Dear...






大学から帰りの電車、珍しく目の前の席が空いた。

肩から斜めに掛けていたバッグを抱えると、思っていたより身体が沈む。
疲れているのだろうか。
うつろに思考が回るが、そのうつろになら心当たりはあった。


目を瞑り、彼女のことを考える。

喉が渇いて、水を欲するように、鈍った思考が求めるものは、いつだって決まっているのだ。


彼女の、柔らかい場所。


指が無意識に、膝に置いたバッグのカーブを辿る。
ショルダーバッグじゃ硬すぎるけど、それくらいしかなぞるものがない。

電車がガタンと大きく揺れた。
それで我に還る。


あいつが足りなくて、だからって何を想像してるんだ。
バッグにキスでもしてしまいそうな自分を一瞬呪った。

俺は変態なのかもしれない。
いや、少なくとも頭がイカれてる。

付き合いだしてから、もう半年にもなろうというのに、気づけばあいつのことを考えている。

溢れて、息が苦しくなるくらい。

一度そうなってしまうと、誰が何を話していても、内容がまるで入ってこない。

一人水の中にいるように、色も音も曖昧。


実際、溺れているのなら、言い得て妙、なのかもしれない。



「サワダ!」

唐突に、目が覚めるような音がした。

これが世に言うカクテルパーティ効果というやつか。
いや、そんなものでは済まされない。

全身に染み入っていく、彼女の細胞が作り出す音。


咄嗟に混みあっている車内に目を走らせると、案の定、灰色の人混みに紛れて山口が手を振っていた。
そこだけ鮮明。

掻き分けた人に謝りつつ、俺の座るシートにカラフルが近づいてくる。


「うわっとぉ」

勢い余ってつんのめる身体を、両手で支えた。
襟ぐりが大きめのカットソーから、想像通りのささやかなカーブが覗く。

彼女の腕に触れた指先が痺れた。


「偶然!今帰りか?」

至近距離で満面の笑みが向けられ、瞬きのタイミングを2回ほど逃す。
こちらが返事をしない間に、姿勢を整えた山口は、バッグを肩に掛け直した。


「電車で会うなんて珍しいな」

そう言ってつり革に手を伸ばす。

俺はまだ息が苦しい。


「・・・あぁ、席代わるか?」

かろうじて思いついた良識的な言葉を口にのせてみた。

自分一人が座っているというこの状況は、不自然で居心地が悪い。
けれど彼女は「年寄り扱いすんじゃねぇよ!」と笑って辞した。

おかげで目のやり場に困る。
さっきまでは視線の先に何があるのかなんて気にも留めなかったのに。

伏し目がちに両手を組んだ。

降りる駅まではあと何駅だっけ。

電車の揺れに合わせて、膝に彼女の気配が掠めた。


「沢田?どうかしたのか?」

身体を少し傾けて聞く鎖骨に、長い髪が流れる。
自分の視線を自覚して、慌てて上方に修正した。


「何か元気ないぞ」

電車の中で元気ハツラツでも困るだろう、と心中で突っ込む。
思考力が多少回復してきているらしい。


「おまえ、こんな時間にこんなトコで何してんの」

彼女の言葉には応えず、別のことを聞いた。
夕方も早い時間に、大学帰りの電車内で遭遇するなど、そういえばあまりないシチュエーションだった。


「文化祭の振り替えで半休もらったんだ。今まで買い物してて、これからおまえんち行こうと思ってた」

そしたら会えた。


彼女がそう、嬉しそうに笑うだけで、まるでそれは奇跡のよう。


『奇跡』

かつては空々しいだけだったその言葉。
空々しいだけのはずの、その言葉。


もう現実に、俺の目の前に在るのだから、心臓が痛いような切なさに、泣きたくなる必要なんかない。

ただ、触れたくて触れられなかったあの頃の俺が、少し震えているだけだ。


手を伸ばす。


「ん?」

何気なく指を絡めた俺に、穏やかなまま首を傾ける彼女。
その存在こそが。


「指輪を買ってもいいか」

交差する指先を見つめる。


「へ?」

・・・奇跡の証に。


形のない夢や幻のようなそんな言葉を、後生大事に抱えているくらいなら。

絡めた指のリアルをもっと。


「しててくんないかな」


もう泣きたくならないように。


幼児の迷子札かよ。
ワケわかってない彼女の代わりに心中で突っ込んでおく。

はぐれると泣いてしまうのは俺だけど。


馬鹿だな。

見ると、山口は少し怒ったような顔をして、頬を上気させていた。
何を勘違いしてるのか。

まったくもって、こちらの都合だったりするのだが。
そんな所ばかり冷静になってみたりして。


「ここで降りるぞ」

絡めていたのをそのまま繋いで、手を引いた。

「は、え?ここ?」

マンションの最寄りにはまだ早い。


「善は急げ」

この駅が道中では一番大きい。
きっと目当ての店もあるだろう。


「おまえ、疲れてんだろ!今日は早く帰った方が良くないか?」

ホームに降り立ってから、俺の額に手が伸びてきた。
熱を心配されているらしい。

まぁ、納得の言動をしているかもしれない。
と思って、甘んじてその世話を受け取っておく。


「熱なんかねぇよ」

「そうか?」


「お互いのために、暗くなるまで外に居た方が良いと思う」

「何だそれ」


「帰ってすぐ殴られんのゴメンだし」

「・・・何言ってんだ?」


「俺、マンション着いたらおまえのこと押し倒すから」

「ばっ…!」

耳まで赤くなって、そそる反応だな、とか真顔で思っている俺は、確かに少し疲れているのだろう。



さて、これからどうしよう?



彼女の助言に従って、このまま帰るのも良いかもしれない。












後ろ書き



沢田はぴば!

って理由で書いたワケではなかったりするのですが(バラしてしまった。笑)

なんかそんな感じに出来上がったので乗っかってみました。

実はこういうイベントごとに乗っかるのは初めてかもしんない。
おぉー♪(←個人的にテンション上がっております)

しかし沢田BDに乗っかった割りにはプレゼントする側という・・・
まぁ、ヤツならそんなもんか。・・・え?ダメ?

タイトルは○野カナちゃんの曲からいただきました☆


すみ

2010/08/12