ぐぐっと大きな伸びをして、空を見上げる。とうとうこの学校とも、お別れする時が来た。 同じく隣に座る親友も、きっと自分と同じ思いで此処に来たのだろう。 別に待ち合わせをした訳でもないのに自分が屋上に来れば、彼の姿が先にあった訳で。勿論何も聴かずに、その横にどさっと腰を降ろしたのだけれど。 まさかこんな風に『学校』と言う場所に思いを馳せる時が来るようになると、一体何処のどいつが想像しただろうか。 少なくともクラスの連中は先ず考えもしないだろう。 やけに鋭い自分達の幼馴染と、高校時代は何時も一緒に過ごして来た扇子の彼と柄シャツの彼くらいだろうか。 そんな事を思って、隼人は屋上のベンチに腰を降ろしたまま空を見つめた。 『 君まで、辿り着いてやる 』 「・・・隼人」 「・・・なぁに、竜ちゃん」 ふいに自分の名を呼ぶ声が隣から聞こえてきて、わざと茶化すように声を掛け返した。 彼の云いたい事は分かっているが素直に答えてやる気は更々ない。 彼とて、自分が同じ事を問い掛けて素直に答えることなど100%有り得ないと思うからだ。 相手が答えていないのに、自分だけが答えを見せるのは悔しい。 照らし合わせて間違いではないかを確認する時は、必ずお互いの本音をぶつけ合わなければならないものだ。 だから彼が口にしない限り、自分も決して「答え」を口にする事は出来ない。 「明日、式の後で。ホントにアイツに告げに行くのか?」 率直な言葉だった。竜にしては珍しいくらい、余計な部分を省いた言葉。 それも、自分は行くかもしれないというようなニュアンスを何処か含ませて告げられた問いに、隼人は少しだけ緩く開いていた瞳をこじ開けた。 そして空から視線を隣に座る竜へと傾けて、僅かな溜息を漏らす。 やはり彼も、なのだろうか? 此処で聞いてもきっと明らかにならないだろうが、薄々感じてきてはいたのだ。 それこそ知ったところで上等。の二文字で片付いてしまうとは思ったが、敢えて聞かないでおこう。取り敢えず質問に答えなければ。 「ま、何事もなく終わるって事はなくなっちゃったけどな。俺は行くつもりで居るけど?」 その言葉に、竜がハッキリと目を見開いた。あまりに素直すぎる返答に驚いたのだろう。 自分がまさか率直に答えを出すとは思っていなかったと云う事か。 ならば答えてやらなければよかったかと思いながら、隼人はガタンっとベンチから立ち上がった。 そして無言のまま、再度嫌に晴れ渡った空を見上げる。明日もこんな風に晴れてくれるのだろうか?彼女は、もう此処には居ないのに。 本当に変な教師だったと思う。 何処までも真っ直ぐな意思の込められた瞳と、腕っ節の強さ。 云う事一つ一つに僅かではあるが重みのあった言葉。 からかえば期待通りの反応を返してくれる半面、決める時は決める女教師。 女には見えなかったけれど。 でも彼女がジャージ姿で教室に入ってくるあの日々は、どんな僅かな出来事でも。しっかりと自分の心と記憶に埋め込まれていて。 今思えば、彼女が来てから漸く「高校生活」というものを実行していた気がするなと隼人は感じる。一瞬目を閉じて、思い出すことで。 だけど、彼女の言葉と他の先公には見られない熱い想いは。硬く凍り付いて『先公』を寄せ付けようとしなかった、自分達の心を見る見るうちに溶かしてしまった。 最初に懐いたのは啓太。 今までの先公と何処か違うと感じ取ったのは竜。 そして、それを確たるものに仕上げたのは他の誰でもない自分だ。 3DのWヘッド(と、巷では呼ばれているらしい)である自分と竜が認めた教師が居るのだ。 最初は本当に変な女くらいにしか思っていなかったのに、何時の間にか彼女の自然とあふれ出ている魅力に惹き付けられていた。 不本意な恋は、実在するのだ。 実際今、自分がそう云う状況下に在るからこそ云えることでも在るけれど。何時から彼女を愛しいと思うようになったのかそれは全くもって定かではない。 自覚したのはつい最近だが、実際に自分はどれくらい前から彼女に惹かれてきていたのだろうか? 今更分かろうとも思わないのだが、少し気になるといえばそうでもある。ただ、今はこの心の中に溢れそうな想いを彼女に如何告げるかだ。 彼女が面食いだと言うのは、バレンタインの時のチョコレートを渡すところを目撃した時から何処となく感付いていた。 いや、正確にはもっと手前からかもしれない。そして、一番最悪なのが自分達を1人の男として見てくれていない事だ。 彼女はあくまで自分達を「生徒」と思い込み、自分は彼等の中で単なる「教師」と言う存在にしか値していないと確信している。 言ってしまえばそれは美味しい事でも在るが、隼人達にとっては乗り越えなければならない最大の壁である。 幸せへと続く道に立ちはだかる、最大の。 見て欲しくないといえば嘘にはなるものの、「男」として見られていないからこそ出来る事も幾つか在る訳で。 嬉しい反面悲しい、そんな複雑な気分だ。 いざこの想いを伝えようとすると、そんな関係をだらだらと引き摺ってきてしまった所為かどうも決心が揺らぐ。 彼女が信じられないというような顔で自分を見てくる気がして。そして、この想いを告げてしまったら今まで平然と当たり前に過ごしてきた日々の記憶にまで、歪が生じてしまうような気がして。 らしくないとは思うが、一種の「恐怖」を自分は感じている。 だからと云って、こんな激しく強い「想い」を抱いたまま彼女とはなれる事になるのは絶対にいやなのだ。それは自分の心が許してくれない。 認めたくなかった感情を認め、そしてそれを「教師」と言う存在の彼女に抱いたと自覚したあのときから。 何時か絶対に伝えなければ例え結果が如何であれ、一生悔いる事になると分かっているのだ。だから自分は明日、卒業式を終えてからこの想いを伝えに行く。 このまま諦めるなんて、俺らしくないしね。 口にはしなかったけれど、きっと自分の些細な視線の変化で親友は気付いた筈だ。だからこそ今、滅多に見せる事のない何処か優しさを含んだ笑みを僅かに漏らしたのだろう。 顔が「しょうがねぇ奴だな」と語っているところがムカツクが、突っ込む気はない。 この親友に如何思われようが、何時も一緒にいた3人から如何いわれようが、動き出した方針を変えてやる気は一切無いから。 自分がどれだけ彼女を思っていたかを、明日の午後に思い知らせてやる。「未来」は自分の手で変えなければ、そのまま流れていくものだから。 これから先は、自分の手で人生と言うものを築いていかなければならないのだ。 何時までも偶然だとか、必然だとかに頼っていては在り来たりなものになってしまう。 自分色の人生を歩むには、それなりの行動力と言うものが必要になる訳で。 これすらも彼女からの受け売りである自分に何が出来るかは分からないけれど、愛しいと感じたのだから。 もう伝えずにはいられない。 必ず、彼女を手に入れる。 例えどんなに厳しい道のりだろうと、壁が無数にあろうと諦める気はないのだ。 自分色の人生を歩む第一歩は、そこからだ。 「俺らしい人生を歩むのは、ソレがスタートラインだろ?」 振り向いてそう告げてやると、親友は呆れたようにベンチから立ち上がった。 「バーカ。行き成りラスボス行くようなもんだろ、それ」 竜らしい最もな返答に、隼人の思考回路が停止する。 が、硬直してしまった表情を掻き消したかと思えばニヤリと悪戯な笑みを浮かべて言い放った。 「だから云っただろ?『俺らしい人生』ってね」 *Fin* お戻りはブラウザバックで; 05/04/20 |