繋ぎとめられて
押さえつけられて
揺らされる。
そのたびに、判断力が削げ落ちていくような気がするのは
きっと言い訳に過ぎなかった。
ほとんどムリヤリ持ち込まれた状況で、これ以上否定的な言葉を口にしたら
自分が惨めになるような、負けを知らしめられるような、そんな気がするから喉もとの音はそのまま押し込める。
それでもどうしても、目の前の男を責める気になれないのは…
あまりにも必死でいるから。
時折かかる息が熱いから。
熱を抜くように、浅くなっていく息を口を開いて吐き出すと、目を伏せた隙に唇で塞がれる。
部屋が静かに感じれば感じるほど、二つの身体が混ざろうと生みだす音が
その行為や、存在そのものを、浮き彫りにしていく。
敏感になっていく感覚をさらに剥がしていく。
それに、いいように煽られている男に、負けたくなくて
シーツと自分が擦れる音だけに、耳を傾けることに夢中になった。
与えられた刺激に思わず眉根を寄せて目を開けると
それに満足したように微笑む顔があった。
憎たらしい。
息に混ぜ込むように押さえ切れなかった音が発され始めると
どちらかというと単純だった刺激は種類を増やした。
「・・・・・・・・・ッ」
(持っていかれる)
小さな痙攣は全身に鳥肌を立たせた。
初めて、男の肩に手をやり、押し返そうとした。
これ以上は。
目を合わせると、膝裏にあった腕を片方、頬まで伸ばして、言う。
「声」
「・・・ぇ。」
「我慢してるのが・・・可愛い」
!!
一瞬見開いた目。
酔っ払いのクセに。
反論しようとした口に構わず唇を重ねられる。
映ったのは長い睫だった。
いっそ舌を噛み切ってやりたい衝動に駆られながら、しかしもう逃げ場は無かった。
熱い息を絡めるような、そう、こちらの熱さを確かめるような長い口づけ。
その間にも、カラダは言うことを聞かず、加えられた刺激に、仰け反る背中をどうにもできなかった。
こんなのはイヤだ。
イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ。
・・・どうにかなってしまう。
Lovers
―――熱い。
唐突に意識が浮上する。
まるでまどろんでいたのが嘘のように、身動き一つせずその両目がぱかりと開いた。
山口久美子が目を開けるとそこには、カーテン越しの淡い月明かりと、時計の秒針が刻む音だけがあった。
…そしてもう一つ、隣の男の寝息。
彼女はやはり、その瞳だけを動かして、うつ伏せに眠るその後頭部を盗み見た。
紅いはずのその色も、今この暗がりでは明確ではない。
静寂を乱さない程度の溜め息をそっと吐く。
後味の悪い、溜め息。
彼の腕が無造作に、掛け布団の上から覆い被さっている。
その圧迫感を暑苦しさと勘違いしたのかと思ったが、違った。
時間を巻き戻して辿る内にその原因に思い至った。
軽い脱水症状だろう。
昨夜は飲みすぎた上に、ろくな水分も取らなかった。
それで身体が水分を求めて熱を発しているのだ。
まるで、先ほどまでの彼のように。
五感の全てに、むせ返るような渇望を感じた。
それに自分は、応えてしまった。
酔った勢いもあった。
だけど。
彼女は、静寂だけが漂う中空に視線を游がせる。
きっと薄々は感じていたからだ。
彼の思いを。
無意識とは言え、多分そこにつけこんで利用してきたから。
その負い目が、拒絶を躊躇わせた。
償いの気持ちがなかったと言ったら嘘になる。
それを思うと、苦いモノを感じた。
彼に申し訳ないのか。
単なる後悔か。
とにかく、自分は教師の身でありながら、するべきでないことをしてしまったのだろう。
身体に熱さを感じながらも、それを感じとることができる冷静さを、彼女は疎ましく思った。
彼の腕になるべく刺激を与えないように、息を殺して、ベッドからその身を脱出させた。
爪先で床に着地すると、彼が身じろぎをしてギクリと振り返る。
起こしたくないのは、多分自分のためでもある。
誰も見る者がないとは言え、やはり気になったので床に手を這わせた。
どこで何を脱いだのか、・・・脱がされたのか、まるで覚えていない。
手に触れたのは沢田慎のフード付きのパーカーだった。
とりあえず、それだけを素肌にはおると立ち上がる。
足音をたてないようにキッチンまで行くと、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
500mlのペットボトルは良く冷えていて、持つ手にも気持ちいい。
半分ほどを一気にあおってから、一息つく。
キッチンの曇り硝子からは外の明かりが入り、彼女の輪郭を白く浮き上がらせていた。
これからどうしようか。
落ち着いて、ようやく考えた。
いっそ彼が、遊びや気まぐれならばコトは楽だ。
なかったことにしよう。今まで通り、教師と生徒で楽しい高校生活を送りましょう。
きっとそれが一番いい。
(…今まで通り?)
自分の思考に疑問符が浮かんだ。
可能なんだろうか、…自分にとって。
それは難題に思われた。
彼は泥酔と言えるほどに酔っていた。
だからもしかすると、もとより記憶がないかもしれない。
それなら都合が良い。
都合が良い…はずだ。
なのに、それを想像した時の焦れる感じはなんなのだろう。
らしくない。
いっそ自分のこの記憶も、なかったならどんなにいいだろう。
「俺も」
後ろから抱きすくめられた。
思わず手に持っていたペットボトルを取り落としそうになる。
まったく気がつかなかった。
いつのまにか沢田慎が目を覚まして、真後ろまで来ていたのだ。
一枚はおっただけの彼女の身体を、探るようにして手が動いた。
首だけを振り向かせると、その唇を吸い上げる。
「水・・・」
表情を見ると、彼はまだ、半ば夢の中にいるようだった。
しかも酒臭い。それが鼻についた。
それは同時に、彼女の酔いが醒めてきたことも意味していた。
次第に要求は激しくなり、潤いを求めてキスは深くなる。
水を。
もっと。
パーカーと身体の間にその手が滑り込んで、彼女を弄った。
「ちょ・・・!水なら・・・」
曖昧な意識の中でさえ、彼女を求める男を心苦しく思いながら、左手に握っていたペットボトルを差し出そうともがいた。
その手を抑えられ、もう片方も絡め取られる。
右手を後ろに回されて、自然、身体が少しのけぞった。
服が肌けられて、彼女の柔らかな曲線が月明かりに曝された。
壁際に追い込まれて、ますます身動きは取れなくなる。
「沢田、痛いよ」
彼の要求に素直な反応を見せる、自分の身体が忌々しかった。
また流されてしまう。熱に、呑まれてしまう。
「離せ」
決して強い言い方ではなかったが、沢田の舌はそれで止まった。
「・・・・ほら、水」
ペットボトルを押しつけるように渡す。
それを置き去りに、彼女は部屋に引き返した。
彼が起きてしまったなら、今さら気にしても意味がない。
暗いままだった部屋に明かりを灯して、自分の服をかき集めた。
どうしようか、決めてなどいなかった。
でもとりあえずここを出なければ、正常な判断力が戻らない気がする。
(帰ろう)
タクシーでも歩きでもいい。
家の者に怪しまれても仕方がない。
とにかく早くここを離れなければいけないと思った。
「・・・帰る気?センセー」
壁に身体を預けて沢田が言う。
久美子が振り返ると、下にスウェットを穿いただけの彼が彼女を見据えていた。
こぼれた水分を、口元から拭う。茶化すように薄っすらと笑った。
それに、怖いほどの色気を感じる。
まだ大人になりきらない、線の細い身体。
でも、男の。
それが、先ほどまで自分を抱いていたのだ。
「・・・ああ」
あえてそれから視線をはずして、彼女は低く答えた。
最後のブラウスを拾った。
「・・・帰さないって言ったら?」
「なに、バカなこと・・・」
「本気」
ちゃんと取っていたはずの距離はあっという間に埋められた。
躊躇いなく男は女に詰め寄って、そのまま持っていた衣服を奪い投げ捨てると、彼女の身体をベッドに押し倒す。
「ちょ、なにすんだよ!」
「なかったコトになんか、させないからな」
まるで自分の思考が読み取られていたようで目を見開いた。
その隙に、沢田は彼女の首元に顔を埋める。
「い、いて・・っ」
いつでもそうだ。
先手を取ったと思えば、次は先を読まれる。
頼りになるかと思えば、途端にガキくさかったり。
いつでも安心してそばにいるのに、油断のできない関係。
(そうか)
それが、心地よかったのだ。
「・・・ここに、印つけたら、さすがに夜中には帰れないよな・・・」
耳元から首筋にかけて息でなぞりながら、悪魔が囁いた。
「いいかげんに・・・!」
今度はこちらが腕を取って後ろ手に回した。
身体が離れた隙間から脱出する。
壁を背中に確認するまで後ろに下がった。
思わず首に手をやる。
久美子に突き飛ばされた彼は、尻餅をついたままだるそうに彼女を目で追った。
「なんで逃げんだよ・・・」
「・・・」
「やっと・・・」
その仕草はおぼろげに見える。
両手で目を覆って、彼は呟いた。
「やっとつかまえたと思ったのに・・・」
かすかに。でも切実な。
掠れた声が静寂の中に響いた。
流せなかった。
責められているような気さえした。
それは彼にだろうか。それとも、自分に?
だから、言わずにはいられなかったのかもしれない。
「・・・おまえのこと・・・・・・好き・・・・・・だ。・・・・・・・あ。だ、だけどね」
「好きならいいじゃねぇか!」
「・・・!」
沢田が、ここにきて初めて声を荒げた。
子どもじみたセリフ。だからこそむき出しの本心。
でもそのことよりも、自分の口をついて出た言葉の方が、久美子を驚かせた。
(・・・あたし、なに言ってんだ?)
好きだと言ったこの口が。
予想もしていない言葉だった。
この状況で、自分が選ぶべき言葉じゃない。
まずは彼を落ち着かせなければいけなかったはずだ。
でも、口にしてみて愕然とした。
こんな形で本心が出てしまうものなのか。
なにかのはずみみたいに、隙を突いて…
彼の子どもじみた言葉さえ、愛しく感じてしまう自分。
さらに立ち上がった彼が責め立てる。
「なに気にしてんだよ。年か?立場かよ!?そんなこと今さら言ってんじゃねぇぞ!
おまえなら、どんなに酒に酔ってたって、拒むことくらいできたはずだ!!」
「やめろ!!」
「・・・・・・・な」
「やめてくれ、頼む・・・」
ずるずると、手で強く顔を覆って壁際に座り込んだ。
「山口・・・?」
「来るな!」
気配を感じて相手を制す。
そうしなければ、もう一人でいられなかった。
「ごめん、沢田。ごめん・・・あたし・・・」
「・・・」
謝られて、進もうとしてた彼の足が硬直した。
彼女がなにを言おうとしているのか、最悪の想像が彼の動きを縛る。
・・・あの、男の名を。
「あたし、おまえの先生なのに・・・」
潤んだ両目が彼を見上げた。
「・・・おまえのこと、好きみたいだ」
小さく膝を抱えた彼女が、頼りなげに、それでも真摯な目を向ける。
いつもの彼女からはまるで想像もつかない。
悪い想像が邪魔をして、言葉の意味を理解するまで数秒を要し。
全身に鳥肌が立った。
「どうしよう・・・」
彼女はもう一度、「どうしよう」と小さく呟いて、また膝に顔を埋めた。
意味が分かって言ってるんだろうか。思わず確かめたくなる。
まるで独り言のように呟く言葉。
本当に途方に暮れているような。
その言葉を彼に伝える意味を、本当に。
「本当に・・・?」
「え・・・」
「いま、おまえ・・・」
思わず近寄る。
彼女が少し怯えるように足を引き寄せたので、ぎりぎり触れない距離に腰を下ろした。
目線の高さを合わせる。真意を確かめるために。
「・・・うん」
しばらくの沈黙の後。
彼女が彼をまっすぐ見返して、頷く。
もう、後戻りはできないのだ。
自分で、自分の気持ちに気づく前に、そういう地点まで来てしまっていた。
(・・・なんて、あたしらしいんだろう)
微かに笑う。
考える前に、自分の思うままに行動してしまうのだ。
彼を拒絶できなかったのは、・・・拒絶しなかったのは、彼女の望み。
微笑う彼女に、黙ったまま戸惑ったように眉を寄せる。
彼の目が、今映しているのは自分だけだ。
この男を自分だけのものにしたかった。
きっと、そうだったのだ。
ゆっくりと手を伸ばして、彼の頬に触れた。
綺麗な作りのそれを、手のひらで確かめる。
「やま、ぐち・・・?」
「どうしよっか」
来るな、さわるな、と言っておいて、自分から触れてくる彼女に彼は躊躇う。
それでも抵抗しない沢田に、彼女は笑いかけた。
彼はその手のひらをぎこちなく取ると、そのまま引き寄せて彼女を抱きしめた。
パーカーの下の身体を、きつく。
彼女の熱で、不安が溶解していく。
今まで誤魔化してきた気持ちを、洗いざらい吐き出してしまった。
彼女に押し付けるようにして。
酒の力を借りなければ、そんなこともできない自分がどうしようもなく情けなくて。
でもあの時、止められなかった。
先のこととか、自分の見栄とか、どうでも良かった。
それがもし酒の力なのだとすれば、もしかするといつもより正直になれたのかも知れない。
正直な、自分の気持ち。
それをさらけ出すことが、こんなにも怖いことだと思わなかった。
そして、それを受け入れてもらえた時に、こんなにも嬉しいんだってことも、知らなかった。
なんの震えか、また身体を昇ってきて、それを抑えるように彼女を強く強く抱きしめた。
「さわだっ、くるし・・・っ」
「あ!ごめ・・・」
我に返って、身体を離した。
目が合うと、呆れたように彼女が笑う。
「どうしようもこうしようも、ねぇか」
軽く息をつきながら、彼女が言った。
「こうなっちまったもんは、しかたねぇもんな」
へへ、と照れたように、彼女は肩をすくめた。
まだ酒が残っているのか、反応がはっきりしない沢田が
こうなっちまったもんは・・・と、彼女のセリフを頭の中で繰り返す。
「・・・どこ見てんだよ」
ぱし!っと山口の平手が、その頭に飛んだ。
目線が無意識に、あらわになった彼女の身体に向いていた。
パーカーの前を合わせて、彼女が目線の先を隠す。
「・・・今さら?」
ぱし!
彼の口答えに、無言のまままた平手が飛んだ。
「言っとくけど、学校では今まで通りだからな!」
「・・・えぇー・・・」
「『えぇー』じゃない!当たり前だろ、そんなの」
「・・・自信ない」
「自信を持て!」
「・・・そんなこと言われても」
なんだかんだと言いつつ、また沢田は彼女の身体にさわりだす。
彼の身体と部屋の壁に挟まれて、満足に抵抗もできないまま、彼女は悪態をつき続けた。
「とにかく誰にも気づかれないようにしろよ!」
「・・・それおまえの方がヤバいんじゃないの」
「ぐ・・・!お、おまえが変なことしなきゃ、なんとかなる!」
「変なことって、どんなこと?」
「うぐ・・・っ・・・こういうことだよっ」
「二人の時ならいいんだろ?」
「外ではダメだ」
「無理」
「ムリって言うな!」
「無理なもんは無理」
「!・・・おい、ちょっと、人の話を・・・っ!」
「聞いてる聞いてる」
こうして始まる、二人の秘密。
END
ぎゃー。
えーそんな感じで。
原作・・・、初めて書いたのがエロティックになってしまいました。(殴
マンガ「ごくせん」は、なんつーか温度がいい感じで、そのまんまが好きだなぁ・・・とか思っていたし
サイトで書いてる方々のお話がカッコよくて、
いつか私も書きたいなと思いつつも、実はそんなに書く気はなかったのですが。
でも実際書いてみるとドラマよりも自由度があって書きやすかったかも・・・。
しかしネタは全然思い浮かばない。何故だ。
多分、原作ファンの方には『イメージが違う』と言われそうな内容。
すんません、あんま読み込んでないせいです。
そして未だに全巻揃えきってない貧乏人・・・(涙)
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