あの女が大江戸一家の極道の跡取り娘だと知ったのは、コンビにで立ち読みした時に偶然手に取った

   一冊の雑誌を開いた時の事だった。

   一瞬、サングラス越し目を見開き驚いたけど、冷静にあの女を思い返せば・・・

   思わず笑ってしまった。

          

   あの喧嘩の強さは並みの強さ何てものじゃなかったし、何よりあの強くて済んだ瞳。そして心。

   親友達や3Dの連中が、あの女だけには心を開いた訳も今なら理解できるからか

   世間一般では驚くその事実を、俺は結局あっさりと認めてしまった。

          

   「認める」それはこの事実を、今頃知ったあいつらも一緒の事なのだろう。

   自分自身がそう思う事に、また無性に可笑しくて、雑誌片手にガラにもなく一人声を出し笑った。

   そんな俺を見て、周りに居た客や店員は不審がり側から離れて行ったケド。



            

   淡淡。



          



   もう一度、彼女に会いたいと思った。

   もう一度、彼女の温もりに触れたいと思った。

   もう一度だけ会えば、この薄暗い淡淡な世界から救ってくれるようなそんな気がした。



   夜の体育館は、外の灯りや非常用の出入り口の緑の灯りが淡々しく差し込み、昼とは全く違う別世界。

   男臭さと汗臭さが残り、ひっそりと静まり返るその場所は、自分と似通う様な物を感じ、不思議と心穏やかにさせてくれた。


          

   黒 「会える訳ねーか・・」


          

   淡い気持を消えるような声で言った後、無造作に転がったバレーボールに軽く触れるサーブは、広い体育館に虚しく音が響き渡った。

   二度と足を踏み入れる事が無いと思っていたこの場所。辞めた白金学院。

   あの時もそうだった・・。

   自暴自棄に陥り、暗闇の中を彷徨うように辿り着いた先が、不思議とココだった。

   そんな中、眩しく光り輝く外の世界から来たように、俺の前に現れた女。

   山口久美子。通称ヤンクミ。

          

   「辞めさせられた」ではなく「辞めた」と言うようになったのは・・

   親友2人と、その親友達が最後の切り札かと言よう様に、俺の前に引き連れて来た3D担任の彼女に世話になった時から。

       
           

   (自分の人生、自分で切り開け・・か。)

     
          

   彼女には一応感謝している。

   けど、人生そんなに甘い物じゃない。現に働いていた職場を最近首になった。

   仕事は真面目に探しても、高校中退の俺を雇ってくれる所は中々見つからない。

   元白金の生徒だと知られれば尚更の事。

   今日も職業安定所や街の張り紙など見てはブラブラ仕事探しに出たものの、結果は散々。

   何処に行く宛ても無く辿り着いた場所は夜の学校。辞めた白金学院だった。

     
          

   黒 「どいつもコイツも色眼鏡で見やがって・・・チクショウ。」

     
          

   無性に言いようの無い腹立たしさが溢れてきて、側のゴミ箱を力いっぱい蹴り上げると

   音をたてて響き渡り、それと同時に中身がそこら中に散らばる。

       
           

   (やってしまった・・)

    
          

   荒々しい呼吸を整え、冷静さを取り戻しながらそこら中に散らばったソレを見ると、

   自分で取ったその行動に虚しい気持に駆られ、その後は罪悪感が生まれる。


            

   
   「こらぁーーー!!」


          

  

   不意に後ろから投げ掛けられた説教がましい言葉に、治まりかけていた腹立たしさにまた火が点く。

   軽く舌打ちをした後、ついでと言うように、側に転がったバレーボールも蹴り上げてやる。

   その後は、当然振り返り相手に文句の一つでも言ってやるのが、今の気分、今の状況、この俺にとっては当たり前な訳で。

     
          

   黒 「うっせーなぁ!文句あんのかぁコラァ!!」

   ヤ 「文句ならいっぱーい、あるぞ・・・黒崎。」

   黒 「・・・・・・・・げっ。」

          

   ヤ 「覚悟出来てんだろーなぁ!?」

     
          

   振り返れば、会いたいと願っていた仁王立ちの彼女の姿があって

   そのまたもや強烈な再会の仕方に、顔が引きつり頭痛さえ覚えそうな・・・

   そんな久しぶりの再会だった。


          





   ヤ 「バレーボールは蹴る道具じゃねーんだぞ!」

          

   腕を組みながらズカズカ歩み寄ってきては、さすが教師と言うような言葉を並べ、延々と説教を始め出す。

   それを黙って聞いていると、何だか可笑しくて。

   何処かくすぐったいような・・先ほどまでの腹立たしい気持は全て何処かに消えていた。

   寧ろ心が躍っているかのように、彼女に会えた嬉しさと、期待に似た気持が膨らみ、溢れていた。

    
          

   ヤ 「何があったか知らねーけど、これからは物に当り散らすんじゃねぇぞ!分かったな!?クロ、返事ー!!」

            

   (もう、クロ呼びなってるし・・面白れぇ。)

          



   ヤ 「何笑ってんだよ?」

   黒 「・・別に。まっ、人に当たるよりかは成長したと言って欲しいけど。」

   ヤ 「うっ・・。可愛くねぇ奴だなぁ。」

     
          

   説教が終わったかと思うと、今度は一人ブツブツ文句を言いながら散らばったゴミを片付け始める。

            

   (・・たく。しゃあねぇなぁ・・。)

     
          

   そんな彼女を見かねて渋々自分で散らかしたゴミを一緒に片付けた。

   冷静に考えてみれば、その自分自身が今取っている行動が信じられなくて、思わず苦笑が零れた。

    
          

   ヤ 「で?お前は何してんだ?」

   黒 「え?俺は・・別に。・・なんとなく。」

      
          

   ゴミを広い片付けながら、不意に投げ掛けられた質問に「気付けばまたココに来てた」なんて

   カッコ悪くて言えなくて、思わず言葉が詰まり情けない返事をしてしまう。

   淡いサングラスの中の俺の瞳を真っ直ぐに見つめる彼女の強い視線が、何もかも見透かされている様な感じがして居心地が悪い。

        

  

   ヤ 「そっか。」

          



   そんな俺にトクンと胸が打たれるような感覚になるその一言と、向けられた微笑み。

   切なく締め付けられるように胸が痛くなって、胸元を知らず知らず押さえてしまう。



   ・・この気持は・・

          



   (マジかよ・・・・)

          



   あの日、無言で差し伸べられた手と、真っ直ぐに見つめられた潤んだ瞳がずっと忘れられなかった。

   思い出せば思い出す程、感じた事の無い様な胸の痛みに酷く襲われ・・

   その、つのる想いは泣きたくなるような気持。

   間違いであって欲しいと願っていた彼女への想いが本物なのだと、嫌になるぐらい自覚させられる。

   それも目の前に居る彼女自身によって・・。

     
          

   ヤ 「あたしさぁ、夜ココに来ると、いつも思い出すんだよな。」

     
          

   綺麗に全部を片付け終わり満足そうに笑うと、一つ大きな背伸びをしながら言う彼女。

   思わず見とれてしまう。

   それは暗闇の中に咲いた光り輝く小さな花のようで、何故か目が離せない。

     
         



   ヤ 「お前をさっ♪」

    
          



   クルリと振り返り、当然とばかりに俺を指差し言う彼女は、悪戯っぽくあまりにも子供のように笑うから

   何だか緊張の糸がプツリと切れたように、つられて俺からも自然と笑みが零れた。

     
          

   黒 「・・俺も。」

   ヤ 「おっ!?そりゃ、光栄だねぇ♪」

   黒 「俺にとっては厄介な事なんだけど・・」

   ヤ 「一言多いんだっつーの!」

     
         

   彼女に会いに行く勇気はも持てなくて、輝く世界に居る彼女や3Dの連中を目の当たりにした時、

   自分自身が何だか惨めで、情けない男に感じそうで・・それが怖かった。

   だから本当は、ココに来ればまた彼女がヒョッコリと現われるかもしれない、そう心の隅で期待していたのかもしれない。


          

   ヤ 「バレーあたしとやろ!」

   黒 「はぁ?何が悲しくて、お前の遊び相手になんなきゃいけねぇんだよ?」

   ヤ 「別にいいじゃん♪」

   黒 「よかねぇよ。」

   ヤ 「・・・あぁ!? もしかして・・クロって実は下手くそだったりか?(笑)」

          



   気分を逆撫でしてくれるその問いに無意識に眉間に皺を寄せてしまう。
     
   3Dを引っ張り何かに集中させる時には、このような挑発的な発言が彼女にとっては最も効果的だと思っている事を俺は知らない。


          

   黒 「・・・見返りあんのかよ?」

   ヤ 「え?」

   黒 「まさか、タダとは言わねぇよな?」

   ヤ 「うーん、そうだなぁ・・」 

   黒 「・・・。」       

   ヤ 「愛がいっぱい詰まったジュースを奢ってやる!どうだ?」

   黒 「・・・・・ハッ!?」

          

    

   ・・飲みたいかも・・



   何て不覚にも思ってしまった自分に苦笑しながら、あどけなく笑い向こうで待つ彼女に無言で優しくボールを放つ。

   結局、彼女の挑発に上手く乗せられ、遊びに付き合う事になったのだ。

   その愛の詰まったと言うジュース一本を手に入れるために。



          

   淡々しい夜の体育館は時間の流れが止まったように、2人だけの優しい暖かい世界に思えた。

   あの時は叩き返す事しか出来なかったソレを、今では2人一緒に子供のように必死になって追いかけている。

   腹を抱えて笑ったり叫んだり、体を流れる汗も忘れ走り回り、彼女に付き合った。

   寧ろ夢中になり過ぎていたのは、俺の方だったのかもいしれない。


          

   淡淡な世界が変わり始める。


          



   何故なら俺に手を差し伸べたのが、心から会いたいと願っていた、またもや彼女だったから。









   ■■■









   一挙一動目が離せないとは、こういう事を言うのだろうか・・・。



       



   ヤ 「乾杯ー!」

   黒 「何で乾杯になんだよ・・」


          

   彼女が買ってきた愛の詰まっていると言うジュース。

   俺にはスポーツ飲料で彼女は苺オレ。

   壇上に腰を下ろし、広い体育館を見渡すように横に並んで、ソレに口を付けた。

          

   他愛も無い会話の間に見せる彼女の仕草。

   足をブラブラ。ストローをチューチュー。ご機嫌な鼻歌。

          

   (見てて本当に飽きない面白れぇヤツ。)


          

   ヤ 「やっぱクロ上手いもんだなぁ。」

   黒 「当たり前。」

   ヤ 「可愛くねぇ・・お前は沢田みたいな愛想の無いヤツだなぁ・・たく。」


          

   突然出された友人の名前。

   親友とも言えるその名前に変な違和感を覚え、ふとテレビの中に居た彼を思い出した。

   それは、あの3Dの連中が必死になりこの女を守ろうとしていた・・この場所での、あの日の光景。

   今までに無い迫力のある声と強い瞳・・・そして熱い想い。

            

   (熱い想い・・・か。)

          

   あの時その想いを抱き先頭に立っていた人物は俺のダチ・・・そして親友。

   難しい問題の答えがもうすぐ解けそうな、解いてはいけなような、そんな何かが頭の中をグルグル駆け回る。


          

   ヤ 「おーい。聞いてんのか? あたしも、中々なもんだろって?」

   黒 「え?あ・・・お、おう。お前も結構上手いじゃんよ」

   ヤ 「だろー♪ あたしは運動神経だけは昔っから良かったんだよなぁ。」

          

   黒 「喧嘩もハンパじゃねーし。」

          

   ヤ 「うっ・・その、クロ!前は悪かった・・殴って。 ずっと気になってたんだ。すまなかった。」

   黒 「ばーか。気にしてねーよ。まぁ普通の女だったらカッコ悪くて顔なんて会わせられねぇけどな。」

   ヤ 「お、おまっ、し、知ってるのか!? そ、そのぉ・・あたしが・・」

          

   黒 「お前は、ある意味有名人だもんな?」

          

   ヤ 「・・て事は。 み、見てたのか?テレビ。」

   黒 「ばっちり。」

   ヤ 「な、何で!?お前はテレビとか見そうに無い人物なのに〜!くっそぉ・・!」

          

   黒 「けど・・」

   ヤ 「へ?」

   黒 「お前がココで・・この壇上で言った言葉・・すごいと思った。」

          

   ヤ 「す、すごい??」

   黒 「俺もお前の言った言葉聞いて、何年振りか分かんねぇけど泣いたからナ。」

          

   ヤ 「・・・・へ?」

   黒 「なんだよ?」

   ヤ 「お前が泣いた・・のか?」

          

   黒 「・・そ。だから、ある意味すごいよ・・俺を泣かせたお前は。」

   ヤ 「・・・クロ」

   黒 「あーーー!あいつらが羨ましいぜっ!」


          

   その場に寝転び、天井目掛けてて叫んだその言葉。

   それはあの日から変わらぬ後悔の気持。

   俺の本心。


          

   ヤ 「な・・何がだ?」

   黒 「・・。」

   ヤ 「ん?」

          

   俺の曇った顔に、気にかけた表情で覗き込む彼女の行動にまた胸が切なくて。

   痛くて、悲鳴を上げる。




          

   黒 「お前の生徒やれるから。」

          



   覗き込み俺に問う彼女に我慢の限界がきて腕を強引に引くと、彼女が俺の胸に力なく倒れこんだ。

   もう、止める術など思い浮かばなかった。

          

   想像以上に細くて華奢な体は、暖かくて柔らかくて・・。

   鼻に届く髪の甘い香りが益々理性を遠ざけ、ジタバタ暴れ逃げようとする彼女を抱きしめる腕に力が入らずにはいられなかった。


          

   ヤ 「ちょっ!?///な、何やって・・クロ!?///」

   黒 「うるさい・・こういう場合は静かに抱きしめられてろ。」

   ヤ 「う、ううう、うるさいって!?/// し、しかも命令してんじゃねぇよ! だ、第一何で・・」

   黒 「俺さぁ・・」

   ヤ 「ふぇ?」


          

   黒 「仕事首になって・・今日も一日中探してたんだけど、中々雇ってもらえる所なくて、気付いたらまたココに来てた。情けねぇ・・」


          

   一つ深呼吸をしてから彼女の耳元で静かに言った途端、叫び逃れようとする彼女の動きがピタリと止まり

   上に居る彼女と視線が絡み合う。

   ゆっくりと伸びてきた震えた指先が俺の髪をふわりと撫で、まるで幻覚を見ているように心が穏やかになって行くのを感じた。

          

   強張った彼女の体が何処か和らんだかのように頭が胸元にそっと降りると、同時に体を俺に預けてくれたのが優しく伝わった。

   それが泣きたくなるくらい嬉しかった。


          

   ヤ 「そっか。話してくれて・・ありがとう。」


          



   ・・・ありがとう・・・

          

   何でコイツの言葉は一つ一つは、こんなにも胸が熱くなるのか・・

   何でコイツには自然体な自分が曝け出せるのか・・


          

   ヤ 「大丈夫・・クロ。」

   黒 「・・・。」

   ヤ 「焦らなくても、お前には挫折を乗り越える力がある事・・あたしは知ってるから。」


          

   少しの沈黙の後、胸からゆっくり顔を上げると彼女の長い髪が俺の頬や耳に優しい感触を与える。

   相変わらずの濁りを知らないその潤んだ瞳は、俺を真っ直ぐ見下ろすと・・

   「お前にはその力があんだろ?」 あの日の言葉をもう一度胸に深く刻ませた。


          

   ヤ 「お前の服・・煙草臭せぇ。」

   黒 「吸うんだから当たり前だろーが。」

   ヤ 「ガキのうちはやめとけ。」

   黒 「・・努力します」

          

   ヤ 「お前の心臓ドキドキ言ってんぞ。」

   黒 「言ってなきゃ死んでんだろーが。」

  
          

   寝転んだままきつく抱きしめている彼女の存在に、心臓がうるさく鳴るなと言う方が無理だと思う。

   そんな俺の心境を全く分かってないかのような彼女は、ケラケラ笑いながら体を起こし

   壇上に座り直すと、飲みかけのジュースを差し出す。

    
          

   ヤ 「今日からお前はまた頑張れる!だからもう一回乾杯!」

   黒 「だから・・・それが何で乾杯になんだよ?」

          

   ヤ 「この場所は・・・縁起が良い。」

   黒 「はぁ?縁起??」

          

   ヤ 「あたしが、この壇上からやり直せたから。」


          

   この場所は彼女にとってはスタートライン。

   彼女がやり直せた・・原点とも言える場所での2人だけの乾杯。


            

   この女にはホント敵わない。


          

   真剣な表情で見つめる彼女に口元だけ笑い、握った缶ジュースを差し出された彼女の持つパックに軽く当ててやる。

   嬉しそうに微笑み、またストローをチューチューさせる彼女に苦笑しながら、自分も喉に一気に流し込むと

   確かにソレは、彼女の愛の味がした。







   いつからだろうか・・・。

   必需品とも呼べるサングラスを手放さなくなったのは・・・。

          

   色眼鏡でしか見ない世間の奴ら・・

   汚ねぇ大人やセンコーをコッチから色眼鏡で見返してやるみたいな・・

   単なる自己満足的な・・・

   そう、コレは世間に対する俺の些細な反抗道具の一種。


          



   ヤ 「ソレ、カッコいいよなぁ♪」

   黒 「あ?・・サングラス?」

   ヤ 「うん。お前いつもそのサングラスかけてんだなぁと思って。」

   黒 「俺のトレードマークだから♪ 必需品ってヤツ?」

   ヤ 「ふーん。けど、外した方が可愛いぞぉ。」


          

   彼女の言葉に思わず飲んでいたジュースを吐き出してしまいそうになり、思考回路が遮断される。


          

   黒 「うっせーよ。」

            

 

   か、可愛いとか言うなっての・・。

   調子狂うぜ・・た。

          



   ヤ 「だからソレ要らなくなったら、あたしに頂戴な♪」

   黒 「てめぇ・・・コレが欲しいから愛想で言いやがったなぁ。」


          

   逃げるようにして壇上から飛び降り、最高の笑顔で手招きする彼女に怒りを忘れ、呆れ笑いしてしまう。


          

   ヤ 「そろそろ帰るんぞー。クロ早く来ーい♪ 来いよー♪ハウスハウス。」

   黒 「・・犬扱いかよ。」


          

   今まで人のせいにして生きてきた。それを教えてくれたのは彼女。

   だから、挫折を乗り越える力が俺にはあると言い切った彼女に答えてやりたい。

   その力を見せてやりたい。

          

   世間を見返すのではなく大事な人に・・

   彼女だけに理解してもらえればそれでいい。


          

   今度は自分から彼女に会いに行こうか・・

   微笑み手を差し伸べる彼女に今度は自分から手を差し出したいから。


   

   夜の淡々しい世界じゃなく、光り輝く彼女が居る世界へ自ら飛び込むその近い未来を描き、深く決意した。

   空になった缶を片付けたゴミ箱に目掛けて投げ入れる。

   今の俺の心境を表しているいるかのようにして、ソレは真っ直ぐと飛び、行くべき場所に飛び込んだ空き缶。

        

   その光景を見て彼女はまた柔らかく笑った。

     
          

   ヤ 「ストライク♪」

         
          

   ゴミはゴミ箱へ。

   彼女は彼女の世界へ。

   俺は彼女の居る世界へ。









         

   ■■■



          



   約2ヶ月後。


          





   校門の前には、誰がどう見ても相変わらずガラの悪そうな煙草を銜える青年が一人ってとこか・・。

   俺の前を通り過ぎる生徒は、皆が揃いも揃って頭を下ろし視線を合わす事無く通り過ぎて行く。

   下校時間真っ只中という時間を俺は敢えて選んで来た。

   正直、心臓がうるさいくらい高鳴りを覚えて何だか酷く落ち着かない。

   足元に散乱する数本の煙草の吸殻が、その事を証明してくれてるかのように深く物語っていた。


         

    内 「あれぇ?クロじゃんかっ!! よーう、久しぶり♪」


          

   聞きなれた声に視線をやると、一際目立つガラの悪そうな連中に紛れて

   一緒に笑い騒ぐ小さな女の姿を発見して、安堵感が込み上げる。

   だがすぐその後、何気なく目に留まった彼女の横で歩く一人の男の姿を見て、それは複雑な心境へと変わる。

   

   あの彼がこんな風に優しく笑うなんて正直驚いた・・。

   その彼の視線の先には紛れも無く彼女の存在。


            

   誰よりも一番憎み、最低だと思っていた人種に・・

   よりによって惚れたかよ。慎。


         

    頭には「なるほど・・」の一言がグルグル回り、理解に苦しむより変に納得してしまい

    またその事が無性に可笑しく、て腹の底から笑が込み上げてくる。

    それはコンビにでのあの日のように。


          

   内 「何?ナニか可笑しい事でもあんのかぁ??」

   慎 「ウッス・・」

   黒 「よう。」

          

   ヤ 「あぁあーー!? クロじゃんー♪」

   慎 「クロ?」


          

   彼女が俺を呼ぶ名の呼び方一つ変わった事に気が付くなんて、これは間違いないだろうと確信する。

   鋭く痛い視線が俺を重視するのが横から感じるが「久しぶり」何てありきたりな台詞を皆に言う。

          

   ヤ 「あたしにデートのお誘いでもしに来たのかぁ。」

   慎 「あほか。」

   南 「ばーか!相手がヤンクミでそんな事ある訳ねぇじゃん。」

   内 「そそ!クロは慎と一緒で、非!恋愛至上主義だもんなぁ。」

          

   黒 「いや・・まぁ・・そんなもんだな。」

   ヤ 「へ?」

            

    「「「「 はぁ?」」」」

          

   慎 「サイアク・・。」


          

   ボソリと呟くように言った彼には、意味あり気に笑ってやると「笑えねぇよ」と直球で返ってきた。


          

   黒 「初給料貰ったから、飯行かね?」

   ヤ 「お、お前・・仕事決まったのか!?」

   黒 「まぁな・・。・・で、どうすんの?」

   
          

   彼女の肩に手を回し覗き込むようにして耳元で言うと、あの日と同じ甘い香りがした。

   その甘い香りに浸っている暇もなく、飛び交う鋭く痛い視線の攻撃を受ける。


            

   (競争率高いって訳・・か。)

          



   ヤ 「お前さぁ、煙草臭せぇよ。また匂プンプンさせやがって・・この前も/////って!あわわ。」

            

    「「「 こ の 前 !?」」」」


         

    自分で勝手に思い出し、勝手に言っておいては、顔を真っ赤にさせる彼女は

    居心地が悪いその場の責任を俺だと言うかのように睨み上げるけど、

    久しぶりに会う俺にとってはその仕草も・・・可愛く思うだけ。

          

    苦笑しながら小さく「悪ィ」と一応一言謝り、持っていた煙草を取り出してクシャリと握り潰し校門の側のゴミ箱に見事に投げ入れる。

    その信じがたい光景に、側に居た皆がソレを目線が追った。


          

    ヤ 「ストライク♪」

    黒 「野球じゃなくて、俺は元バレー部だっつーの。」


          

    「そうだったな」何てケラケラ笑う彼女は、子供のように嬉しそうで、俺を見ては頭をまた撫でた。

    胸の中に居る彼女の感触を胸に刻み・・自らサングラスを外す。

    彼女の眼鏡も外して、変わりに自分のサングラスをそっとかけてやる。


          

    黒 「眩し・・。」


          

   いつもの淡淡な世界はもうソコには広がっていなく、彼女の世界に自分も立てたのだと改めて実感した。


          

   ヤ 「コレ、お前の必需品って言ってたじゃんか?」

   黒 「・・やる。もう、俺には必要無いみたいだから。」

   ヤ 「えっ? いいのか本当に?」

   黒 「おう。・・それより飯どうすんだよ?」

   ヤ 「またバレーボール付き合うか?」

   黒 「交渉成立だな♪」


          

   周りを無視して、意味不明な会話と行動を取るこの状況に・・

   彼らにとっては部外者な俺に対し、彼女に想いを寄せているだろう人物から言葉が投げ掛けられるのは当たり前な訳で。




   南 「てか!ヤンクミそんなの掛けてっと危ないじゃん!」

   黒 「コイツ・・伊達。」

 
          

   お前らそんな事も知らねーの?と言うように嫌味な笑みで周りに居る連中に軽く挑発。

   あの日、あの暗闇で眼鏡を外し、バレーボールに夢中になれる姿は間違いなく伊達だと確信した。

 
          

   慎 「趣味・・わる。」


          

   言葉に詰まる面々の中、真っ直ぐに向けられた何処か自信満々な

   彼らしい表情とその言葉。


          

   黒 「お前には一番言われたくねーよ。」

   慎 「分かってねぇーよ。お前は全然。ソイツ苦労すんぞ?」


          

   イソイソと自分の眼鏡を片付け終え、俺達のやり取りを他人事の様に聞き流す彼女は、「行くぞクロー。」

   何て言いながら、するりと手から離れるとスッキップしながらご機嫌に先を進む。


          

   慎 「耳の穴かっぽじってよく聞いとけよ・・」


          

   彼が何を言いたいのか言葉の意味の理解に苦しむが・・

   そんな俺を見て不適な笑みを向け続ける彼に言い知れぬ、嫌な予感がする。


          

   ヤ 「皆も早く来ーい!クロの奢りだぞー。あたしに続けー♪」


          

   黒 「ハ・・はぁ!?」

   慎 「そう言う事。・・アイツはあーいう女だって事。」

   内 「クロ〜♪読みが甘いねぇ。」

   南 「残念賞ー。」

   熊「ヤンクミ待てよー!ずるいぞー!」

   野 「行くぞクマー!走れ!」


          

   先をスキップしながら進む彼女を、男4人が追い駆けて行く背中を唖然と立ちすくみ

   人事のように眺めてしまう。


          

   慎 「お前が何やらかしたかは知らねぇけど、今度アイツに飯誘う時はココでは止めた方がいいぞ。」

   黒 「は・・ははは。」

   慎 「まぁ、これからは、お前が手出し出来ねぇように、監視がかなり厳しくなるのは当たり前だけどな。」

   黒 「・・マジかよ・・」


          

   彼女がココまで鈍い女だとは・・

   だけど、冷静になって考えれば、まだ俺にもチャンスが幾らでもあるという事。

   彼女が鈍感であるからこそ、生徒ではない俺にとっては少し安堵を覚える。


           

   (やっぱ・・あいつ面白れぇ・・)


          

   スタートラインに立った俺はこれから・・・

   頑張ってみるか。


          

   黒 「なぁ慎。 後悔してるかよ?あの女を俺に紹介した事」

   慎 「全然。言っとくけど・・相手が何人で、誰だろうが問題は一切ねぇから。」

   黒 「おうおう、言ってくれるねぇ。」

   慎 「お前は?・・後悔。」

   黒 「まさか。・・また救われたってのに。」


          

   親友と顔を見合し二人静かに笑った後、前で騒ぎ歩く連中の背をゆっくりと追いかける。

   その日の夜は、皆でまたもや夜の学校に侵入し、汗だくになるまで彼女の遊びに付き合せられる事になる。


          

   淡淡な世界は今日はっきりとした鮮明な世界に変わった・・。

   目に映る全てのもの全てが新鮮で眩しい世界。    

   彼女にとっては、俺の必需品はオシャレの一部になるのだろうけど・・

   今日の日の光景を俺は忘れない様に瞳に焼き付けた。


               

   これは柔らかい季節、眩い光の中に居る女性に救われた青年が恋をするお話し。



                                        



   END




   何気に黒クミ(も)スッキーさんって案外いるんだよね♪
   私もその中の一人。←知らん