bitter & sweet




夜半過ぎ、ガラステーブルに頬をくっつけた彼女から寝息が聞こえてきた。

半分は潔く諦めながらも、期待していたもう半分がため息を吐いて、彼はベッドから起き上がる。
やっぱり…と口では言いながらも落胆を隠せない宝くじの番号合わせと一緒だ。

一瞥を投げると、案の定仕事一式をテーブルに広げたまま、彼女は眠りの国に誘われていた。
待っていたつもりが反則的に置き去りにされた形の彼は、いくつかの選択肢を思案する羽目になる。
いくつかの選択肢・・・、そうは言っても、当の彼に選択の権限が与えられているとは言い難い。

静かになった部屋内に、ギシリとベッドの軋み。
色気を何も含まない、自分が立てたその音を聞く。
沢田慎は、読んでいた文庫本を開いたまま逆に引っくり返して、ベッドに置き去りにした。
・・・しかしまたすぐに続きを読むことになりそうだ。
裸足の足をそっとフローリングに下ろす。

彼女の顔の下敷きにされて今にもよだれをたらされそうになっているのは、彼女の生徒の戦いの結晶だった。
赤い丸より斜めの線が目立つ、懐かしい答案用紙に目を落とす。
重なっている用紙の束が二つ。まだ採点の済んでいないものが三分の一程度残っているようだった。

彼女の顔が見える正面に回って、その場にしゃがむと頬杖をつく。

「・・・幸せそうな顔しやがって」

息混じりの悪態はしかし、意に反して彼の心に温かさを滲ませてしまった。
我ながら手に追えない。

起こした方が良いものか迷いながら、しかしいつの間にか見とれるように彼女の寝顔を見つめる自分に気づく。
いっそこのまま襲ってやろうかという、本気とも冗談ともつかない思考に疲れて、またこっそりとため息をついた。
こうやって恨みがましい目を向ける権利くらいあるだろうと思う。

そうして、彼はいつものように手を伸ばした。
彼女が起きてしまわないように、そっとメガネを外してやるのが彼の仕事であり、特権だった。

規則的に吐き出される息をその手に感じながら、
彼女の仕事が終わるのを待っていた自分の不毛を嘆きながら、
それでも穏やかな気持ちになる、その瞬間。

幸せそのものの顔をして自分の部屋で眠る彼女。
そしてそれを穏やかな気持ちで見守る自分。
それは確かに幸せの形だと彼は思う。

彼女はきっと、自分たちが生徒だった頃と変わらず、全力で走り回っているのだろう。
持ち込んだ仕事の合間に、思い付いたことをぽろぽろ話す。
それは決まって生徒の話だった。

彼女は誰かを置き去りにはしない。
強引にでも全員引っ張って、自分のペースに持ち込んで、いつのまにかみんな前を向かされている。
一緒にいてくれる。誰の隣にもいてくれる。
だから彼が感じているこの疎外感に似た気持ちは、きっと被害妄想でしかないのだ。
・・・わかっては、いるのだけれど。

それでも彼女にそれを言わないのは、自分と幸せを共有しようとする思いが嬉しいから。
そして、かつて生徒だった頃の自分の話を、当時の彼女がどんな顔で語っていたのか、もっと知りたいからだった。

きっとその頃の彼女と、幸せを共有していたはずの、温かい家の人たちに後ろめたいからでもあるかもしれない。
彼らの役目を自分は奪っているのだから。
こうして眠った彼女のメガネを外すのも、自分の役目では有り得なかったのだ。

でも今更、その役目を返す気はない。返せるわけがない。


瞼にキスを落とした。
彼女が知らない小さな秘密が、また一つ増える。

手を伸ばしても、届く気がしなかったあの頃の彼女の寝顔。
無意識に引き寄せられてしまう視線と、身動きできない自分に苛立った、あの頃。
それも懐かしい思い出として、今は胸にある。

自分の部屋で、無防備に眠る彼女。
それは何度も夢に見た風景だった。
それが今、紛れも無い現実なのだ。この手に取れる、確かな現実。
結局今夜自分は、安らかに眠る彼女の横で、まんじりともせず読書を続けるわけだけど。


・・・甘さと苦さは同居してしまう。残念なことに。


幸せなのに溜め息が零れる、たった今のように。















2007.4



↓終わり書き

久々にUPしたものが、ラブラブじゃなくてごめんなさい。
片方寝てるだけだし・・・手抜きか?山口。(こらこら)

会話ばっかか会話がまったくないか、どっちかだなー・・・自分のSS。
ということに気づきました。

会話と混ぜたり、一所懸命書けば書くほど、気に入ることが少ないんだよね。
なんつーか、下手さが目立つっつーか!
・・・まぁ要練習ってことで、懲りずに混ぜたのも書いていきたいと思います。
よろしくです。


すみ