頷きながら優しく微笑んでいた。





           

   思考回路が正常になったあたしは、一升瓶片手に彼の今までの生活や出来事などを一気にネホリハホリと聞き出した。

   そんなあたしに呆れ不愉快そうな顔を向けたが、それでもお構いなく聞き出した。

   彼が話す事は難しい言葉がたくさん出てきて、全部を理解するのは出来なかったかもしれない・・。

   けど、彼のする話しは新鮮で全然聞き飽きなくて、まるでおとぎ話を興奮しながら聞く子供のように、あたしは瞳を輝かせた。




           

   日付が変わり、いくら何でも引き止める事が出来なくなり、皆に促されながら渋々彼の帰宅を許可する。

   そんなあたしに彼はまた呆れ笑いを見せた。




   慎 「ココは何も変わんねぇんだな。」




           
  「良いから」と言う彼を追って表まで見送りに出たら、急に立ち止まり屋敷を見上げながら静かに言う。

   相変わらずの何を考えているのか理解に苦しむ発言だったけど、その整った横顔は

   卒業式からの流れた月日を深く感じさせられ、正直益々良い顔立ちになった彼に思わず見とれてしまう。


             

           
   いつもマイペースって言うか、自分勝手と言うか、親の顔見てみたい!って言うか・・

   いや、見た事あるけど・・

   しかも大声張り上げて怒鳴ってやったし;


           

           
   彼が教え子だった時、一人暮らしをしている彼のマンションを何度かあたしは訪ねた。

   殺風景な部屋の中心にあるテーブルは何だかいつも寂しそうで、ココで一人で食事をして眠りに付くまでの長い夜を

   何を考えて、どんな風に過ごすんだろうって思うと・・アソコに行く度に胸が痛かった。



           
           
   一人なんて慣れてるから寂しくないと言った彼。

   けど・・あたしは、あのどうしようもなく一人ぼっちの寂しい気持を両親が亡くなった時に知っているからか・・

   「寂しくない訳ねぇじゃん」・・いつもそう心で呟いていた。

   なのに平気で大人ぶっている彼を見ていると、何だかいつか何処かで大きく壊れる様な気がして

   沢田は一番たよりにしている生徒だったが、一番ほっとけない人物でもあった様に思う。



           
           
   だけど今は・・

   あたしが思っていたよりずっとたくましくて強い男だったみたいだ。

   そう思い感じる事に、胸に柔らかい安堵が込み上げ自然と口元が緩み笑みが零れた。



          
           
   慎 「俺の顔に何か付いてんのかよ・・。」

   ヤ 「え・・・あ、大人っぽくなったなァと思って。」

   慎 「惚れた?」

   ヤ 「だ、誰が! ば、バカじゃねぇの!」

   慎 「お前が歳いっただけだろ。」

   ヤ 「そうなんだよなァー・・てオイ!・・たく。そういう嫌味な所は全然変わってねぇヤツ!」




           
   あたしの言葉に「光栄」と悪戯な笑みで言う彼は、何処か満足そうに白い息を吐きながら屋敷に視線を戻す。




           
   慎 「あのさ・・卒業式に言った言葉覚えてる?」

   ヤ 「え・・?な・・・何?」




           
   本当は覚えてる・・。

   あの言葉があって、今のあたしが居る様なものだから。

   心からアイツら3Dの担任になれた事をまた深く実感させられ、それと同時に彼に出した答えも正しかったのだと思えたのだから。




           
   慎 「アレ全部、撤回な。」

   ヤ 「・・・・・・・はっ!?」



           
           
   予想出来ていたリアクションだったのか、あたしの言葉と態度にクスクス笑う彼に・・

   益々思考が進まない。



 
           
   慎 「お前を一生センコーにしとくのは、勿体無いだろ。」




           
   彼が何を言いたいのか・・。

   だけど嫌でもまた早く鳴る鼓動が、酷くあたしを苦しくさせる。

   もう一度あたしに移した彼の視線が、何かを決意した時のような強い瞳なのは気のせいだろうか。




           
   ヤ 「い、言ってる事の意味が・・」

   慎 「あの夜の事こと。きっちりオトシマエつけてもらうから・・覚えとけよ。」




           
   彼の瞳が強くて真っ直ぐ過ぎて・・・何故か逸らす事が出来ない。

   そんな呆然とするあたしに意味有り気に笑う彼は「風邪引くから・・」と言って背中を押して家の中へと促す。




           
   ヤ 「ちょ・・・沢田!?」

   慎 「落ち着いたら、また会いに行くから。」

   ヤ 「は?そんな事言ったって・・」

   慎 「いいから入れ。また抑えきれなくなるといけねぇから。」




           
   彼の言葉に体が反応しビクリと固まり動けなくなる。

   そんなあたしに後ろから「じゃあな」と彼流のいつもの軽い挨拶を残し、彼が去って行く足音が聞こえた。





           
   自室に慌しく戻り、何とか胸を落ち着かせ思考を進める努力をしたけど、その日の夜は一睡も出来ない事となる。













           

   ■■■







   2度目の生徒を先月無事に送り出し、新たに3度目の生徒を受け持つ事となった。

   相変わらずD組の担任だけど、白金学院に勤めれることを、あたしは心から誇りに思い、感謝している。

           
           
   今年もまた鮮やかにこの並木道はお化粧をする時期が来た。

   日に日に色を付けた木々も今は満開の時期を迎えている。


           
   「会いに行くから・・」と言った彼からは、あの日から何の連絡が無いまま3ヶ月が過ぎた。

   今まで会わなかった月日に比べると、3ヶ月はすぐに経ったと思う。

   連絡を付けようとすれば、元教え子達に聞けば簡単な事だったが・・ソレはあえてしなかった。




           
   ヤ 「嘘つきやがって・・」




           
   立ち止まり桜を見上げてはまた意味の無い言葉を呟けば、目頭が自然と熱くなってくる。


             

           

   「ソレって俺の事?」




           

   突然。後ろから投げ掛けられた聞き覚えのある声に驚き振り返れば

   木に背を任せながら、いつもの何を考えているのか分からない顔付きであたしを見つめている・・

   正しく嘘つきと呟いた男。張本人。




           
   ヤ 「な、何でいんの?」

   慎 「約束したじゃん。一緒に見るって」

   ヤ 「・・・・・・・。」

   慎 「忘れた訳?・・そんな昔の事は。」




           
   熱くなった目頭から今にも涙が零れそうで、自然と拳を握り締めてしまう。



   
           

    ヤ 「あれから連絡一度も無いから・・・し、心配してたんだぞ!」

    慎 「あ・・・悪ぃ。色々忙しくて。仕事とかマンション探してたり、携帯借りたり色々とな。」

    ヤ 「ま、マンション??お前、また一人暮らし始めんのかよ!?」

    慎 「性格には違う。一人の予定じゃねぇけど。」

    ヤ 「はァ?」

           

    慎 「んな事は、今はどうだっていいんだよ。」




           

   癖である髪を掻き毟る仕草をしながら一呼吸置く彼。

   何だかその時直感した。

   あの雨の降る夜の話しが、この場に出されると。

   「オトシマエ」と言った彼の言葉が頭から離れなかったかもしれない・・。




           

   慎 「高校のとき、嫌になるぐらいお前に惚れてた。」




           

   予想出来ていた彼からの言葉。

   だけどまた逃げるんだったら・・

   どうせなら・・

   強気で言ってやれ。

   そんな事が頭を掠めた。

           

           

   ヤ 「し、知ってる。」



           

   気持とは裏腹に今にも消えそうな声であたしはそう答えた。




           

   慎 「だろうな。」

   ヤ 「よ、余裕かよ!?」



 
           

   彼は木に背を任せたまま溜息を吐くと、ゆっくりと人差し指を胸にトントンと当てながら、あたしの視線をソチラに引く。




           
   慎 「まさか。さっきからココがうるさくてたまんねぇよ。」

   ヤ 「そ、そうなのか?」

   慎 「どうにかしてくんねぇ?ココ。」

   ヤ 「そ、それは・・あたしじゃなきゃ治せねぇのか?」

   慎 「間違いなく。」




           
   深呼吸を一つ大きくしてから、ゆっくり一歩一歩彼の側に歩み寄る。

   何故、足が彼に向かって進むのか・・

   だけど触れたいと思ってしまったのだ。あたししか治せないと言うその胸に。



           
           
   彼の胸に手を伸ばし触れようとした瞬間。

   そのまま腕を引き寄せられ、彼の胸に力なく倒れこんでしまうあたしの体。




           
   慎 「このままで聞いて欲しい・・。」




           

   動揺し逃げようとしたが、静かに言われた彼の言葉に落ち着きを取り戻し・・・一つ小さく頷いた。

   抱き合った二人の鼓動は重なり切なく激しい音。

   彼の部屋でびしょ濡れで抱き合ったまま、耳を澄ませ聞いていた鼓動とよく似ている。




           
   慎 「雨の降る夜とか・・あの頃の事をどれだけ後悔しても、納得させても、過ぎた日は戻って来ねぇ。」

   ヤ 「・・・お・・おう。」




           
   あっさりと昔の事を納得し認められたので、何だか張り詰めていた物が和らぎ・・

   思わず気の抜けた声が出た。

   そんなあたしに、彼は言葉を続ける。




           
   慎 「けど・・一つだけ分かった事がある。」




          

   彼が一つ深呼吸をする。


   

   彼は今どんな表情をしているんだろう・・。

   頭に思った事は何故かそんな事だった。




           

   慎 「お前を支えたり幸せに出来る男は俺だけだ。」

   ヤ 「何で・・・」

   慎 「・・・・・・・・・・・・・・」

   ヤ 「何で・・ソコ言い切れんだよ?」

           

   慎 「お前は俺の前でしか泣かないから。」

   ヤ 「・・・・・・さ、沢田もじゃんかよ」




           

   抱き合ったままの彼の表情は見えなかったけど

   多分すごく優しい顔で笑ったんだろうと・・その時感じた。




           

   慎 「今も変わらず、お前が好きだ。」




           

   あの日、彼が何度も囁いた言葉は深い愛の言葉。

   あの日から胸に残る深い愛の言葉は、消えない物。



           

   ・・・・愛してる・・・・



           

   耳元で強く、そして優しく・・

   もう一度囁かれたあの日の言葉に、胸の奥深くに封印していた感情が溢れる。

   封印を解いたのは彼?

   ・・・いや自分自身。

           

   あたしはこの時を待っていたのかもしれない・・。

   ずっと、ずっと・・満開の桜を見ては、彼が現われる事を

   そしてもう一度、愛の言葉を待っていた。




           

   慎 「俺のこれからの未来にお前は絶対必要な訳。・・お前は?」

   ヤ 「・・・・・」

   慎 「断る理由あんなら言えよ。聞いてやるから。」




           

   何でこんなにも自信満々で人の事が言い切れるんだろうか。

   だけどもう、視線をあたしに落とした彼の表情を、涙で潤んだ瞳にはハッキリと映し出してはくれない・・。




           
   ヤ 「断る理由なんてある訳ないじゃん・・バカ。」

   慎 「光栄。」




           

   近付いた彼の顔に自然と瞼を閉じると、溢れた涙は頬を伝い・・

   それと同時に唇に優しい感触が触れた。







           

   出会いは麗らかな春の桜吹雪の中。
           
           

   『優優。』とした光風は、二人の側を優しく駆け抜けた。

   二人の心に咲いた恋の花は、今満開の時期を向かえ恋桜となり、これからも色褪せる事無く咲き続ける・・。



           



   彼が探し見つけてきた、この桜並木が一望出来ると言うマンション。

   その一室に、この春から二人は一緒に暮し始める事ことが、満開の桜の下で交わされた、新たな約束事。

   その暖かいお話しはまた別の機会で・・・・・・。





           

   これは、そんな咲くことの知らない切ない恋の花が『優優。』と咲き誇るまでの

   恋路を描いた、二人の恋の物語。



           
           

   ・・・・心に咲いた恋の花はこれからも君の香り・・・・





           

   END



           

   HPを持つ前・・・ごくせん(白版)放送終了後1年ほど投稿人をしておりました;
   この全CPシリーズは当時大変お世話になっていて、そんな大好きなシオ様の為に書いたお話し。
   慎クミバージョンはかなり難産だったんだよね…早く慎クミで書いて下さい!寧ろ書け!的な…プレッシャーが;
   さすが王道。さすがごくせんの基本。自分も大大大スキなくせに、中々、筆が進まなかったのを覚えています^^;
   繋がっているのか?繋がっていないのか?
   何だか分からないシリーズだけど、全カプ書き上げた時は達成感で一杯だったなァ(笑)
   
   あの時の気持ちと体力が戻ってきて欲しいわ。かんばーく!←殴




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