■100のお題

安っぽい愛でいーなら幾らでもあげるよ。




「何個貰った?」

毎年当たり前にされる会話。
二人が幼馴染になってからもう随分たったが、その頃から、毎年この日はこんな会話がされていた。
St. Valentine's Day
世の少女達が必死になっているその行為も、彼らにとっては、ただの競い合いの材料。
どちらがより多く貰ったか、どちらがモテているかの競争にしか過ぎない。




結局「じゃあ実際に数えてみようぜ」そんな風に張り合いは続いて、これも毎年の事ながら目の前にひとつひとつ数えながら出してゆく、という幼稚きわまりない対決にもつれこんだ。

「いーち。」
「にーい。」
次々と数を唱えながら出されてゆく煌びやかに包まれたチョコレートたちは竜と隼人の前に積み上げられてゆく。
そして。
「16」
竜がそう言って最後の箱をテーブルに出した時、隼人の手にはチョコレートはなかった。
ちなみに竜もこれで最後だったので、内心ハラハラしていたのだが。
「いよっしゃ!俺の勝ち!」
親友のその言葉に隼人は苦虫を噛み潰したような顔をして、しょうがないな、と両手を挙げた。
「俺の負け・・・・ちぇ〜、あと一個か」
「ここ隼人のオゴリな」
「なんでだよっ!」
笑いあう二人にとってチョコレートは単なる戦利品で、特別なものではない。
それでこうして友人と笑いあえればいいのだ。
どうせ明日当たり甘いものが好きな友人の胃袋に納まるのだから。

会計をすませた二人は店を出る。
カウンターの奥から馴染みのマスターが軽く手をあげて見送るのに隼人は軽く頭を下げた。
結局二人分の飲み物代は勝負に負けた隼人持ち。
懐が寂しい。

「あの・・・」

店を出た途端小さな声が二人を呼び止める。
振り返った先には、出待ちでもしていたのか、他校の制服を着た少女が立っていた。
ミニスカートの裾から出た膝が赤くなっていて、随分前からここに立っていたのがわかった。
「なに?」
いつもの軽そうな笑顔で応えた隼人と無言のままの竜に、少女は真っ赤な顔になって一歩前に踏み出してきた。
「・・・これ」
差し出されたのは包装紙に包まれた小箱。
差し出されたのは、矢吹隼人。
その瞬間、ニマーリ、と隼人は竜に向かって笑い、竜は嫌そうに眉をしかめた。
隼人はチョコを嬉々として受け取った。
「アリガト」
これで勝負はイーブン。
さっきのオゴリはチャラだろう。またしても隼人が笑った時。
少女がおずおずとした風に話しかけてきた。
「・・・あの。矢吹さんの事が好きなんです。そ、その、付き合ってもらえませんか!・・・あ、返事は、後でもいいです」
その言葉に、隼人はキョトンと、あどけない表情をした。
そして
「ゴメンね。俺たぶん、ホワイトデーまで君の事覚えてられない。」
少女の俯いていた顔が弾かれたように上がる。結構な美少女。「残念」と、隼人は内心で呟いた。
「だから、これ、今、お礼ね」
そう言ってフイと身体を倒すと少女の頬へチュ、と軽く触れるだけのキスをした。
少女が真っ赤になってその頬を押さえるのを、いっそ残酷なほど無邪気な笑顔で隼人は見つめた。

「ゴメンネ」






「さっきのオゴリなしな!」
「わーったよ。次オゴればいいんだろ」
「いえ〜いっ」
少年たちは相変らず勝負に夢中。
「今年もイーブンか」
「あ、そういや去年も一緒だったよな」
可笑しくて笑い出す。

そして

「あ、ホワイトデーどうしよ」

は?といった顔で竜が振り返った。
「何お前、覚えてらんねーんじゃねえの?」
そんな竜の言葉にもどこふく風でチョコレートの入った鞄を頭の後ろで手を組んで持ちながら、隼人は口笛を吹いていた。
その表情はどこか楽しそうだ。
「一個だけ、忘れらんないっしょ。やっぱ、さ」

教室で、皆に配られた、その他大勢への愛。
その中のヒトツでしかない、小さな愛。

隼人の言わんとしている事に気がついたように、竜は笑った。

「物好き」

「ほっとけ」





先ほどの少女の真剣な瞳を思い出した。
正直、もう顔は覚えていない。
触れた頬の感触。
やはりずっと外に立っていたのだろう、冷え切ったそれに、けれど隼人の心は1ミリだって動かない。

キスくらい、なんでもない。誰にだってできる。
そんなチープな愛でよかったら、誰にでも自分はあげられるだろう。

けれど、キスも出来ないくらい好きになった人には、どうすればいいのか分からない。

「なぁ。ヤンクミなにあげたら喜ぶと思う?」

「知らねーよ」



安っぽい愛なんかいくらだってあげられるのに

本気になるとどうしていいのか、わからない。

彼女がくれた何十分の一の愛は、こんなにも大切で重いのに、自分はそれを前にまごついている。

こんなのは、今までの人生で初めてで

「どっしよっかな〜」


ドキドキした。










おしまい。



どんだけ季節はずれな話しなんだ。ってくらいのバレンタイン話。
あんまり良く覚えていないが、二人は競い合っていたような・・・。何個だったっけ?
(いーかげんだな)
2007.11.07
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