消せないメールがある。

 実はこんなモノが今、宝物だったりする。

 小学校に上がる前にとても大切にしていたガラクタの様にキラキラしてる。


 

 

 
 『何してた?』

 『風呂上がったところだけど、どうかしたのか?』

 『今、ちょっといい?』

 『悩み事か?私で良ければ何でも聞いてやるぞ』

 『悩みじゃないけど。好きだよって、それだけ』

 『私も好きだぞ』

 『今からヤンクミの家に行っていい?』

 『何でだ?』

 『会いたいから』

 『明日学校で会えるだろ』

 『今、会いたい。キスしに行きたい。そういう意味で好き』


 




 その後、山口からの返事は帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、武田の通学路の途中に山口が立っていた。

 彼女の困った様な顔が置いてきぼりを食らった子供みたいで可愛いと感じた。

 

 

 「武田・・・・」


 

 山口が弱く呼びかけるのと同時に武田は山口に抱きついた。


 

 

 「・・・・昨日、何でメールの返事くれなかったの?」

 

 そう問いながら、道行く人の視線を気にして武田は山口を電信柱の影に引っ張り込んだ。


 

 

 「・・・急に、好きなんて・・・」

 「ヤンクミも好きって返してくれたじゃん」

 「でも、キスってお前・・・・」


 

 

 恥ずかしいのか、だんだん小さくなって行く山口の声が愛おしかった。


 

 

 「だって、そーゆー感じでヤンクミが好きだし」

 「でも、お前・・・私は先生だぞ?」

 「・・・・しょうがないじゃん。好きに、なっちゃったんだからさ」

 「・・・そうだな」


 

 

 小さく呟いた山口のその声が、今度は胸に刺さった。



 

 

 言っておいて何なんだけど、しょうがないって言葉は嫌いかもしれない。

 そう思って、ほんの少し苦く笑う。







 

 

 「ごめん。俺・・・・好き・・・で・・・」


 

 今度は武田の声が小さくなっていく。

 山口は武田の腕の中で笑った。


 

 

 「有難う。じゃあ、それナイショ。な?」

 「いいの?」

 「良いも悪いもないだろ?」




 

 そう言って山口が笑ってくれた事が嬉しかった。

 山口の頬に弱くキスをすると今度はくすぐったそうに笑った。

 



 

 「・・・止せ、武田」


 

 

 私も、好きになっちまう、と冗談めかして笑った彼女の顔は

 どれだけ照れて赤くなって幼く見えても「センセイ」で。




 

 

 学校で、と言い捨てて走って行く彼女の背中を見詰めながら呟いた。

 

 

 「諦めないから」

 

 

 心は不思議と穏やかだった。






 

 

 

 

 それから何度か朝を迎える度、武田の心は色を変えていった。







 トラブルが付きまとうクラス。

 それが3ーDだった。




 

 けれどとても楽しかった。

 恥ずかしくて口に出しては言えないけれど大好きで、大切で。


 

 

 それはきっとこの先ずっと変わらない。

 皆が学校を卒業してそれぞれが歩む道に足を踏み出しても。





 

 終りが見える。

 卒業の日が迫っている。

 




 

 今、胸に抱いている切なくてしょうがない感情も何時か色褪せて行くの?



 

 

 

 終わる。

 でも感覚としては「壊れる」の方が合っている。










 しあわせすぎてせつなくなるのは いつかこわれるからですか?

 

 

 

 口に出して言えない不安があります。



 

 





 

 

 「どした?タケ」

 「ん?」


 

 

 いつもの溜まっている喫茶店。

 日向が武田を覗き込んでいた。


 

 

 「なにボーッとしてんだよ」

 「え?」

 


 

 顔を上げて何時もの面子を見渡してみれば4人とも武田を見ている。

 


 

 「何か、あったのか?」


 

 小田切の問いに武田は少し恥ずかしそうに笑った。

 

 


 

 「・・・・何かさ、もうすぐ卒業だなって思って」


 

 武田は視線を落として両手の中の淡い乳白色のドリンクを見詰めた。


 

 「・・・そーだなー」


 

 寂しそうに嬉しそうに笑った日向の横顔が不思議と印象に残った。

 締め付けられる様な感覚に息が詰まった。




 

 「俺さ、こんなに学校が楽しくなるなんて思ってなかった」

 

 

 そう思っているのは自分だけじゃないだろう、と何となく思う。

 武田が呟くと同時に土屋が扇を開いて笑った。

 

 

 「まーなぁ」


 

 

 みんな、笑っている。

 思い浮かべているのはきっとひっつめ髪の眼鏡とジャージが定着した彼女。

 武田の手の中の薄いピンクの乳白色のドリンクは、彼女の頬の色にほんの少し似ている気がした。








 

 

 






 「随分おそい帰りだな?」

 

 皆と別れて歩いている武田の後ろから聴きたかった声が聞こえた。

 


 

 「・・・ヤンクミ、いま帰り?」

 「おう」


 

 彼女は当たり前の様に武田と隣り合って歩く。

 


 

 「ヤンクミ、家こっちじゃないんじゃ?」

 「ちょっと、こっちに野暮用でな。それより武田、何かあったのか?」

 「・・・さっき、日向にも言われた」

 「で?何かあったのか」

 「別に・・・・もうすぐ卒業だなって、思ってさ」


 

 

 急速に熱くなってくる両目に武田は酷く焦った。


 

 

 「俺・・・・楽しくて。学校」

 「・・・うん」

 「・・・・なんか、楽しいのとか、全部バラバラになって消えちゃうみたいな感じ、してさ」

 

 

 武田が隣を歩く山口を見ると優しく笑っていた。





 

 色んな事が上手く言えない。

 感情が言葉に表せない。



 

 急速に熱を帯びる。

 笑う彼女が愛おしくて。




 

 山口の少し冷たい右手が武田の頬に触れた。



 

 

 「いま俺、学校すげー楽しい」

 「うん」





 

 「ちょっと・・・苦しい・・・」



 

 

 武田は右手で拳を作ると自分の胸に押し当てた。

 頬に触れる彼女の熱を手に入れたい。




 

 

 「卒業出来るのは嬉し−んだけどさ」






 

 楽しかったのとか、壊れるんじゃないかって、怖い。

 「無くす=壊れる」という図式が蝕む。



 

 

 そう、俯いた武田を山口が覗き込んだ。





 

 その、無防備な彼女の表情すら、何時か記憶の中で静かに崩れていくんじゃないかと。

 ふくり、と色付いた柔らかそうな彼女の唇が開いた。







                   

 ―――幸せすぎて切なくなるのは、きっと。―――

 

 






 「壊れないよ。大丈夫。無くしたくないから怖いんだよな」











 微笑む山口に武田も笑った。

 

 

 

 

 END

 

 


 

 

 

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