近頃、俺のダチはどうもおかしい・・。

     

   『恋愛至上主義』

   それは恋愛を人生において最高だと思う人の事。

   そう、ソコまでは良いんだ。俺も同感だから。
     

   南が3D会長なら、俺は3D副会長を務めようじゃないか・・。

   けど、何故に皆して、その相手があの女な訳?

     

   野 「ありえねぇよなぁ・・」

     

 
   最近の俺は頭が痛い。理解不能な頭痛と理解不能なモヤモヤとした気持。

   カーテンを開け窓の外を見ると、今にも雨が降り出しそうな、どんより雲の灰色の空。

   まるで俺の心境を表しているようで・・

   頭痛を酷くさせそうな嫌な空。

     

   雨はあまり好きじゃない。

   いや、正確に言うと今日みたいな日に降る雨は嫌いだ。

   せっかく早起きして普段より髪型をきめても、水の泡じゃねぇか・・。

     

   朝の顔とも言えるテレビの中の天気予報のお姉さんが言うには、やはり予報は雨模様。

   煙草を吸いながら着慣れた学ランに袖を通し家を出た。
     



   何故に早起きしたかって?

   そりゃあ・・

   一限目は英語だから。

      
    



   晴晴。〜赤い花〜

     





   天気予報は大当たり。

   て言うか、朝のあの雲行きの空を見上げれば、俺でも天気予報のお兄さんとして働けるだろう。

   夏も終わり木々は紅葉に染まる中の・・そんな季節の雨は何だか静かで、とても切ない。

     

   いつもの通学路をいつもの仲間達と合流する場所へと足を進める。

   この朝の光景にも何の違和感もなく慣れたのはいつの頃か・・

   もうハッキリとは思い出せない。

     
     

   ヤ 「野田ぁぁ、助けてくれぇー!!」

   野 「なっ・・えっ!?」

     

   バシン!!

   背後から大声で自分の名を呼ばれたと思えば、同時に背中に鋭い衝撃が走る。

     

   野 「や、ヤンクミ・・!?てか、痛いし・・オマエ。」

   ヤ 「悪ィ悪ィ。野田の背中を発見出来て、嬉しくて飛んで来たんだ♪」

   野 「・・マジで飛ぶなよ。」

     



   そして今の状況がある。

   俺の横には担任の女教師。

   頭痛の原因とも言えるそれは・・厄介な人物なわけで。

       

  (助けてくれって・・この事かよ)

     

   俺の持つ傘の中で、ご機嫌そうに日常会話を連発しながら歩く彼女。

   朝からのそのテンションを分けて頂きたいものだ・・。

     

   ヤ 「本当に助かったよ。急に降ってくんだもんなァ。あ、傘入れてもらって悪ぃな。」

   野 「別にいいけどさぁ、ヤンクミ今日みたいな日に傘忘れて、いつ持ってくんだよ。・・たく。」

   ヤ 「家を出る時は持って来たんだけどなぁ・・」

   野 「・・それで?」

   ヤ 「可愛い子供と運命の再会をしてな♪」

   野 「つまり・・知らない子供にあげた訳ね。・・傘。」

     



   否定も肯定もなくケラケラ笑う彼女は何処か満足そうで・・

   結ばれた髪の先からは今にも水滴が落ちそうなのに、そんな事には無関心な彼女はまた日常会話に花を咲かせる。

     

   本当にバカが付く程、お人よしで真っ直ぐで・・

   正直いい奴だとは思う。

   いい奴だとは思うケド・・。

     



   野 「ありえねぇよなぁ・・。」

   ヤ 「はっ?・・ナニがだ??」

   野 「ん?あ・・別に・・。」

   ヤ 「朝から変な奴だなぁ。」

   野 「あ?傘入れてもらって、そういう事言うか?」

   ヤ 「めんぼくない。」

   野 「おし」

     

   彼女と二人きりでこうやって会話をするのは、もしかしたら初めてなのかもしれない・・。

   彼女の横にはいつも俺じゃない違う誰かの存在が居て・・

   その代わりのように、俺には皆から当たり前のようにして大好きな静香ちゃんの側・・

   特等席を空けてくれる。

     

   彼女との日常のバカな会話や、ふざけておどける時も、俺は少し離れた位置に居る事に気付いたのは最近の事。

   何故にそんな事に今更気付いたのか・・

   それもまた理解不能。

     



   そう・・今更じゃん。

   そんな事。

     



   ヤ 「それよりだ!野田は進路決めたのかぁ?」

   野 「おう♪」

   ヤ 「お?そうなのか!? そ、それで??」

   野 「聞きたい?」

   ヤ 「聞きたい!」

   野 「天気予報のお兄さん♪」

   ヤ 「はっ!?」

     



   ご機嫌に答える俺に対しての彼女らしい反応がとても可笑しくて、何だかくすぐったい。

   雨がシトシト降る中の道のりは、寒くも冷たくもなくて・・

   まるで晴晴とした暖かい時間。

     

   悩みの頭痛は、いつの間にか消えていた。

     



   ヤ 「・・クシュン。」

   野 「お前そのナリじゃ・・風邪引くんじゃねぇのか?」

   ヤ 「大丈夫、大丈夫!学校に着いたらジャージにすぐに着替えるから。」

   野 「・・ならいいけど。」

   ヤ 「ありがとな。野田。」

   野 「あ・・おう・・」

     



   一瞬、胸に高鳴りを覚えた。

   あまりにも彼女が嬉しそうに俺を覗き込んでは微笑むから。

   今までどんな女に何をしても、何を言っても、こんなにも優しい微笑をくれた事は無いような気がする。

   それは大好きな静香ちゃんにでさえ・・

   

   ヤ 「あっ!何だよぉ、お前も左の肩いっぱい濡れてるじゃんかー!」

     

   立ち止まり鞄からあたふたとハンドタオルを取り出すと、自分を構う事はなく俺の肩を急いで拭く彼女。

     

   ヤ 「大人ぶりやがって。」

   野 「うっせーよ。レディーを傘に入れんのに常識っしよ。ヤンクミも一応レディーだかんなっ♪」

   ヤ 「・・一応は余計だけどな。」

   野 「んな事より、ヤンクミ。早く自分を拭けよ。」

   ヤ 「え・・あ・・うん。サンキュ」

     

   申し分けなさそうに、でも少し嬉し恥ずかしそうに小さく言う言葉にまた胸が高鳴る。

     



   熊 「おーい!何やってんだよ!遅せぇぞー!!」

     

   

   突然の投げ掛けられた声に深い現実の世界へと呼び戻される。

   朝の登校時間だと言う事を思わず忘れていた。

     



   ヤ 「あ、悪ィ悪ィー!」

     



   数メートル先の待ち合わせの公園前には、遅刻魔の一人の男を除いた3人の友人の姿。

   クマが何の疑いもなく、手を大きくコチラに向けて振っている。

    ・・・・・が、その横には少し厳しい顔付きを向けている2人。

     

   ヤ 「オース!おはよう諸君。今日も一日頑張ろうじゃないかぁ!」

   内 「てか、何で一緒?」

   南 「ヤンクミ傘は?」

     



   ホラきた。

   速攻、質問攻めかよ。

   まずは朝の挨拶からだろうが・・普通。

   幼稚園で習わなかったのかよ?

     



   野 「こんな日に名前も知らないガキにあげたんだと!傘!」

     





   俺は何をこんなにもイライラしているんだろうか・・

   治まったハズの頭痛がまた始まる。

   そんな俺とは正反対と言うように、2人の友人は事情を理解してか安堵の顔をさせている。

       

   (ホント・・分かりやすい奴ら。)

     



   内 「ヤンクミ。まぁた、お節介やらかしたのか?」

   ヤ 「親切と言って頂きたいね。」

   南 「ホント毎回ヤンクミには呆れるぜ。そのお節介。」

   熊 「けど、ヤンクミらしいじゃん♪」

     



   クマだけは彼女に恋愛感情を抱いていないせいか、素直な気持がそのまま言葉となって出てくる。

   その一言で皆の彼女を見つめる眼差しは、優しくそして熱いものと変化する。

   だけど、「これが仁義!人情!」何て朝からのまた彼女の熱弁が始まり出すと、皆は呆れ笑いをしながら足早に学校へと向かった。

     

   そう。クマが言う通りなのだ。

   ホント・・彼女らしい行動。

   ホント心が暖かくて、優しい女。

   皆、言葉にはしないけどさ。
   

 

   ん?

   じゃあ、何で俺は言葉として素直に出てこねぇんだよ。

   え?

   俺・・今何を思った?

   ちょ・・これじゃあまるで・・俺が・・

     



   ヤ 「それにしても・・お前ら揃いも揃って何とも愛想の無い傘だなぁ、今の流行なのか?ソレ。」

   野 「え?」

     

   横を歩く彼女が傘を見上げながら少し不満気な顔をして、隣を歩く俺に問う。

     

   内 「・・あ?コレ?」

   南 「傘なんてすぐに失くすし、俺達にはビニール傘で十分なんだよっ♪」

   野 「雨なんてしょっちゅう降るもんじゃねぇしな。」

   熊 「安いし、お手軽ってヤツ♪」

     

   「ふーん」と未だ俺の持つ傘を見上げながら歩く彼女は、何処かまだ納得のいかない子供のような返事。

   けど、俺に気づかってか体は先程より傘の外を故意に歩いている事が分かる。

   普段は超が付く程に図々しい態度を見せるのに・・変に気を使う癖は相変わらず変わらない奴。

     

   ・・・・変わらない?

   何で、そんな事、俺が知ってんだよ。

     

   ヤ 「雨はしょっちゅう降らないから、傘の一つを大事にしたいんじゃねぇか。あたしは好きだけどなぁ、たまに降る雨♪」

   野 「・・その傘をあげたヤンクミが言うなよ。」

   ヤ 「うっ。。」

     

   皆でゲラゲラ笑いながら歩く学校までの道のりはいつもより短く・・早く思えた。

   濡れているハズの彼女が触れた左肩は、ポカポカと変に暖かかった。



     

   校内に着いた途端、何か重大な事を思い出したかのように南が叫ぶ。

     

   南 「早く行かねぇと、静香ちゃんの授業の席、皆に取られちまうぞっ!」

     

   慌てて3Dに向かって駆け出す連中の背中を、腕を組みながら呆れ笑いで見送る彼女。

   すると彼女も何かを思い出したかのように、慌てて俺の側に歩み寄る。

     

   ヤ 「悪かったな。」

   野 「だからいいってば。」

   ヤ 「コレ使え。風邪でも引いたら大変だから。」

     

   照れくさそうに俺の濡れた左肩にタオルを置くと「サンキュ」と軽く叩く。

     

   ヤ 「ほら!お前も早く行かなきゃ!」

     

   意味有り気な言葉と微笑を残して彼女もまた職員室の方に走り去って行く。

     

   何だよそれ。・・また変な気使いやがって。

   別に、そこまで、一番前の席にこだわってねーよ。

     



   ヤ 「あ・・それと野田ーー!!」

     

   一人心の中で呟いても何故か腹立たしくて、そして胸が締め付けられる様な感覚。

   なのに、3Dに足を少し進めた所で後方から彼女にもう一度大声で呼び止められる。

       

   (・・まだ何かあんのかよ。)

     

   野 「なぁにー?」

     

   一応、普段と何かと変わらぬ態度で彼女に振り返ると、俺を指差しながら微笑を向けている。

     

   ヤ 「中々似合ってんぞ、今日の髪型♪ んじゃ、また後でなっ。」

     



   アイツ、バカじゃねぇのか。

   湿気のせいでほとんどいつもの髪型と変わらねぇのに。

   ・・第一仲間さえも気付かなかったてのに。

     
     

   今日の頭痛はこれまでで一番酷い一日になりそうな予感がした。



     





   グン、モーーーニン♪

     



   発音が全くなっていない朝の元気な男達の挨拶から1限目は始まった。

   先頭の席を陣取るのは大抵俺達と決まっている。誰もそれについて文句は言わない。

   そして、その中でも中央とも言える席に座るのは、略、俺と決まっていて

   その事にも慣れた面々は何の違和感もなく自然とその場所を空けている。

    

   今日、俺は初めてその特等席を譲った。

   頭が痛いと机を一番後ろに運び、そのまま体を机に伏せた。

   さすがにその事に3Dの面々からは、かなりの驚きと動揺があったが・・・

   普段より露出度の高いスカートを履いた英語教師が現われれば、俺の行動も存在も忘れられたのも同然。

       

   (頭・・痛てぇ・・)

   

   腕の中には彼女のタオル・・。

   鼻に付くほどの甘い石鹸の香りが、益々俺の頭痛を酷くさせる。


     

   向けられた笑顔が頭から離れない。

   二人きりの他愛も無い会話。

   一つ一つの行動・・仕草・・

   触れられた左肩。


     



   慎 「・・何かあった?」


     



   腕の隙間から聞き慣れた声がした方に視線をやると、いつの間に登校して来たのか少し心配げな友人の顔が居た。

   彼はいつもの一番後ろの席・・彼にとってはソコが特等席であろう場所に腰を下ろし雑誌を広げる。

   どうやら俺はその席のすぐ側に机を運んでいたようだ・・。

     

   野 「なぁ、慎・・」

   慎 「・・・ん?」

   野 「・・ヤンクミって変な奴だよな・・」

    

   普段は何事にも感心がなさそうな彼が、俺の何気なく呟いた言葉に反応したのは明らかに伝わった。

   何故に俺はこんな意味の無い事を彼に言ってるのだろう・・。

   彼もまた、前方で鼻の下を伸ばしながら授業を受けている数人の男達と同じ感情をあの女に抱いている事は明白なのに。

   理解不能な頭痛とモヤモヤした気持にやられて、とうとう俺の頭はおかしくなったのか?

   病名は・・そうだな・・ヤンクミ病と名付けよう。

     



   慎 「・・今更じゃん」

     



   雑誌に落とした視線はそのままで、答えを返す彼は普段と何ら変わらぬ口ぶり。

      



   野 「今更・・か。」

     



   今更と言われれば、ごもっともな回答。

   ヤンクミ病なんて有るわけ無いっつーの。

   心の中で一人ボケとツッコミを繰り広げれれば、次第に酷く虚しい気持に襲われる。

     



   野 「マジで頭痛てぇ・・風邪引いたかも・・」



     

   少しの間の後、パタンと雑誌が閉じられる音がやけにリアルに耳に伝わった。

   自然と彼に視線を戻すと、一つ小さな溜息を零して、手をズボンのポケットに突っ込み

   今度は真っ向から腕の隙間から弱く覗かせている俺の瞳と視線を合わせてくる。

     

   慎 「何の病気か教えてやろうか?」

   野 「・・は?」

   慎 「風邪でも何でもねぇよ。俗に言う恋の病気ってヤツじゃねーの?」

   野 「・・・っ。」

   慎 「相手は、その今更の女。」

     

   彼の真っ直ぐな強い瞳と言葉に、言いようの無い感情に体全体を支配され、

   思わず言葉に詰まってしまったそんな情けない俺は、また机に顔を埋める。

     

   野 「・・・だよなぁ。やっぱ。」

   慎 「遅せーんだよ。」
   
     

   野 「けど・・俺。静香ちゃんが大好きなんだ・・」

   慎 「・・・あぁ。知ってる」

   野 「なのに・・。」

     

   アイツの事がいっぱいで頭から離れない・・。

     



   野 「厄介な女だぜ・・ホント。」

   慎 「けど、認めちまえば、簡単過ぎる事なんだけどな・・」

   野 「簡単過ぎて、笑えねぇ。」

   慎 「それは言えてる。」

     

   苦笑しながら溜息交じりで言う彼は静かに立ち上がると、出入り口へと続く階段を上って行く。

   煙草でも吸いに行くのだろう。

   俺の心は張り詰めていた何かが綺麗に取り除かれたように軽くなっていくから不思議だ・・。

   彼からの挑戦とも言える言葉を耳元で囁かれたけど、不快な気持も全くない。

   ましてドキドキと興奮を覚える。

    

   ・・そう。立ち上がった瞬間、彼は今日から恋敵になった俺に言葉を残す事は決して忘れない。

   それが本気だから、譲れない恋だからこそ・・

   それは俺への忠告と挑戦。

       「

   慎 「だからって相手が誰で、何人だろうが・・ましてダチだろうが、俺だけは引かねぇ。忘れんなよ。」

     



   今日の昼時は彼の好きなブラックコーヒーを奢ろう。

   彼なら何も問わず黙って受け取ってくれるだろう。

   彼はそうい奴だから・・。

   黒くて苦いソレを手渡す事は、その彼からの挑戦を買うという意味も込めて。

    



   野 「サンキュ。・・慎。」

     



   礼を伝える相手が去った中、消えるような小さな声で腕に顔を埋めながら呟いた。

   やっぱ俺の病気は・・ヤンクミ病じゃんかよ。

   そう、それは恋の病気。

     

   自覚してしまった、行き場のなかった、切なくて苦しい想いを今開放してやろう。

   恋愛を最高として思う事が会員の務めじゃねーか。

   まして俺は副会長なんだから。

     

   腕の中で一人クスクス笑いながら、彼女の香りに包まれながら優しい笑顔を思い描きそのまま深い眠りについた。

   目を閉じると誰にも聞こえない、優しい雨音が子守唄のように奏でていた・・。

    







   ■■■

 

     

   放課後。

  
     

   朝からの降り止まない雨は、生徒が下校した時間帯の静かな空間には深く雨音が耳に伝わる。

   そんな人気の無い空間に一人の女性が溜息を零しながら空を見上げて・・・

   ガク。深く頭を落とす。

     

   ヤ 「仕方ない・・か。よしっ!全速力で走って・・と。ファイトーオゥ!」

   野 「却下。」

   ヤ 「ギャァァ!」

  

   驚きと悲痛な叫び声をあげ慌てて声のした方に振り返る。

   壁に背を任せながらニコニコと満面の笑みをしたよく知る人物が、彼女が勤務を終えるのを心待ちにしていた。

     
     

   ヤ 「の、野田ー!?驚かせんなっていつも言ってんだろーが!!心臓止まるかと思ったぞっ!」

     

   (・・そうだった。こう見えて何気にコイツは怖がりだったけ?)

     

   また今更ながらの彼女の癖や一つ一つの行動が頭に浮かぶ。

   だけど、今はそんな他愛も無いことも嬉しく愛しく思うだけで・・。

     

   野 「却下だかんなっ」

   ヤ 「き、却下・・て? 第一、お前、帰ったんじゃなかったのか!?」

   野 「はい♪これヤンクミにやる。タオルのお礼と思ってて。」

   ヤ 「こ、これって・・傘?」

   野 「他に何に見えんだよ。言っとくけどっ!その傘はお節介でも親切でも誰にもあげんなよ!」

     

   それは、彼女がとても似合いそうな赤色の傘。

   帰りにたまたま立ち寄った小さな雑貨屋で見つけた。

   殺風景な店の中にあるガラクタのような商品に紛れてあったソレに不思議と目が留まったんだ。

   何だかソレは、彼女を連想させる強い光を放っていたから。

   決して高いものじゃないけれど・・

   彼女が好きだと言った雨の降る日、ソレをどうしても使ってもらいたいと思ったのは正直な気持。

   そして誰よりもその姿を一番に見たいと思ったのも・・。

     



   ヤ 「な、何でくれんの?」

   野 「風邪なんて引かれて学校休まれたら・・俺が困るじゃん。」

    



   今の言葉にどれだけの勇気と気持が含まれているかなんて・・

   彼女にはこれっぽっちも分からないだろう。
     
    

   ヤ 「けど、よく分かったな・・。あたしが・・その・・」

   野 「予報すんの得意だかんなっ♪」

     

   そっぽを向いて何処か投げやりで・・

   そして照れくさそうに言う事しか、俺にはまだ出来ないけれど。

   だけど、ほら。

   チラリと横目で彼女の表情を確かめれば、言葉よりも早くに笑顔が零れている。

    
     

   勢いよく俺の手から傘を取り上げると、雨の降る世界へと飛び出し大きくソレを広げる。

 
     

   ヤ 「サンキュ。大事にするよ。」

   野 「おう。」

   ヤ 「どうでしょう?似合いますかナ。」

     

   雨の中でクルクル傘を回し微笑む彼女がとても愛しくて眩しくて、思わず目を細めてしまう。

   それは、雨の日に咲いた小さな小さな赤い花のよう・・。

     

   野 「おう。」

     

   だから、今は心から伝えたいんだ。

   この愛しい想いを、行き場のない想いにはさせたくないから。

     



   野 「ヤンクミ、俺、お前の事好きだかんなっ♪」

     



   クルクル回す彼女の傘の動きが止まる。

   背を向けた彼女の表情はコチラから見えないけれど、多分・・

     

   ヤ 「あたしも、野田のこと、好きだよっ♪」

     

   クルリと振り返り、傘を片手に満面の笑みで言う彼女。

   今はこれで十分。

   今はこの優しい微笑は俺一人の物なのだから。

     
    

   恋愛を最高に思うとは、こういう気持になる事を言うのだろう。

   さて。明日・・仲間達にはこの想いについてどうやって熱く語ってやろうか。

   赤い花をしばらく眺めながらそんな事を考え、自然と笑みが零れた。
     
     

   ふと静かに足元を見ると、地面に出来た小さな水溜りに『晴晴』とした自分の姿が映っていた。
     

     



   ヤ 「お前、見込みあるよ。」

   野 「何が?」

   ヤ「天気予報のお兄さん♪」

     



   帰宅途中の軽い足取りの中、彼女の言葉に二人して笑う。

   優しい雨はいつまでも降り注いでいた 。


    

   『晴晴。』それは、心にわだかまりなく、清々しいさま。

     

   これは、雨雲から差し込んだ、太陽の微かな光を受けて見つけ出した赤い花の様ように・・

   行き場のなかった想いを『晴晴。』と優しい雨音とともに奏で綴ったお話し。



      



   END

  

      

   

    久美子姐さんの傘クルクルって想像するだで、ステキ♪(笑)